カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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彼は供養を思いつく

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 ぱんどらでは新入りの浮遊霊であるマーク・ボンドさんは、ジバティーの皆さんが世間話ついでに詳しく個人情報を入手してくれたらしいので、私は今回、ただメモするだけで良かったので助かった。

●マーク・ボンド(三十四)
 フワフワの金髪に青い瞳。アメリカ人。マンガとアニメが大好きで、二十四で日本にやって来て就職をしたプログラマー。休日のドライブ中、自転車に乗った子供が横道から飛び出してきたので、咄嗟によけたら電柱にぶつかり、恐らくそれが原因で死亡したらしい。気になることは、見ていたアニメとマンガの続きが永遠に見られないことと、あの子供が元気かどうかくらい。死んでから多分数年は経っていると思うが、眠ることも食べることもなくなったせいか、時間の経過が今一つ分からない(本人談)。

「マスター、お店の霊の世界もワールドワイドになって来ましたね」

 私が午後の休憩時間にぱんどら特製カレーライスを食べつつ、マスターに声をかけた。本日はかなり強い雨が降っているせいか、オープンから三人しかお客さんが来ておらず、現在は一時間ほどゼロである。つまりは暇だ。

「……誰のせいだと思ってるのかしら?」
「いや、だけど私がマークさん連れて来る前にはもう李さんがいたじゃないですか。冤罪ですよ冤罪」
「それもそうね。──それにしても暇ねえ」

 カウンターに頬杖をついて入口を眺めていたマスターが、そういえば聞きたかったんだけど、と私を見た。
 食べたカレーライスの皿とスプーンを流しに持っていき洗いつつ、はあ、何でしょう? と返す。

「小春ちゃんって鹿児島でしょう? 標準語に全く違和感ないんだけど、今の若い人って方言とか使わないの?」
「いえ、人によってですけど、年配の人ほど強い方言は使わないです。大抵の若者は標準語話せますよ。だってドラマとかニュース、動画サービスなんて、喋ってる人ほぼ標準語じゃないですか。耳が慣れてるので、普通に話そうと思えば話せます。まあ私は元から東京に来る予定だったので、意識して発音とか気を付けてましたが。多分仕事をするにも話が伝わりにくいので」
「え? おいどんは何とかでごわす、とかそういう感じじゃないの? 別に伝わるじゃない」

 私はちょっと吹き出した。

「西郷隆盛ですかそれ。いえ、勿論伝わるのもありますけど……じゃあ【びんたがうっ】って分かります?」
「びんたがうっ? えーと、びんたされた、かしら?」
「頭が痛い、頭痛がするって意味です。びんたっていうのが頭のことですね。あとは【きょらさんうぃなぐ】とか」
「きょ、きょらさん、え?」
「きょらさんうぃなぐ。綺麗な女の人って意味です。【きょらさやー】って言うと綺麗だねーって感じです。……ね? 普段使ってる人でないとまず分からないでしょう? そんなのが多いんです。奄美の方でも地域に寄ってまた少しずつ言い方が違ったりしますしね。イメージ的にほら、沖縄の方は島人(しまんちゅ)とか海人(うみんちゅ)とか言うじゃないですか? 漢字は同じでも発音が違う、表現が違う、みたいな感じだと思って頂ければ」
「……はー、ほんと全く分からないわねえ。そうすると、小春ちゃんは鹿児島弁と標準語のバイリンガルってことね?」
「そういうとお洒落ですけども、田舎に戻らないと使わないですし」
「──小春ちゃんは、地元に戻る予定はあるの?」

 マスターが尋ねた。

「今のところはないですね。祖母もまだ六十二ですが悪いとこもなく健康ですし、母も四十過ぎた辺りで元気過ぎなくらいですからね。里帰りぐらいはしますけど、多分介護とか、よほどのことがないと戻らないと思います。余りいい思い出もないですし」

 親友に会えないのは寂しいが、それ以上に実家に戻って、祖母に何かあった場合、親族の無言の圧力で、なし崩しにユタの修行をさせられてしまいそうなのが嫌だった。

「そう……若いのに苦労してるものねえ」

 マスターは私の頭にぽん、と手を置いて撫でて来た。……止めて下さいよ、マスターのいい人メーター上がっちゃうじゃないですか。

「マスターも大して年違わないじゃないですか。小学生ですか私は」
「二十二と二十七を一緒にしたらいけないわよ。もうね、徹夜すると体調が半端なく悪くなるし、ずっと立ち仕事って疲れは溜まるし、もう無理の利かないオッサンなのよ私は」
「……あの、泉谷さん達男性陣が『今すぐ全世界のオッサンに謝れ。地球上の二十代男性に謝罪しろ』と抗議していますが」
「あーもう姿は見せない癖にうるさいわねえ。個人差ってもんがあるじゃないのよ全く。──はいはいすいませんでしたー、私が悪うございましたー。これから発言には気を付けますー」

 マスターが奥のテーブル席に向かって頭を下げた。泉谷さん達はすぐ真横にいたのだが、まあいいか。

「どうせこんなすごい雨じゃ、もうお客さん来ないわよねえ……よし、もう閉めちゃいましょうか。たまにはいいでしょ」
「賛成です。少しは忙しくないと、全然時間が過ぎないですもんねえ」

 そうと決まれば、とマスターはいそいそ表のOPENの札をCROSEにして、ロールカーテンを下ろす。

『あ、今日は早じまいデスか? とてもいいデス、店でゆっくり出来ます。まだまだ積もる話ありマスしねマークさん?』

 李さんが嬉しそうな顔をした。

「いや、李さん達は雨に濡れないんですし、そのメリットを活かして外で話せばいいんじゃないですか?」
『確かに濡れないんだけどさ、雨だと屋根とか地面に当たる音が結構うるさいし、何か雨だと気分が滅入るって言うか……ねえ?』
『そうやで小春。何が悲しゅうて雨露しのげる快適な家があるのに外で世間話せなならんねん』
「ここはお店ですし、泉谷さん達の家でもないですけどね」
『アホやな、ワシはもう二十年近くいるんやで。もう家や、家』

 何やら機嫌の良さそうな泉谷さん達を呆れたように眺める。だが、早すぎる仕事終わりで、私も何だかお得な気持ちである。勿論働いた時間しかバイト料はない訳なのだが、何といってもまだ午後の二時前だ。

(本当は電車で吉祥寺まで出て、スイーツ巡りでもしたいけど、この雨じゃ流石にね……)

 さて、どんな時間の過ごし方をしようか、と考えつつ裏口へ向かおうとしたら、「ねえねえ小春ちゃん」とマスターに呼び止められた。

「はい、何でしょう?」
「私はジバティーさん達見えないんだけどさ、彼らって、ほぼ基本はお店にいるか近所を散歩するぐらいじゃない? 眠る訳でもないし、今日の私達みたいに、結構暇を持て余すこともあるんじゃないかと思うのよ」
「そうですね。現にマークさんが相談ダイヤル窓口になってますから」
「やっぱりそうよね。──でね、私思ったんだけど、図書館で調べても情報見つからなかったし、成仏は当分してくれそうにないじゃない? だから、供養じゃないけど、退屈で悪霊のようになられたら困るからね、娯楽的なものが必要じゃないかな、って思う訳」
「娯楽、ですか?」

 あのー、ジバティーさん達が大変期待のこもった眼差しを向けてますけども、ここでそんな話をしてもよろしいのでしょうかマスター?
 私は、若干不安な思いを隠しつつ、マスターからの言葉を待っていた。



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