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節分とバレンタイン。

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 仕事の休み時間に、ハルカはバイトさん達も含めてバレンタインデーの話をした。

「へえ、店長の国の行事なんですね。ステキですね。いいじゃないですか。片想いの女性が好きな人に想いを告げられる日な訳ですね!!」

 ミリアンの妹、ニコルちゃんは頬を染めた。バイトさん達もみんな楽しいイベントは多いに越したことはないと賛成の声が上がった。


「ハルカ、1つ、気になる事があるんだが」


 クラインが、眉を寄せた。


「………その、いわゆる親しい人に配るサンキューチョコと好意がある本命のチョコの違いはどこにある?」

 ハルカは、

「うーん、ハート型だったり手作りだったり、値段が違ったり、違うものも付けたりとか人によって色々かなぁ?
 でも基本的に好きな人に告白するためのついでのアイテムだから、見た目ではあまり分からないかも……」

「そ、そうなのか?………」

 何故か微妙に考え込んでいるクラインを見て、プルがぽんぽんと肩を叩いている。

 頭のいい人だから、ハッキリした区分みたいなものが欲しいのだろうか。
 人それぞれですから私には何とも言えないのだが。

「それでね、売り物としてさっきちょっと作ってみたんだけど、試作で食べてみて」

 ハルカはチョコレートボンボンとトリュフとアーモンドチョコレートを乗せた皿を出した。

 みんな基本的によく食べるし、うちの食事やお菓子を気に入ってるので、躊躇いもなく口に入れる。

「おっ、アーモンドだ。これ好きです。カリカリした食感とチョコのほんのりした甘みがいいですね」

「こっちはお酒入ってるんですね」

「甘いの苦手な男性でも食べやすいかと思って」

「僕は甘いの得意じゃないので、こういうのもあるといいと思います。美味しいっす」

「この丸いの柔らかくてほろ苦いのがとっても美味しいです!私もそんなに甘いの食べないですけど、これは美味しいですねえ」

 バイトさん達には好評である。

「プルちゃん達はどう?」

「俺様は酒は苦手だからこのトリュフがいいな。アーモンドも捨てがたいが」

「………僕は全部美味しい」

 甘いの好きだからねテンちゃんは。

「俺も全部美味いと思う。男でも食べやすいな、小さめだし」

「アタシは本来あげる側かー。自分の好みじゃ意味がないけど、アーモンド好き♪あげないで貰いたいわぁ~」

 ミリアンの呟きに、ハルカは

「サンキューチョコは男性にも女性にもあげられるよ。友達とか親兄弟姉妹、先生とかおじさんおばさんとか、誰でもいいの。好きな人達にこれからもよろしくって意味であげるから。ミリアンには私からアーモンドの奴をあげるね」


 ハルカは転生前、数年間お世話になった新宿二丁目のトンカツ屋のバイト先のママ(♂)、同僚のひとみちゃん(♂)、リリーちゃん(♂)、ひなこちゃん(♀)に毎年手作りのトリュフを作ってあげていた。

 買うより作った方が安いからという単純な理由であったが、最初の年にリリーちゃんに、

「手作り………あ、あのね、有り難いけど、アンタの事は友達としては好きだけど恋愛対象じゃないわよ?」

 とビビらせてしまった苦い記憶が甦った。

 申し訳ないが、バッファローを素手で殺れそうなムキムキの空手バカに異性としての興味は全くなかったので、貧乏だからしょうがなく手作りなのだと説明したところ、

「あー、貧乏だから器用になるのね!器用貧乏って言葉があるもんね!」

 全く意味が違うのだが、勝手に納得してくれたので特に訂正はしなかった。お仕事仲間と円満な関係が出来ればそれでよかったもので。


 ふと考えてみると、好きな男の子に本命チョコを上げた記憶がないような………。

 ハルカは糸目になった。

 ………いやいや、あるでしょ。どっかにあったんじゃない。あった筈だ。私だってうら若き乙女だったのだから。よく考えろ自分。
 えーと。


 幼稚園………全然覚えてない。

 小学校………女の子とチロルチョコとパラソルチョコを交換した記憶はある。女の子としか遊んでなかったので男の子は別世界の生き物だった。

 中学校………漫画とアニメとゲームをこよなく愛していたので好きな男の子すらいなかった。

 高校………両親が亡くなったのでそれどころじゃなかった。

 大学………奨学金が切られないようにバイト以外は勉強に明け暮れていたのでそんな心のゆとりなんぞなかった。


 就職したら好きな人でも出来るのかなぁと思ってたら、就職決まったとたんに川で人助けしてうっかり死んで今に至る、なう。


 ハルカは思わず膝から崩れ落ちた。


 なかったよ私。
 恋愛のレの字もなかったよ。


 私のような干物女子が、チョコだのバレンタインデーだのを語っていいのだろうか。

 よくよく考えても乙女として何か大事なものが見当たらない気がする。

 美味いもの食べるために討伐しに行くとか、若い女性としていかがなものか。
 いや、美味しいものは大事なんだけども。
 もっとこう花畑で綺麗ね~ウフフキャッキャッ、みたいな、フワフワ~っとした乙女チックなものが私には必要だったのでは?

 生物学的には女なのだが、行動パターンは間違いなくおっさんである。



「うわっ、なんだハルカっ、どうした!?」

「店長!大丈夫ですかっ?」

 いきなり崩れ落ちたので、バイトさんを怯えさせてしまった。
 いかんいかん。
 クラインが慌てて立たせてくれた。

「………ごめんなさい。今まで本命チョコなるものをあげたことがなかった事に今更ながら気づいてしまいまして、脱力感に襲われました」

「………ちょっと。アンタの国のイベントでしょ?」

 ミリアンが呆れた顔をした。

「学生時代の友人のコイバナなどを聞いて満足していたのであげたつもりになっていたのかも。あははは」

「あははは、じゃないわよ。イベント仕掛ける側が本命チョコ未経験とかおかしいでしょ」

「………これまではまだ出会う時ではなかったんじゃないかと。いつかはあげたいですよそりゃ」


 実は誰にも言ってないが、ハルカの誕生日は大晦日である。

 ここに来てから1年ちょい。
 10月頃にこちらに来てから、2回の誕生日が過ぎたので、23になっている。

 この国の人は年が明けると1つ年を取る、という感じで実際の誕生日とほぼ変わらない。

 誕生日のパーティだのというイベントはないのであまり気にしたことはなかったのだが、さすがに23にもなって好きな異性の一人もいないというのは、どうであろうか。

 仕事が忙しい、それも理由の1つではあるが、冷静に考えて、自分から積極的に恋をするつもりがない気がするのにも気づいていた。


 まず、モテない。

 なので、告白したりされたりしたこともない。


 更に己の恋愛感情というのがよく分からない。


 そして家には人外ワンダーランドが展開されている。減るどころかじわりじわりと人口密度が増えている。


 万が一、まかり間違って恋人が出来たとしても、その人はドラゴンや聖獣や妖精、魔族とかがゴロゴロ転がっているような家に好んで上がりたいだろうか。そのうえ王族も一人住んでいるような家に。


 否(いな)。


 むしろ私がその立場なら嫌だろうと思う。
 
 
 ただ、私はそんな一緒に暮らす皆が心から好きなのである。だから家から追い出すつもりなど毛頭ない。
 彼らが自分達から家を出るようなことになるまでは一緒に暮らしたいのだ。


 必然的にそちらを優先するとなると、恋愛だなんだと言うのが後回しとなり、現実味が薄れるのである。

 それでも、全く憧れないと言うと嘘になる。

 
「でも、いつかの晴れの日のために!バレンタインデーは広めたい訳であります!!
 私個人の力は非力ではございますが、ここはひとつ、是非皆さまのお力添えを賜りイベントの成功を収めたく思う次第であります!」

 ハルカはぎゅっと両手の拳を握った。
 政治家の選挙演説みたいではあるが、ハルカなりの熱意である。


「………分かった。俺は王族と貴族への根回しをする。みんなも店長のため、力を貸してやってくれ」

「「「「「分かりました」」」」」


 クラインのどこか遠くを見るような目と同様に、ミリアン達やバイトさん達の眼差しも、残念な店長を生暖かく支えようというゆるい決意に彩られていた。




ーーーーーーーーーーーー


「あ、そういや今日は節分だったな………」

  夕食後のバニラアイスを食べながら、ハルカが呟いた。

「………なんだセツブンて?」

 プルがラウールにもアイスを食べさせながら首を傾げた。

「ん?季節を分ける、と言う意味で日本では節分といってね、豆を撒いて厄払いをするのよ。
 鬼は外~、福は内~って」

 この国では関係ないのだが、昔はよく豆まきをした。

「………鬼とはなんだ?」

「あー、こっちでいう魔物みたいなものかな。厄を持ってるのを鬼って総称してるんだと思うよ。角の生えた巨人みたいなの。実際は架空の存在だし日本では。昔話によく出てくるのよ」

「ほー。じゃ、新しく家も建てたことだし、やった方がいいんじゃないのか?鬼は外~福は内~っての」

 プルが愉しそうな顔をした。

「………いや、やってもいいんだけど………」

 何となく口を濁していると、ラウールを伝書鳩ならぬ伝書聖獣にしたのか、クラインやケルヴィンさん、ミリアンやシャイナさんなと、居間にぞろぞろ現れた。

「豆まき、というのをやると聞いたのだがなんだそれは?」

 クラインが首を傾げながらハルカに聞いてきたので、みんなにもさっきと同じ説明をする。

「いや、でもね、やるのはいいんだけど………」

「楽しそうだな、やろうやろう!
 じゃ、豆はあるのか?」

 ハルカは、内心で「聞けよ人の話を」と思ったが、本人達が是非ともというならやってもらいますかね。

 トラを呼んで、ネット通販から福豆を大量に購入した。
 今は何故か鬼の面までオマケでついていて驚く。私の小さな頃は自分でお面作ったけど、今は便利なのねぇ、と感心する。

 鬼役はアミダくじで決めたらしく、プルが満更でもない感じでお面をかぶる。

「鬼は外~、で鬼に豆を撒いてね。で福は内~、で家の中に撒くの」

「オッケー!!鬼は外~っっ!!」

 みんなが一斉に豆をプルに向かって投げつける。

 だが、だてに空が飛べる訳ではないのか、身軽にひょいひょいと交わしてしまう。

「ワハハハハ、バカめ、鬼たる俺様に簡単に当たると思わない方がいいな」

「………普通に投げればそうでしょうが、これならどうかな?」

 ケルヴィンが取り出したのは魔物を攻撃するのに使うパチンコである。

 普段は小石を乗せる部分に一掴みの福豆を包み込み、プルにギリギリと狙いをつけた。

「おま、ちょ、それは卑怯だろうっ!」

「空を飛んで逃げてる時点で既にプルさんの反則でしょ。何を今更。骨は拾いますよ。『鬼は外~!』」

 思い切りよく放たれたパチンコから飛び散る福豆を空を飛んで逃げる間もなく当てられてたプルは、

「アダダダダッッ!」

 と身悶えして落下した。

 そこへ、当てられなくてモヤモヤしていたシャイナさんやチビッ子、ミリアン達の猛攻である。

「「「鬼は外~!!」」」

「いだだっ、お前ら痛いっつうの!!ちくしょう、玉の肌に痣が出来たらどうしてくれ……痛い痛いっ!ごめん、悪かったってっ」

 既に先程までの鬼仮面だヒャッハーな状態から、これでもかと浴びせられる豆に悪魔払いの儀式の様相を呈してきたので、そこまで、とストップをかけて、ハルカは

「福は内~」

 と居間にも撒く。

 撒いた豆は集めて弥七や八兵衛達のエサにする。厄払いだからね。

「さて、それではここからがメインイベントですよ」

 厄払いの豆を『年齢分』食べることで、来年まで元気に過ごせるように、という意味が込められているのだ、と説明。

「むしろ、これをやらないと節分は終わらないのでぃす」

 そういったハルカは、自分の分23個をポリポリと食べる。

「はい、それでは皆さま、年齢分きっちり食べて下さいな。食べるまでは終わりませんからねこのイベントは」


《………ワシは黙っておったが、実は2000歳というのは嘘でぴっちぴちの30歳じゃったな》

「ウソつきは1週間ご飯は自給自足して下さい」

「………これ不味くはないけど、口から水分持ってかれる………500粒も食べられない………」

「俺様のボディを見ろハルカ。こんなお子様に豆を300粒以上食わせるのか?」

「イベントは終わるまでがイベントです。コックリさんと一緒で中途半端に終わらせるととんでもないことに」

「分かった!食うよ!食えばいいんだろ!」



 この夜、ハルカの家は深夜まで「ポリポリポリポリ」という悲壮感漂う音が静かに鳴り続けていたのであった。






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