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1巻

1-3

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「あれ? ボス、どうしてこちらに?」

 獣人さんを見たミリアンさんが目を丸くする。

「んー、ドミトリーがな、奥さんの具合悪いとかで帰ったから代わりに」
「あー、すぐ熱がぶり返すとか言ってましたものねぇ。……あ、初仕事の買い取りのお客様です」
「はいよ」

 お茶持ってきますね、とミリアンさんが下がったのと入れ替わりに、黒髪のイケメンが受け取りカウンターにやってきた。
 ケルヴィンと名乗ったその若いギルドマスターは、最後の一口ほど残ったパンを頬張り、カウンターのパンくずをささっと払う。

「さて、初仕事というと薬草とかですか?」
「はい、ピリピリ草です」

 私はアイテムボックスから出したピリピリ草をカウンターに載せた。

「アイテムボックス持ちですか、女性では珍しいですねえ」
「あ、ええそうなんです。私の田舎いなかでは割りといるんですけど」
「……ひいふぅみぃ、と。はい確かに。それじゃ完了報酬四百ドランです」

 ケルヴィンさんは品物を木箱に丁寧にしまうと、私に報酬を渡す。初のお仕事収入である。
 私は報酬の受取人のサインをしつつ、上目遣いに彼を見た。

「あのぉ、それで、実はもう一つ買い取りをお願いしたいものがあってですね……」
「ん? いいですよ。何ですか?」

 さっきのパンが喉に引っ掛かってイガイガするな、と言って紅茶を飲んでいたケルヴィンさんに、私はさっき覚えたばかりの名前を口にする。

「オーガキングなんですが」

 ぶほっっ! げほげほげほっ!
 ケルヴィンさんが紅茶を噴き出し、目の前の私にシャワーのように降りかけた。髪の毛や顔にパンくずまでついてしまう。

「あだだだ目がー、目がー、すみませんがタオルをー」

 私は手で顔をおおい、ケルヴィンさんは丁度ちょうどお茶を運んできたミリアンさんに急いでタオルを持ってくるよう伝える。

「申し訳ない! ちょっと聞き間違えて……オーガですよね?」

 少し離れたところに立っていたクラインさんがそっとケルヴィンさんの耳元で「オーガ、キ・ン・グ」とささやいた。
 ケルヴィンさんに詳しい経緯をと言われ、私は茸と薬草を探してる時に襲われそうになったのだと説明する。

「私もこんな城下町の近くの森の中で、まさかオーガキングが出るとは思いませんでしたから……いえもちろん逃げようとしたんですが、怖くて腰が抜けて動けなくなったのです。私の様子に気づいたクライン様がサッと石を投げて注意をらしてくれまして(死後に)。まぁ石攻撃でどうにかなる魔物ではないと思いましたけど、とにかく必死で私も距離を取って石を投げまくりました、ええ(死後に)。クライン様も剣で応戦してくださって(死後に)。流石さすがにオーガキングですし、もしかしたら今日で死ぬかも、と思って諦めかけたのですが、なぜか急に胸元を押さえて倒れまして。もしかすると心臓の発作みたいな感じだったんじゃないかと。九死に一生とはこのことかと女神様に感謝いたしました。もう本当に怖かったです」

 若干棒読みにはなったが、おびえているからこそのたましいの抜け具合とでも思ってもらえることを期待したい。私にそこまでの演技力はないのだ。

「せっかく女神様が助けてくださったことですし、アイテムボックス持ちでもあったので、持ち帰ったんです」
「まっ、なんて強運なの、ハルカさんったら! 助かって良かったわねぇ」

 ミリアンさんが震えながら私を抱き締めた。いい人で良心が痛む。

「……ほぅ。まぁそれはそれは。助かって良かったと言うか超ラッキーと言うか……。とりあえずここでは何だから、魔物の処理場のほうで見せてもらえますか」

 ケルヴィンさんが奥の扉を開いて私達を処理場に案内する。そこで私が出したオーガキングを細部まで確認した。

「……確かに大きな致命傷もない綺麗な状態ですね。毛皮も高く売れそうだ」

 ケルヴィンさんも五年ぶりに見たとのことで、傷の少ないオーガキングに感動しているようだ。

「……ところで肉は食べ──」
「あのっ! 解体したりして骨とか皮とか取った後は、肉はどうするんですか? まさか食べられませんよねえ、オーガキング?」

 私をさえぎるようにクラインさんがケルヴィンさんに問いかける。

「いや、当然食べられますよ。昔ですが冒険者だった時のパーティで一度だけ倒したことがあって、皆で食べたんです。いやぁ本当にとろけるような肉質でとても美味おいしいんですよ。煮ても焼いてもイケます。その時は冬だったので塩味のシチューを作ったんですが、もう細胞の隅々までうまぁいと叫んでいるような……すみません、何か思い出したらヨダレが。ま、滅多に出回らないから市場価格も高額ですし、手に入りづらいんです。ここ五、六年は見てなかったですし、もし売られたとしても、貴族か王室に真っ先に買われてしまいますね。仕留めた冒険者も戦いでいたんだ武器や防具の新調のために、泣く泣く売ることが多いですし」
「あ、食べられるんですね? じゃ解体していただいて、売らずに持ち帰るのは可能ですか?」
もちろん。ただ、結構な量になりますから、今日明日食べる分くらいにして、残りは売ったほうが良いのでは? 涼しくなってきたとはいえ、まだいたみやすい時期ですし」
「いえっ全──」
「そうですよねー? ハルカもビギナーズラックでたまったま! 大物をゲットしたとはいえ、冷蔵機能がついたマジックアイテムを買えるほど贅沢ぜいたくできる身分ではないですし、ルーキーになりたてのほやほやですしね! これからのために武器や防具を少しでもグレードアップしたほうが良いですよね! でも、お世話になった人達にも女神様の加護のおすそ分けをしたいと、さっきハルカが言ってたので、もし十キロくらいあれば大変有り難いかと。な、な、な?」
「……キャッチ&――」
「ええ、それで良いと言ってます!」

 うーうー泣きながら首を横に振る私の肩を「そーかそーか言葉も出ないか。泣け泣け。これからは今まで以上に女神様に感謝しないとバチが当たるなあ」と言って、クラインさんがぽんぽんとたたく。
 お肉ううう。

「信仰心篤い方なんですねえ」

 ケルヴィンさんは貰い泣きしているけど、違うの。違うのよ!

「それじゃ、オーガキングの討伐報酬と、解体した後の肉十キロ以外は骨も含め全部売るということでいいですか? 急いでうちの者に解体させますが、一時間はかかるかと……」
「大丈夫です。市場で野菜とかも買う予定あるので、改めて来ます」
「そうですか。じゃ、後程」
「はいありがとうございます」


「――お前なぁ、時間経過のないアイテムボックスなんて持ってる奴いないんだからな。何度も言ってるように、気をつけろ。どの顔して全部持ち帰るとか言うつもりだった? ああ?」
 ギルドを出た後、市場へ向かう道を少しはずれ、公園のベンチに私を正座させたクラインさんは説教を始めた。
 私は零れる涙をぬぐいながら、平謝りする。

「……でぼ~、ギルドマズダがヨダレ出るぐらいの肉どぎいで耐えられなぐなっでぇ」
「まず鼻をかめ! ハルカの食い意地が筋金入りなのは分かったが、もしこんなお前の不注意な言動で転生者とバレてみろ? この国はまだ平和なほうだからいいが、好戦的な国の人間にバレたらどうなると思う?」
「……ちゅどーん?」
「そうだ。ちゅどーんだぞ。悪どい国ならはんごんのネックレスとかつけさせて、死んではよみがえらせ、死んではよみがえらせでエンドレスちゅどーんかもしれないんだぞ? 世界は広いし、まだこれから未知の美味うまいものが沢山たくさん見つかるかもしれないのに、オーガキングの肉ごとき、一時の感情に押し流されてどうする?」
「エンドレスちゅどーん……」

 早々に涙は収まり、私はクラインさんから貰った鼻紙で鼻をかんだ。

「クラインさん、私目が覚めました! 目的が天寿全うなのに死に急ぐところでした! これからは心を入れ替えて美味おいしい物に出会うため、目立たず騒がず生きていきたいと思います!」
「そうだ、その意気で頑張れ!」
「はい! とりあえず今夜はオーガキング祭りを開催したいので、是非ぜひとも市場へ食材を仕入れに行きましょう! あ、クラインさんも参加されますよね?」
「あ、ああ」 

 元気良くベンチから立ち上がった私は、「オーガ~♪ キング~♪ シチュー~が良いかな、ステーキどぉだ~♪ すき焼きだって~いっけるかも~♪」などと自作の歌を口ずさみながら歩き出す。

「……なんて手間のかかる……子供かお前は」

 クラインさんがあきれたようにつぶやき、追いかけてくるのであった。


 リンダーベルの市場は夕飯の買い物をする人で賑わいを見せていた。

「パパリン貝、ママリン貝今朝獲れたてだよー」
「オーク肉はどうだ~今ならこのひとかたまりたったの三十ドランだよ~」
「新鮮なレターシュで今晩はサラダでもどうだー?」

 私は目を輝かせて市場の呼び込みの声に耳をすます。

(ああ、母さんと行った築地つきじ市場を思い出すわ……)

 母さんも父さんも、それはそれは食いしん坊だった。
 給料日には祭り、誕生日も祭り、週末も祭り、夏休みも祭り、テストの点が良かったといっては祭り、とにかく何かと理由をつけては美味おいしいものを作ったり食べたりしていたのだ。
 家は金持ちではない一般的な中流家庭だったので、安くて美味おいしい食材を手に入れるために、遠くの市場のセールに両親と一緒に出かけたり、限定十食、家族連れ不可の近江牛おうみうしミラクルローストビーフ丼を食べるために、赤の他人の振りをして店に行ったりもした。
 あれは確かにミラクルな味だった。
 某有名ホテルのスイーツ食べ放題も、イチゴのミルフィーユが目眩めまいのするほど美味おいしかった。食べすぎて母さんと二人で腹を壊し、丸一日まともに食事ができなかったことも……家族の美しいメモリーのつもりが、ただの意地汚い家族の食いしん坊自慢になっている。
 改めて、私はパパリン貝、ママリン貝と言っていた売り場をのぞく。そこにはホタテとアサリに似た貝が山盛りになっていた。
 焼いたものが隣で売っていたので一つ買って味見すると、見たまんまホタテとアサリの味だ。
 一山三十ドランだったのを、どっちも買うからと五十ドランに負けてもらう。
 クラインさんが荷物を持ってくれたので、ついでにジャガイモやらピーマン、玉ねぎ風の野菜などもいくつか購入した。だってネット通販の半額以下だったんだもの。
 名前は若干違っていても、大概見た通りっぽいし、お試しということで。
 トラちゃんから買っても良いのだが、やはり若干高いし、食べて問題ないならこっちで買える食材はなるべくこちらで間に合わせたい。
 そして、今日を祭りとするならば、少しだけお酒があるといいかも。
 父さんも母さんも酒にはとても弱くて、イベント的な時にはお子様シャンパンみたいなのを楽しんでいたものの、普段の食事時には飲まなかった。
 血筋なのか私もあまり強くはないので、市場で試飲させてもらった飲みやすいお手頃価格のワインを一本だけ購入する。
 四百ドラン持っていたお金は、一気に八十ドランまで減ってしまった。
 ……いや、祭りだし。
 飲食についてはケチケチしてはいけないのだ。
 オーガキングがどのくらいになるか分からないが、ピリピリ草よりは高いだろうし、何日分かの生活費にはなるでしょ。
 また明日も頑張って、ビラビラ茸を探せば報酬が出る。
 ギルドのミリアンさんは優しいし、これからもっと仲良くなって友だちまでいけば、安定した仕事を紹介してもらえるかもしれない。
 フッフッフ。一年後には普通に町に溶け込んで、仕事しながら生きているに違いないぞ。市場にも顔見知りのおっちゃんおばちゃんとかができて、野菜や肉を負けてもらったり。
 などと私がこの先の生活を色々ドリームしていると、クラインさんがそろそろギルドに戻る時間だと教えてくれる。そこで、気持ちを切り替えた。
 ギルドで用事を済ませ、早く帰って、オーガキング祭りの支度をせねば。


「――お待ちしてましたよ、ハルカさんにクラインさん! ……例のアレ、終わりましたので二階へどうぞ」

 ギルドに戻ると、ギルマスのケルヴィンさんがやってきて、小声で告げた。
 仕事を終えた冒険者達で混雑していたため、騒ぎになるといけないとの配慮だろう。
 二階へ案内されて、先ほどの倉庫兼保管部屋に通される。

「あ、その辺に座ってちょっと待っててくださいね」

 そう言って、ケルヴィンさんが処理場のほうへ行き、ハトロン紙のような茶色の紙に包まれたかたまりを二つと麻袋一つを持って戻ってきた。

「はい、じゃこれがオーガキングの肉です。五キロずつ分けてありますからね。で、討伐報酬が五万ドランと、肉とか牙、皮などの買い取り代金があわせて六万二千ドラン、合計十一万二千ドランになります」
「十一万……?」

 私は最初に言われた金額が頭に入らず、狼狽うろたえた。
 まてまて、あれ、えーと、パンが十ドランで百円くらいで、百ドランが千円、千ドランが一万円……あーなんだ、丸が一つ増えるんだわ。そうそう。
 で、十一万ドランに丸が増えて百十万円か。
 もう、計算もできないなんて、幼稚園児じゃあるまいし。
 ……百十万円?

「嘘だ……」

 そこで震えが止まらなくなる。
 あんなポロッと死んでくれた魔物を売り飛ばしただけで百十万……その上、極上肉十キロ。
 まさか。まさかまさか。
 これは、能天気に受け取ったりするとえらいことに。

「……ハルカさん?」
「けけけ、ケルヴィンさま、伺いたいことが」
「はい? 何でしょう」
「正直にお願いします。……私はこの後、殺されるんでしょうか?」
「「いや何でだ?」」

 涙目の私に、ケルヴィンさんとクラインさんの同時ツッコミが入る。

「でっ、でも私の世……国では、ずっとカツカツの生活してた家族とかが急にレストランでご馳走ちそう食べたり、好きなもの買いなってお小遣いどーんと貰ったり、欲しかったぬいぐるみ買ってもらえたり、経験したことのない豪華な温泉旅行をしたりすると、一家心中オープンリーチと決まってるのです! ええ、そらもう間違いなく死にますとも! 私のようなぽっと出のルーキー冒険者が、女神様の奇跡がたまたま起きたからといって、そんないきなり見たこともない大金貰ったり最高級のお肉貰ったりとか、盗人ぬすっとせん、猫に小判……いや何か違う、ともかくもう死亡フラグしか見えないじゃないですかっ!」

 せめてオーガキングを食べてからぁぁ、いやそれより死にたくないよおお、と壁の隅っこで座り込み、私はおいおい泣き出す。
 それを見たケルヴィンさんがクラインさんに尋ねる。

「あの……早口すぎてよく聞き取れないとこもあったけど、なんか勝手に私が悪徳詐欺師みたいに言われてる気がするんですけどね」
「……いや、ハルカの家はかなり辺鄙へんぴな村にあって、とても貧乏だったと聞いています。色々悪い人間にだまされたりもしたみたいですし、自分にそんないいことが起きるというのが中々信じられないのかもしれません。呑気そうに見えますが、かなりの修羅場をくぐり抜けてるんです、彼女も。優しくしてくれたおじさんが実は奴隷商で、うっかり売り飛ばされそうになったりとか」
「そうですか……不憫ふびんな子なんですね……」

 ないことないこと適当に話を作りつつ、クラインさんが言い訳していく。

「ほらハルカ、だからさっき言ったじゃないか。オーガキングはBランクで五、六人のパーティでやっと倒せる魔物なんだって。六人で倒した場合、一人二万ドランにもならないくらいだし、回復アイテムを補充したり武器直したりとかで結構な経費がかかるんだよ。だからそのくらいは貰わないと割りに合わない。むしろ、僕らみたいにパーティでもなく『たまたま二人』でいた時に『たまたま武器もろくにいたまず』『たまたま回復アイテムも使わずに』倒れてくれただけだから。経費が大してかからないという『女神様の加護』が起きただけで、別に金奪って殺そうとかないから。ギルドは信用第一なんだ。失礼なことを言っちゃいけないよ」

 クラインさんの話で涙は収まったものの、私の警戒心は消えない。

「……本当に殺され」
「ないよ」
「……絶対売られ」
「ないよ」
「……お金も奪われ」
「ないってば。ほら、早く貰うもの貰って帰らないと、プルがおなかかせて待ってると思うよ」

 忘れてた、と私は慌てて立ち上がる。

「すみませんケルヴィンさん。私は田舎いなかものなので、都会へ行ったら気をつけろと近所のおじさんおばさんにまで口を酸っぱくして言われてまして、動揺しました。本当に申し訳ございませんです」
「大丈夫大丈夫。でもギルドはそんな悪さはしないですからね。次回から信用してね」

 ケルヴィンさんは何だか生暖かい眼差まなざしで私を許してくれた。
 せぬ。でもプルちゃんが待っているし、とお金と肉を受け取り、まだ若干おびえつつも現在の我が家へ戻るのであった。


   □ □ □


「……ハルカ、遅い」

 案の定、私達が家に戻ると、プルちゃんが静かに激おこだった。
 私はスライディング土下座をする。

「大っ変申し訳ございませんでした! ですがっ、極上のお肉を手に入れまして、今夜はそれを美味おいしく頂くための祭りを開催するので、お許しください!」
「極上……昨日のA5だかよりうまいのか?」
「この町のまぶしいギルドマスター様が想像するだけでヨダレを垂れ流していた逸品! ワタクシも初めての実食ですが、かなり期待をしてもよろしいかと。これから腕によりをかけてより美味おいしくなるよう精魂込めますので、是非ぜひともご期待をばっ」
「分かった。許そうではないか。だがハルカよ」
「フッフッフ、分かっております分かっておりますよ。『別腹』もご所望ですね。ワタクシとプル様との仲ではございませぬか。ここは市販のモノではなく、ハルカ印のオリジナルスイーツをどーんとお納めいただければ、と」
「……ふむ。お主も悪よのぅ」
「いえいえプル様こそ」
「ワッハッハッハ」
「ホッホッホッホッ」
「なんだその小芝居?」

 クラインさんが静かに突っ込んだ。しかし、そんなことに水を差されはしない。
 異世界の食事で美味おいしいモノの魅力に開眼したプルちゃんと、元々美味おいしいモノにはノーガード主義の私は、昨日出会ったばかりとは思えないほど親密さを増している。

「それではプルちゃんもクラインさんもくつろいでお待ちくださいまし。パパッと作って参りますんで、ええ」

 私は肉と野菜を入れた袋をガシッと掴むと、衝立ついたての奥のキッチンへ向かった。


「……何だかハルカがご機嫌だな。いいことでもあったのか?」

 プルがリビングのソファーに寝転がったクラインのそばまで行く。

「んー、一家心中を疑うくらいには良いことがあった」
「なんで一家心中レベルで良いことになるんだ」

 そこでクラインが簡単に事情を説明する。

「……くそお、そんな面白い展開になるとは。ハルカから目を離してると色々見逃してしまうじゃないか。次からは俺も絶対ついてくからな!」
「……いや、でも確かハルカは、プルは数日だけ一緒にいて様子見したら帰るって言ってたぞ。帰るまでに楽しいことが起きるかは約束できんな。ところで、いつ頃帰るんだ?」
「いや、当分帰らないことにした。どうせ戻っても書類仕事だの雑用だの面倒なことばっかだし、うまいご飯もない。別腹もない。ハルカもいない。何年か休暇取ってもいいだろ。もう何百年も休みなしなんだから。この先の何十年か思い出し笑いで楽しく生きるためには必要なことなんだ! タダ働きなんだし、文句言われたら労働条件の改善を求める!」

 プルはキリッとした顔で言い切った。

「……ああ、そう。より良い労働環境を求める社会的弱者みたいなこと言ってるけど、妖精だからな、お前」

 そのいっそ清々すがすがしいサボりの正当化宣言を、クラインが適当にあしらう。
 しばらくすると、何か……何か恐ろしいまでの美味おいしそうな匂いがリビングまで押し寄せてきた。

「……今俺に神が降りてきた。予言しよう。俺は食べ終わる前にお代わりを頼むと!」

 プルはヨダレをぬぐいもせずにつぶやく。

「俺も宣言しよう。二杯でお代わりを止められる自信など欠片かけらもないと!」
「オーガ♪」
「キング♪」
「オーガ♪」
「キング♪」

 すでに祭りは始まろうとしていた。


「――お待たせいたしました! 祭りの下準備はバッチリです」

 そう言いつつもどっと疲れている私を見て、プルちゃんが慌てた。 

「ど、どうしたハルカ? 作るの大変なら手伝ったのに」
「……いやね、作るのは大好きなんだけど、もう作ってるそばからいい匂いが止まらなくて。でも皆と一緒に味わいたいし、ベースのスープとか野菜とか肉以外の味見だけしたら、すでにエキスが染み込んでて震えが止まらなくなるほど美味おいしかったの。やべえちくしょうこのまま食べてしまいたい、でも味見レベルで終わるはずがない、と身悶みもだえしながら何とか耐えきったのよ。隣にすっごい好きな女の子が寝ているベッドで手も出せずに悶々もんもんと我慢する男の気持ちが今なら心から共感できる。もう拷問よ拷問。理性崩壊のカウントダウンが始まってたと思うわ。何も考えないように作業マシーンと化して自分史上最速で料理を終わらせたのよ」

 本当に危なかった、ヤバかった……そう思いながら、私は二人の手をガシッと掴む。

「もう私の我慢は限界なの。早く来てちょうだい」

 聞きようによってはえらいことになりそうな台詞せりふを吐き、ものすごい勢いでテーブルまで彼らをる。
 オーガキングのクリームシチュー。
 オーガキングのカルパッチョ。
 オーガキングとパパリン貝とママリン貝のパエリア。
 オーガキングのステーキ和風大根おろし添え。
 テーブルにつくとかんばしい匂いが、ほとんど無差別テロレベルまではね上がる。

「……大変だったな、ハルカ」

 この苦行を耐え抜いた私にクラインさんが感動したように告げたが、そんなことはもうどうでもいい。早く食べたい。

「と、とりあえず祭りだから、乾杯しましょう」

 私は震える手でワインをクラインさんとプルちゃんに注いだ。

「オーガキング祭りに」
「「乾杯」」

 チン、と三人でグラスを合わせ、思い思いの料理に手をつける。

「う……」
「「「……うまあああーーーっい!」」」

 料理中とは別の意味で体の震えが止まらない。

「やだ何これっ、シチューを口の中に入れた途端になくなるくらいお肉が柔らかいのに、味はずーっと感じるの! 美味おいしい美味おいしいもっとくれと体が叫ぶのよっ」


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