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プロポーズ。

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【クライン視点】


 俺が心を落ち着けながらハルカの部屋に降りて向かおうとしたら、リビングで風呂上がりらしいハルカが、小さなグラスで自家製の赤ワインを飲みながらうーんうーんと何やら書き物をしていた。
 他には誰もいないようだ。


「ハルカ、何してるんだ?」

 後ろからビックリさせないように少し離れた位置から声をかけた。
 それでもちょっと驚かしてしまったようで少し肩がビクッとした。


「っ!?………あークラインか。
 いやね、自分が前世で作っててこっちで作ってないお菓子とか料理とかを色々思い出してたのよね。意外と忘れてるのも多くて。
 それに伴って優先して開発してもらう調味料とか野菜とか考えてたり………あ、なんか飲む?」

「ああ。同じのでいい」

 俺はさりげなくテーブルに座る。
 食器棚からグラスを取り、テーブルに置いてあるワインボトルから注いでくれたハルカからグラスを受け取り一口含む。

 爽やかな喉ごしなのに濃厚な薫りと仄かなが鼻に抜ける。葡萄のフルーティーな味わいは、自分の緊張を和らげてくれる気がした。

「美味いな。これ、何年モノ?」

「アイテムボックスで15年位寝かせてみた。オールドヴィンテージになるとうちのワインも中々いい感じになるね。ボジョレー・ヌーボーもあっさりしてて私は好きだけど。と言うか余り強くないから偉そうに言えるほど飲めないけどね。
 料理ではよく使うのに何でかなぁ」

 ハルカのアイテムボックスは容量が底無しな上に、時間経過を止めたり早くしたり冷やしたり保温したりと自由自在である。

 料理や熟成が必要な調味料、ワイン、日本酒なんかの実験も出来て便利なのよー、ほんと女神さまには感謝しないと、とナムナム言っているが、転生したての若い女性を魔物もいるような森にポイ捨てするような女神である。まぁプルはいたが。後からトラも増えたが。

 個人的には胡散臭いと感じるが、ハルカは基本的に呑気で大雑把なところがあるので、最初は「粗大ごみ扱いするヒドイ女神さま」だと思ってたようだが、時が経つにつれ「便利なチートをくれてたいい人」にランクアップしていた。

 打たれ弱いと言うくせに、人(女神もか)や人外をあまり疑わないのも考えものである。すぐ懐に受け入れようとする。

 たまたま周りにはハルカを利用したり害そうとする奴等がほぼ現れなかっただけで、これからもそうだとは言えないのに。

 現にほだされてホイホイと隣国のいざこざにも巻き込まれているじゃないか。
 その上また人外の同居人が増えている。

 学習能力が欠如している。

 アホかと思うほどお人好しである。

 しかし、そんなハルカがたまらなくいとおしいと思う自分もいて、護ってやりたいとも思う。今まで他の誰にも思った事がない気持ちが心をざわめかす。
 これが恋なのだろう。
 

 そんな俺の胸の内はそのまま放牧中になり、ラザニアだとかピザ、エビチリ、かまぼことか練り物と呼ばれる魚のすり身を加工したモノ、それにデニッシュと言う色んな種類の甘いパン、ドーナッツやカステラなど食べ物の話から、果ては魔石を利用した家電製品の普及についてなどとりとめもなく話しているうちに大分時間が経っていた。


 ちょっと待て。

 いかん。俺は何のためにハルカに会うつもりだったんだ。


 興味深い話が楽しくて夢中になっていたが、ここから愛の告白に向かうには話がちょっと唐突すぎるだろう。
 ムードの欠片も見当たらない。

 いくらなんでも如何に果物が乗ったデニッシュの美味さがどうのと語ってた後に「好きだ。俺の恋人になってくれ」と言うのは頭がおかしいと思われる。

 どうしてそこから話をロマンチックな方向に持っていけなかった俺!


 仕方がない、日を改めるか。


 脳内会議でスタンディングオベーションで満場一致となった結論に苦い気持ちで顔を上げると、何故かハルカが潤んだようなとろんとした目で俺を眺めていた。

 
 ………ああ、いやな予感がする。


 テーブルにはいつの間にか空になったボトルが乗っていた。
 俺は一杯貰ったものがまだグラスに1/3ほど残っている。


「ハルカ、お前飲み過ぎただろ?日本酒よりは軽いけどワインも結構酒精はあるんだぞ」

「いやいや、何を仰いますか。まだ1回お代わりしただけですよええ本当に」

「一杯お代わりしただけでボトルの中身がなくなるか。ほらもう寝ろ。危ないから部屋まで送る」

「えー、なんかすごく嬉しい気分だしまだ眠くないー………まだグラスに残ってるし、勿体ないから一緒に飲もう?ね?」

 お願いですー、と椅子から降りて俺の膝の上に拝んだ手を乗せてきた。




 俺 を 殺 す 気 か。



 
 上目遣いで酔いに少し頬を染めているハルカはクソ可愛い。本当にどうしてくれようかと思う位に可愛い。

 俺が夫なら絶対に外で酒は飲ませない。
 周りのろくでなしに見られたら間違いなく一目惚れされるに決まってる。ラブの無差別テロである。

「………グラスの中身なくなるまでだけな」

 そしてハルカ限定で俺は甘い。

 大概のお願いを断る事は出来ない。

 いや、普段はこんなに甘えた口調になる事もないので、むしろ俺にとってはご褒美でしかない。

「ありがとう~」

 ふふふ、と笑うハルカは、

「そういうクラインの優しいとこが好き。………大好き」


「………っ!」

 心臓が跳ねた。

 ワインの残りを飲むと言ったのに、動くのも億劫になったのか、お願いの形をほどいた腕をだらんと下げたまま、膝に今度は頭を乗せている。

 俺のゴミのような理性がエマージェンシーコールを訴えてきた。俺はこのままでは全面敗訴の構えである。


「………なるべく王宮に帰るのは、後になれば、いいなぁ……」

 ハルカは相当酔っているようで、既に俺と話しているのではなく、独り言を小声で喋っているのだが、獣人は耳がいいので丸聞こえである。

「………クラインは優しいし男前だし頭もいいし………欠点が見当たらない………」

 何でだ。酔っているせいか今まで聞いたこともない台詞が聞こえてきて心臓の音が煩い。顔にも熱が集まる。

「結婚………する人は幸せになれるんだろね………あー上手く応援できるといいけど………」

「おい応援するな。当事者になれ」

 思わずハルカの独り言に返事を返してしまうが、ハルカの応答がない。

「おい、ハルカ………?」



 ………すぴー。



 寝てる。


 俺は天井を見上げて、深い溜め息をついた。


 気を取り直し、ハルカをそっと抱き上げて、部屋まで運ぶ。

 ベッドに下ろし、毛布を掛けようとしたが、ハルカにフワッと体を掴まれ体勢を崩して俺までベッドに倒れ込んだ。

「あったかーい………これは私の抱き枕ランキング不動の第一位ではあるまいか~………」

 ふにゃふにゃと笑いながら俺の体に腕を回し、またすぴーー、と気持ちよさげに眠るハルカがまたそら恐ろしい程可愛い。
 しかし、そっと腕を外そうとしてもぎゅーっと力が入ってるのかどうにも外れない。
 勘弁して欲しい。
 ゴミ理性の全面敗訴は避けたい。
 ああ心臓が未だかつてないほどばくばくと動いている。
 そろそろ俺は死ぬかも知れない。

「ハルカ………手を離さないと襲うぞ」

 すぴー。

「違うな。俺が襲われてるのか。だが若い女性が男をベッドに連れ込むのはどうなんだ?」

 すぴー。

「いや、俺限定なら勿論構わないがむしろ俺以外は絶対にダメだが」

 すぴー。

 寝てるのを良いことに、普段言えない事を呟く。
 ハルカが風邪を引かないように毛布を引っ張りあげる。

「ハルカ、好きだ。俺はお前を愛してる。お前と本物の家族になりたい」

 ………すぴ。

「俺は王族とは言っても第3王子だしな。父上も母上もハルカを気に入っている。
 なに、別に王族と結婚しても王宮に住まないといけない訳じゃないんだ。俺が王族降りて侯爵とか爵位貰って領地運営でもすればいい。
 勿論ハルカの仕事の手助けも出来るぞ。俺は自分で言うのもあれだが仕事の出来る男だし」

 ………す。

「でもハルカはすぐに働きすぎるからな。せめて週に2日位は仕事は忘れてゆっくりして欲しいな。
 子供だって沢山欲しいし………あーハルカと俺の子なんて、可愛がる以外の選択肢がないな。息子も娘もハルカに似てくれたら嬉しいな。もう溺愛する自信しかない」

 ………。

「ホワイトデーだったか。ああもう日付が変わってしまったが、婚約指輪を贈ろうとしてプルにいきなりすぎると止められた。だからハンカチと髪を結ぶリボンと言う芸のないモノになった。許してくれ。
 もう出会ってから1年以上経ってるのにいきなりもクソもないとは思うが、まあ俺も恋愛したことないからな。想いを告げようにもどうしたらいいか解らないし」

 ………………。

「このままではお前は一生独身だとプルに叱られたが、ハルカと結婚できなければ他の女性と結婚するつもりもないから別に構わないんだ。それでも玉砕する覚悟がなくて告白すら出来ないヘタレだ。それは自分でも自覚しているんだ。
 ただ、振られて友達でもいられなくなるのが怖い。一緒に暮らせないのが辛い。多分そんなことになったら生きていけない。間違いなく生ける屍だ」

 ………っ………。

「それだけならまだしも、あのグランだとか明らかにお前に下心抱いてる男とか客すらも近づくだけで醜い嫉妬に焼きつくされそうになる。バーミンガムだって男が好きだといっても奴も男だからな。ハグなんか許さん」

 ………っ。

「しかし、本当にこのままでは俺は独居老人になって一人寂しく死ぬかも知れん。どうすればいいんだ。こんなことでは誰かにハルカを奪われてしまうじゃないか」

「………独居老人は困るね」

「だろう?いや流石にここから数十年も独りで………っっっ!!ハッ、ハルカ?起きてたのか?今か?今起きたのかっ?そうだよな?」

 自分でもぶわっと尻尾が広がるのが解る。

「………お前と本物の家族になりたい、辺りから、かな」

「ほぼ八割がた聞かれてたんじゃないか!!」

 俺は羞恥で頭を抱えた。
 ドン引きされてるに違いない。
 軽蔑されてるかも知れない。
 もう生きていけない。死のう。


「………クラインが独居老人になるのは嫌だから、私で良かったら結婚して下さい」

「そうだよな。やっぱ気持ち悪いよな………な………え?結婚?」

「私もクラインと結婚しなければずっと独身だと思ってたから、これ幸いかと」

「………いいのか?俺と結婚しても」

「クラインこそ、私は年上で庶民だけどそれでもいい?」

「勿論だ。………でも、恋人期間も婚約期間もないのは、その、構わないのか………?」

「一緒に暮らしてたのが同棲期間みたいなものかと思えばいいんじゃないかな」


 ジワジワと実感が高まってきて、思わずハルカを抱き締めた。

「絶対に幸せにする。俺は100%幸せになるからハルカは120%幸せにする。
 だから、俺と結婚してくれ」

「はい。ふつつかものですが末永く宜しくお願いいたします」


 見上げたハルカは真っ赤だったが、俺も多分負けず劣らずだと思った。


 そっと口づけをした。


 ハルカの唇は、俺史上最高に柔らかく、美味だった。






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