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記憶の細い糸
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「……入院?」
「そうなのよ。この近くの交差点で、信号無視の原付バイクに引っ掛けられたんですって。轢き逃げよ。足首の骨折と肋骨にヒビが入ったらしいの。怖いわねえ」
一週間ほどでかさぶたも出来て傷の痛みも治まり、青あざなどは残ったままだがロボット化は解けたので、私もまたバイトに復帰した頃。マスターはまだアパートに戻るのは心配だし危ないから、と未だに同居生活は続いていた。
転職して別の会社に移っていたひろみさんが、久しぶりにぱんどらにやって来たと思ったら、真理子さんが二日前に交通事故に遭っていたことを教えてくれたのだ。ひろみさんの腕の骨折もすっかり元通りだそうだ。
「それで、犯人は?」
「それがフルフェイスのマスクだったし、ナンバーも泥か何かで汚れていて全く分からなかったらしくて。警察も近くの防犯カメラの映像探してはいるそうなんだけど、まだ特定出来てないみたい」
マスターが青ざめた顔で私を見た。
「小春ちゃん、もしかして……」
「──いや、でもたまたまかも知れませんし」
小声で話す私達の様子を見ていたひろみさんが首を傾げた。
「何? どういうこと?」
「えーと、ですね……」
ひろみさんには心配かけまいと何も言ってなかったらしい。私は後で真理子さんに怒られても仕方ないか、と先日からの一件を説明した。
「……円谷さんも、真理子もそんなことになってたの? 何で真理子も私に相談してくれなかったのかしら?」
心配しつつも少々憤慨した様子のひろみさんをマスターがなだめる。
「まあ相談したところで防犯対策以外に何が出来るのかってのもあるし、心配かけるだけじゃない? ひろみさんも仕事始めたばかりで、覚えることが沢山あって忙しいってこぼしてたでしょ。坂本さんも気のせいかも、って言ってたし、忙しいひろみさんに、勘違いで迷惑かけたくなかったのもあるんじゃないかしらねえ」
「それにしたって、親友なのに」
「親友なら尚更じゃないですか。もし気のせいじゃなかった場合、ひろみさんにまで害が及ぶ可能性もありますから」
私も援護射撃しつつ、真理子さんも単なる偶然ではなかったのか、と思う。しかし一体誰が。
考え込むような様子を見せていたひろみさんが疑問を投げかけた。
「……でも、もしも美形のマスターの近くにいる女、関わりがある女ってことが原因だったとしても、そもそもマスターは外に出る時にはマスクとかで変装して顔をほぼ見せないようにしてるんでしょう? マスク越しに一目惚れとか有り得るのかしら? 確かに目元で美形なのは分かるけど、鼻とか口とかでガラッと印象変わることって女でも多いわよ?」
「言われれば確かに……お店ではマスクはしてませんけど、ほぼ常連さんしか来てませんし。たまに初見の方が来ても、オネエ喋りですから恋愛めいた感じには全くならないですもんね」
「そうなのよねえ……第一、買い物とか行っても話をしたのって、せいぜい偶然出くわした坂本さんが話しかけて来た時ぐらいだもの。その時もマスクしたままだったし……」
マスターも一緒になって考える。私と一緒に近所のスーパー行く際も必ず変態セットもとい変装セットだし、いくら目元だけでも美貌が分かるとは言え、流石に人に危害を加えるほどの吸引力はないだろう。そう考えていると、何かが引っ掛かった。
「……あれ?」
「小春ちゃん、どうしたの?」
マスターが話しかけて来るが、応えてしまうと消えてしまいそうなかすかな引っ掛かりだ。無視して引っ掛かりを慎重に手繰り寄せるよう目をつぶった。
マスターが店の外で顔を見せて出歩くことは、私の覚えている限りではなかった。だが、それは確かか? 本当に顔を晒したことはなかったのか?
「……あ」
ふと思い出した。
「──葬儀場」
「へ?」
マスターが大丈夫? という感じで私を見た。
「葬儀場でマスターはマスク外したじゃないですか。ほら、お寿司食べる時とお茶飲む時に。その後久松さんのお姉さんを追い掛けて来た時も外したままでしたよ」
「……ああ、そうだったわね言われてみれば。でもマスク外さないと食べられないし、お姉さんの時は突発事態だったからそれどころじゃなかったじゃないの」
「ですが、あの時ぐらいしか、マスターが顔をフルオープンしてたことが思いつかないじゃないですか!」
「フルオープンて何かいかがわしい感じがするんだけど、他に言い方ないの小春ちゃん。でも、たまたま親族とかの葬儀で私を見たからって、そこから私の周辺の状況なんて分からないでしょう?」
「……葬儀場に勤めている方ならば、遺族に何らかの方法で聞き出したり出来るかも知れません。そちらのお客様が高価な時計を忘れて行かれた、とか。きちんとお返ししないと会社の信用問題になるからと言われたら、遺族に連絡先も聞きやすいのではないかなと」
「ああ、それはあるかも知れない! 私がもし遺族だったら、親しい間柄でも面倒になったら嫌だと思うし預かりたくないもの」
ひろみさんが指を鳴らした。
「……うーん、だけど、そんな私の周囲の人に犯罪行為を犯すまでの顔かしらね? 今までは直接私にアプローチが来てたんだけど、それも全くないし。流石に考えすぎじゃ……」
半信半疑といった顔をするマスターに、
「「そこまでの顔です」」
とひろみさんと私がうっかり即答してしまい、マスターをどんよりさせてしまった。
すぐにスマホを取り出すと、久松さんのお姉さんに連絡を取り、突然の連絡をお詫びしつつ、こんな話がなかったかと尋ねてみる。
「……ああ、そう言えば、坂東さんがお財布を落とされたからって、葬儀場の女性の方から連絡が入ったことがあったわ。特にその後連絡もなかったから忘れてたけれど」
お礼を言って電話を切り、考えが正しかったのを知る。
まったく、マスターもうっかりマスクも外せないではないか。
マスターには正延さんに話をしてくれるようお願いし、私は明日の水曜、真理子さんのお見舞いに向かうことにした。
いつまでも防戦一方でたまるか、と考えつつも、マスターに何のリアクションもなく、私や真理子さんへの危害だけを行っているのがその女性だとしたら、一体何が目的なのか、と思わずにはいられなかった。
「そうなのよ。この近くの交差点で、信号無視の原付バイクに引っ掛けられたんですって。轢き逃げよ。足首の骨折と肋骨にヒビが入ったらしいの。怖いわねえ」
一週間ほどでかさぶたも出来て傷の痛みも治まり、青あざなどは残ったままだがロボット化は解けたので、私もまたバイトに復帰した頃。マスターはまだアパートに戻るのは心配だし危ないから、と未だに同居生活は続いていた。
転職して別の会社に移っていたひろみさんが、久しぶりにぱんどらにやって来たと思ったら、真理子さんが二日前に交通事故に遭っていたことを教えてくれたのだ。ひろみさんの腕の骨折もすっかり元通りだそうだ。
「それで、犯人は?」
「それがフルフェイスのマスクだったし、ナンバーも泥か何かで汚れていて全く分からなかったらしくて。警察も近くの防犯カメラの映像探してはいるそうなんだけど、まだ特定出来てないみたい」
マスターが青ざめた顔で私を見た。
「小春ちゃん、もしかして……」
「──いや、でもたまたまかも知れませんし」
小声で話す私達の様子を見ていたひろみさんが首を傾げた。
「何? どういうこと?」
「えーと、ですね……」
ひろみさんには心配かけまいと何も言ってなかったらしい。私は後で真理子さんに怒られても仕方ないか、と先日からの一件を説明した。
「……円谷さんも、真理子もそんなことになってたの? 何で真理子も私に相談してくれなかったのかしら?」
心配しつつも少々憤慨した様子のひろみさんをマスターがなだめる。
「まあ相談したところで防犯対策以外に何が出来るのかってのもあるし、心配かけるだけじゃない? ひろみさんも仕事始めたばかりで、覚えることが沢山あって忙しいってこぼしてたでしょ。坂本さんも気のせいかも、って言ってたし、忙しいひろみさんに、勘違いで迷惑かけたくなかったのもあるんじゃないかしらねえ」
「それにしたって、親友なのに」
「親友なら尚更じゃないですか。もし気のせいじゃなかった場合、ひろみさんにまで害が及ぶ可能性もありますから」
私も援護射撃しつつ、真理子さんも単なる偶然ではなかったのか、と思う。しかし一体誰が。
考え込むような様子を見せていたひろみさんが疑問を投げかけた。
「……でも、もしも美形のマスターの近くにいる女、関わりがある女ってことが原因だったとしても、そもそもマスターは外に出る時にはマスクとかで変装して顔をほぼ見せないようにしてるんでしょう? マスク越しに一目惚れとか有り得るのかしら? 確かに目元で美形なのは分かるけど、鼻とか口とかでガラッと印象変わることって女でも多いわよ?」
「言われれば確かに……お店ではマスクはしてませんけど、ほぼ常連さんしか来てませんし。たまに初見の方が来ても、オネエ喋りですから恋愛めいた感じには全くならないですもんね」
「そうなのよねえ……第一、買い物とか行っても話をしたのって、せいぜい偶然出くわした坂本さんが話しかけて来た時ぐらいだもの。その時もマスクしたままだったし……」
マスターも一緒になって考える。私と一緒に近所のスーパー行く際も必ず変態セットもとい変装セットだし、いくら目元だけでも美貌が分かるとは言え、流石に人に危害を加えるほどの吸引力はないだろう。そう考えていると、何かが引っ掛かった。
「……あれ?」
「小春ちゃん、どうしたの?」
マスターが話しかけて来るが、応えてしまうと消えてしまいそうなかすかな引っ掛かりだ。無視して引っ掛かりを慎重に手繰り寄せるよう目をつぶった。
マスターが店の外で顔を見せて出歩くことは、私の覚えている限りではなかった。だが、それは確かか? 本当に顔を晒したことはなかったのか?
「……あ」
ふと思い出した。
「──葬儀場」
「へ?」
マスターが大丈夫? という感じで私を見た。
「葬儀場でマスターはマスク外したじゃないですか。ほら、お寿司食べる時とお茶飲む時に。その後久松さんのお姉さんを追い掛けて来た時も外したままでしたよ」
「……ああ、そうだったわね言われてみれば。でもマスク外さないと食べられないし、お姉さんの時は突発事態だったからそれどころじゃなかったじゃないの」
「ですが、あの時ぐらいしか、マスターが顔をフルオープンしてたことが思いつかないじゃないですか!」
「フルオープンて何かいかがわしい感じがするんだけど、他に言い方ないの小春ちゃん。でも、たまたま親族とかの葬儀で私を見たからって、そこから私の周辺の状況なんて分からないでしょう?」
「……葬儀場に勤めている方ならば、遺族に何らかの方法で聞き出したり出来るかも知れません。そちらのお客様が高価な時計を忘れて行かれた、とか。きちんとお返ししないと会社の信用問題になるからと言われたら、遺族に連絡先も聞きやすいのではないかなと」
「ああ、それはあるかも知れない! 私がもし遺族だったら、親しい間柄でも面倒になったら嫌だと思うし預かりたくないもの」
ひろみさんが指を鳴らした。
「……うーん、だけど、そんな私の周囲の人に犯罪行為を犯すまでの顔かしらね? 今までは直接私にアプローチが来てたんだけど、それも全くないし。流石に考えすぎじゃ……」
半信半疑といった顔をするマスターに、
「「そこまでの顔です」」
とひろみさんと私がうっかり即答してしまい、マスターをどんよりさせてしまった。
すぐにスマホを取り出すと、久松さんのお姉さんに連絡を取り、突然の連絡をお詫びしつつ、こんな話がなかったかと尋ねてみる。
「……ああ、そう言えば、坂東さんがお財布を落とされたからって、葬儀場の女性の方から連絡が入ったことがあったわ。特にその後連絡もなかったから忘れてたけれど」
お礼を言って電話を切り、考えが正しかったのを知る。
まったく、マスターもうっかりマスクも外せないではないか。
マスターには正延さんに話をしてくれるようお願いし、私は明日の水曜、真理子さんのお見舞いに向かうことにした。
いつまでも防戦一方でたまるか、と考えつつも、マスターに何のリアクションもなく、私や真理子さんへの危害だけを行っているのがその女性だとしたら、一体何が目的なのか、と思わずにはいられなかった。
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