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1巻
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しおりを挟むプロローグ
仕事も決まり、あとは大学卒業後の生活を考えるだけという状況になって一安心した十月。両親を事故で亡くし天涯孤独だった私、間宮遥は、川に落ちた子供を助け、そのまま死んでしまったらしい……のだが、目覚めた先は、なんでか知らない森の中だった。
これはアレか。何かで読んだ異世界とかいうやつかしら。
異世界の神(?)は、右も左も分からないいたいけな若者を森の中にポイ捨てですよー、皆さーん。油断も隙もないですよー。子供を谷底に突き落として野生の厳しさを教える獅子より極悪ですよー。
そう心の中で叫んでみる。
「あー、目が覚めたね」
突然かけられた声の主を求めキョロキョロすると、背後にプニプニのほっぺたで、金髪のくりくりした巻き毛の、可愛さと胡散臭さを兼ね備えた妖精さんがいた。プルという名前らしいその彼がざっくり現状を説明してくれる。
薄々気づいていたが、やっぱり死んでたことを確認。
ほんのちょっと夢落ちを期待したのに。ほんのちょっとだけだけど。
……でも、うわーマジでか。
奨学金も返してないし、まだ彼氏の一人も、旦那の一人もできてなかった。いや、旦那いたら彼氏ダメよね。
初体験どころかキスもないとか、女として生まれてどうなのよ。いや、もう死んだけど。
あー、二十一歳の若さで死ぬ羽目になるとは思わなかったなー。まだこれからってとこじゃないね。
キャリアウーマンになって、バリバリ貯金する予定だったのになー。
ボーナス欲しかったなあ。老後は田舎の一軒家でも借りて楽しく過ごすつもりだったし。
……まぁうじうじ考えても死んだものは仕方ない。今さら足掻いても無駄だろうし。
異世界とはいえ、今度こそ雑草のように細く長く強く生きてやる。
基本的にシビアな生活環境だった割りにはお気楽にできている私の脳ミソには、悩むという高度な機能はついていない。元に戻ることができないなら前進あるのみだ。
まず、ここで暮らせるお金を得ないとダメだし、最終的にはマイホームが欲しい。庶民オブ庶民は働いてなんぼだ。
まずは食べ物と今夜の寝床を考えよう。
んー、まぁなんだ。森なんだし果物とかキノコとかあるだろ。川があれば魚も獲れるやもしれん。いや、獲ってみせる。
それが狩人というものだ。私は狩人なのか。初めて知った。
死んだばかり――死にたてホヤホヤなのに、既に私の心はマタギのオッサン的な力強さだ。異世界だろうと変わらぬ応用力のある強いメンタルに育ててくれた親に感謝せねば。
でも、うら若き淑女としてのメンタルではない気がする。
まあせっかく生き返らせてもらった命、大事にしないと。
とりあえず、ご飯だ。空腹は心が荒む。
乙女らしくうるうるしても鬱蒼とした森の中では意味がない。ただのイタイ子だ。餓死ルートか獣に食われるルートの鉄板二択しか見えないじゃないか。ここは周囲の探索をすべきだ。
気合を入れて立ち上がった私を、さっきのちんまい妖精――プルちゃんが呼び止めた。
「ちょちょ、待ってよ。びっくりするぐらい立ち直り早いな、おい。女神様から言われてるからチート能力つけてやるよ。三つ欲しい能力言って」
そう言ってくる。
お? やはりチートとやらがつくのか、異世界転生。ありがたやありがたや。
なんで三つもくれるのか分からなくて聞くと、子供を助けた特典で増量になったらしい。でも、別にいい子ぶったわけじゃなくて、とっさに飛び込んでただけなんだけど。
転びそうな人に手を差しのべるみたいなもんで、溺れる人を見たら、それが大人でも子供でも、何とかしようと誰もがちょっとは考えるはずだ。
残念だったのは、水の中で服を着たままだと体が言うこと聞かないというのを分かっていなかった自分の浅はかさのみ。なんか聖人君子みたいな感じに取られるのは困る。
断るべきだろうか。死んだのは自業自得なのに、チート増量してもらうのもなぁ。
だがしかし。
これからの生活でたくましく生きるには、あえてここは図太くなるべきではなかろうか。よし貰えるものは頂こう。ナムナム。
とりあえず、この世界で会話に困らない言語能力をつけてくれと頼むと、それは初期装備だそうだ。
つまり、ただ。素晴らしい。これで町の人と意思疎通が図れないということはないだろう。
それ以外にねぇ。うーん、と私は結構、悩んだ。
だってこれから当分一人で生きていかないとだし。
いや元々一人だったけども異世界だし。勝手知らんし。
そして、こういう感じの、と要望を伝えると、妖精さんが「おっけー任せといて!」と笑顔でサムズアップする。軽い。妖精なのになんかチャラい。
ともかく、具体的に以下の三つのチート能力を手に入れた。
●マルチアイテムボックス(保存容量無限。重さ負担なし。温度調節機能付き。時間経過機能の使用は選択可能)
何かあった時に荷物をまとめるのは面倒だというのもあるが、自分の財産は身につけていたい。この国で万が一やらかしてしまった時、身一つで逃げられる。
妖精さんを拝むと少し残念な子を見るような眼差しを向けられた。いや、きっと気のせいだ。
●マルチ魔法(全属性使用可能。努力次第でかなり強力なものも使える)
一応自己防御できないとねぇ、れでぃ~だし。詠唱は不要。イメージで発動可能だそうな。ちなみに、この世界ではそれぞれの属性の精霊さんが働くことで魔法が発動される。
己の想像力の限界がすぐ来そうだが、料理で火を熾すのが楽そうで有り難いと喜ぶと、妖精さんは本当に残念な子を見るような顔をした。多分気のせいだ。
『魔法使ってまず一番にやりたいことが料理の火熾しとか、ないわー、マジでないわー』とかぶつぶつ言ってるように聞こえたが、絶対気のせいだ。
●日本の商品もこの国の貨幣で取り寄せ可能な総合マーケット機能つきのマルチぬいぐるみ(キジトラのネコ型。かなりおデブ。サイズは身長五十センチくらいで、なんか胸のとこにお金を入れる細長い穴が開いてて、その下にデジタル時計みたいに数字が表示されている)
まさかの自立歩行型。
自販機みたいなものが、常時自分の前にあるようでテンションが上がる。
初回サービスとして、日本の貨幣価値で二十万円分をクレジットしておいてくれたようだ。まさに至れり尽くせり。女神様イイ人。顔も知らないけどなんかイイ人。
ぶっちゃけ一番これが有り難い。
日本人は日本食を時々食べないと死ぬと思う。個人的に。
いや、ショーユのない生活とか無理。米もないと無理。
料理をするのは大好きだ。コストダウンのためにお弁当はマメに作ったし、貧乏だから体が資本、金がないなりにも私のエンゲル係数は高かった。
その代わり衣服や雑貨にお金を回せず、春夏はTシャツとジーンズ、秋冬はパーカーとジーンズというオサレ心皆無な女に仕上がったのだ。
しょうがないじゃん、バイト生活で貧乏だったもの。
しかしマルチマルチと、詐欺商法みたいなネーミングセンスは女神様もちょっとどうかと思う。
イイ人とは思うけどどうかと思う。分かりやすくて転生素人には助かるけども。
よし、これで当座はしのげそう。苦労するかと思ったけど、ふっふっふ。
頑張って仕事探してお金貯めて、念願の早めのスローライフするぞ~♪
そう呑気に思っていた私は、異世界生活が進むにつれ、スローどころか元の世界にいた時よりも賑やかな日々を送ることなど、予想もしていなかった。
1 無職回避と新たな生活
「――数日間はハルカがちゃんとやってけるか様子見でついててやるから、とりあえず頑張れ。まぁ呑気そうだし、意外に順応性ありそうだけどな」
あの後、すぐにプルちゃんにそう言われた。プルちゃんはボッティチェリの描いたふくふくした天使みたいな愛らしさなのに、性格は大雑把そうだ。細かいことは気にしない感じだし、気が合いそうだし、こっちの世界の人にも私が見ている通りの子供の姿で見えるらしい。良かった良かった。
「とりあえずお腹空いたから何か食べたいよねぇ。トラちゃん、ちょっと」
私は、あのマルチぬいぐるみをトラちゃんと名付けた。キジトラ模様だからトラちゃん。
我ながら雑なネーミングだが、分かりやすいのが一番。
さて、ご飯の材料と、これからの旅に持っていく日本の商品を買い込まないとね。普段着のパーカーとジーンズ以外持ち物と言えるの何もないし。
マルチぬいぐるみは、自分がトラちゃんだと認識したのか、ぽてぽてと歩いてくる。
やだ、何この子、動くとより可愛い。
「プルちゃん、この子どうやって使うの」
「ん? ああ、お金が足りなくなったら胸元のとこから入れればいい。今はそれなりに入ってるから、頭の横にボタンあんだろ? それ押せば、ハルカがいたとこのパソコンみたいな画面が開くから、欲しいのをタッチして」
頭の横にボタン……と。あった。ポチッと。
おおー。ノートパソコンみたいなんが出た。
頭がパカーッと開くのは、ちと怖いわ、トラちゃん。
ネット通販みたいなもんですね。値段は気持ち高いけど、こちらではまず手に入らないものも多いだろうから仕方ない。
「まずは鍋とフライパン、包丁、おたま、と。ザルもいるかな。後はお茶碗とお皿とお箸とフォークにスプーン、調味料各種、と。米もだよ、米も。あと魚か肉か……迷うなー」
「食い物関連ばっかだな、おい。まず衣服を調えるとかないのか。女だろハルカ」
「衣食住の中で食が一番大切。美味しい食べ物は人を幸せにシマスネー」
「何エセ外国人みたいな口調になってんだ。ほれ、横に『現地モノ』つうとこあるだろ、タブが」
「あーあるある。ポチッと」
現地モノの欄には食品もかなりリーズナブルな価格で載っている。
「こっちの野菜とか見た目通りの味か分かんないしねえ」
「だから食い物じゃねぇよ! ほれ、衣類とかあんだろ。その辺も一通り買っとかないと、あっちの服はかなり目立つから」
「あ、そうか。忘れてたわ。目立たず生きていくのに必須よね。あんがとあんがと」
プルちゃんはあれか。ツンデレか。なんだかんだと親切だ。
何着か女性用の無地の服、下着などを見繕ってカゴに投入。食品や生活雑貨も含め二万円以上になってしまったが、初期投資だからここは涙を呑む。
会計を済ませると、トラちゃんについていたデジタル時計状のパネルの数字が減った。
その後すぐドスッと音がしてトラちゃんの横に木箱が出現する。即時配達か。ピザ屋より早いわ。
「トラちゃん、できる子ね~」
頭の蓋を閉じてナデナデすると、トラちゃんはちょっと照れたようにそっぽを向いた。やだこの子、やっぱり可愛いわ。
木箱を開けて商品の仕分けをする。
歯磨きとか洗面お風呂セットなど細々したものも買ったが、それはリュックみたいなこちらの袋を買っておいたのでそれに入れる。
アイテムボックスの容量が無限だからといって大量の物を出し入れしていると、異世界から来た人間だとバレやすいし色々利用される。そうプルちゃんが言っていたので気をつけないと。
こちらの人にもアイテムボックス持ちはいるけど少ないんだそうだ。それに私のような時間経過を止める機能がついているものはなく、単に大容量の荷物入れとして使うみたいで、冷蔵庫みたいな温度調節の機能も当然ない。
すいませんね、私だけ楽させてもらって。
フワッとした軽い布のワンピース型の現地服に着替え、エプロンをつける。
さて、初の魔法を使おうか。
私は米を鍋に入れ、その後水で研ぐイメージを浮かべる。そして鍋に手を向けた。
「美味しいご飯のためにしゃきしゃき研いでね~」
おお、水魔法なのかしら。
水が空中から湧いて鍋に注がれ、米が洗濯機みたいに回り出す。その後、水を適量入れて蓋を閉じた。
「はじめちょろちょろ中ぱっぱ、て感じで沸騰したら水分飛ぶまで少し強めにお願いね。火の魔法さんや頼むよ」
そう言うと分かってもらえたのか、火の魔法もちゃんと弱火で米を炊き出す。
今日は記念すべき異世界の初日なので、少し豪勢にA5ランクの牛肉様を購入した。作るのはガーリックショーユステーキだ。
軽く塩コショウしておいて、フライパンでガーリックをカリカリに炒めてから肉をミディアムレアな感じで焼いていく。ショーユは最後にちょいちょいっと。
魔法で火を出しているせいなのか、焦げもせず上手いこと火が通って美味しそうな匂いが漂ってくる。
(ああヨダレが出そう……)
付け合わせにバターコーン炒めと短冊切りにしたジャガイモに軽くショーユをまぶして炒め、豆腐とワカメのミソ汁も作った。
本当は、ステーキにはパンとポタージュとか洋風のがいいんだろう。だが、我が家ではパンはあまり食べず、ステーキはご飯のオカズという扱いだったのだ。
そうこうしているうちに、ご飯が上手いこと炊けた。
「凄いよプルちゃん、魔法便利! 超便利!」
予め買っておいたミニテーブルに、ご飯やオカズを並べてゆく。
「……うん、まぁいいけど。魔法使いの苦労が台なしな感じだなー。使う本人がそれでいいなら、文句言うことじゃないとはいえ。――ところで、二人分あるみたいだけど、まさか俺様の分か?」
「そうだよ。トラちゃんは食べられないでしょ? あれ、まさか妖精って食べないの?」
「うーん、人の食べるものは食べたことないな。基本食べなくても生きてくのに支障ないし。妖精の国では、たまに木になってる果実とかを食べてるけど。何人も転生者扱ってるが、俺らが飯を食うって認識ないみたいで勧められたことはない」
「そっか。じゃあちょっと食べてみてさ、ダメなら次回から作らないけど、大丈夫そうなら一緒に食べようよ。一人で食べても寂しいし」
「……それじゃ、試してみるかな」
いい匂いが辺りに立ちこめてきた頃からプルちゃんはステーキを気にしていた。だが、まさかくれとも言えず、知らんぷりを装ってたらしい。彼はこれ幸いとテーブルにつく。
「いただきます」
「……いただ、きます?」
ガーリックショーユステーキは細かく切って出したので、プルちゃんは受け取ったフォークで一切れ刺して口に入れる。
そして、クワッ、と目を見開いた。
「ヤバい。このガーリックショーユ味? の肉、劇的に旨いぞ」
「でしょう? お肉とご飯を合わせて食べると美味しさが倍増するのよー」
「ミソ汁も少しくどくなった口の中をスッキリさせる味わいだな」
付け合わせのコーンやジャガイモの炒めたのも美味しいと、ガツガツ貪る。
本当に食べたことがないのかしらプルちゃんは。勿体ない。
彼がじっと空になったお茶碗を見ていたので、私はお代わりをよそった。
プルちゃんが三杯目を平らげたところで、オカズも綺麗になくなる。
「いやあ旨いな、これ。人間はこんな旨いもの毎日食べてるのか」
「いやいや、こんな高い肉は滅多に食べられないよ。でもほら、異世界初日だし、少し気分的に上げないと。やっぱり美味しいもの食べるといい気分になるじゃない。美味しいものは作るのも食べるのも大好きなのよ」
私は笑ってお皿やお椀を片付け、水魔法で綺麗にしてからアイテムボックスへしまう。
「人間の食べ物は大丈夫そうだね。じゃ、デザートもいっとく? ショートケーキとチョコレートケーキをさっき仕入れたから半分ずつにしようか」
「貰う。しかし飯を食べたばかりでよく食えるな」
スイーツは別腹ですよ、ほっほっほ、などと言いながら、私はマルチアイテムボックスからケーキを取り出す。
そして、スイーツは別腹というのは嘘じゃないな、とプルちゃんが呟いた。
□ □ □
「……ふわぁー、と」
翌日。
森の木の葉っぱの間から陽射しが顔に当たり、その眩しさで私は目が覚めた。
エアマットレスの上で伸びをして起き上がる。薄手の掛け布団をめくると、プルちゃんが腹を出して寝ていた。
(……妖精も寝るんだなぁ)
彼は暫く、私に危険なことが起きないように助けてくれると言っていた気がする。
爆睡してて助けられるのかなあ、などと素朴な疑問が浮かぶが、寝てる間に魔物に食べられるのは嫌なので、一応自分で結界的なモノを張って寝たんだった。
まぁいいかと、私は食事の支度をするために立ち上がる。
歯磨きをし、顔を洗った。蛇口から水が出るイメージをすると、ちゃんと空中からちょろちょろ水が出るので嬉しい。
あれだわ、日本に住んでいた時のイメージでやればいいのね。
異世界の人達は楽に生活していていいなぁ。
そう思ったのだが、この世界で魔法を使える人間は圧倒的に少数であり、それも全属性使える人間など転生者くらいだということを後で知った。
だから、この世界でも普通は井戸から水を汲み、火を熾すのも手作業でやるそうだ。
「おはよートラちゃん。またお願い」
それはともかく、ぽてぽて近寄ってきたトラちゃんの頭のボタンをポチッとして、私はネット通販画面を開く。
「朝はミソ汁と鮭焼いて、玉子焼きでいいか。あ、おにぎり用に海苔もいるよね」
ぽちぽちと必要な食材をゲットするとトラちゃんのお腹のデジタルがまた目減りした。
(……このままだとダメだわ。早くお金を稼ぐ方法探さないと。戸籍とかなくても、就職できるんだろうか)
昨日の残りのジャガイモでミソ汁を作り、鮭を焼きながら考える。
味つけ以外は魔法にほぼ助けてもらっているので、ボーッとフライパンの玉子焼きを見つめていた。
「……なんか旨そうな匂いがしてたから来てみれば。お嬢さんが何でこんな森の中に?」
そこへ、背後から声をかけてきた人がいる。
振り向くと、犬か狼なのか分からないが、頭にもふ耳がついた長めの茶髪、そして眩しいほどイケメンの獣人のお兄さんがニコニコ笑顔で立っていた。獣人さんてやっぱいるのね。
それにしても朝っぱらから眩しいわ。
獣人のイケメン兄さんは、軍人っぽい格好をしている。
それとなく聞いたところ、この国――サウザーリンの騎士団の方なのだそうだ。
転生早々に『バレるな危険』とシールがついているようなお役人様に出会うとは、これいかに。
まあとりあえずご飯もできたことだし、食べながらごまかす方法を考えよう。
「あの、朝ご飯を食べようとしていたのですが、よろしければご一緒にどうですか?」
「うん、いただけたら嬉しい。朝食べてなくてお腹空いてたんだよね」
獣人のお兄さん(クラインという名前らしい)は、ひょいっとミニテーブルの前に座った。
向かい側に座るのやめて。笑顔が無駄に眩しすぎるから。少しは遠慮してくれてもいいんですよ。
まぁ、お腹空かせている人の前で自分達だけ食べるとか、悪趣味なことはしませんけども。
プルちゃんも起きてきて、訝し気にクラインさんを見た。そのまま三人で食卓を囲む。
「いただきまーす」
「いただきます」
「……いただ……?」
「私の故郷のご飯への感謝のコトバです」
「そうなんだね。いただきます、と」
箸は使いづらいだろうとプルちゃんと同じく、クラインさんにもフォークを出す。
器がなかったので、ミソ汁以外は鮭とご飯と玉子焼きをワンプレートに載せてみた。
「……うわ、マジで美味しい! こんな美味しいご飯初めて食べた。料理上手なんだね」
クラインさんは感動しているが、まともに作ったと言えるのはミソ汁と玉子焼きだけだ。
これで料理上手なら、この国のご飯レベルはかなりアレなんだろうか。そんな不安がよぎる。
プルちゃんが当然のようにお代わりを要求するのに便乗して、クラインさんも皿を出してきた。
プルちゃんも三杯飯、クラインさんに至っては四杯も食べやがりましたよ。
森から出る際のお弁当代わりにおにぎりを作ろうと、鮭を余分に焼き、ご飯も多めに炊いていたので助かったものの、どうするかなお昼ご飯。
そう思いつつ、考えていた先ほどの言い訳を披露する。
「ド田舎から仕事を探しに出てきたんですけど、道に迷って森で一晩過ごしまして。一緒にいるのは年の離れた弟なんです。トラちゃ――ぬいぐるみは弟のものです」
「あぁ、そうなんだ。よく魔物とかに襲われなかったねぇ、運がいいよ、本当に」
クラインさんが食後の麦茶を飲みながら、そう言う。
(……なんかこの人、疑うってことを知らないんだろうか)
道に迷って普通に朝飯作ってのんびり食っている遭難者が何処にいる。
いや、実際に先行き見えない人生大遭難者だけども。
私も生前かなり騙されやすい人間ではあったが、ここまでひどくはなかったと思う。
「美味しかったご飯のお礼に、町まで案内するよ。仕事もギルドを訪ねたら何かあるかもしれないから、そっちも連れていってあげる」
クラインさんは満腹になったせいか、満面の笑みで立ち上がる。よく見ると尻尾がパタパタしていた。
ご飯くれる人はいい人、みたいなもんかしら。
もしかするとこの世界の人はチョロ……もとい、素直ないい人ばかりなのかもしれない。
ちょっとモフモフさせてもらいたい気持ちはあったものの、仕事が見つかる前に痴女扱いで牢屋入り、長期のタダ働きコースは嫌なのでやめておいた。トラちゃんをモフるので我慢しておこう。
近場の町でコネになってくれそうだし、ここはお願いしようかな。
「すみませんお世話になります。ちょっと待っててくださいね。すぐ片付けますから」
この世界にもアイテムボックス持ちはいるとのことだったので、私はひょいひょいとテーブルなどを片付けた。
布団も出しっぱなしでしたわ。こりゃとんだ失礼を。
「へえ、結構な容量入るんだねぇ」
クラインさんが感心したように目を見張る。
「いやー、スッカラカンでしたから。アハハ」
いかん。アイテムボックスって、もっと入れられる物の量が少ないのかしら普通の方々のは。危ないわぁ、ちゃんと後でプルちゃんと話し合わないと。
「お待たせしました。それでは案内おねが――」
リュックもどきをたすき掛けにして振り向いた途端、ドンッ、という軽い衝撃音が耳元で響いた。クラインさんが後ろの大木に右手を押しつけ、私の動きを封じている。
(……壁ドンは聞いたことあっても、木ドンはないなー。どっちにしても破壊力あるから、近寄らないでほしいんですけども)
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