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イベントが足りない。
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サウザーリンに戻ってきた。
もう、すでにここが故郷のような気持ちがして、帰るとハルカはホッとする。
店に顔を出すと、思ったより早く帰れた上に、店長が新入りのバイトを二人も連れて戻ったと、少し血走った目をしたニコルちゃん達に涙ぐみながら小躍りされた。
とりあえず顔見せだけして店の方は忙しいだけで問題ないと言われ帰宅した。
ハルカは、最初の出勤をする前に、
「ムーちゃんとフーちゃんは、家と家の敷地内にいる時以外は、人の姿のままでいること。家にいるときはどっちでも構わないんだけど。
魔力をずっと維持してるの疲れるかも知れないけど、魔族に好意的な人ばかりじゃないからね。それに人でないと働けないからうちの店。あと、バイトの先輩の話は素直に聞くのよ?みんないい人ばかりだから」
と注意した。
「「分かりました!」」
目をきらっきらさせて人の姿で正座しているムルムルとフルフル。
家もなかったので、身元は特に問われない日雇い以外での仕事は初めてとのことで、制服1つ渡すのもいちいち感動しているのが可愛かった。
賄いもあるよと言ったら顎が外れそうなほど驚いていた。
そして、記念すべき一日目。
骨身を惜しまない仕事ぶりに、先輩達にも可愛がられていたので、ひとまず安心である。
~~~~~~~~~~~~
幸いなことに、家で留守番をしてくれていたラウールやシャイナさん、太郎次郎花子達に紹介したところ、好意的に受け入れてくれた。
《まだ生まれて100年程度か。子供じゃのぅ。ワシは人型にはなれんから、専ら肉の確保専門じゃ。せいぜい気張って働くとよいぞ》
『まあ、歳も近いのね♪よろしくね』
「遊んでね」
「コロコロしてね」
「よろしくなの」
直立不動だったムルムルがカラクリ人形のようにぎこちなくハルカを見る。
「ハルカ様、な、なな、ナイトウルフ様がいらっしゃいますけども」
「………あー、聖獣らしいもんね、一応。大丈夫よ、食い意地張った押しかけ居候のジー様だし、害はないわよ」
ムルムルが目を泳がせて、テンちゃんを見た。
「あの、テンペスト様、どうしてこんな大切な事を先に言って下さらないのですかっ?!」
「………別に言っても言わなくてもお前達はうちに働きに来ていただろう?」
「いや、そうですけども!」
「………なら事前に言う事に意味が見出だせないんだが」
「ほら、心の準備とかあるじゃないですか。聖獣ですよ聖獣」
「………じゃあ準備してから出直せば良かろう。またな」
「って、もう会っちゃってますよね?!」
「………ワガママな奴らだな。おいラウール、はじめましてからもう一度やり直」
「わーー、わーー、違いますからねラウール様、これからよろしくお願いします!!」
《………?うむ、よしなに頼むの》
「………いいなら問題ないな?」
「はい………テンペスト様が相変わらず心の機微に雑な方なのは分かりましたので」
「………む。魔族の王たる者に失礼だな。お客さんがお代わりを頼もうとしてるとか、水を欲しがっているなどはスパパッと分かるぞ」
「え?マジですか?流石ですねテンペスト様。案外やりますねえ人間の世界でも。でもなんで子供姿なんですか?」
「………まあな。子供姿なのは、こうしてないとマダムとレディーに問題があるらしいのだ。とハルカが言っていた」
「へえ、そうなんですか。なんか魔族の魔力の強さが駄々もれになるから危ないとかですかねぇ?」
テンとムルムル、フルフルのやり取りを聞くとはなしに聞いていたハルカは、プルにコソコソと耳打ちする。
「ねえ、魔王って魔族で一番強いんでしょう?」
「ん?そうだな。基本的に自分達より強くなきゃ王として認めないだろうし」
「だよねぇ?その割りには、ははー陛下、みたいな畏まった感じがないよね?」
「ヤツが面倒くさがったんだろ?本人が望んで王になった訳じゃないし。喧嘩を仕掛けてくるのを片っ端から返り討ちにしてたら他に吹っ掛けてくるヤツがいなくなっただけみたいだから。
よく『厄介な話になる時ばかり責任者みたいに矢面に立たされる』とか愚痴を言ってたからな」
「いや王として普通だからねそれ?むしろ放浪癖があるのを野放しにしてくれてるんだから、有り難く思わなきゃダメでしょ。雇ってる側が言うのも何だけど、バイトしてていいのかしらテンちゃん?」
「魔族はみんな長生きだからなぁ。気が長いんだろう。10年や20年ぐらい放浪してたところであまり変化はないというか、むしろ土産話も聞けるしサプライズ歓迎みたいなところがあるらしいぞ。今が人生で一番ドラマチックな毎日だ、とテンが熱弁してたからな」
「基本的に朝から晩まで働いてるだけなのに?」
「時々ドラマも観てるぞ。まあともかくそういうアクティブなコミュニケーションを取らない人生を何百年と送ってたから尚更なんだろ。日々がお祭りのようだ、お客さんにも喜んでもらえると嬉しい。幸せすぎて朝起きたら死んでるんじゃないかと胸を押さえて鼓動を確認するのが最近の日課らしくてな」
「………なんて不憫な………」
仕事だけして死ぬとかまるで過労死じゃないの。忙しさで疲れを忘れるためにドーパミン出すぎてるのかも。なんてこと。私はゲームでも『いのちだいじに』が戦いのベースの慎重派なのに、バイトをそこまで追い込むほど………?………とよく分からない事をぶつぶつ言い出して目頭を押さえたハルカに、プルは
「………よく解らんが、子供助けてうっかり死んだハルカの方がもっと不憫だと思うぞ」
と呟いたが、ハルカには全く聞こえていなかった。
(もし本当だとしても、たまのDVD鑑賞や仕事だけで喜びを得てるだなんて不健康過ぎる。働くのは確かに楽しいけど、もっとテンちゃんも休みには遊んだりとか、別の楽しみを持つべきだわ、うん)
しかし、サウザーリンは良いところだが、イベント的な行事が何故か少ない。
だからバルゴみたいなイベントばかり定期的に行っている町が生まれるのである。
祭りは楽しい。心が浮き立つ。
本来ならば、先日過ぎてしまったけど、年明けに毎年建国記念だかの祭りをやって盛り上がっていたらしいのだが、急に魔物が増えてきたからと自粛されたのだ。
ハルカが転生者として現れたためなのか、瘴気などのパワーバランスがおかしくなって、淀みが活性化した為である。
「はうっ……!」
少なくとも年明けの祭りが自粛されたのはほぼ己が原因である。
祭りやイベントが少ない、などと物申す権利など自分にはなかった。
自分で放った言葉のブーメランが自分に戻ってきて刺さる。超痛い。大流血である。
いやしかし、とエアー大流血を拭いながらハルカは思う。
イベントが少ないなら増やせば良いのではないか。
日本はこれでもかと言うほどイベントごとが多かった。
10月にはカボチャでランプを作ったり、ハロウィーンだートリックオアトリートだーと菓子ももらわずに仮装して町をそぞろ歩き。
クリスマスにはじんごーべー♪じんごーべー♪とか歌いながらチキンの丸焼きを食べたりケーキやシャンパンを飲み食いしてはしゃぎまくり。
正月は初詣でおみくじを引いては年明け早々に一年の命運を決めては一喜一憂し、餅を食べ、おせちをつつき、すごろくやったり、凧上げしたり羽根つきしたりしては室内でコタツと一体化してゴロゴロする自堕落祭りが開催される。
夏は浴衣を着て盆踊りを踊ったり、出店を冷やかしたり、花火大会では空を彩る美しい花火にたーまやー♪と叫ぶのである。
頼んでもないのに勝手に神輿を担ぎ走り回って家を破壊したり、喧嘩をすることそのものが祭の主旨になっているものもある。
泥の田んぼのようなとこに細い橋をかけてチャリで渡るとか、泥まみれになりたいとしか思えないイベントも嬉々として開催されている。
秋は紅葉狩りなどという、景色を楽しむだけなのに何で狩らないといけないのか不明なものもある。
言葉にすると狂気がとりついたとか魔がさしたとしか思えない危うげなものもあるが、それも含めて日本人である。ベースの日本人は概ね真面目で礼儀正しい人が多い。
うっかりヤンチャが過ぎているだけである。
ただ、どこの国の祭りであろうとも、取り込んで日本風にアレンジして、しれっと楽しむのが日本の国民性であるとハルカは思っていた。
その上まだ足りないと思ったのか、下手したら毎日が何かの記念日なのである。
犬の日やら猫の日から始まり、読書の日だのいちごの日だの、ほぼ語呂合わせなだけで一体何をすればいいのか分からない日も多々あったが、毎日を何かの特別な日にしようという不屈の諦めない魂がそこにはあった。
あのバイタリティーは見習わなくてはいけないと思うのだ。
あんな小国の敗戦国が大国にも並びうる経済大国にのしあがった位である。
『少年よ、大志を抱(いだ)け』などという言葉があるが、大志を抱きっぱなしの国が日本なのだ。
七転び八起きというM気質の漂う諺がデフォのゾンビのような恐ろしくも逞しい我が祖国である。
幸いにも、この国の1年の流れは日本とほぼ同じである。月に30日が12ヶ月。それに新年度という1週間弱の切り替え月というのがある。(そこで祭りが開催されていたのだ)
そして、2月の日本のイベントと言えば、アレである。
女子が恥じらい、男子が全然気にしてない風を装いつつもロマンチックが止まらないアレ。
好きな男性にチョコレートを贈る一大イベント。
バレンタインデーである。
まあ、これも製菓会社のプロパガンダだろうと何だろうといいのである。
想いを告げたい人、告げられたい人がいる限り、バレンタインデーは黄門様の印籠並みの効力を持つのだ。
バレンタインデーだからチョコを贈る、バレンタインデーだからチョコを貰う。
全て正当防衛である。むしろ避けては通れない事が多いので仕方がないのである。だってそういう日なのだから。
そして、ハルカは現在パティスリーを開いている。チョコレートはまだ在庫が少なく、ケーキとクッキーに加える程度しか使ってないが、ケルヴィンさんからカカオが量産可能という報告が先ほどタイミングよく来ていたのだ。
日本人の、いや商売人の血が騒ぐ。
祭りである。
これは、祭りをしろという神の啓示である。
チョコレートを扱う商人として、このイベントには積極的に参加する義務があるのだ。
仕方がないのである。
だってそういう日なのだから。
きっと、お客さんに人気のあるテンちゃんは、山盛りのチョコレートを貰うに違いない。甘いもの大好きなテンちゃんは大喜びなはずだ。
世の多くの女性に勇気を与え。
世の多くの男性に喜びを振りまく。
イベントとしてこれほど人類愛に溢れたイベントがあろうか。
しかし、勿論全ての人達が幸せになれるわけもない。
そこに、隙間を埋めるのが友チョコだの義理チョコだのである。
満遍なくチョコを買わせようという製菓会社の妄執さえ感じるが、自分が男だったら何も貰えないよりは貰えた方が嬉しいに決まっている。
ただし、ハルカは義理チョコという響きは好きではないので、日頃の感謝を込めて贈る、サンキューチョコとか適当に名前を変えるつもりである。
よし。そうと決まれば、早速サウザーリンにバレンタインデーを広める案を練らねばなるまい。
いかん、その前にチョコレートの試作をせねば。忙しくなるなあ。困った困った。
嬉しそうな顔でぽふっ、と手を叩いて慌てて仕事場に向かう準備をしているハルカを不気味そうに眺めたプルは、横で寝そべっていたラウールに、
「……なんかハルカに妙なスイッチが入ったみたいなんだが」
と不安を口にした。
《まるで普段はそんなスイッチが存在しないように言うではないか。
あやつは常に思考が斜めいっこ下か斜め二つ上とかであろう?
まさかここで?、みたいなとこで変なスイッチが入るのがハルカではないか。平常運転じゃ。読めないからこそ面白い》
「………言われてみればそうだな。なんだ、俺様も心配して損した。さ、じゃあ考えて疲れたし、少し昼寝するか。二階の部屋まで乗せてってくれ」
ラウールに跨がるプルの襟首を捕まえたハルカは、
「新人二人も仕事に出てるのに何をふざけた事を。プルちゃんも仕事に決まってんでしょ。とっとと行くわよ」
「俺様は、俺様は休息を必要としているんだぁぁ~~せめてぇ、せめてパジャマから外出着に着替えるまで待ってくれぇぇ~~」
「外出着って、スウェットスーツの色が緑から白か黒に変わるだけじゃない。店に制服もおいてあるし全く問題ない」
「気分の問題なんだよぉぉぉ」
ハルカは脇に抱えたプルを見て、
「………夜ご飯は、オーガキング様のサイコロステーキをおろし大根とぽん酢で食べようかと思ってるんだけどね。レンコンのキンピラとかもいいわよね。疲れた身体を労るために。でも働かないで寝ていたいなら別に食べなくてもいーー」
「やだなぁハルカ、あの店に俺様がいなくてどうする?!ようやくフロアチーフとしてまた采配が振るえると戻ってからこの日を待ち望んでいたんだぞ?プルちゃんプルちゃんとお客さんからの熱い眼差しが目に浮かぶなぁ。さあ、とっとと行こうぜ!たまにはパジャマ出勤も重役みたいでいいよな」
キリッとした顔をしたプルを脇に抱えたままドナドナしていくハルカを見送りながら、
《………さて、ワシもオーガキングを探しに行くかのぅ。年長者をこきつかいおって》
とラウールはのそりと立ち上がってドアへ向かうのだった。
もう、すでにここが故郷のような気持ちがして、帰るとハルカはホッとする。
店に顔を出すと、思ったより早く帰れた上に、店長が新入りのバイトを二人も連れて戻ったと、少し血走った目をしたニコルちゃん達に涙ぐみながら小躍りされた。
とりあえず顔見せだけして店の方は忙しいだけで問題ないと言われ帰宅した。
ハルカは、最初の出勤をする前に、
「ムーちゃんとフーちゃんは、家と家の敷地内にいる時以外は、人の姿のままでいること。家にいるときはどっちでも構わないんだけど。
魔力をずっと維持してるの疲れるかも知れないけど、魔族に好意的な人ばかりじゃないからね。それに人でないと働けないからうちの店。あと、バイトの先輩の話は素直に聞くのよ?みんないい人ばかりだから」
と注意した。
「「分かりました!」」
目をきらっきらさせて人の姿で正座しているムルムルとフルフル。
家もなかったので、身元は特に問われない日雇い以外での仕事は初めてとのことで、制服1つ渡すのもいちいち感動しているのが可愛かった。
賄いもあるよと言ったら顎が外れそうなほど驚いていた。
そして、記念すべき一日目。
骨身を惜しまない仕事ぶりに、先輩達にも可愛がられていたので、ひとまず安心である。
~~~~~~~~~~~~
幸いなことに、家で留守番をしてくれていたラウールやシャイナさん、太郎次郎花子達に紹介したところ、好意的に受け入れてくれた。
《まだ生まれて100年程度か。子供じゃのぅ。ワシは人型にはなれんから、専ら肉の確保専門じゃ。せいぜい気張って働くとよいぞ》
『まあ、歳も近いのね♪よろしくね』
「遊んでね」
「コロコロしてね」
「よろしくなの」
直立不動だったムルムルがカラクリ人形のようにぎこちなくハルカを見る。
「ハルカ様、な、なな、ナイトウルフ様がいらっしゃいますけども」
「………あー、聖獣らしいもんね、一応。大丈夫よ、食い意地張った押しかけ居候のジー様だし、害はないわよ」
ムルムルが目を泳がせて、テンちゃんを見た。
「あの、テンペスト様、どうしてこんな大切な事を先に言って下さらないのですかっ?!」
「………別に言っても言わなくてもお前達はうちに働きに来ていただろう?」
「いや、そうですけども!」
「………なら事前に言う事に意味が見出だせないんだが」
「ほら、心の準備とかあるじゃないですか。聖獣ですよ聖獣」
「………じゃあ準備してから出直せば良かろう。またな」
「って、もう会っちゃってますよね?!」
「………ワガママな奴らだな。おいラウール、はじめましてからもう一度やり直」
「わーー、わーー、違いますからねラウール様、これからよろしくお願いします!!」
《………?うむ、よしなに頼むの》
「………いいなら問題ないな?」
「はい………テンペスト様が相変わらず心の機微に雑な方なのは分かりましたので」
「………む。魔族の王たる者に失礼だな。お客さんがお代わりを頼もうとしてるとか、水を欲しがっているなどはスパパッと分かるぞ」
「え?マジですか?流石ですねテンペスト様。案外やりますねえ人間の世界でも。でもなんで子供姿なんですか?」
「………まあな。子供姿なのは、こうしてないとマダムとレディーに問題があるらしいのだ。とハルカが言っていた」
「へえ、そうなんですか。なんか魔族の魔力の強さが駄々もれになるから危ないとかですかねぇ?」
テンとムルムル、フルフルのやり取りを聞くとはなしに聞いていたハルカは、プルにコソコソと耳打ちする。
「ねえ、魔王って魔族で一番強いんでしょう?」
「ん?そうだな。基本的に自分達より強くなきゃ王として認めないだろうし」
「だよねぇ?その割りには、ははー陛下、みたいな畏まった感じがないよね?」
「ヤツが面倒くさがったんだろ?本人が望んで王になった訳じゃないし。喧嘩を仕掛けてくるのを片っ端から返り討ちにしてたら他に吹っ掛けてくるヤツがいなくなっただけみたいだから。
よく『厄介な話になる時ばかり責任者みたいに矢面に立たされる』とか愚痴を言ってたからな」
「いや王として普通だからねそれ?むしろ放浪癖があるのを野放しにしてくれてるんだから、有り難く思わなきゃダメでしょ。雇ってる側が言うのも何だけど、バイトしてていいのかしらテンちゃん?」
「魔族はみんな長生きだからなぁ。気が長いんだろう。10年や20年ぐらい放浪してたところであまり変化はないというか、むしろ土産話も聞けるしサプライズ歓迎みたいなところがあるらしいぞ。今が人生で一番ドラマチックな毎日だ、とテンが熱弁してたからな」
「基本的に朝から晩まで働いてるだけなのに?」
「時々ドラマも観てるぞ。まあともかくそういうアクティブなコミュニケーションを取らない人生を何百年と送ってたから尚更なんだろ。日々がお祭りのようだ、お客さんにも喜んでもらえると嬉しい。幸せすぎて朝起きたら死んでるんじゃないかと胸を押さえて鼓動を確認するのが最近の日課らしくてな」
「………なんて不憫な………」
仕事だけして死ぬとかまるで過労死じゃないの。忙しさで疲れを忘れるためにドーパミン出すぎてるのかも。なんてこと。私はゲームでも『いのちだいじに』が戦いのベースの慎重派なのに、バイトをそこまで追い込むほど………?………とよく分からない事をぶつぶつ言い出して目頭を押さえたハルカに、プルは
「………よく解らんが、子供助けてうっかり死んだハルカの方がもっと不憫だと思うぞ」
と呟いたが、ハルカには全く聞こえていなかった。
(もし本当だとしても、たまのDVD鑑賞や仕事だけで喜びを得てるだなんて不健康過ぎる。働くのは確かに楽しいけど、もっとテンちゃんも休みには遊んだりとか、別の楽しみを持つべきだわ、うん)
しかし、サウザーリンは良いところだが、イベント的な行事が何故か少ない。
だからバルゴみたいなイベントばかり定期的に行っている町が生まれるのである。
祭りは楽しい。心が浮き立つ。
本来ならば、先日過ぎてしまったけど、年明けに毎年建国記念だかの祭りをやって盛り上がっていたらしいのだが、急に魔物が増えてきたからと自粛されたのだ。
ハルカが転生者として現れたためなのか、瘴気などのパワーバランスがおかしくなって、淀みが活性化した為である。
「はうっ……!」
少なくとも年明けの祭りが自粛されたのはほぼ己が原因である。
祭りやイベントが少ない、などと物申す権利など自分にはなかった。
自分で放った言葉のブーメランが自分に戻ってきて刺さる。超痛い。大流血である。
いやしかし、とエアー大流血を拭いながらハルカは思う。
イベントが少ないなら増やせば良いのではないか。
日本はこれでもかと言うほどイベントごとが多かった。
10月にはカボチャでランプを作ったり、ハロウィーンだートリックオアトリートだーと菓子ももらわずに仮装して町をそぞろ歩き。
クリスマスにはじんごーべー♪じんごーべー♪とか歌いながらチキンの丸焼きを食べたりケーキやシャンパンを飲み食いしてはしゃぎまくり。
正月は初詣でおみくじを引いては年明け早々に一年の命運を決めては一喜一憂し、餅を食べ、おせちをつつき、すごろくやったり、凧上げしたり羽根つきしたりしては室内でコタツと一体化してゴロゴロする自堕落祭りが開催される。
夏は浴衣を着て盆踊りを踊ったり、出店を冷やかしたり、花火大会では空を彩る美しい花火にたーまやー♪と叫ぶのである。
頼んでもないのに勝手に神輿を担ぎ走り回って家を破壊したり、喧嘩をすることそのものが祭の主旨になっているものもある。
泥の田んぼのようなとこに細い橋をかけてチャリで渡るとか、泥まみれになりたいとしか思えないイベントも嬉々として開催されている。
秋は紅葉狩りなどという、景色を楽しむだけなのに何で狩らないといけないのか不明なものもある。
言葉にすると狂気がとりついたとか魔がさしたとしか思えない危うげなものもあるが、それも含めて日本人である。ベースの日本人は概ね真面目で礼儀正しい人が多い。
うっかりヤンチャが過ぎているだけである。
ただ、どこの国の祭りであろうとも、取り込んで日本風にアレンジして、しれっと楽しむのが日本の国民性であるとハルカは思っていた。
その上まだ足りないと思ったのか、下手したら毎日が何かの記念日なのである。
犬の日やら猫の日から始まり、読書の日だのいちごの日だの、ほぼ語呂合わせなだけで一体何をすればいいのか分からない日も多々あったが、毎日を何かの特別な日にしようという不屈の諦めない魂がそこにはあった。
あのバイタリティーは見習わなくてはいけないと思うのだ。
あんな小国の敗戦国が大国にも並びうる経済大国にのしあがった位である。
『少年よ、大志を抱(いだ)け』などという言葉があるが、大志を抱きっぱなしの国が日本なのだ。
七転び八起きというM気質の漂う諺がデフォのゾンビのような恐ろしくも逞しい我が祖国である。
幸いにも、この国の1年の流れは日本とほぼ同じである。月に30日が12ヶ月。それに新年度という1週間弱の切り替え月というのがある。(そこで祭りが開催されていたのだ)
そして、2月の日本のイベントと言えば、アレである。
女子が恥じらい、男子が全然気にしてない風を装いつつもロマンチックが止まらないアレ。
好きな男性にチョコレートを贈る一大イベント。
バレンタインデーである。
まあ、これも製菓会社のプロパガンダだろうと何だろうといいのである。
想いを告げたい人、告げられたい人がいる限り、バレンタインデーは黄門様の印籠並みの効力を持つのだ。
バレンタインデーだからチョコを贈る、バレンタインデーだからチョコを貰う。
全て正当防衛である。むしろ避けては通れない事が多いので仕方がないのである。だってそういう日なのだから。
そして、ハルカは現在パティスリーを開いている。チョコレートはまだ在庫が少なく、ケーキとクッキーに加える程度しか使ってないが、ケルヴィンさんからカカオが量産可能という報告が先ほどタイミングよく来ていたのだ。
日本人の、いや商売人の血が騒ぐ。
祭りである。
これは、祭りをしろという神の啓示である。
チョコレートを扱う商人として、このイベントには積極的に参加する義務があるのだ。
仕方がないのである。
だってそういう日なのだから。
きっと、お客さんに人気のあるテンちゃんは、山盛りのチョコレートを貰うに違いない。甘いもの大好きなテンちゃんは大喜びなはずだ。
世の多くの女性に勇気を与え。
世の多くの男性に喜びを振りまく。
イベントとしてこれほど人類愛に溢れたイベントがあろうか。
しかし、勿論全ての人達が幸せになれるわけもない。
そこに、隙間を埋めるのが友チョコだの義理チョコだのである。
満遍なくチョコを買わせようという製菓会社の妄執さえ感じるが、自分が男だったら何も貰えないよりは貰えた方が嬉しいに決まっている。
ただし、ハルカは義理チョコという響きは好きではないので、日頃の感謝を込めて贈る、サンキューチョコとか適当に名前を変えるつもりである。
よし。そうと決まれば、早速サウザーリンにバレンタインデーを広める案を練らねばなるまい。
いかん、その前にチョコレートの試作をせねば。忙しくなるなあ。困った困った。
嬉しそうな顔でぽふっ、と手を叩いて慌てて仕事場に向かう準備をしているハルカを不気味そうに眺めたプルは、横で寝そべっていたラウールに、
「……なんかハルカに妙なスイッチが入ったみたいなんだが」
と不安を口にした。
《まるで普段はそんなスイッチが存在しないように言うではないか。
あやつは常に思考が斜めいっこ下か斜め二つ上とかであろう?
まさかここで?、みたいなとこで変なスイッチが入るのがハルカではないか。平常運転じゃ。読めないからこそ面白い》
「………言われてみればそうだな。なんだ、俺様も心配して損した。さ、じゃあ考えて疲れたし、少し昼寝するか。二階の部屋まで乗せてってくれ」
ラウールに跨がるプルの襟首を捕まえたハルカは、
「新人二人も仕事に出てるのに何をふざけた事を。プルちゃんも仕事に決まってんでしょ。とっとと行くわよ」
「俺様は、俺様は休息を必要としているんだぁぁ~~せめてぇ、せめてパジャマから外出着に着替えるまで待ってくれぇぇ~~」
「外出着って、スウェットスーツの色が緑から白か黒に変わるだけじゃない。店に制服もおいてあるし全く問題ない」
「気分の問題なんだよぉぉぉ」
ハルカは脇に抱えたプルを見て、
「………夜ご飯は、オーガキング様のサイコロステーキをおろし大根とぽん酢で食べようかと思ってるんだけどね。レンコンのキンピラとかもいいわよね。疲れた身体を労るために。でも働かないで寝ていたいなら別に食べなくてもいーー」
「やだなぁハルカ、あの店に俺様がいなくてどうする?!ようやくフロアチーフとしてまた采配が振るえると戻ってからこの日を待ち望んでいたんだぞ?プルちゃんプルちゃんとお客さんからの熱い眼差しが目に浮かぶなぁ。さあ、とっとと行こうぜ!たまにはパジャマ出勤も重役みたいでいいよな」
キリッとした顔をしたプルを脇に抱えたままドナドナしていくハルカを見送りながら、
《………さて、ワシもオーガキングを探しに行くかのぅ。年長者をこきつかいおって》
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