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オタクとマニアの戦い
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「──だからやっぱりマニアの方が上だと思うんだ」
飲み会に少し遅れて到着した俺は、孝太郎のそんなセリフが耳に入った。
いつものメンバーが店に入って来た俺を見て手を挙げる。
俺を含め男性二人、女性二人。
恋愛的な何かはまったくないのだが、とあるコミュニティーで知り合い、何となく気が合って五年ほど付き合いが続いている。
「ごめん、ちょっと残業入ってさ」
「だいじょぶだいじょぶ。私たちも一杯目だから」
ジャンパーを脱いで腰を下ろしながら皆に詫びを入れると、夏子が笑って手を振った。
ゆいはメニューを俺に渡し、
「悟は先に飲み物頼んじゃいなよ。食べたいものあればそれもついでに」
と笑顔を見せた。
生ビールと枝豆、唐揚げを頼んでおしぼりで手を拭く。
「んで何の話してたの? マニアがどうとか」
俺が話を振ると、孝太郎がそれそれ、と身を乗り出した。
「なあ悟、お前オタクとマニアだったらどっちが上だと思う?」
「私はオタクの方が追求具合については上だと思うんだけど、孝太郎はマニアに決まってんだろって」
夏子は文句を言いたげな顏で俺に訴えた。
届いた生ビールで改めて乾杯すると、俺は内心なんて面倒くせえ話をと頭が痛くなった。
夏子は少年マンガオンリーのマンガオタクであり、孝太郎は時刻表マニアである。
どっちに味方してもどっちかに恨まれるじゃねえか。
「そもそも俺、オタクとマニアの違いが今一つ分からないからさ」
グレー対応で逃げ切ろうとしたが、ゆいが俺を見て「ダメよ」と言った。
「二カ月ぶりだし楽しく飲みたいんだから、くすぶったままじゃなくちゃんと納得させないと」
「「そーだそーだ」」
夏子と孝太郎が声を揃えるので、俺も真面目に考えざるを得なくなった。
正直俺はそこまで興味があるものがない。
休日に用事がなければ大体買ってあるゲームをするか、映画を見る程度だ。
夏子のように少年マンガも今はそこまで読まないし、孝太郎のようにいかに定刻通りに運行しないと全てが崩れるスケジュールなのかを熱く語れるほど時刻表への愛もない。
「なあゆい、お前はどっち側なんだ?」
他人事のように梅酒サワーを飲んでいるゆいに話を振った。
「私はオタクは一つのことにしか興味がない人、マニアは一つの興味があることに派生して他も枝分かれして深掘りしていく人ってイメージなのよ。だからマニアの方がすそ野が広いって感じ」
「なるほどな」
届いた熱々の唐揚げを頬張りつつ、さてどちらにも怨恨を残さないにはどうすればいいかと考えた。
「ちなみに夏子は少年マンガについてはかなり知識あるよな」
「そうね。ブログでマンガ批評もしてるからかなり読み込んでるわよ」
「いやだからさあ、夏子は少女マンガや青年マンガ、あとなんだレディースコミックとかホラーとか、そういうの全然読まないわけじゃん? 俺はそうじゃないんだよ」
孝太郎がサラダを取りながら真剣に語る。
「俺はもともと中学生の頃にJRの時刻表見てその運行時間の緻密さに『すげえ』と思ったクチなんだよ。そこから既に二十年近く経つけど、熱量は衰えないわけさ」
「ふんふん」
「だってあんなに細かいスケジュールなのに、さらに夏場とか年末年始とか臨時列車とか出るじゃん? しかも私鉄とかまで含めるともう針穴に糸を通すような繊細なプログラム組んでるのよ」
「まあすごいよな確かに」
我が意を得たり、と満面の笑みを浮かべた孝太郎は勝手に俺のグラスに自分のウーロン茶を当てた。
この男は酒を飲まないのにいつもこのテンションである。
「この時間に到着するようにこの駅につくには、とか辿って行くと楽しいわけ。んでそこから電車のプラモ買ったり実際に現地まで行って時間通りに到着するか確認したり、地方によっての特色調べたりとか興味が尽きないんだよ。でも夏子は言ったらあれだけど少年マンガだけじゃん?」
「ちょっと! それは興味が湧かないからであってちゃんとその分野については年代ごと、出版社ごとにしっかり深く考察してるわよ!」
だん、とテーブルを叩く夏子にゆいがまあまあとなだめた。
「正直私はどっちも似たようなものだと思うんだけど」
「ゆいだって一見一般人みたいに言ってるけど黒髪メガネフェチじゃないの」
「黒髪とメガネの男性が好きってだけでフェチって決めつけないで欲しいわ。何だかフェチってつくといやらしい感じするじゃない」
「いくらイケメンでも黒髪とメガネじゃないだけで興味なくす人がフェチじゃないわけないでしょうが。頭脳は大人の名探偵だって黒髪メガネだけどあれも好みなの?」
「人をショタコンにしないでちょうだい。せめて同世代以上よ」
おいおい、変に飛び火したじゃねえか。
三人が険悪になられては居心地悪いことこの上ない。
そこで俺はふと円満解決の方法を思い出した。
「個人的には好きな物事に対する愛で方の違いってだけで、人に迷惑をかけなきゃどっちでもいいと思うんだよね。そこに上か下かは関係ないっつうかさ」
俺は枝豆を口に放り込みながら三人を見た。
「……まあそりゃそうだけどさ」
「私も言い過ぎたわ」
「大人げなかったわよねお互いに」
皆が何となく口ごもった。
「ところでさ、今度吉祥寺に新しくタルトの店が出来るらしいんだよ。フルーツ系のがめちゃくちゃ美味しそうなの。遠くないし皆で行ってみないか? ほらほら」
俺はスマホで店情報から画像を見せる。
「まあ、このシャインマスカットのタルト、宝石みたいね」
「このブルーベリーのも美味しそう!」
「レアチーズの奴も良さげだよなあ」
たちまちその店の話題にスライドしていく。
そう、俺たちはスイーツ食べ歩きコミュニティーで出会った集まりなので、無類のスイーツ好きばかりなのだ。
共通の趣味嗜好が一つあれば、多少のもめ事はどうにでもなるのである。
(ぶっちゃけマニアだろうがオタクだろうがどっちも知識が深いってのは同じなんだし、俺としてはどっちもすごいと思うんだけどなー)
凡人である俺にとってはどっちが上か下かってことよりも穏やかで波風立たない方が大切だ。
そう言えば、と夏子が持っていた雑誌を鞄から取り出し、
「ここの『ミヤマ』ってお店で出してるコーヒーミルフィーユ、一日三十本限定らしいのよ。朝イチで行かないと買えないらしいんだけど、バカみたいに美味しそうじゃない?」
とさらに話題が増え、いつもの和やかな集まりに戻って行くのだった。
飲み会に少し遅れて到着した俺は、孝太郎のそんなセリフが耳に入った。
いつものメンバーが店に入って来た俺を見て手を挙げる。
俺を含め男性二人、女性二人。
恋愛的な何かはまったくないのだが、とあるコミュニティーで知り合い、何となく気が合って五年ほど付き合いが続いている。
「ごめん、ちょっと残業入ってさ」
「だいじょぶだいじょぶ。私たちも一杯目だから」
ジャンパーを脱いで腰を下ろしながら皆に詫びを入れると、夏子が笑って手を振った。
ゆいはメニューを俺に渡し、
「悟は先に飲み物頼んじゃいなよ。食べたいものあればそれもついでに」
と笑顔を見せた。
生ビールと枝豆、唐揚げを頼んでおしぼりで手を拭く。
「んで何の話してたの? マニアがどうとか」
俺が話を振ると、孝太郎がそれそれ、と身を乗り出した。
「なあ悟、お前オタクとマニアだったらどっちが上だと思う?」
「私はオタクの方が追求具合については上だと思うんだけど、孝太郎はマニアに決まってんだろって」
夏子は文句を言いたげな顏で俺に訴えた。
届いた生ビールで改めて乾杯すると、俺は内心なんて面倒くせえ話をと頭が痛くなった。
夏子は少年マンガオンリーのマンガオタクであり、孝太郎は時刻表マニアである。
どっちに味方してもどっちかに恨まれるじゃねえか。
「そもそも俺、オタクとマニアの違いが今一つ分からないからさ」
グレー対応で逃げ切ろうとしたが、ゆいが俺を見て「ダメよ」と言った。
「二カ月ぶりだし楽しく飲みたいんだから、くすぶったままじゃなくちゃんと納得させないと」
「「そーだそーだ」」
夏子と孝太郎が声を揃えるので、俺も真面目に考えざるを得なくなった。
正直俺はそこまで興味があるものがない。
休日に用事がなければ大体買ってあるゲームをするか、映画を見る程度だ。
夏子のように少年マンガも今はそこまで読まないし、孝太郎のようにいかに定刻通りに運行しないと全てが崩れるスケジュールなのかを熱く語れるほど時刻表への愛もない。
「なあゆい、お前はどっち側なんだ?」
他人事のように梅酒サワーを飲んでいるゆいに話を振った。
「私はオタクは一つのことにしか興味がない人、マニアは一つの興味があることに派生して他も枝分かれして深掘りしていく人ってイメージなのよ。だからマニアの方がすそ野が広いって感じ」
「なるほどな」
届いた熱々の唐揚げを頬張りつつ、さてどちらにも怨恨を残さないにはどうすればいいかと考えた。
「ちなみに夏子は少年マンガについてはかなり知識あるよな」
「そうね。ブログでマンガ批評もしてるからかなり読み込んでるわよ」
「いやだからさあ、夏子は少女マンガや青年マンガ、あとなんだレディースコミックとかホラーとか、そういうの全然読まないわけじゃん? 俺はそうじゃないんだよ」
孝太郎がサラダを取りながら真剣に語る。
「俺はもともと中学生の頃にJRの時刻表見てその運行時間の緻密さに『すげえ』と思ったクチなんだよ。そこから既に二十年近く経つけど、熱量は衰えないわけさ」
「ふんふん」
「だってあんなに細かいスケジュールなのに、さらに夏場とか年末年始とか臨時列車とか出るじゃん? しかも私鉄とかまで含めるともう針穴に糸を通すような繊細なプログラム組んでるのよ」
「まあすごいよな確かに」
我が意を得たり、と満面の笑みを浮かべた孝太郎は勝手に俺のグラスに自分のウーロン茶を当てた。
この男は酒を飲まないのにいつもこのテンションである。
「この時間に到着するようにこの駅につくには、とか辿って行くと楽しいわけ。んでそこから電車のプラモ買ったり実際に現地まで行って時間通りに到着するか確認したり、地方によっての特色調べたりとか興味が尽きないんだよ。でも夏子は言ったらあれだけど少年マンガだけじゃん?」
「ちょっと! それは興味が湧かないからであってちゃんとその分野については年代ごと、出版社ごとにしっかり深く考察してるわよ!」
だん、とテーブルを叩く夏子にゆいがまあまあとなだめた。
「正直私はどっちも似たようなものだと思うんだけど」
「ゆいだって一見一般人みたいに言ってるけど黒髪メガネフェチじゃないの」
「黒髪とメガネの男性が好きってだけでフェチって決めつけないで欲しいわ。何だかフェチってつくといやらしい感じするじゃない」
「いくらイケメンでも黒髪とメガネじゃないだけで興味なくす人がフェチじゃないわけないでしょうが。頭脳は大人の名探偵だって黒髪メガネだけどあれも好みなの?」
「人をショタコンにしないでちょうだい。せめて同世代以上よ」
おいおい、変に飛び火したじゃねえか。
三人が険悪になられては居心地悪いことこの上ない。
そこで俺はふと円満解決の方法を思い出した。
「個人的には好きな物事に対する愛で方の違いってだけで、人に迷惑をかけなきゃどっちでもいいと思うんだよね。そこに上か下かは関係ないっつうかさ」
俺は枝豆を口に放り込みながら三人を見た。
「……まあそりゃそうだけどさ」
「私も言い過ぎたわ」
「大人げなかったわよねお互いに」
皆が何となく口ごもった。
「ところでさ、今度吉祥寺に新しくタルトの店が出来るらしいんだよ。フルーツ系のがめちゃくちゃ美味しそうなの。遠くないし皆で行ってみないか? ほらほら」
俺はスマホで店情報から画像を見せる。
「まあ、このシャインマスカットのタルト、宝石みたいね」
「このブルーベリーのも美味しそう!」
「レアチーズの奴も良さげだよなあ」
たちまちその店の話題にスライドしていく。
そう、俺たちはスイーツ食べ歩きコミュニティーで出会った集まりなので、無類のスイーツ好きばかりなのだ。
共通の趣味嗜好が一つあれば、多少のもめ事はどうにでもなるのである。
(ぶっちゃけマニアだろうがオタクだろうがどっちも知識が深いってのは同じなんだし、俺としてはどっちもすごいと思うんだけどなー)
凡人である俺にとってはどっちが上か下かってことよりも穏やかで波風立たない方が大切だ。
そう言えば、と夏子が持っていた雑誌を鞄から取り出し、
「ここの『ミヤマ』ってお店で出してるコーヒーミルフィーユ、一日三十本限定らしいのよ。朝イチで行かないと買えないらしいんだけど、バカみたいに美味しそうじゃない?」
とさらに話題が増え、いつもの和やかな集まりに戻って行くのだった。
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