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同居生活

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「……なるほどね」

 今までの出来事を説明すると、暫く沈黙した後でマスターは呟いた。

「小春ちゃんの件もだけど、坂本さんもそんなことがあったのね……小春ちゃんだけならまだ小春ちゃんのストーカーが歪んだ恨みを抱いて、みたいなこともあるんじゃないかと思ったけれど、最近ぱんどらに来てくれるようになった坂本さんまでそんな危ない目に遭ったのだとすると、二人の共通点ってぱんどら、つまり私が関係している可能性が高いんじゃない? この陰湿な感じは昔から馴染みのある感覚だもの」
「──どういうことですの?」

 真理子さんが不思議そうな顔をする。マスターは昔起きたメンヘラ女子などの傷害事件や不法侵入事件の騒動などを語った。

「……そうだったんですか。それじゃあ女性が嫌いになるのも仕方がありませんわね。私も知らないとはいえ、しつこい行動を取ってしまったこと、お詫び致します」

 真理子さんが深く頭を下げた。

「いいのよ。どんな事情があろうと、私が失礼な態度を取ったことには変わらないから、それはごめんなさい。それに坂本さんは社会人としてモラルはあるし、こちらが本当に嫌だと思うことまで土足で踏み込まないだろうなと最近では分かるから大丈夫よ。……でも、私も正直この十年近くは、殆ど表に出ないような生活を送っていて、最近でもせいぜい近所の買い物にいったぐらいだし、そんなに接点がある女性がいるとも思えないのだけど……」

 確かに頬に手を当て悩まし気に考え込む姿は、空気が浄化されそうなほどに見目麗しいマスターではあるが、私が来てからは、久松さんの葬儀場に行ったのと製菓用品を買うのに少し遠出をした程度で、後は商店街で食料品を購入するために週に一回程度スーパーに行くぐらい。毎日のように病院通いをするため外出するお年寄りよりも外には出ない、ハイパー隠居生活者である。

「──とりあえず正延さんに相談しましょう」

 そう言うと、マスターはスマホを取り出した。

「……正延さんてどなた?」
「あ、最近ご縁があって、お客さんになって下さった刑事さんです」
「あら、リアルで刑事さんに会うのは初めてだわ」

 真理子さんと小声で話をしていると、正延さんはたまたま今日は非番ということで三十分もしないうちに現れた。
 整髪料も使ってない、いかにも寝起きという感じの正延さんは、ジーンズに黒のTシャツにスニーカーといったいで立ちで若々しく、とても刑事さんとは思えない。スーツ姿しか見ていなかったので大変新鮮である。

「おや、こちらの方は?」

 ぱんどらに入って早々、見慣れない顔を見た正延さんは相変わらずニュートラルな感情の読めない顔で真理子さんを見た。

「円谷さんの友人の坂本真理子です」

 幾分緊張した感じで挨拶をした真理子さんは、マスターが「彼女も今回の相談の関係者なんですの」と言うのを受けて、再度頭を下げた。



「そうですか……それで、坂本さんも円谷さんも、犯人にお心当たりはないと言うことですか」

 マスターが先ほどの話をまとめて説明し、皆にコーヒーを淹れてくれている間に、いつもの手帳にメモをしていた正延さんが顔を上げた。休みの日でもいつ何があるか分からないので、手帳だけは常に持ち歩いているらしい。

「小春ちゃんは、東京に出てきて半年で、さほど交友関係も広くないでしょうし、私は長年東京に居りますが、こんなことがあったのは初めてです。ただ、私の場合は気のせい、と言われても反論は出来ないですが、今日の小春ちゃんの件は明らかに殺人未遂だと思います」

 真理子さんがテキパキと話を進める。頭のいい人は順序だてて説明するのが上手いなあ、と横で感心して聞いていた。

「うん、確かに事件ではあると思うんですがね……ただ、それぞれ同じ人物の犯行なのか、別人なのかもまだ断定出来ないですし、坂東君との繋がりも不明なままですしね。捜査しようにもどう動けばいいのか。まず、相談実績と言う意味合いでも、円谷さんは明日にでも病院へ行って診断書を取り、署に被害届を出して頂いて、それからという流れですかね」
「そうですよね」

 確かに、今回のようなケガをしていなければ、真理子さん以外目撃者もおらず、単なる創作や被害妄想と片付けられる可能性も高いのだ。面倒ではあるが、明日は日曜なので、救急病院へでも行かねばなるまい。

「──刑事さんて、被害者の味方かと思いましたけれど、そうでもないんですね。少しガッカリしました」

 黙って話を聞いていた真理子さんが、少し怒りを滲ませた口調でそう言った。マスターがコーヒーを出しながら、警察も万能じゃないからと彼女をたしなめる。

「でも、下手したら小春ちゃん死んでたんですよ? いくらなんでも呑気過ぎやしません?」
「いや、真理子さん──」
「奄美から出てきて就職するはずの会社も潰れて、カフェでアルバイトしながら真面目に定職を探して必死に生きている善良な女性が、警察に護って貰えずに頭のおかしな犯罪者に手をかけられる、なんて理不尽なこと、あって良い筈がないでしょう?」

 真理子さんは決して嘘は言ってないのだが、何だか物凄い美化された表現をされている気がして気恥ずかしくなる。事実は、たまたまマスターの目的(ジバティーさん達の成仏)に私の敬遠されがちな能力が役に立つことが分かったため、良いお時給を提示されフラフラとバイトとして雇われている就職浪人のニート、というのが正しい表現である。
 正延さんは気圧されたように真理子さんの話を聞いていたが、少し微笑んだ。

「坂本さんは思いやりのある真っ直ぐな方ですね。ご自身も危ない目に遭っているのに円谷さんの心配ばかりしている」
「そうですよ真理子さん。自宅の近場でバイトしている私なんかより、電車通勤してる真理子さんの方がよほど危ないですよ」
「私は危機回避能力は高いのよ。のほほーんとしてる危機感のない小春ちゃんの方がよっぽど心配よ」
「人をアホの子みたいに言わないで下さい」
「違うわよ。小春ちゃんが生きるのに執着してない感じがして怖いのよ。多分、死んだら死んだでまあいいや、みたいに思ってそうで」
「……ははは」

 確かに大きく外れてはいない。だが人は遅かれ早かれ百パーセント死ぬ。痛いのはごめんだが、頑張っても無理そうなら諦めるしかないではないか。恐らく小さな頃から見えていた霊の存在が、私にあちらとこちらの境界線を曖昧にしている。ただ、個人的価値観なので、真理子さんがそれを見抜いていることに少し驚いた。頭のいい人というのは物事の本質まで捉えるのに優れているようだ。

「~だろうとか、かも知れない、で警察は動けないのです。すみませんね坂本さん。被害届を出して頂ければ、円谷さんの周囲を警戒するように手配が出来ます。ぱんどらの周辺もね。まだ坂東君が本当に関係あるのか分からないけれど、昔のことを考えると、君も暫くの間はなるべく外に出ないようにした方がいい。買い物でも一人で行動しないように。それは坂本さんも同じです」
「分かりましたわ」
「……はい、気をつけます」
「しかし、アパートでの嫌がらせ行為を考えると、円谷さんを一人にしておくのは少々不安がありますね」

 うーん、と正延さんが考え込んだ。

「あ、それなら私の家がいいんじゃないかしら? どうせ両親の部屋も空いてるし、一応外からの防犯対策はしっかりされている家だから安全よ」

 ぽん、と手を叩いて名案というようにマスターが声を上げた。

「え? いや、そこまでご迷惑はかけられません」
「何言ってるのよ。小春ちゃん手足に包帯巻いてるんだから、数日は料理どころか一人でお風呂も入れないでしょう? 体はおしぼりとか用意するから自分でやってもらって、頭は服着て貰った状態で私がやるわよ。前に父が腕を骨折した時にも、私が洗髪ずっとやってたから慣れてるもの。男でも一日頭を洗わないとイライラするって言ってたから、女性なら尚更じゃない?」

 実際お風呂どうしようかなあ、と思っていたのは事実だが、マスターにそんなことされたら動悸がえらいことになっておかしくなりそうだ。

「ああ、それなら職住近接だし、便利じゃないですか」
「私のマンションに来てくれてもいいけど、狭いワンルームだし、お互いプライバシーが保てないわよねえ。二駅とは言え電車に乗らないといけないし。今回はセキュリティーも考えて坂東さんにお世話になるのが一番いいんじゃない?」

 二人とも名案だという感じで賛意を示しているが、親友にも見透かされたように少なからずマスターに好意を抱いている人間である。事前に惚れるなと言われたトラウマ持ちのマスターに、バレないよう必死に平常心を保っているのに、どんな拷問だろうか。

「それじゃ決まりね! 小春ちゃんも暫く自分の家だと思ってくつろいでね。私にも責任あるかも知れないし、せめてこのぐらいはさせて」

 くつろげない。全く一ミリもくつろげないのだが、現状を冷静に判断すると頼るしかないと分かってもいる。感情表現が乏しい私の武器を最大限に利用するしかあるまい。

「……しばらくお世話になります」

 私は頭を下げるしかなかった。



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