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ヴォルテン王国訪問【8】
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「………ふわぁ~あ、と」
翌早朝。
ヴォルテン王国城の客室の一室で思いの外すっきりと目を覚ましたハルカは、薄闇の中、壁掛け時計を見た。
まだ6時にもなっていなかった。
ちょっと早かったか、と思ったが、二度寝するには時間的に半端だったし、朝イチで帰ると国王達には告げている。
いいや、このまま起きてしまおう、と体を起こした。
プルちゃんを見ると、足元のベッドの際ギリギリのところにうつ伏せになって大の字で寝ていた。
(………事故現場か)
心でツッコミを入れる。
よくあの体勢で転がり落ちないものだといつも不思議に思うが、以前ハルカと一緒に寝ていた時は、大概ベッドの四隅の辺りにいた。寝るときには隣で一緒に布団をかぶって眠っているにもかかわらずである。本人は誰かが勝手に俺様を動かしていると主張していた。
その点、トラちゃんは寝る位置をを決めたらそこから微動だにしない。
(なぜ良くも悪くも大雑把なプルちゃんからこんなキッチリした子が作れたのやら)
などと思いつつ、二人を起こさないようにそろりとベッドを降りると、着替えて顔でも洗いに行こうと洗面所に歩き出した時、密やかにノックの音がした。
(………ん?ミリアンかな?)
ケルヴィンさんかクラインか。はたまたテンちゃんか。
どちらにせよ身内だろうと気楽に扉を開けたところ、何故かイアン王子が護衛も付けずに一人で立っていた。
「ああ、ハルカ嬢、起きていたか。良かった。朝早くから済まない。早朝こちらを発つと聞いたので、行き違いになるといけないと早くからの訪問、大変申し訳ない」
「………いえ。あの、何かありましたでしょうか?」
いきなり国王が倒れた、とか言われたらどうしよう。うむ、逃げる一択しか思いつかない。
「いや、そのな………私の……妻が、せめてお帰りになる前に一目ハルカ嬢に会いたい、何とか会わせて欲しいと頼まれているのだ。お茶だけでもいいので、少し付き合ってはもらえないだろうか。
勿論、こんなことを頼めた義理ではないのは分かっているのだが………」
あー、身分が低くて正妻に出来ない方だとか言ってましたね。
後ろを振り返ると、プルちゃん達はまだ起きる様子はない。
イアン王子の奥さん。
ちょっとどんな人なのか興味がある。
いやかなり興味がある。
糸目になったハルカは、
「………少しだけなら。少々お待ち下さい」
メモを取り出し、
【野暮用。小一時間で戻ります。起きたら帰り支度しておいてね】
と書き置きして、コソっとイアン王子と部屋を抜け出したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
連れてこられたのは、城からそれほど遠くないイグナスの町外れのこぢんまりした一軒家だった。
「ナタリア、私だ。ハルカ嬢をお連れした」
イアン王子がハルカを促し、扉を開けた。
「まあ本当に?!」
パンが焼けるいい匂いがする暖かい室内で、キッチンに立っていた小柄な女性が振り返る。
「あの、あなた様がハルカ=マーミヤ様でいらっしゃいますか?私はイアンの内縁の妻、………でいいのかしら、ナタリアと申します。お初にお目にかかります。ようこそおいで下さいました。狭いところですが、どうか奥へ。
大したものは出来ませんが、せめて朝食だけでも召し上がって下さいまし」
深々とお辞儀をするナタリアさんを見て、ハルカはイアン王子にゆっくりと向き直った。
「………あなたまさかロリコ」
「ロリコンではない!ナタリアは若く見えるがこれでも私の2つ下の24だ!」
私より上ですか!?どう見ても16、7にしか見えませんけども。
その上、ゆるいウェイブのかかったプラチナブロンドの長い髪、折れそうなほど細い身体、透き通るような白い肌に碧眼、鈴を鳴らすような耳に心地いい声、昔読んだ童話のヒロインはかくや、というほどの美人さんだったのだ。
キッチンに案内されると、四人がけの丸テーブルには既にオムレツやサラダなど、普通に美味しそうな物が並んでいた。
なんだ?王宮のご飯が特殊だったのかしら?それともまだ調味料の使い方がよく分かってなかっただけなのか。
「無駄にならなくて良かったですわ、うふふっ。でもハルカ様がいらっしゃらなければイアンに食べて貰いましたけれど」
遠慮せずありがたく頂くことにする。
焼き立てのパンにふわふわのオムレツ。素晴らしい。普通に美味しい。
美味しいと言う事は幸せだ。
食事が済んで居間に移動し紅茶を出された。
満足したハルカが一息つくと、ナタリアはそっと一礼し話を切り出した。
「ハルカ様が、このどうしようもない短絡的な人に寛大な配慮をして下さったと聞き、せめて一言御礼と御詫びを、と思い我が儘を言ってこのようなところまで足を運んで頂いたこと、誠にありがとうございました。王宮には私は出入り出来ませんので」
ハルカは慌てた。
「いえっ、もう終わった事ですから。それにかえっていつまでも蒸し返されると私も居心地が悪いと言うかですね、別に今は何とも思ってないので頭を上げて下さいっ」
「……ありがとうございます。………ハルカ様は、転生者なんですよね?あ、別に言い触らす意図はありません。イアンが教えてくれたのです。『父上のために何としてもハルカ=マーミヤを連れ帰る。最悪協力してもらう為に政略結婚もしないといけないだろう。それでも愛してるのはお前だけだから』とかふざけた事のたまうものですから、あまりにも腹が立ってぶん殴りまして、相手にも自分にも酷い行為だから止めてくれと止めたんですのよ。でも表向きは諦めた振りをして、結局こんなことに………」
ぶん殴ったんだ。見た目とのギャップがすごいな。
「まあ国王様を尊敬してましたから、簡単に諦めるとも思ってなかったのですが、でもやはり愛する人と誰かが婚姻するとか冗談じゃないと思いますでしょ?それも、結構男前だと思いませんか彼?」
「………はあ」
思わない。
「それにこの包容力のあるもちもちした弾力性に富んだ肌。顔も身体も非の打ち所がありませんでしょ?転生者だとかいう女性が本気で好きになってしまったらと思うと……」
「………ほぉ」
ならない。
「念のため申し上げるのですが、いくらハルカ様がお望みでも彼は渡せませんよ?」
「………はあ」
要らない。
「口では悪ぶった事言うのに、本当は心が優し過ぎる位ですし、身分の良し悪しで態度も変わらないですし、貧乏男爵の娘である私などには勿体ないお方なのです。ハルカ様には彼の魅力はもうお分かりかも知れませんが」
「………ふむ」
分からない。
「………ナタリア、居たたまれないからやめてくれ」
眼の縁を赤らめてイアンがナタリアを止めた。
「ですから、彼がいくら親のためとは言え犯罪に関わるのも、捕まって処刑されるのも耐えられなかったんですの。聞いた時には私も一緒に死のうと決めておりましたが」
「待て、お前は関係なーー」
「黙ってイアン。そのぷにぷにしたお腹を触れずに私がこのさき生きていけるとでも思っていたの?ちゃんちゃらおかしいわ」
私は生きていける。
「ナタリアさんはマニア………いえ、愛しておられるのですね、イアン様を」
「お恥ずかしい話ですが初恋ですの」
照れるナタリアさんを眺めながら、まあ人の好みはそれぞれであるし、需要と供給が合ってるからいいよね、と思う。
深く頭を下げて見送るナタリアさんを背に王宮に戻って来る途中、イアンにハルカは、
「ナタリアさん(みたいなレア物)逃すと後はないと思いますよ」
と他人事ながら忠告しておいた。正妻にすべく頑張れよのエールである。
イアンは照れながらも深く頷いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「………ええ?なんだハルカ、イアンの奥さんに会ったのか?」
帰りの空の中、クラインが残念そうに呟いた。
「僕も会いたかったなあ………どんな方でした?」
ケルヴィンが興味津々といった感じで尋ねた。
「これがまた、可愛らしい性格の美人さんでしてね」
ハルカは見た目を説明する。テンちゃんやプルちゃんも気になっていたのか目線を寄越した。
「何ですって………」
「あの野郎にそんな可愛い子が」
「………もげろ」
「爆発すればいいのに」
みんなの呟きが怖い。
「やあねぇ男は心が狭くてねぇ~ハルカ」
ミリアンが呆れたようにくっつくように隣に座った。
「アタシは当分は仕事に生きるわ」
「私も今は仕事で手一杯だなあ………」
お店もあるし、調味料の開発もまだまだやらないといけないし。
調理方法もせっかく簡単マニュアル作って出してるのにまだまだ結果に繋がってないのが残念である。
また養う子も増えたし。
戻ったらまたバリバリ働かないとなー。
隅っこで眠っているムルムルとフルフルを見ながら、ハルカは愛だの恋だのをすっ飛ばして、既に子沢山の母親のような気持ちになっていたのであった。
翌早朝。
ヴォルテン王国城の客室の一室で思いの外すっきりと目を覚ましたハルカは、薄闇の中、壁掛け時計を見た。
まだ6時にもなっていなかった。
ちょっと早かったか、と思ったが、二度寝するには時間的に半端だったし、朝イチで帰ると国王達には告げている。
いいや、このまま起きてしまおう、と体を起こした。
プルちゃんを見ると、足元のベッドの際ギリギリのところにうつ伏せになって大の字で寝ていた。
(………事故現場か)
心でツッコミを入れる。
よくあの体勢で転がり落ちないものだといつも不思議に思うが、以前ハルカと一緒に寝ていた時は、大概ベッドの四隅の辺りにいた。寝るときには隣で一緒に布団をかぶって眠っているにもかかわらずである。本人は誰かが勝手に俺様を動かしていると主張していた。
その点、トラちゃんは寝る位置をを決めたらそこから微動だにしない。
(なぜ良くも悪くも大雑把なプルちゃんからこんなキッチリした子が作れたのやら)
などと思いつつ、二人を起こさないようにそろりとベッドを降りると、着替えて顔でも洗いに行こうと洗面所に歩き出した時、密やかにノックの音がした。
(………ん?ミリアンかな?)
ケルヴィンさんかクラインか。はたまたテンちゃんか。
どちらにせよ身内だろうと気楽に扉を開けたところ、何故かイアン王子が護衛も付けずに一人で立っていた。
「ああ、ハルカ嬢、起きていたか。良かった。朝早くから済まない。早朝こちらを発つと聞いたので、行き違いになるといけないと早くからの訪問、大変申し訳ない」
「………いえ。あの、何かありましたでしょうか?」
いきなり国王が倒れた、とか言われたらどうしよう。うむ、逃げる一択しか思いつかない。
「いや、そのな………私の……妻が、せめてお帰りになる前に一目ハルカ嬢に会いたい、何とか会わせて欲しいと頼まれているのだ。お茶だけでもいいので、少し付き合ってはもらえないだろうか。
勿論、こんなことを頼めた義理ではないのは分かっているのだが………」
あー、身分が低くて正妻に出来ない方だとか言ってましたね。
後ろを振り返ると、プルちゃん達はまだ起きる様子はない。
イアン王子の奥さん。
ちょっとどんな人なのか興味がある。
いやかなり興味がある。
糸目になったハルカは、
「………少しだけなら。少々お待ち下さい」
メモを取り出し、
【野暮用。小一時間で戻ります。起きたら帰り支度しておいてね】
と書き置きして、コソっとイアン王子と部屋を抜け出したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
連れてこられたのは、城からそれほど遠くないイグナスの町外れのこぢんまりした一軒家だった。
「ナタリア、私だ。ハルカ嬢をお連れした」
イアン王子がハルカを促し、扉を開けた。
「まあ本当に?!」
パンが焼けるいい匂いがする暖かい室内で、キッチンに立っていた小柄な女性が振り返る。
「あの、あなた様がハルカ=マーミヤ様でいらっしゃいますか?私はイアンの内縁の妻、………でいいのかしら、ナタリアと申します。お初にお目にかかります。ようこそおいで下さいました。狭いところですが、どうか奥へ。
大したものは出来ませんが、せめて朝食だけでも召し上がって下さいまし」
深々とお辞儀をするナタリアさんを見て、ハルカはイアン王子にゆっくりと向き直った。
「………あなたまさかロリコ」
「ロリコンではない!ナタリアは若く見えるがこれでも私の2つ下の24だ!」
私より上ですか!?どう見ても16、7にしか見えませんけども。
その上、ゆるいウェイブのかかったプラチナブロンドの長い髪、折れそうなほど細い身体、透き通るような白い肌に碧眼、鈴を鳴らすような耳に心地いい声、昔読んだ童話のヒロインはかくや、というほどの美人さんだったのだ。
キッチンに案内されると、四人がけの丸テーブルには既にオムレツやサラダなど、普通に美味しそうな物が並んでいた。
なんだ?王宮のご飯が特殊だったのかしら?それともまだ調味料の使い方がよく分かってなかっただけなのか。
「無駄にならなくて良かったですわ、うふふっ。でもハルカ様がいらっしゃらなければイアンに食べて貰いましたけれど」
遠慮せずありがたく頂くことにする。
焼き立てのパンにふわふわのオムレツ。素晴らしい。普通に美味しい。
美味しいと言う事は幸せだ。
食事が済んで居間に移動し紅茶を出された。
満足したハルカが一息つくと、ナタリアはそっと一礼し話を切り出した。
「ハルカ様が、このどうしようもない短絡的な人に寛大な配慮をして下さったと聞き、せめて一言御礼と御詫びを、と思い我が儘を言ってこのようなところまで足を運んで頂いたこと、誠にありがとうございました。王宮には私は出入り出来ませんので」
ハルカは慌てた。
「いえっ、もう終わった事ですから。それにかえっていつまでも蒸し返されると私も居心地が悪いと言うかですね、別に今は何とも思ってないので頭を上げて下さいっ」
「……ありがとうございます。………ハルカ様は、転生者なんですよね?あ、別に言い触らす意図はありません。イアンが教えてくれたのです。『父上のために何としてもハルカ=マーミヤを連れ帰る。最悪協力してもらう為に政略結婚もしないといけないだろう。それでも愛してるのはお前だけだから』とかふざけた事のたまうものですから、あまりにも腹が立ってぶん殴りまして、相手にも自分にも酷い行為だから止めてくれと止めたんですのよ。でも表向きは諦めた振りをして、結局こんなことに………」
ぶん殴ったんだ。見た目とのギャップがすごいな。
「まあ国王様を尊敬してましたから、簡単に諦めるとも思ってなかったのですが、でもやはり愛する人と誰かが婚姻するとか冗談じゃないと思いますでしょ?それも、結構男前だと思いませんか彼?」
「………はあ」
思わない。
「それにこの包容力のあるもちもちした弾力性に富んだ肌。顔も身体も非の打ち所がありませんでしょ?転生者だとかいう女性が本気で好きになってしまったらと思うと……」
「………ほぉ」
ならない。
「念のため申し上げるのですが、いくらハルカ様がお望みでも彼は渡せませんよ?」
「………はあ」
要らない。
「口では悪ぶった事言うのに、本当は心が優し過ぎる位ですし、身分の良し悪しで態度も変わらないですし、貧乏男爵の娘である私などには勿体ないお方なのです。ハルカ様には彼の魅力はもうお分かりかも知れませんが」
「………ふむ」
分からない。
「………ナタリア、居たたまれないからやめてくれ」
眼の縁を赤らめてイアンがナタリアを止めた。
「ですから、彼がいくら親のためとは言え犯罪に関わるのも、捕まって処刑されるのも耐えられなかったんですの。聞いた時には私も一緒に死のうと決めておりましたが」
「待て、お前は関係なーー」
「黙ってイアン。そのぷにぷにしたお腹を触れずに私がこのさき生きていけるとでも思っていたの?ちゃんちゃらおかしいわ」
私は生きていける。
「ナタリアさんはマニア………いえ、愛しておられるのですね、イアン様を」
「お恥ずかしい話ですが初恋ですの」
照れるナタリアさんを眺めながら、まあ人の好みはそれぞれであるし、需要と供給が合ってるからいいよね、と思う。
深く頭を下げて見送るナタリアさんを背に王宮に戻って来る途中、イアンにハルカは、
「ナタリアさん(みたいなレア物)逃すと後はないと思いますよ」
と他人事ながら忠告しておいた。正妻にすべく頑張れよのエールである。
イアンは照れながらも深く頷いていた。
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「………ええ?なんだハルカ、イアンの奥さんに会ったのか?」
帰りの空の中、クラインが残念そうに呟いた。
「僕も会いたかったなあ………どんな方でした?」
ケルヴィンが興味津々といった感じで尋ねた。
「これがまた、可愛らしい性格の美人さんでしてね」
ハルカは見た目を説明する。テンちゃんやプルちゃんも気になっていたのか目線を寄越した。
「何ですって………」
「あの野郎にそんな可愛い子が」
「………もげろ」
「爆発すればいいのに」
みんなの呟きが怖い。
「やあねぇ男は心が狭くてねぇ~ハルカ」
ミリアンが呆れたようにくっつくように隣に座った。
「アタシは当分は仕事に生きるわ」
「私も今は仕事で手一杯だなあ………」
お店もあるし、調味料の開発もまだまだやらないといけないし。
調理方法もせっかく簡単マニュアル作って出してるのにまだまだ結果に繋がってないのが残念である。
また養う子も増えたし。
戻ったらまたバリバリ働かないとなー。
隅っこで眠っているムルムルとフルフルを見ながら、ハルカは愛だの恋だのをすっ飛ばして、既に子沢山の母親のような気持ちになっていたのであった。
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