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バレンタイン商戦【3】

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【クラインの憂鬱】


 朝ごはんの時に、テーブルの上にみんなのバレンタインデーのチョコレートが載っていた。

 勿論、俺の前にもあった。


「みんなそれぞれ味も見た目も違うんだよー。良かったら後で交換して食べ比べてねぇ」

 ハルカがミネストローネをそれぞれのスープ皿に取り分けながら、焼いたパンにバターを塗っていく。

 やらない。
 俺のは誰にもやらない。
 全部自分で食べる。
 例えサンキューチョコだとしても、俺個人に貰ったものである。
 仲間だろうと身内だろうと譲る、交換するという選択肢は一切なかった。


「ありがとうハルカ。仕事から戻ってから頂くな。わざわざ手間をかけさせて済まない」

 食後、二階で仕事場に向かう準備をしてから一階に降りると、既に支度の済んだハルカとプルが居間にいた。

「………いえいえ。つまらないものですが」

 糸目のハルカがお辞儀をした。

 最近、話をする時に糸目になることが時々あった。

「………ところでなんで最近糸目仕様が多いんだハルカ?」

 相手に感情を読まれやすいハルカは、静かに怒っている時やガッカリした時、何か隠し事をしてるとき等、よく糸目になっていたが、最近は店と家の往復位なのに何故か糸目率が上がっている気がする。
 この頃とんと綺麗な黒く輝く瞳が見られないのは残念だ。


 何か怒らせるようなことをした覚えもないし………いや、1つあったか。

「………もしかして、まだ怒っているのか?風呂掃除忘れたこと?」

 先日、自分の当番だったのを仕事の疲れでコロッと忘れて寝てしまい、翌朝気がついた。

 慌ててハルカに謝って、代わりにやってくれたハルカと当番を交代したのだが、

「約束事は守らないとダメですよ。罰として今夜のデザートはなしです」

 と言われて、それで終わったと思っていたが、まさかまだアレを引きずってるのだろうか?それで怒ってるのを知られたくないとか。

「一体いつの話をしてるのよ。とうに忘れてたわ。………最近仕事とかで寝不足が多いから太陽が眩しいのよ」

「あー、そうか。そうだよな、この頃作業場籠りきりだったもんな。お疲れ様」


 良かった。

「………ありがとう。えーと、さて、仕事行くか。みんなー、馬車乗ってー」

 ミリアンやテンがバタバタ二階から降りてきて、途端に騒がしくなる。

 今日も忙しいんだろうなあ、と思いながらも俺は馬車の中でうとうとしていた。




………………………………………………………



「プル」

 クラインが仕事の合間にすっ、と近寄って来たと思ったら、俺様に折り畳んだメモを手渡した。

 [今夜、戻ってから話がある。風呂の後でお前の部屋に行くから絶対寝るなよ]

 などと無駄に綺麗な字で書かれたメモは、(逢い引きかっ)と突っ込みを入れたいところではあったが、レストランもパティスリーもバレンタインデーの影響で人出が多く、無駄口叩く暇もない。
 ただ、このメモを落として誰かに拾われた時点で

【道ならぬ恋に落ちた副店長とチーフ】

 という濡れ衣を着せられる事だけは確実なので、胸ポケットの奥にしっかりしまいこみ、後で跡形もなく燃やし尽くした。




………………………………………………………


「で、どうした」

 風呂から出て、風魔法でふおんふおんと髪の毛を乾かしていると、ノックの音がしてクラインがそっと入ってきた。


「その………バレンタインデーのお返しに婚約指輪を贈ると言うのはダメだろうか」

「衛兵さーーんっ、ここに危ない人がいまーす!!王族なのに病み属性でーす!!治療して下さーーーいっ!!」

「わっ、いきなり大声出すな!!」

 慌てたクラインがプルの口を押さえ込む。

「なんでチョコレート貰っただけでいきなり婚約指輪なんだよ。付き合うをすっ飛ばしてうちの娘を手込めにする気かっ!!俺様の目の黒いうちは許しゃしねえぜ!」

「だから目は黒くないだろうが!まぁお義父さんちょっと聞いてくれ。とりあえずお萩でも。お茶うけにしてくれ」

「………またお義父さんとか馴れ馴れしい。やめれ。変態にハルカはやれんぞ」

 皿に盛られたお萩を受け取りながら、プルはつぶあんに弛んだ口元を隠しつつお萩にパクついた。

 クラインはクラインで、ハルカに貰ったチョコレートを持ってきており、大事そうに一つ摘まんで口に入れる。

 そこへトラちゃんが入ってきて、また出ていったと思ったら緑茶とコーヒーを運んできて、また出ていった。


「………トラの気配りはとても創造主がコレとは思えないな」

「コレとは何だ死にたいのか。だが俺様もいつもそう思ってる。それで?」

 プルが話を促す。


「………俺は来年二十歳になるんだが、流石に二十歳になっても婚約も付き合ってる女性もいないと、見合いだ何だと鬱陶しい事が増える」

「まあそうだろうな。………だが、クラインの兄さんも確か独身だろう?ミハイルとかいったか」

「ミハイル兄さんも二十歳の時に逃げ切れず婚約寸前までいった」

「どうやって逃げたんだ?」

「『僕は男しか愛せないんです!!地道に子孫繁栄のため女性も愛せないか頑張ってみますので気長に、気長にお待ちください』と父上に泣きついたそうだ」

「ブフォッッ」

 プルが気管支にお茶が入ったのか苦しそうに咳き込んでいる。

「大丈夫か?お萩詰まらせて死んだ妖精とか洒落にならんぞ」

 背中を擦りながら、クラインは話を続けた。

「勿論嘘っぱちだが、証拠はないしな。聞いたときには『やられた』と思った。俺も考えてた手だからな。結婚相手位は自分で決めたい。いや今はハルカしか考えられないんだがむしろこれからもずーっとハルカ一択なんだが」

「ぐぇほっっ、ぐぇほっっ、………お前も大概ヤバいな。もし断られたらどうすんだ」

「他の誰とも結婚しない。討伐に出たついでにちょっと股間傷つけて不能になりました子作り出来ないので相手が可哀想だとか言えば問題ない」

「その強気な姿勢をなぜ『告白して俺に振り向かせるぜ』というベクトルに持っていかないんだ」

「断られたら生きていく気力がなくなる。嫌われたら死にたくなるいや間違いなく死ぬ」

「衛兵さーーん、自宅にヤンデレストーカーが住み着いてましたーーー王宮の変態は王宮に戻して下さーーーいっ!!」

「自分でもどうしていいか解らない。
 ホワイトデーがいいチャンスかと思って………どうしたらいいんだ。プル助けてくれよ」

 クラインが体育座りで顔を埋めて溜め息をついた。


 (………大分拗らせたなクラインも。最初会った頃とはえらい違いだ。だがハルカがうんと言わなきゃ無理強いも出来んしな………………んんん?)

 プルは眉を寄せながら、ふとクラインの持ってきた袋から見えてるチョコレートの形を見た。ハート型である。

(………アレは確か………へええええな~るほどねぇ………おやおやまぁまぁ)

 プルは満面の笑みを浮かべた。


「クライン、お前が貰ったチョコレートの形は何だった?」

「………ん?クローバーの葉っぱみたいな奴だが」

 顔を上げたクラインが何でそんなことを聞くのかといった顔をした。

「いや、別に。分かった。俺なりに協力してやってもいい。
 とりあえずお前の恋愛経験値が低いままだとどんどんヤンデレ化が進む。放置すると拗らせストーカー待ったなしなるから、そこから少しずつどうにかしないといい返事をもらう以前の話になるぞ。先ずは経験値を稼ぐぞ」

「………お義父さん!!」

 パッと立ち上がりプルを抱き締めるクラインに、

「だからお義父さんは止めろっ!」

 グイグイ涙ぐみながら押しつけてくる頭を押しのけながら、

(本当に経験値を上げられるんだろうか)

 とほんのりした不安がよぎるプルだった。




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