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モーモーと父とヒーローと

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「今日も収穫なしだったわねえ……」
「もしやと思った影もイノシシだったものねえ」
「まあ有り難く狩らせて頂きましたし、デュエル様たちも大喜びでしたけれども」

 ネイサンが伝言コウモリとして空に消えて行った日も、私たちはモーモーの発見に至らなかった。まあレアな生き物と呼ばれているのにそう気軽に現れる訳もないのだけれど、念じれば通ずるみたいな甘い気持ちがあったのよね。
 私たちは恒例の夕食バーベキューの後、お風呂で愚痴をこぼし合っていた。
 メメに頭と体を洗ってもらい、湯船に浸かる。
 ゾアがメメに洗われている間に、私は何かもっと良い方法がないか考えていた。
 ふと、気づいたことがあり、メメたちに声を掛ける。

「……ねえねえ、モーモーって基本的にミラークしか食べないじゃないってことは、すりつぶしたミラークを腕とかに塗れば、もっと香りが広がって、モーモーが引き寄せられないかしら?」
「──うーん、そうねえ。悪くはないけど、体にアレ塗るの? 悪臭とまではいわないけど、ちょっと刺激のある香りじゃない?」
「口に入れた時の衝撃ほどではございませんけれどもね。確かに、すりつぶすと酸っぱいような独特の香りが強まりますね」
「でしょう? 強まるってことは、動物の嗅覚って私たちより何百倍もあるって言うし、集まりやすくなるんじゃない?」
「そうね。どうせなら色々試さないと、いつまで経っても帰れないわよね。いいわ、明日試してみましょ」

 私たちもいつまでもここでハンターをしている訳には行かないのである。

 翌朝、群生地へ向かった私たちは、二の腕の辺りにミラークの葉の汁を塗っていた。手のひらから肘辺りまではうっかり舐めたら地獄を見るのと、香りがキツいためだ。
 今日も到着してから二時間、身を潜めて辺りを監視しているが全く動きはない。
 必ず現れると言われて待つのと、現れるかも知れない、では心身の疲れがまるで違う。私たちは今日もダメかも知れないという諦めの心境にあった。

「……もう少し待ってみて来ないようなら岩場に移動して昼食にしましょうか」

 私はゾアたちに小声で話し掛ける。

「そうですね」
「今日はイルマおば様特製の炙ったイノシシ肉を入れたサンドイッチだったわよね。マスタードが効いてて最高に美味しいのよねえ……お腹空いて来ちゃったわー」
「…………あ」

 私はとっさに唇に指を当て、もう片方の腕で前方を指差した。
 真っ白な毛並みのグラマラスなボディー。ネズミっぽい見た目。
 あれはきっとモーモーだ。初めて見た。だけど、聞いていた話では大きくても私たちの身長ぐらいって言ってなかっただろうか?
 私の視線の先に見えるモーモーは、少し離れていることを差し引いても体が二メートルはゆうに越えている。
 ちょこちょこ動き回りながらミラークを食べている姿を見ながら私は囁いた。

「……アレ、ちょっと大きすぎない?」
「かといって、毒矢を使ってしまって肝取る時に万が一血に毒が混じっても困るしね。でも、あの大きさで眠り薬塗った矢が効くかしら……動きも思ったより素早いわね」

 そう言いながらもゾアが背中からそっと弓を引き抜いた。
 慎重に狙いを定める姿を息を止めて見守る。

「──ちっっ」

 弓を放ったと思ったら小さくゾアの舌打ちが聞こえた。外してしまったようだ。モーモーは体を起こし、鼻をうごめかせて周囲を警戒してチチチ、と歯を鳴らしている。
 ゾアが慌てて二の矢を放とうと矢をつがえたが、私たちの気配に気づかれた。
 こちらに向かって走って来る様子に矢を撃っている時間はないと判断し、ゾアはナイフを腰の鞘から掴んで引き出した。私も長剣を鞘から抜き払う。

「エヴリンお嬢様、ゾア様、離れないで下さい。行きますわよ!」

 メメもニードルと呼ばれる刀身が針のように丸く細長い剣を掴むと、真っ先に草むらを飛び出した。
 ギイイイッ! っと声を上げながら威嚇するモーモーに、私たちは何とか致命傷を与えようと動き回ったが、とにかく動きが素早く思った以上に傷を負わせることが出来ない。また爪が固く長いので、打ち下ろした剣が振り払われる形で弾かれてしまう。だが、ようやく現れたモーモーだ。絶対に逃がさないわ。

(……やった!)

 しばらく攻撃を仕掛けていると、私の剣がモーモーの肩口を裂き、血が流れたモーモーからギッ、と悲鳴が上がる。
 だが私も大きな攻撃が当たったので油断していた。モーモーが剣を避けようと振り回した爪が左腕に当たり、一瞬の後に一気に流血した。四本の線が走ったような切り傷を見て、ゾアが悲鳴を上げる。

「エヴリン!」
「大丈夫よこれぐらい! それよりよそ見をしないでっ!」
「エヴリンお嬢様、前に出過ぎです! お下がり下さい!」
「嫌よ! ここで諦めたら何のためにずっと待ってたのよ! それに皆が傷つけられる方が怖いわよ!」

 全てはグレンのためである。つまりは自分のためなのだ。せっかく付き添ってくれた友だちのゾア、第二の母のような存在のメメ。己の欲望のために彼女たちにケガを負わせる訳には行かないのだ。
 私は更に一歩前に出る。
 すると頭上から『おーい、お前たちー!』と念話が届いた。

「……ネイサン?」

 モーモーから視線を離さずに声を上げると、背後の方から馬のいななきに続けて父の声が聞こえた。

「エヴリンッ!」
「エヴリン姫!」

 あらグレンの声まで聞こえたわ。幻聴かしら?
 だが振り向きたくても、私たちに手傷を負わされ気が立って攻撃してくるモーモーからの防御で目を離せない。
 馬の足音が近くで止まる気配がして、すぐ横に誰かが立った。

「エヴリン、大丈夫か?」
「──やっぱり父様だったのね? 一体どうしてここへ……」
「詳しい話も説教もあとだ。ケガはないか?」
「えーと……まあ大したことはないわ」

 構えた剣をそのままに腕を父に見せたら、ひゅっと息を飲む声がした。

「……大事な娘に流血させおって。クソネズミめ、楽には殺さんぞ」

 構えた大剣を恐ろしい速さでモーモーに振るい、あっさりとモーモーの右腕がぽとん、と落ちた。
 グギギイイッ! モーモーが大きな悲鳴を上げる。

「エヴリン姫! ひとまず皆さんと下がって下さい! あとは陛下と私が相手をします!」
「グレン……」

 彼らの前では私たちは足手まといでしかない。ゾアやメメに手で後方へ合図をし、私もそっと下がった。
 お陰でようやくまともに姿を見られたが、広々とした背中まで神々しいわグレンは。
 だが父は昔から向かうところ敵なしという常識外の強さだったので良いが、最近グレンが戦う姿を見たことがなかった。
 ハラハラと見守ったが、心配することもなく、父とグレンの二人で大した時間も掛からずに倒してしまった。グレンが執拗に爪の辺りを攻撃しながら「万死に値する」「尊い血を……」などとブツブツと言っていたが、少し離れていたため細かくは聞き取れなかった。
 動かなくなったモーモーを見て更に心臓辺りにとどめの一撃を加えようとした父を見て、ハッとした私が慌てて止めた。

「待って父様! 肝が必要なの!」

 すんでのところで止まった父は、忌々しそうに剣を収めた。
 私はゾアと協力して腹を裂き肝を取り、メメが取り出した革袋に入れる。

「ああ、良かったわねえ!」
「良かったけど……ローゼンおじ様とグレンが後ろでめちゃくちゃ怖い顔してるわよ」
「言わないで。怖くて振り返れないもの」
「諦めましょうよエヴリンお嬢様。とりあえずパラディに戻って傷の手当てをしてからのお話ですわ。最悪、傷が痛くて辛い、とか言って本日は逃げ切りましょう。どうせ帰るのは早くても明日ですし」
「そうねそうね」

 ひそひそと会話を交わしつつも、私たちは何とか逃げ道はないかとあがくのだった。



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