16 / 33
突破口
しおりを挟む
睡眠時間を徐々にずらしていくという作戦は、最初の一週間、二週間目まではどうにかなっていたようだった。グレンは瞳も赤いのに白目の部分まで充血させていたらしいが、手足に傷を付けてでも何とか起きてはいられたようだ。ゾアの屋敷での作戦会議で、ネイサンがリンゴをしょりしょりかじりながら教えてくれた。
『……じゃがのう、本人にいくらやる気があっても、種族の本能で眠ろうとしてしまうんじゃからどうしようもあるまい。恐らくあと二、三時間もずらせたら、奴も起きていられるか正直分からんわい』
グレンは騎士団の寮に住んでいる。
普段九時には寝ていた人間が、就寝時間が毎週十時、十一時とずれていく。たまになら何とか耐えられても毎日である。仕事もそれに合わせてずらすように父が手配していたが、起きる時間はそんなに都合よくは行かず、自然にいつもと同じ時間に目が覚めてしまう。結果どんどん睡眠時間が削られる。
そして、週に二日の休みの日には、元通りの時間に倒れ込むように眠ってしまうので、せっかく耐えながらもずらせていた就寝時間もリセットされてしまうのだ。
『ワシも心配してもう諦めた方が良いのではないかと諭したんじゃが、絶対に諦めない、と頑なでのう』
「ちょっとネイサン! 勝手に諦めさせようとしないでちょうだい。エヴリンと結婚したいって言ってるグレンの応援するべきでしょうが。年ばっかり取ってて何の知恵も働かないの?」
ゾアが抗議するが、ネイサンの報告で私はひどく落ち込んでいた。
大好きなグレンと結婚したいと言うのは変わらない。
ただ、だからといって彼に無理難題を強いるのは間違っている。
「私のせいで、彼にしなくても良い苦行を強いているのよね……」
私が呟くと、ネイサンもゾアも慌てた。
『やや別にエヴリンのせいじゃないぞ。あやつが勝手に頑張っとるんじゃ』
「そうよ。グレンだって、エヴリンと結婚したいと思っているから必死にやってるんじゃないの。あなたが気に病むことはないわ」
そう慰めてはくれるが、私はただグレンと結婚したいと願っているだけで、別に何の無理もしていない。彼だけが一方的に大変なのだ。
「私も何か協力出来ることがあれば良いのだけど……」
「うーん、こればかりは何ともねえ」
私とゾアが顔を見合わせてため息を吐く。
「──ねえ、ちょっと気になったのだけれど」
少し考えていたゾアが顔を上げた。
「なあに?」
「いえほら、今までだって吸血鬼族と別の種族の結婚ってあったわよね? たまたまグレンのご両親は吸血鬼族だし、周囲の友人もそういうところは多いけれど」
「そりゃ、あるんじゃないかしらね」
「夫婦で昼夜逆転の生活を送るっていうのは、どう考えてもすれ違いが多すぎるでしょう? 今までそういう人たちの中で、少しでも生活サイクルをすり合わせるって言うか、一緒に起きていられる時間を増やそうと思った人っていなかったのかしら?」
「……言われてみたらそうよね」
『そうじゃな』
私も考え込む。同じ種族の人としか結婚しないという家は現在ではかなり少ない。吸血鬼族だけは睡眠の関係でたまたま同族同士が多いが、それだって絶対ではないだろう。恋というのは種族では測れないのだし。
『ワシはずっとカーフェイ家におるからアレじゃが、そういう夫婦もいたって不思議はないのう』
「……ネイサン、あんた少しは年の功って奴はないの? 遠くまで飛べるんだから、知識だってこの羽根を広げてちょっとは仕入れときなさいよ。全く使えないわねえ」
『これ、羽根をピロピロ広げるのはやめろゾア。年寄りは労れ。ワシだってなあ……あ』
身をよじっていたネイサンがふと動きを止めた。
「どうしたのネイサン?」
私が心配して声を掛けると、ネイサンは『思い出したわい』と呟いた。
『以前にエヴリンに何か話そうとして思い出せなかったんじゃが、今の話で思い出したぞ』
「何を?」
『エヴリンの母親、つまり前王妃だが、グレンの母親と友人だったのは知っておるか?』
「グレンのお母様から聞いたことあるわ。子供の頃は一緒に色々やらかしたとか何とか」
『アジサイもお転婆だったからの、お前と一緒で。……まあそれはエエんじゃが、アジサイとグレンの母ベリンダと、もう一人いつも一緒に遊んでいる女の子がおってな。確かマリエルと言ったか……』
「そのマリエルさんがどうかしたの?」
『その子が吸血鬼族だったんじゃが、確か母親が吸血鬼族で父親がリザード族だった』
「……なんでそんな大事なことを忘れてるの? ネイサンの頭には果物しか詰まってないのかしら? んんんー?」
『あだだだっ、ゾアよ、頭の毛は少ないんじゃ、抜かないでくれ』
ゾアに毛をむしられて情けない声を出したネイサンを抱え上げる。
「ネイサン、そのマリエルさんて人に会えるかしら?」
『すまんがワシは家を知らん。だがベリンダなら分かるじゃろ』
……もしかすると、突破口が見つかるかも知れない。
私は早速ベリンダおば様に会いに行くことに決めた。
『……じゃがのう、本人にいくらやる気があっても、種族の本能で眠ろうとしてしまうんじゃからどうしようもあるまい。恐らくあと二、三時間もずらせたら、奴も起きていられるか正直分からんわい』
グレンは騎士団の寮に住んでいる。
普段九時には寝ていた人間が、就寝時間が毎週十時、十一時とずれていく。たまになら何とか耐えられても毎日である。仕事もそれに合わせてずらすように父が手配していたが、起きる時間はそんなに都合よくは行かず、自然にいつもと同じ時間に目が覚めてしまう。結果どんどん睡眠時間が削られる。
そして、週に二日の休みの日には、元通りの時間に倒れ込むように眠ってしまうので、せっかく耐えながらもずらせていた就寝時間もリセットされてしまうのだ。
『ワシも心配してもう諦めた方が良いのではないかと諭したんじゃが、絶対に諦めない、と頑なでのう』
「ちょっとネイサン! 勝手に諦めさせようとしないでちょうだい。エヴリンと結婚したいって言ってるグレンの応援するべきでしょうが。年ばっかり取ってて何の知恵も働かないの?」
ゾアが抗議するが、ネイサンの報告で私はひどく落ち込んでいた。
大好きなグレンと結婚したいと言うのは変わらない。
ただ、だからといって彼に無理難題を強いるのは間違っている。
「私のせいで、彼にしなくても良い苦行を強いているのよね……」
私が呟くと、ネイサンもゾアも慌てた。
『やや別にエヴリンのせいじゃないぞ。あやつが勝手に頑張っとるんじゃ』
「そうよ。グレンだって、エヴリンと結婚したいと思っているから必死にやってるんじゃないの。あなたが気に病むことはないわ」
そう慰めてはくれるが、私はただグレンと結婚したいと願っているだけで、別に何の無理もしていない。彼だけが一方的に大変なのだ。
「私も何か協力出来ることがあれば良いのだけど……」
「うーん、こればかりは何ともねえ」
私とゾアが顔を見合わせてため息を吐く。
「──ねえ、ちょっと気になったのだけれど」
少し考えていたゾアが顔を上げた。
「なあに?」
「いえほら、今までだって吸血鬼族と別の種族の結婚ってあったわよね? たまたまグレンのご両親は吸血鬼族だし、周囲の友人もそういうところは多いけれど」
「そりゃ、あるんじゃないかしらね」
「夫婦で昼夜逆転の生活を送るっていうのは、どう考えてもすれ違いが多すぎるでしょう? 今までそういう人たちの中で、少しでも生活サイクルをすり合わせるって言うか、一緒に起きていられる時間を増やそうと思った人っていなかったのかしら?」
「……言われてみたらそうよね」
『そうじゃな』
私も考え込む。同じ種族の人としか結婚しないという家は現在ではかなり少ない。吸血鬼族だけは睡眠の関係でたまたま同族同士が多いが、それだって絶対ではないだろう。恋というのは種族では測れないのだし。
『ワシはずっとカーフェイ家におるからアレじゃが、そういう夫婦もいたって不思議はないのう』
「……ネイサン、あんた少しは年の功って奴はないの? 遠くまで飛べるんだから、知識だってこの羽根を広げてちょっとは仕入れときなさいよ。全く使えないわねえ」
『これ、羽根をピロピロ広げるのはやめろゾア。年寄りは労れ。ワシだってなあ……あ』
身をよじっていたネイサンがふと動きを止めた。
「どうしたのネイサン?」
私が心配して声を掛けると、ネイサンは『思い出したわい』と呟いた。
『以前にエヴリンに何か話そうとして思い出せなかったんじゃが、今の話で思い出したぞ』
「何を?」
『エヴリンの母親、つまり前王妃だが、グレンの母親と友人だったのは知っておるか?』
「グレンのお母様から聞いたことあるわ。子供の頃は一緒に色々やらかしたとか何とか」
『アジサイもお転婆だったからの、お前と一緒で。……まあそれはエエんじゃが、アジサイとグレンの母ベリンダと、もう一人いつも一緒に遊んでいる女の子がおってな。確かマリエルと言ったか……』
「そのマリエルさんがどうかしたの?」
『その子が吸血鬼族だったんじゃが、確か母親が吸血鬼族で父親がリザード族だった』
「……なんでそんな大事なことを忘れてるの? ネイサンの頭には果物しか詰まってないのかしら? んんんー?」
『あだだだっ、ゾアよ、頭の毛は少ないんじゃ、抜かないでくれ』
ゾアに毛をむしられて情けない声を出したネイサンを抱え上げる。
「ネイサン、そのマリエルさんて人に会えるかしら?」
『すまんがワシは家を知らん。だがベリンダなら分かるじゃろ』
……もしかすると、突破口が見つかるかも知れない。
私は早速ベリンダおば様に会いに行くことに決めた。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる