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1巻
1-2
しおりを挟む「……で、本当のところはどうなの? 転生者のお・じょ・う・さ・ん?」
まさにニヤリ、と悪どい感じで微笑んでいるクラインさんに、私の野性の勘が色んな意味でヤバいと告げた。
疑うことを知らず騙されていたのは、私だ。
背中からイヤな汗がつつー、と流れる。
「……な、なんで分かったので、で、でしょうか?」
「え? いや、朝飯作るとこから見てたから。魔法をあんな使い方する奴、見たことないし。アイテムボックスの容量もド田舎の子が持てるレベルじゃないもんな。そんだけ容量あったら、仕事欲しいとか言う前にとっくに国からスカウトされてるよ。その上、弟とかのたまってた小僧からは半端ない魔力のオーラが見えるしねぇ。妖精とかだろ多分」
素直ないい人だなんて、私が甘かった。それもただ飯まで食べさせるとは。
異世界生活が早々に暗礁に乗り上げる。
「バレてしまったもんは仕方ないので認めますが、そのぅ、アレですか。私はアイテムボックスに入るだけの爆弾とか持ってどっかの戦闘地域とかに派遣されたりして、敵の本陣でちゅどーんと自爆するとか? それともアレですかね。使えるとは言ってもですね、ショボい魔法しかまだ使えてないんでやれるか分からないですけど、実は悪いドラゴンとか魔王とかいたりして、勇者様のサポートとして『風よ~大地よ~天空の覇者よ~』とかこっぱずかしい台詞で攻撃魔法放ったり、使えるか知りませんけど回復魔法とかかけたり、で勇者さまがやられそうになったら庇ってちゅどーんとか。いや、まさかアレですか? スパイとかになって敵の国に侵入して、機密情報を片っ端からアイテムボックス詰め込んで持ち帰るとか、途中でバレて捕まりそうになったら拷問受ける前にちゅどーんと潔く――」
「どうして毎回ちゅどーん爆死ルートなんだ」
クラインさんはそう言ってプルちゃんのほうを見た。プルちゃんは顔を背けて肩を震わせている。よく見ると、涙まで零しそうだ。
私は慌ててプルちゃんに抱き付いて謝った。
「あわわ、ごめんね早々にしくじって。でもプルちゃんは全然悪くないからね。泣かないで。プルちゃんとトラちゃんは助けてもらえるように一生懸命お願いするわ。もしかして転生者のしくじりって、担当の妖精のせいになって女神様に怒られる? まさか死刑とかはないよね? 大丈夫、一番大きなちゅどーんで死に花咲かせるから、『転生者の暴走』とか、元々心を病んでたとか、適当に報告すれば叱られないよ」
「……気に、気にするな」
プルちゃんはビブラートのかかった声で私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
でもやはり責任を感じているのだろう、もう一方の手で尖った石を掴み、血が滲むまで握りしめていた。
治癒魔法さんやー、プルちゃんの手を治してー。
そう願うと、流れ出ていた血が止まり、プルちゃんの掌の傷が塞がったので、私はホッとする。
「まったく。妖精がそんな簡単に死ぬわけないだろう。つうか、転生者だって、国力総出にしてもやられないくらいふざけた強さがあるんだから、爆死なんて勿体ない死に方させない」
クラインさんが呆れたように私を見た。
転生者を見つけたら王室へ報告する義務があるので、最初はそのまま城に案内する予定だった、と説明してくれる。
転生者は五十年か百年に一度見つかるかどうかの超レアキャラだそうなのだ。だから見つけたらお願いして、力をほんの少し国のために役立てていただけたら幸い、程度がせいぜいらしい。
むしろ全力で役立とうとされると、国でももて余してしまうので、ホドホドにお願いしたいとのこと。
それを聞いて私はもう一度ホッとした。異世界に来て早々に死ななくても済みそうだ。
「それに、ハルカのことを王宮に報告しないであげてもいいんだが……」
そんなクラインさんの言葉に、プルちゃんを抱きしめて安堵していた私は、ガバッと顔を上げる。
「……どっ、どうしたらいいんでしょうか? プルちゃんとトラちゃんは関係ないので。私に利用されてただけですから。あ、でしたら国ではなくクラインさん個人の敵とかをちゅどー――」
「だから、ちゅどーん要らないから。とりあえずだな、異世界の料理は旨いんで時々食べさせてほしい。それと、ちゃんと住む家も仕事も見つけてやるから、黙って勝手にどこかに行かないこと。隣国とか、かなり転生者に対してエグい対応をする国もあると聞いてるからな、多分この国で暮らしたほうがいいと思うぞ? これが守れるなら、黙っておいてやるのもやぶさかではない」
「……ちゅど」
「しないでいい国。今はこの国、どことも割りと友好状態だし。やめろ無理に紛争起こさせるの」
それを聞いて、私は笑顔になった。
「やっぱりクラインさんイイ人だったんですねっ。ありがとうございます、ありがとうございます! プルちゃん、トラちゃん首の皮繋がったよぅ。良かったねぇ、良かったねぇ」
「よ、良かったなハル、カ」
プルちゃんは相変わらず震え声でポンポンと私の背中を叩き、クラインさんは厳しい顔を見せつつも耳も尻尾もパタパタさせている。
そして私達は、近くの城下町リンダーベルへ向け出発するのであった。
□ □ □
サウザーリン王国の首都である城下町リンダーベルへ向かう道の途中、私はクラインさんから色々情報を仕入れることにした。
この国は周辺を緑に囲まれた自然豊かな国で、山には牧場が多く牛や豚などが放牧されており、ミルクやバターはあると教えてもらう。
近くの町に海もあるとのことで魚介類も豊富らしい。つまり食材は豊かな国のようだ。
(……ああ、海の幸……。やだ、ミルクやバターがあるならケーキも作れるじゃない! 女神様、食材豊富な地域に捨ててくれてありがとうございました! 女神様イイ人! 本当にイイ人! これから仕事も見つけて、がんばって生きていきますね。目指せ天寿!)
ぱんぱん、と空に向かって拝む。
私が新しい生活に前向きになったところで、クラインさんがボソッと呟いた。
「……まずは家なんだけどな」
「はいっ!」
「異世界から来たばかりの人間に聞くのもアレだが、ハルカ、金はあるのか」
「……はうっ!」
トラちゃんには確かにお金が入っている。だが、この国のお金を出せるわけではないだろう。
念のためトラちゃんに聞いてみた。
「トラちゃん、今入ってるお金、少し戻せる?」
口からスロットみたいにお金が出てくるかも、と口元に手を持っていく。
トラちゃんはふるふると首を横に振り、にゅ、と自分の手(足?)を私の掌に乗せた。
肉球までリアルで、それどころではない状況なのに、モミモミしてしまう。
それを嫌がらないトラちゃんは力になれずすまない、と慰めてくれているようだ。
「……うん。そんな気はしてたの。こっちこそ無茶言ってごめんね」
そこで私は、はっ、と思いついてプルちゃんを見る。
「プルちゃんはお金持ってる? ほら一応私の守護者じゃない? なんかあった時用に女神様から預かってたりとか?」
「俺、一応妖精だから、金の価値とか知らないし。使うことないから持ってないぞ。トラがいればそんな困らないと思ってたしな」
「だよねぇ……」
私はため息をつく。
「仕事するにも住所不定じゃ雇ってもらえないだろうなぁ……どうしよう……」
頭を抱えて道端にうずくまる私に、クラインさんが咳払いした。
「……コホン。あー、実は俺が管理を任されている普段は使ってない家がある。そんな大きくはないが、女性一人とちびデブと丸太ネコが暮らすくらいなら問題ないと思うので、暫くそこにいたらどうだ? 家賃はまぁ、仕事決まって稼げるようになってからおいおいで構わない」
「ほ、本当ですか? プルちゃん、野宿脱出だよ! 来て早々ホームレスになるかと思ったわ。トラちゃんも皆でお礼しよう。眩しい生き物よ去れ、とか思っててすいませんでした! いやほんと、転生者とバレたのが天使のような人で良かったね」
私はペコペコと頭を下げる。けれど、言われた通りに頭を下げるトラちゃんを横目にプルちゃんはギンッ、とクラインさんを睨み付けた。
「誰がちびデブだ、コラ。愛らしいとか神々しいとか逢えたことが生涯の幸せとか、誉め言葉のバーゲンセールしか味わったことがねぇ妖精界のスーパーアイドル、プル様に楯突こうってか。伊達に数百年も生きてないんだぞ、オラ。涙を流して土下座するような拷問四十八手試そうか、あぁん?」
「え~数百年も生きててちびデブぐらいで怒るとか、沸点低すぎな~い? 困ってる女性に寝る場所提供しようとしただけなのに~。感謝こそすれ罵倒とか、意味分かんない~。女神様の代弁者みたいなこと言ってるくせに、そんな品性のない罵詈雑言とか信仰心薄れるぅ。そうやってプル様があちこちで信仰心篤い若者を脅しちゃってぇ、こんな妖精がついてる女神とかろくでもなくね? とか言われ出して? 女神様お怒りで、プル様呼び出しになったりとかぁ? いや別に俺は全然困らないけどお。聞き間違いかもしれないからもう一回、何て言ったか聞いてもいいかな~?」
「……いや、とても感謝している」
「だよね? 聞き間違いだよねぇ。もうびっくりしたぁ。誤解を招きやすい物言いは気をつけたほうがいいんじゃないかなぁ」
ヘラヘラとプルちゃんに笑いかけるクラインさんの眼差しは、絶対零度の鋭さを見せていた。
リンダーベルに到着すると、クラインさんがこぢんまりとした居心地の良さそうな一軒の家に案内してくれた。
六畳くらいの広さのベッドルームが二つと、バス、トイレ。プルちゃんやトラちゃんとの暮らしには充分すぎるサイズだし、広めのリビングダイニングキッチンがついているのが嬉しい。
早速、蛇口をひねってみると、水が出た。お風呂はちゃんとお湯も出る。
改装して風呂に金をかけているので、定期的に蛇口に魔力を充填することでお湯が出せる仕様なのだそうだ。充填する専門の人というのがいるらしい。電気屋さんとか水道屋さんみたいなものか。
クラインさんは意外にお坊っちゃんなのかもしれない。
今まで毎日シャワーかお風呂には入っていた私は、ほっとした。
キッチンは薪を使う造りになっていたけれど、薪は消耗品だし普段は魔法でお願いしよう。
とりあえず風魔法でホコリやらゴミやらを開け放った窓から掃き出し、水魔法を使って水拭きのイメージでしゃかしゃか綺麗にする。
「本当に便利だわぁ」
魔法にうっとりしつつお茶の用意をしていた私は、クラインさんとプルちゃんがこちらを見ながら小声でぼそぼそと話しているのには気づかなかった。
「……なんかさ、ちょっと変わってるなハルカって。転生者って初めて会ったけど、もしかして皆あんな感じか」
「いや激レア。俺も初めて会うタイプ。大抵はだな、『マジで異世界? パネェ~。勇者レベルの超強い武器と攻撃魔法も超強いのお願いね。ヒャッハー魔王はよ、魔王』だの、『一生涯遊んで暮らせるお金と大豪邸ねー。あと格好良くて素敵な旦那様もー』とか、まぁ良くも悪くもドリーマーな感じの奴が多い。少なくとも働いて地道に稼ごうとか、身分保証どうなってんだろとか、仕事決まらなかったらどうしようとか悩むのは一人もいなかった」
「なー。だって強力な潜在能力だか貰っているんだろう? それ使えば、正直好き放題できるんじゃないのか? 貴族の中には転生者のパトロンになりたい奴が腐るほどいるだろうし」
「まぁ転生してくる人間にそこまで極悪非道なのは、元々いないんだけどな。少しおバカなのがいるだけで、根は素直なのが多い。転生者であることを『はあそうですか』とまるっと疑わないからな。むしろ少しぐらい疑えよ、と言いたくなる。異世界に対しての適応力っつうか、ムダに精神的な受け入れ体制だけは完璧なの。まあメンタル強くないと、鬱々してストレスためて死んじゃうとかあるし、転生させた甲斐がなくなる」
「あー、確かにハルカにもムダに順応力を感じる。元の世界にはハルカと同じ種族しか存在しないと聞いているのに、獣人を見ても全く動じなかったしな」
「……ところで、いつまでハルカに隠しとくつもりだ?」
「何をかなー?」
「白々しい……ま、話したくなきゃいいけど。ハルカに害が出るようなら話は別だぞ」
ひととおり室内が綺麗になったとこでプルちゃんとクラインさんを見ると、仲良さそうに話をしていた。
男同士は打ち解けるの早いのね、やっぱり。
「プルちゃんもクラインさんも、まずはお茶とおやつでも食べてひと休みしましょ。後でギルドに連れてってもらわないとね。まだお昼前だし」
私はトラちゃんから買ったお菓子をテーブルに載せる。
今度は和風と思って出したどら焼きを、プルちゃんはやたら気に入ったらしい。ウマウマ言いながら二つ目を黙々と食べている。
一方、クラインさんは煎茶を飲みつつ、尋ねてきた。
「ところでハルカはどんな仕事がしたいんだ?」
「それなんですよねえ。突出した才能とかないですしねえ。裁縫、あ、お針子で分かります? 服とか縫う人。そういうのも得意なわけじゃないし、かといって夜のお仕事も私のように地味で洒落た会話のできない人には難易度が高いですしね。事務職……書類書いたり帳簿つけたりとかはできますけど、需要ありますかね? まずは無難に農業の手伝いとか雑用、そういったとこから探してみようかと。荷物運びとかそういうのでも割りと頑丈にできてるのでいけるかもしれません」
そう答えると、「ハルカ、チート持ちで突出した才能ないとか、この国の全国民に謝れ」とプルちゃんに叱られてしまう。
「ギルドは基本的に仕事の斡旋はするけど、主に冒険者として薬草採りに行ったり、魔物退治したりして報酬を得る依頼が多いんだよ。店とかで働くのは家族や知人の紹介が殆どだし、ハルカが行ってすぐ仕事をくれとかは無理だと思う」
「……そうですか。じゃ、冒険者として薬草採りとか簡単そうな依頼をこなして小金を稼ぐしかないですね。そんでもって、ギルドの人と顔見知りから徐々に友だちまで仲良し度をステップアップして、できそうな仕事を紹介してもらう、と」
仕事はそう簡単には見つかるもんでもないか、と私はため息をつく。
両親を高校生の時に亡くして以降、バイトの切れ目が己の死に目に直結だった私には、「無職、ダメ、絶対」というルールがある。
自分の生活を自分で面倒見るのが当たり前。本来は、クラインさんの家の提供も受けたくなかったのだ。
だが、ここは異世界。申し訳ないがお世話にならないと職探しすら覚束ない。早く定期収入の道を得て、家賃を払わなくては。
恩は早めに返さないといけない。
ふと一瞬、冒険者というのは定職になるのだろうかと考えたが、毎回依頼が達成できるわけじゃないだろうし、ただ働きになることもありそうな上に、怪我でもしたら暫く働けなくなってしまう。季節労働者みたいなものだ。
家賃も払えず追い出される――住所不定無職という、犯罪絡みのニュースでよく出てくる単語がよぎり、ふるふると手が震えた。
怖い。無職怖い。
──いけない、いけない。
母さんがいつも言っていた。「よく働いて、美味しいもの食べて、よく寝てを繰り返してたら、大概のことは何とかなるもんよ」と。
それじゃ早速、働かねば。
私はプルちゃんにお留守番を任せ、クラインさんを急かしてギルドへ向かうのだった。
□ □ □
リンダーベルのギルドは、城下町にあるということもあり、サウザーリン王国で一番の規模だそうな。町にはそれほど多くない二階建ての建物になっている。
私がクラインさんと中に入ると、数人の冒険者がいた。
混雑時ではないせいか、のんびり情報交換をしているようだ。
一階には依頼の紙がペタペタ貼られた掲示板があり、その横に受付のカウンターがあった。
二階は個別の商談をするための個室が幾つかとギルドマスターの部屋、それと依頼達成の際の商品確認や、達成報酬などを受け取る大きめの倉庫兼保管部屋があると、受付の可愛いお姉さん(普通の人族だった)が説明してくれる。
「……王国内ではなく、隣国の小さな村から出てきてギルド利用は初めて、と。あー、それですとまず、私どもの所でギルドカードを作っていただくことになりますね。依頼を受けたり買い取りをしたりとか、全部、カードがないとできないですからね。なくさないよう大切にしてください」
ミリアンと呼ばれていたその色っぽいお姉さんは、とても親切にしてくれた。
身分証明書代わりにもなると言われたギルドカードに、私は名前を刻印していただく。
「マミヤ ハルカ さんね。……よしっと」
戸籍とかどうすんだとちょっと悩んでたのがバカみたいなくらい、あっさりとギルドカードを受け取る。そこには、『ハルカ マミヤ リンダーベル所属 ルーキー』と書いてあった。
(ハルカは みぶんを てにいれた! しょくさがしに ひとつ ぶきができた!)
などと、ロールプレイングゲームのレベルアップ音が聞こえてきそうだなと思いつつ、ミリアンさんに尋ねる。
「それで、初心者でもできそうな依頼はありますでしょうか?」
「えーとね、今残ってるのでハルカさんにもできそうなのは、『ビラビラ茸×十』か『ピリピリ草×七』かしらね。近くの森の入り口近くに結構生えてるわよ。まぁ報酬は安いけどね」
ドラン、というのが通貨の単位のようだ。
十ドランでパンが一つ買えるくらいだとクラインさんが耳打ちしてくれた。日本円で百円程度ですかね。
報酬を聞くとビラビラ茸が二百ドラン、ピリピリ草が四百ドランだ。
両方とも薬の材料だそうだが、どんな薬になるのかは教えてもらえなかった。二つ合わせても日本円で六千円か。
早く慣れとかないといけないしお金も欲しいしで、二つとも受ける。
今日一日で完了できれば日当としてはまぁそこそこ。
今日は現地の食料品も買いたい。だって、食べてみないと野菜とか肉とか、どんな味するか分からないもんね。
クラインさんが草の説明がてらその近くの森まで案内してくれると言うので、私は有り難くてくてくと歩を進めたのだった。
転生者としてポイ捨てされていたこの森に再度入ることになるとは、ご縁がある。まあ、私が捨てられたのはもっと奥地だったけど。
さて、陽射しが翳るまで数時間はありそうだ。
腕時計なんかないのでマイ腹時計で判断するしかないが、いつもかなりの精度なので問題ない。
一時間ほどうろちょろしていると、思ったより容易にピリピリ草が見つかった。同じ依頼が出た時用にアイテムボックスへ入れて時間経過なしにしておけば、一粒で二度美味しい。
私は多めに収穫して、いそいそとアイテムボックスに入れる。
ただ、もう一つのビラビラ茸がなかなか見つからない。
「普段は邪魔なくらい群生してたりするんだけど。おかしいなぁ、もう少し先まで探してみるか?」
クラインさんが私を見た。
「そうですね。せっかく来たからもうちょっと粘ってみたいです。もう少し付き合っていただけるんですか?」
「いや、それは構わないんだけどな……」
なんか森がさっきから静かすぎるんだよ、と彼は呟く。
確かに鳥のさえずりが全く聞こえない。
この静けさは異常な気がする。そう思って周りを見ると、素晴らしいものを見つけた。
「ああっ、クラインさんブドウありましたよ、ブドウ! 沢山持って帰ってジュースにしましょう! 原価タダで百パーセント果汁のドリンクとか贅沢~♪」
私は一粒食べて、鼻歌まじりにさっさかそのブドウの実をもいだ。地面に山盛りになるが、アイテムボックスに入れてしまえば重くもないし楽勝だ。
「ハルカ、陽も落ちるし魔物が出たら面倒だから、そろそろ──後ろだっ!」
その時、クラインさんが叫び、咄嗟に剣を抜き身構えた。
私の背後の茂みから、魔物がザザッと草を掻き分け襲いかかってきたのだ。後で聞いたところによると、それはBランクの魔物、オーガキングだった。
「逃げろハルカ! 後は俺が何とかするからっ」
「え? イヤです! せっかく摘んだブドウを置いてくなんて、キャッチ&イートのポリシーに反します」
「そんなこと言ってる場合かぁぁっ! そいつ凶暴だか――」
ら、とクラインさんが告げようとした瞬間、私の願いが通じたのか、オーガキングが立ち止まる。そして、よろめくように膝から崩れ落ちた。
クラインさんが不思議そうな顔になる。
「……あれ? なんか、思ったより弱かったですね。私ビビりなんで、血を見たくなかったし、心臓発作でも起こしてくれるよう魔法でお願いしてみましたが、効いてくれたみたいですね? 人のブドウを踏み潰そうなんて、バチが当たって当然です! おー、死んでる死んでる」
私はオーガキングを覗き込んだ。
うわ、怖い顔してるなー。
「……いや、ハルカ、これな、Bランクだぞ? 討伐依頼とか関係ないと思って掲示板の内容細かく見てなかったけど、確かオーガキングはかなりの討伐報酬が出るはずだ」
「え、……本当ですか! やっほーい♪ アイテムボックスに入れて持って帰りましょう。是非とも是非とも、ええ! ……ところで、オーガキングは食べられますかね?」
「……え? 食べられる? てか食べるのか? 食べられるかどうかなんて、魔物倒すのに普通気にする?」
クラインさんは、目を見開いた。
私は何を当たり前のことを言ってるんだと呆れる。
「私さっき言いましたよね? 『キャッチ&イート』って? よっぽど猛毒でもあるとか、病気になるとか、死ぬほどマズイとかの事情があれば別ですが、これだけのお肉が美味しくいただけるのであれば、生活費も浮きますし、舌も喜びます。WINWINなのです。今回は襲ってきたので不可抗力ではありますが、基本的に食べるつもりでなければ無意味な殺生はしません! そもそも勇者とか軍人さんでも、お仕事でなければやたらに殺生なんてしないでしょう?」
「うん。むやみやたらに戦っても勝てないからね、オーガキングは。と言うか、戦う前に大概逃げるからね。言ってること至極まっとうっぽいけど、心臓発作を起こさせるとか、やってることは相当デタラメだからね? Bランク一撃で殺すとか本当に規格外だからね? 少しは自覚してね?」
私はこんこんとクラインさんに説教された。
「今回はたまたまですよ。たまたま上手くいっただけです」
そう答えると、彼はため息をつく。
「ギルドにはもっともらしい言い訳を考えないと。うっかりすると早々に転生者であることがバレかねないだろうが、まったく」
いかん、それはマズイわ。
私はギルドへの言い訳を相談すべくクラインさんに近寄っていった。
チリン、とドアベルが鳴り、私はクラインさんとギルドに足を踏み入れた。
「あらハルカさん、どうしたの? まだ依頼受けてから三時間しか経ってないじゃない。忘れ物でもした? それとも二ついっぺんにはやっぱり厳しかったかしら? いいのよぉ、小さなことからコツコツと、って誰かも言ってたし、慣れるまでは一つずつ片付けましょうよ」
遅めの昼食なのか、奥のテーブルでパンを食べていたミリアンさんが受付に戻ってくる。
「いえあのぉ、ピリピリ草は採ってきましたけど、ビラビラ茸はまだでして……すみません」
「まあハルカさん頑張ったわね! いいのよ、ビラビラ茸はまだ期日が先じゃない。じゃ、二階の倉庫に案内しなきゃね♪」
彼女はぱあっと笑顔になりポンッと手を胸の前で合わせると、私達を二階の倉庫兼保管部屋まで案内してくれた(鑑定もそこでやるらしい)。
ミリアンさんがノックして保管部屋に入る。中には三十歳前後だろうか、ドーベルマン風の尖ったケモ耳の男性がいた。
漆黒の長い髪を後ろで一つにまとめた、褐色の肌の、また無駄にきらびやかで目鼻立ちの整ったイケメンだ。ここにも獣人さんが。
獣人さんというのはDNA的に美男美女が生まれやすいのだろうか。いや、ミリアンさんは人間でも美人だ。
この獣人さんも昼ご飯なのか、具材を挟んだパンをもきゅもきゅ噛んでいる。
(……なんかこの国、眩しい生き物が多すぎるなあ)
私は少し頭が痛くなった。
(天国のお父さんお母さん、大丈夫だから。顔面偏差値の高いイケメンが何人転がってようが、私は堅実で心優しい人と結婚して、平凡でも安定した暮らしをするからね)
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