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これから忙しくなるさ。

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 実はバルゴの支店の話はかなり前から出ていた。


 何しろリンダーベルから普通に馬車の安全ルートで行くと一週間近くもかかるのだ。(クロノスで運んで貰うと一時間もかからない。空の旅は素晴らしい)


 いくら美味しい物が食べたい食いしん坊な人がいたとしても、往復二週間もかけてご飯やスイーツ食べに来るのは非現実的である。その間仕事も出来ないからお金も稼げないのだし。そんな馬鹿げた時間の使い方ができるのは余程の金持ちか暇人な貴族位である。

 庶民はせいぜい、仕事でリンダーベルに行く知り合いに日持ちのする焼き菓子を頼むのが精々である。

 ロイズも、「そう言う訳なので支店を優先的に遠い町からお願いしたい。つまりはバルゴとかバルゴとかバルゴとか」

 と土下座レベルのお願いをされていた。
 あちらこちらの町で支店を出して欲しいという話が出始める前からである。
 随分と気に入ってくれたものである。

 
 実は、近道として森の中を抜けていくと三日ほどで行けるのだが、盗賊も出るし魔物も多く獣道が多いので、移動には気を遣うし、強い護衛を連れてる商人や一定レベルの冒険者でもないと、命の危険があるので利用する人間は少ない。


 ケルヴィンも、

「支店は調味料の普及のためにも食文化の向上のためにも、大変ではあるでしょうけど落ち着いたらなるべく早く出すべきではあると思いますよ」

 と言っており、今回の

「そろそろ支店オープンへの動きを始めますか」

 という話になったときに、やはりバルゴからでしょうねえ、となった次第である。



「もう、ようやく支店がこちらに出来るのかと思うと嬉しくて嬉しくて。半年位前にお願いしてからこの日が来ることをどんなに待ち望んでいたか………本当にありがとうございます!」

 とロイズが目を赤くしてハルカとクラインに礼を言う。

「メイン通りの良いとこの店舗が先月末でちょうど空きまして、そちらは如何かと」

 飲食店をやってた夫婦者が年配になり店を畳んで田舎に引っ越したそうである。

「じゃ、早速ですが見に行きましょうか。お時間もあまりないでしょうから」

 ロイズはハルカとクラインを伴い、道案内をしてくれた。


 案内された場所は確かに大通り入った中央の広場の近くで、広さもリンダーベルより若干狭いが、テラス席が広々としておりむしろ本店のレストランより人が入れそうだ。
 長年やっていたとの事で、少しくたびれた感じの建物だが、手を入れれば見違えるようになりそうだった。

 お値段も、予想より2割ほど安い。

「こんないい場所、この値段は安すぎませんか?集客力も高そうですし………」

 無理して安くされてるのかも知れないとハルカが問いかけると、

「いや、ハルカさんところの店が入ることで観光客や仕事絡みの人なども増えて、他の店にも客が流れるのでむしろ町全体の利益が上がると思います。妥当な値段だと思います」

 ロイズは腐っても商業ギルドのギルマスである。算盤勘定には長けている。
 店を出して貰いたいからと必要以上に値引きすることはあるまいとハルカも一安心した。
 クラインとハルカは、願ってもない立地だし、もういいかげん腹をくくるしかないだろうと契約書を交わすことにした。

 内装やなんかはピーターさんの繋がりで見つかるだろうし、早めにオープンしないと申し訳ない気持ちにもなる。


 ただ、レストランもパティスリーもという訳には行かない。
 店舗的にも空いてるのは1店舗分である。

 それにレストランの方はそこそこモノになっている料理人が派遣出来るが、パティスリーはこれから育成するところである。
 
「レストランだけ、なんですね」

 ギルドに戻って書類の手続きをしつつハルカがその旨を話すと、あからさまに肩を落とすロイズさん。

「いや、勿論ありがたいです!ありがたいんですが、家族がガッカリするかなぁ、と。何しろ仕事でリンダーベル行った時も、仕事終えて帰る早々土産のクッキーやパウンドケーキに夢中でしたからね妻も息子も。でも仕方ないですもんね………私はレストランの方が優先でむしろ嬉しいんですけどね」

 苦笑するロイズさんに、早くパティスリーも出して上げたいなぁ、とハルカは申し訳ない気持ちになる。
 バーミンガムさんもスイーツ大好きなんだよなあ。

 でもなー、無理なもんは無理だしなー。



 ………いや、待てよ。
 限定で数量的に絞ればいけない事もないか。店用のを多めに作れば………。


「ロイズさん、もしかするとレストランのレジの横に持ち帰りのスペース作れるかも知れないです。
 あ、でもそんなに多くの種類は出せませんが、ケーキを8~10種類位と焼き菓子をレストランでの食後に買って帰れるように1日の数量限定位なら何とか。
 馬車移動は傷むので無理ですけど、クロちゃんに頼んでOK貰えれば毎日休みの日以外は運んで貰えるし。
 ………ただ、行きはいいんですが帰りはクロちゃんにご飯食べさせてもらわないとダメかなあ。いや戻ってから食事でもいいんですけど、私達仕事出てるし毎回だとシャイナさんに負担かけるし………」

 ブツブツ考え出すハルカにロイズさんがガバッと身を乗り出した。

「食事?何を仰いますかっ、そんなのいくらでも私どもで出しますよ!輸送費だと思えばささやかなものじゃないですか!!バーミンガムだって地元で買えるなら行方知れずにもならずに捕獲の手間も省けてレオンも御の字でしょう。あいつらのギルドと共同で賄います!
 行きましょう!それで行きましょう!
 是非ともクロノスさんにうんと言って貰って頂きたいです!ね?お願いします本当にこの通り!!」

 テーブルに頭をこすりつけんばかりの頼みように少しだけハルカは笑顔がひきつるのを感じた。
 そこまでか。
 そこまでスイーツに固執するか。
 いやいいけども。嬉しいけども。

 なんとなく俺についてこい的な男らしいロイズさんは、見た目に反してめっちゃ尻に敷かれてる気がする。気のせいだろうか。
 だが、世の夫とお父さんというのはきっと妻子への気苦労が絶えないのであろう。うん。
 そういやお父さんもケーキや和菓子とかよく土産に買ってきてたなぁ、と少々思い出してしまった。あの人は自分でもよく食べてたけど。


 後でクロちゃんに聞いてみますね、と一先ず返事を保留にし、拝まんばかりの低姿勢でロイズさんに見送られたハルカとクラインは、冒険者ギルドに歩きながらどちらともなく話し出す。

「なんか、色々と、そのー、大変なんだね………」

「………そうだな………しかし、平気なのかハルカ。ケーキ作れるのまだお前しか居ないし」

「あー、うん。最初はしょうがないから頑張りましょうかねー。
 まあうちの人気商品をメインに多めに作れば何とかなるでしょ。
 あれだけ楽しみにされると、クロちゃんにもお願いするしかないよねぇ。
 まあ、クラインの言ってた料理人とパティシエに向いてそうな子をこれからちいとばっか鍛えさせてもらって即戦力になってもらわないといけないけどね」

「まあクロノスはどうせ昼間はシャイナさんや子供達とゴロゴロしてるだけなんだからいいだろ。少し位働いてもいい」

「………ちなみにですね」

「ん?」

「町の中に戻って来たのに何故手を引かれているんでしょうか私は?」

「………町中は人が多いからな」

「いや迷わないでしょさすがに」

「嫌か?」

「………いや、そう言う訳じゃなくてですね」

「ならいいだろう。外で離れると大変だし」

「私は子供じゃないぞー」

「だから子供と思った事はないぞ」

「………」

 だったら何だと思ってるんだろうか、とは聞けずにマフラーを引き上げハルカはてくてくとクラインに連れられて冒険者ギルドへ向かうのだった。



◇◇◇◇◇◇


「………Bランクのバルバロスまたこんなに討伐しちゃって。討伐依頼はまだないから報酬はないわよ?」

「あー、そんなのいいんですよ引退してますし。ただこれは使い道ないんで」

 ハルカが笑うと、バーミンガムさんは買い取り室で武器になるツメや嘴、袋や防寒具になる毛皮(ちゃんとぶつ切りにした後で皮だけ剥いだが、縫い合わせるので支障はないそうだ)を眺めてからレオンに渡した。

「8体も獲ってんなら肉もあるでしょう。そっちも卸しなさいよ」

「えーダメです。うち家族多いですし美味しく頂くための討伐なので。ああでも少しなら」

 とアイテムボックスからどん、と3つの塊を取り出した。

「50キロ位でいいですか」

 普通だと米俵みたいなものをハルカは片手で持つのは到底無理なのだが、不思議とアイテムボックスに出し入れするのにほぼ力を使わない。アイテムボックスを開いてる状態なら100キロを超えるようなものであろうと掴めばミカンを持つ程度の重みしか感じない。
 これも異空間を使うからなのか単にアイテムボックス特有の仕様なのかは分からない。ただ便利だなー、ありがたいなーと思うだけである。

 ハルカは科学者でも理数系が得意な訳でもないので、仕組みとかそういう細かいのはどうでもいいのだ。
 プルには「有るものを有るがままに受け入れる奴ばっかりだからな転生者は」としみじみと言われたが、誉められてるのか貶されてるのか不明である。

「あら言ってみるもんね。今夜は少し卸値で買ってってバルバロスのステーキでもしましょうか。そんくらい良いわよねー何十キロも譲って貰ったんだもの」

「そうですね。久しぶりに美味い肉が食べられるのは楽しみです」

 喜んでる二人についでに新しい支店に少しスイーツも置くかも知れないので、本決まりになったら宜しくと伝えたら、バーミンガムが喜んだのはともかく、レオンまでが涙目になって、ハルカにこのバカがぬいぐるみを椅子に置いて消えないように、本当に本当に是非ともお願いします心からお願いしますと土下座された。
 彼も苦労人のようである。



 その後好きなスイーツなどの話で盛り上がってるうちに、そろそろ帰る時間になったのでおいとまして、クロノスの迎えを待つため森の方へ向かう。


「支店か………これからまた忙しくなるね。皆に余り負担かけないように人も増やさないとね。うーん、大変だわ」

「少しはハルカも誰かに頼る事を覚えた方がいい。なんでもかんでも抱え込むな。
 人間、無理をし過ぎると疲れも抜けないしロクなことがないしな」

 クラインはそう言うと、

「俺はこう見えても結構頼れると思うぞ」

 と照れ臭そうに笑った。



 
 破  壊  力。



 ハルカは心臓がぎゅううううっと締め付けられて思わず顔を逸らした。

 クラインの照れ臭そうな顔とか犯罪です女神さま。イケメンは基本ツンでないと勘違いする女性が増量しますからここは一つ。

 何がここは一つなんだか分からないが、ハルカは必死で爪を掌に食い込ませて痛みで平常心を取り戻す。


「………あー、うん。頼りにしてるよ、も、勿論。これ、からも宜、しくお願いしま、しゅ」


 噛んだ。


 己のメンタル防御力が紙にも劣る事に内心頭を抱えながら、切れ切れで噛み噛みの台詞を気にするでもなく、やけに嬉しそうなクラインに手を引かれるハルカは、大した体力も使ってないのに既に疲労困憊なのであった。


 



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