DOTING WAR~パパと彼との溺愛戦争~

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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ミラーク

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 老人の終の棲家、という若干物悲しいイメージに思われているであろうパラディの町は、やって来てみればリタイアした陽気な人たちが遊び楽しむ遊技場であった。
 始まったバーベキューパーティーには多くのご老人(外見は三十代四十代ぐらいの働き盛りなのだけど)が参加し、ラフな服装で酒を酌み交わし、焼いた肉や野菜を食べまくり、歌ったり踊ったりしている。
 上級魔族だの下級魔族だのという身分差もここにはなく、どうせ大体は長生きするんだしケンカせず仲良くやりましょうや、という感じで、元国王である祖父や元王妃の祖母でさえ基本は「デュエル」「イルマ」と呼び捨てである。町長という役職も、みんな面倒臭がってやりたがらないので、三年ごとの持ち回りだそうである。
 自給自足、他に欲しいものがあれば退職後の貯金をちょいちょいと使う程度で生活が成り立つらしい。むしろ果物や野菜などが獲れすぎて、勿体ないとジャムや漬物にして麓のエンジーの町に売ったりするので、お金が減るどころか地味に増えてたりもするようだ。

「もう退位してるし、年食ってまでかしこまられても面倒臭いしな。対等な付き合いで飲む酒の方が楽しいし美味い」
「そうよね! 私もここに来て周りの人たちが教えてくれたから、ちゃんと普通に料理を作ったり洋服も縫ったり出来るようになったんだもの。毎日退屈になってるヒマもないわ」
「ふふふ、楽しそうで何よりです」

 私たちが美味しい漬けダレの焼肉や野菜を食べまくり、一息ついた辺りでゾアが「私も祖父母と久しぶりに話して来るわねえ~」とワイングラスを持って消えて行き、メメも片付けの手伝いに参ります、と祖母と姿を消した。

「あの、お祖父様……」
「ああ分かっとる。ちゃんと呼んでおいたからそろそろ来ると思うぞ──おおい、エランド! テッサ! こっちこっち」

 祖父が手を上げると、気づいた男女がやって来た。

「やあデュエル。お前の孫が結婚するとか。吸血鬼族だって? おめでとう!」

 リザード族のエランドが笑みを浮かべて私を見て握手をする。隣に立っているのがテッサだろう。艶やかなブラウンの髪の妖艶な美女である。そして彼女がすいっと腰を落とした。

「エヴリン姫、この度はおめでとうございます。国民として心よりお祝い申し上げます」
「まあ、やめて下さいな。この町で姫などと言われても気恥ずかしくて困ります。堅苦しい挨拶は抜きにして下さい。それにまだ決まった訳ではないんですの」

 私は二人に向き直ると、持って来たグレンの母からの紹介状も渡し、読み終えるのを待って話を続けた。

「テッサおば様、私は何としてでも大好きなグレンと結婚したいのです。ただ、それを叶えるには障害があって……」
「分かりますわ。私もエランドとの結婚では苦労しましたもの。ね?」
「そうだねえ」

 現在も仲の良さそうな二人を見て、私もグレンと結婚出来たらこんなにラブラブでいられるのかしら、と羨ましくなる。

「方法はありますわよ。吸血鬼族の活動時間を変える……つまり、睡眠時間を変える方法ですが」
「本当ですか!」

 私は思わず立ち上がった。

「はい。ミラークというかなり苦い眠気覚ましの薬草があるのですが、それをすりつぶして丸薬にしたものを一年間飲み続けると、体質が変わり、昼間でも起きていられるようになりますわ」
「一年間……一年間も掛かるのですか」
「まあ簡単に体質は変わらないですしね。私は主人と一緒になりたかったので必死で飲みましたが、そりゃもう苦いですし辛かったですわよ。……まあ今でも昼間眠くなることもありますけど、前ほど耐え切れないこともないですね。それにお昼寝する人たちだって沢山いますから、少しぐらいはね」
「テッサが良く木陰のハンモックで昼寝してるが、あれは少しなのか?」
「ま! デュエルったらひどいわ! エランド、ちょっと言ってやってよ」
「うん。本人的には少しだよ。でも今は仕事も辞めて老後を楽しんでるんだし、別に昼寝ぐらいは毎日だって構わないだろ?」
「エランドったらもう、大好き!」

 熟年カップルのイチャコラを見ているゆとりは私にはない。

「……あのう、もっと短くなる方法はないんでしょうか?」

 残る期間はもう二カ月ちょっとしかない。グレンに呑気にちんたら一年間丸薬を飲ませていたら、私に別の婚約者が決まってしまうではないか。
 悲壮感漂う私に、テッサは真顔になった。

「──あるわよ」
「え? あるのなら是非そちらを教えて下さい!」
「ただ、かなり難しいと言うか……本当に聞きたい?」
「はい! はい! 短期間でどうにかしないと別の人と婚約させられてしまうんです」

 私は必死で頭を下げる。
 黙って聞いていた祖父も、口を添えてくれた。

「エヴリンの初恋成就のためだ。まあ出来るか出来ないかはともかく、後悔させんためにも知っておいて損はないだろう。教えてやってくれないか」
「分かったわ」

 テッサの話してくれたところによると、ミラークを餌にしているモーモーというレアな動物がいるのだそうだ。見た目はバカでかい白いネズミみたいな感じで、その動物の肝と薬草を混ぜたものを小さな団子にして、スープなどで味をごまかして一日一つずつ食べるらしい。

「それならば一カ月も掛からずに体質を変えられるわ。……ただ最初に説明しておくけれど、そりゃもう死ぬほど苦くてマズいのよ。何しろ苦いミラークを食べて生きてる訳だから。自分が耐えれば良いんだと思って、一週間掛けて探してモーモー倒したんだけど、あの味は何て言えばいいのかしら……腐った肉をしばらく放置して液状になった時みたいな臭いと、噛まなくても口に溢れる強烈な苦みで、飲み込むのが本当に苦痛で苦痛で……この世の終わりみたいな気持ちだったわ。だから私は三日でギブアップ。まだましな丸薬で一年間にしたの」
「……」

 そんな恐ろしいものをグレンに?
 私がやるならまだしも彼にそれを強制させるの? そんなことしたら嫌われるじゃない私が。……ただ、丸薬自体は確保出来るならばしておきたい。三カ月の期間の間だけでも、少しは楽になるかも知れないものね。

「エヴリン……ローゼンに丸薬で一年間に伸ばしてもらうのはどうかね? 私から頼んでも良い」

 話を聞いていた祖父が恐る恐るといった感じで私に声を掛けた。

「父はグレンにも、娘と結婚したいなら気合いを見せて欲しい、みたいなことを言ってましたし、楽に出来る方法を許すとは思えませんわ」
「……まあ、あいつならそう言うだろうな。ただでさえ可愛いエヴリンを嫁にしたがる奴みんな死ねばいいのに、とか昔言ってたしなあ」
「もうっ、冗談でもそんな大げさなこと言わないで下さいお祖父様!」
「いや、事実だが──」
「それよりも、ミラークはどこに生えているんですかテッサおば様?」
「え? ここと隣の山間だけど……ただモーモーって臆病だからなかなか現れないし、ネズミみたいって言ってもクマぐらいの大きさあるわよ?」
「クマ……まあ彼に申し訳ないのでモーモーを捕獲するかはともかく、薬草は持ち帰って丸薬にすれば、彼も助かるのではと思うんです」
「──エヴリンったら、本当にその彼のことが好きなのねえ」

 テッサは笑顔になると、私の頭を撫でた。

「恋する乙女は応援しなくちゃね。群生しているところの地図を描くわ。あとは一応モーモーも居そうなところも。私は二度と口に入れたくはないけど、彼がそう望むかどうか分からないし。……私は愛する女性のためには苦難を突き進む男が好きだけど」

 ちょっと待ってて、と立ち上がったテッサは早足でどこかへ行ってしまい、少し待っていると一枚の紙を持って戻って来た。

「何十年も前の記憶だけど、多分今もそう変わってないと思うわ」
「ありがとうございます」

 開いて見ると、このパラディの町と周辺の地形、ミラークの図解に群生地の場所などが分かりやすく書かれている。

「助かりますわ。……あの、それでこの×マークは……」
「ああ、それ? クマと毒蛇と山賊が出没したところ。その辺りは避けた方が無難よ。まあ山賊は人間族だったし、襲われても別に反撃すれば良いけど、一応結婚前の乙女だし、今回ははおしとやかに隠密でね。エヴリンもゾアもイノシシとかウサギ倒せるから強いだろうけど。メメもいれば怖い物なしよ」

 さらりと言われてるけども、私は一応王女なんだってば。
 まあそうだな、じゃないのよお祖父様も。

 しかし、ようやく婚約者(仮)から婚約者(確)への道は一歩進んだ。
 ……進んだ、わよね?



 
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