DOTING WAR~パパと彼との溺愛戦争~

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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パラディ山は美味しいものが沢山です

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 パラディ山の頂に向かう道のりは、なかなかに険しい。
 麓の町エンジーで副執事と別れた私たちは、荷物を背負って細い山道に分け入った。まあ荷物と言っても食材は現地調達なので、弓や剣、縄など以外は最低限の飲料水と調味料、鍋と深皿とカップにフォークやスプーン、それにパラディの町に着いた際の着替え程度なので、さほど重たくもない。冬場ならともかく夏なので服装も薄くて助かる。

「──いやあ、それにしてもあっついわねえ」

 一時間も歩いていると、ゾアがうんざりしたような顔で情けなく声を出した。

「確かに。水を頭からかぶりたいわね」
「本当ですわね。川があったら少し休憩して涼みましょうか。汗も拭いたいですし、っと!」

 メメが近くを這っていた二mほどのヘビを素早くナイフで仕留めると、いそいそと麻袋にしまい込んだ。

「……ちょっとメメ、それ食べられるの?」

 私はにょろにょろっとした足のない生き物が苦手である。

「はい。あっさりした鳥肉みたいで美味しいですよ。塩味でも良いのですが、甘辛いタレに漬けて焼くと更に美味ですわ」

 ゾアは痩せの大食いなので、目を輝かせた。

「まあ! それは楽しみねえ。パンに挟んで豪快に行きたいものだわ。……あ、じゃあこの通りすがりに狩ったウサギは夕食にしましょうか」
『おーい、ワシの飯も忘れるなよー』

 私の肩に乗っているネイサンが羽根を広げて文句を言う。

「そうだったわね。ごめんなさいネイサン」

 私はプラムに似た果実を見つけたので、多めに袋に収穫しておいた。ネイサンはオウムサイズなのでコウモリとしては少し大きめなのだが、果物と葉っぱしか食べないので、ヘビだのウサギだの言われてもちっとも嬉しくないらしい。残念ながらこの果実もお気に入りではないようだ。

『うーむ……それは少し酸味があるし、甘みが少ないんじゃがのう』
「ネイサン、あんた贅沢過ぎるんじゃないの? 羽根もあるのに飛ばずにエヴリンを足代わりにしてるし、食べる物にまで注文つけるつもり?」

 ゾアがブツブツ言っているネイサンの頭をぺしりと叩く。

『あだだっ。大事じゃろうが、旅のマスコット的なアレは』
「ジー様がマスコットとか片腹痛いわ。働かざる者食うべからずって言うでしょうよ。ほら、空から見て川の方角でも調べてらっしゃい」
『お主らなら野生の勘ですぐ見つけるじゃろうが』

 ぶーぶー言いながらもパタパタと空へ飛んで行った。

「メメ、パラディの町までどれぐらい掛かるの?」

 私は水筒の水を飲みながら尋ねた。お祖父様たちが王宮に訪問してくれるので、私自身は行ったことがないのだ。

「そうですわねえ……もう亡くなりましたが、以前病気だった祖母のところへ見舞いに参りました時は、十年ほど前でしたけれど確か丸一日は歩いたと記憶しております」
「鍛えているメメが若い時でも一日以上掛かったのなら、私たちならやっぱり急いでも二日は掛かるわね」

 夜中に到着しても町の門番にもマリエルのご両親にも会えないものねえ。

「ま、いずれは着くんだから、せいぜい美味しい獲物でも狩りましょう!」
「ゾア……何だか生き生きとしてるわね」

 私は笑った。おしとやかにしているゾアよりも、活発な彼女の方が楽しそうで好きだ。

「……花嫁修業とかでマナー以外にも、母様に刺繍だのお菓子作りだの色々とさせられてて、少しストレスが溜まっていたんだと思うわ。この間、弓を引いて獲物を狙ってた時に気づいたのよ。ああ弓が好きなんだわ私って。──あ、もちろん戦とか人に向けるんじゃなくて狩猟としての弓よ?」
「分かってるわよ。美味しくも頂けるものね」
「そうなのよね! 屋敷でちまちまとナイフとフォークで食べていると、イライラするのよねたまに。量も少ないし」
「ゾア様は小さな頃から、見た目の細さの割にやたらと食べておられましたものね。全く太られないですし、腸内に寄生虫でも飼っておられるんじゃないかと心配しておりましたが、お元気そうですから問題ないですね」
「やめてよちょっと。寄生虫? 寄生虫がいると太らないの?」
「祖母からはそういう風に聞いておりました。何でも体に入る栄養素を食べてしまうのだとか」
「ひいいいい」

 うずくまるゾアに笑みを浮かべたメメは、大丈夫ですよと続けた。

「元々の体質もありますし、いたとしても自然に排出されることもあるそうです。苦労せず太らないで済むなら万々歳じゃありませんか。まあげっそりやつれてくるほど栄養取られるなら、薬で退治すれば良いですし。そもそも人は大抵体の中に虫だの細菌だのがいるんですよ」
「……そうなの?」
「ええ。悪い作用だけでなく良い作用をもたらす存在もいるらしいですから、余り深く気にしても仕方がありませんわ。中にいたら見えませんし」
「そう……そうよね? 気にしてもしょうがないものね」
「はい。エヴリンお嬢様もゾア様も単じゅ……深く悩まないのが美点なのですから、いつも通り大らかでよろしいかと思いますわ」
「メメは良いこと言うわね! 気にしても仕方がないことは気にしない。うん、大事なことよね」

 相変わらずさらさらっと前向きな方向へ丸め込むメメの手腕に惚れ惚れしていると、ネイサンが戻って来た。

『おう、あったぞー、東に一キロちょい登ったところかの。ワシの好きなベリーも生えていたぞ』
「ありがとうネイサン!」

 年寄りをこき使いおって、と毛づくろいをしているネイサンを私の肩に乗せて、いざ川へ向かって出発である。

「ついでだから川魚も獲って塩焼きにしましょうか」
「そうね。あとは水も補給して、近くに洞窟でもあると助かるわね。寝る時に警戒レベルを高めなくて済むもの」
「火だけは切らさないようにしておけば大抵何とかなります。いざとなれば倒せば良いだけですし」

 女三人コウモリ一匹の一見か弱げな見た目詐欺の集団は、狩りもこなしつつ物騒な会話で盛り上がりながら川場へ歩みを進めるのだった。



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