異世界の皆さんが優しすぎる。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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ヴォルテン王国訪問【4】

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 テンが一人、ばかでかいカラスもどきに近づいて行くと、地面をゴロゴロとローリングしてない方のカラスが心配げに声をかけてきた。

「あーっ、ちょっとお兄さん、こいつ今は機嫌悪いっつうか、人に構ってられないっていうか、ね、ほら危ないから近づくとケガするよ。申し訳ないけど戻った方がいいから本当に」

 片羽をちょいちょいと振るカラスもどきに歩を進めると、

「久しいな、ムルムル。10年ぶり、くらいか」

 と小さく笑いかけた。

「………ほ?なんで自分の名前を………あああっ、まさかテンペスト様っ!?こんなところでお懐かしゅうございますっっ」

 目をくわっと見開いたカラスもどき、ムルムルは、嬉しそうに羽をパタパタさせた。

「そうだな。しかしフルフルはどうしたのだ」
 
 フルフルは、相も変わらずゴロゴロとローリングしながらげほげほ咳き込んでいる。

「あー、それがですね、実は私にもよく分からないんですが………」



 十日ほど前の話。


 ここ数年はヴォルテン王国の森の中を棲みかにしていたムルムルとフルフル兄弟は、森に時たま現れる魔物を捕食しながら、森の生き物を観察したり、人間に変身して町に出かけては、町の人間を眺めたり、日払いの仕事をしてお金を得てはお菓子や食事に充てたりしていた。魔物でも腹は満たされるのだが、人間の作るもののように甘かったり塩気があったりするわけではないので、味気ない。気になっていた人の食べ物を一度食べてからはまってしまい、時折入手するそれらは二人の潤いになっていた。

 魔族は色んな種族の中でも魔力が強いものが多いせいなのか、長命な者が多い。短くても千年、長いと数千年は生きられる。


 ぶっちゃけおっそろしくヒマなのである。


 たまたま見つけた鳥の巣にあるいくつかの卵が孵化して、ピヨピヨ鳴いてるところから、成長し独り立ちして飛び立って行くのを眺めるのも、毛虫が蝶々になるのを見るのも、変化のない日常からするとなかなかにドラマチックで面白いのである。
 人の暮らしを覗き見るのも変化があって楽しい。

 ただの魔王の趣味だったそれは、いつの間にか時をもて余す魔族の習性のようにしっかり根付いてしまっていた。


「そろそろまた町に働きに行くかフルフル」

「そうだね。そろそろオークの塩焼きと甘い焼き菓子も恋しいし」

「そういや、山を抜ける商人が話してたが、近ごろ新しいチョーミリョーと言うのが出たらしくてな、ショーユ味とかミソ味とか言う新しい味の食い物もあるらしいぞ。サウザーリンの方で売られてたのがようやく国にも少し入ってくるようになったらしい」

「へえ、どんな味なんだろうか。それは是非とも食べてみたいものだよね」

 人になった二人はいそいそと町に働きに出た。



 ヴォルテン王国は船や馬車、家具類など木材加工や輸出入などで国庫と民の暮らしを支えている国であるため、常に人手が必要とされている。日雇いや期間限定の季節労働者も多く、町の人間でないものの出入りが頻繁にあるため、たまに働きにくるムルムルとフルフルも簡単に仕事にありつけるのである。

 余談だがムルムル(兄)とフルフル(弟)は双子なのでカラスもどきだと同じような見た目だが、人になると何故かムルムルは30前後のガッシリした肉付きの精悍な顔つきの男に、フルフルは20過ぎた辺りの細身の童顔な顔立ちの男になるのは、二人にも未だに理由は不明であった。



ーーーーーーーーーーーーー

「いやぁ、ショーユかけた焼き魚、本当に美味しかったねぇ兄さん!!」

「がっついてたもんなあフルフル。確かに美味かった。それにミソ焼きのオーク、というの初めて食べたけど、あの焦げたとこがまた香りがよくてクセになるよなあ!」

 1日しっかり材木運びで働いて得たお金を持ち、労働者がよく出入りする安くて大盛りにしてくれる食堂で、ウワサの新しい味に挑戦した二人は満足げに店を出た。

 勿論持ち帰り用に串に刺さって店頭で焼いていたオークのミソ焼きとショーユ焼きも忘れず大量に買い込むのも忘れない。

 いつも焼き菓子を買っていた店では、最新作としてマーミヤ商会の「パウンドケーキ」という果物を入れて焼いたふかふかの美味しいものが出ていたので、切ってない奴をまとめて購入し、ついでにワインも奮発し二人はほくほくと帰り道を歩く。

 お酒も人として働くようになってから楽しむようになった。ほんのり気分が浮き立つような感じだ。人は味覚が豊かなのか色んな味わいのものがあって素晴らしい。


 森に戻っても、元の大きな鳥の姿に戻るとせっかくの大量の土産もあっという間に腹に入ってしまうため、食べるときは人の姿のままと決めている。勿論、体を小さくすることも出来るのだが、人用の食べ物なので単に鳥のままだと食べづらいのもあるのでメリットがないのだ。

「さあ戻ったら僕はショーユ焼きのオークを………ゴホゴホッ」

 急に咳き込んだフルフルに、ムルムルが大丈夫かと声をかける。

「う、ん。………げほげほっ。さっきからなんか口の奥が痛い」

「現場、今日風強くて砂ぼこり凄かったしなあ。戻ったら近場の川でうがいしとけ」

「………ゴホゴホッ、そうだね。そうする」

 そのあとちゃんとうがいして、お土産もしっかり食べて、翌日起きたらこの状態だったのだ。咳き込んでは苦しいのかゴロゴロ転がり回る。川の水しか口に入れられず、ムルムルが聞いても

「分からないけどすごく口の奥が痛い」

 と言うばかり。

「人間の風邪とか言う奴なのかと思いましたが、熱が出るわけでもないし、私も同じもの食べたので、食べ物が悪かったって言うわけでもないと思うんです。
 だけどもう1週間位水しか口に入れてないし、流石に何か食べさせたいんですが、痛いから食べたくないと」

 別に魔族は一ヶ月や二ヶ月何も食べなくても死ぬようなやわな作りではないが、可愛い弟が苦しんでるのをずっと見てるのも辛い。

 山道のど真ん中で転がってるので町の人間には迷惑をかけてしまっているが、原因が分からないので、せめてケガをしないように近づけないようにするしかなかったのだという。

「………なるほどな」

 何となく残念な可能性が1つ浮かんだ。

 テンはムルムルに、

「今私と一緒にいる人が何とか出来る可能性がある。ちょっと待っててくれ」

「………え?人間が、ですか?………いえ、かしこまりました!」



 てくてく戻ってきたテンにご飯を食べさせつつ事情を聞くと、お茶を飲んでいたハルカが頷いて糸目になった。

「あーそういう事か………きっとアレだろうねえ。テンちゃんのお仲間も食いしん坊万才か………」

「………ごめんなさい」

「いや、テンちゃんが謝らなくても。仕方ないことはあるから」

「話が見えないんだが、なになに、奴は病気なのか?」

 プルが草団子を頬張りながらハルカに声をかけた。

「まあ、病気というか、今のカラスのサイズのままならきっと問題なかったんじゃないかなぁ、という感じの話かな?
 確認してみないと何とも言えないけど。ちょっと行ってくるわ」

 ハルカが立ち上がると、ご飯を急いで食べたテンと、でかいカラスもどきの方へ歩き出した。

「危ないといけないから俺も行く」

 クラインも立ち上がり後を追った。





「こんにちは。テンちゃんにはいつもお世話になってます。ハルカと申します。
 お兄さん、早速ですけど、弟さんローリングされてると治療も出来ないし、大きすぎて患部が見えづらいので、少しだけ人に変われますか?若しくはそのままでもサイズ小さめになって貰えると助かるんですが」

 ムルムルに問いかけてきたのは長い黒髪をさらりと揺らした15、6位かと思われる目鼻立ちの整った人間の女だった。後ろには同年代の犬の獣人の男もいる。

(こんな子供に何が出来ると………?)

 ムルムルは不安を覚えてテンペスト様を伺うが、安心しろと言うように頷いて見せた。

「人に変わるのは集中力がいるので、今は難しいですが、小型化するのならいけると思います。おいっフルフルっ、治してもらえるかも知れないからちっと小さくなれ!あと少しだけ転がるの我慢しろっ!」

 ローリングしていた弟に何度か声をかけると、ようやく気がついたのか、

「わ、分かった」

 と応えると、超大型の熊サイズから大型犬位の大きさまで小さくなった。

「はい、それじゃまず口開けて下さいねー」

 ハルカと名乗った女は、フルフルの嘴を掴むと、両手でアゴ外れるんじゃないかと思うほどグワッッ、と開くと、

「クラインとテンちゃん、体を動かないよう押さえるのと嘴をこのまま持って上向けてくれる?動かさないようにしてね」

 と呼び掛けた。

 何をするのか、とムルムルは不安げに見ていると、フルフルの口の中を覗き込んでいたハルカは、

「あー、やっぱりなー。2本もでかいの刺さってんじゃない、すごい腫れてるよ。痛かったでしょう。すぐ取ってあげるからね」

 とフルフルに労るように声をかけると、アイテムボックスと呼ばれる空間魔法を使った物入れから液体を2本取り出して、1本は服をまくり上げた自分の腕にかけた。ワインとは違うが酒精の香りがする。
 行動が読めない。なんで腕に酒をかけたのか?飲むものだろアレは。

「少しだけ我慢してねー」

 ハルカはそう言うと、いきなり弟の口に腕をがぽっと突っ込んだ。

 息苦しくて暴れるフルフルをテンペスト様とクラインと呼ばれた獣人が体が動かないよう必死で押さえ込む。

「………よし1本は取れ、たと。確か近くに刺さってたはず………痛っ」

 腕を入れたまま手探りをしていたハルカだが、痛みに思わず首を振ったフルフルの嘴がハルカの腕に傷を付けたらしく、肘の辺りから血が流れていた。

「ハルカ!大丈夫かっ?」

 クラインという獣人が血相を変えていたが、テンペスト様まで氷点下の眼差しで弟を見つめた。

「全然平気!こっちの方が苦しくなるようなことしてんだからしょうがないわ………あ、あったあった!抜けたっ」

 ハルカは口に突っ込んでいた腕を出すと、置いてあったもう1本の液体を開けたままのフルフルの口から流し込んだ。そのまま口の中を覗いていたハルカは、うんうんと一人頷いた。

「本当にセンチュリオン様様ねー、腫れてるとこもすっかり治ったよ。いや便利便利。はい、おしまい!他に痛いとこはない?大丈夫?」

 フルフルに笑いかけたハルカだったが、急に痛みが無くなったと思ったら、落ちていた魔力もフルチャージされた絶好調の体調に戻ったフルフルは訳が分からず、

「な、何で………」

 と声を出すのがやっとだった。

「あのね、人の食堂行った時に焼き魚食べたみたいだけど、アレは美味しいけど注意しないと時々魚の種類によっておっきな骨が喉に刺さっちゃうからね。お肉みたいに勢いよく食べないで気を付けないとダメなのよ」

 ハルカが掌を開いて見せると、5センチ以上はあるゴツい魚の骨が二本乗っていた。

「骨が………」

「いくら美味くてもがっつくのはいけないな。まあショーユやミソが美味いのはハルカが作ったモノだし当然だが」

 フルフルは聞き覚えのある声に振り返ると、魔族の王であるテンペスト様がいたので目を見開いた。

「ちょ、なっ、なんでテンペスト様がいらっしゃるのですかっ!」

「何でと言われても、私がハルカのところで働かせて貰っているからだ」

「働く………急に居城から居なくなったと聞きましたが、もしや働くためですか………?」

「まあ結果的にはそうなるな。なかなか働くのも楽しい」

 あのやたらめったら強いのに、争い事が嫌いで日がな1日ゆるゆると花が蕾をつけただの、狸が子供を二匹産んだだの雪が降っただのと、生産的な事も何もせずのほほんと生きていた王からそんな言葉が出てくるとは。

 少なくともムルムルやフルフルが生まれてから100年ちょっとだが、物心ついた時からずっとそんな感じだった。

 たまにふらっと珍しい模様の蝶々がいたので生息圏を調べに行ってたとか、瓶に手紙が入ったのが川に流れていたのを追って誰かに拾われるまで見届けてきただの、拾われたはいいが直ぐ捨てられていたのを覗いたら、『身長があと20センチ伸びますように』と言うただのお願い事だっただの、本当に大したことがない件で気軽に数年単位で消えていたので、今回もそんな感じだと思っていたのだがまさか働くとか。

 いやそれよりもまずは。

「助けていただき誠にありがとうございました!!」

 半透明の液体を飲んでいたハルカに翼を揃えてお礼を言う。
 気づかなかったがフルフルがケガをさせてしまったらしく、服の肘のところが血でところどころ滲んでいた。

「無意識とはいえおケガまで……どうお詫びすればいいのか………」

 ハルカ様はこんなに若そうなのに王が働いてるところの雇い主のようだ。さっき感じた王の怒りのオーラが確かならば、下手したらフルボッコにされる。いやフルボッコで済むのかも分からない。
 普段怒ることが少ない王は怒ると本当に怖い。

 見た目カラスなので変化は分からないが、顔面から血の気が引いていたフルフルに、ハルカはぶんぶん手を振った。

「大丈夫よー、エリクサーも飲んだし、もう傷も消えたから。そらいきなり口に手を突っ込まれたら苦しいわよね。ごめんねその方が手っ取り早く骨が取れると思って。ちゃんと腕はアルコール消毒したからそこは安心してね」

 あっけらかんと返されたが、どうすればいいのか。

「いやでもそれではっ………」



 ぐーーーー、きゅるるるるー。



 フルフルの腹から気が抜けるような音が響いた。


「そうだ、一週間以上も食べてなかったって言ってたね!ごめんね忘れてて。良かったらご飯沢山あるから食べて。
 でも人に変われるなら、その方が食べやすいと思うよ?あ、ムルムルさんも食べる?」

 ハルカはアイテムボックスから移動食堂で使っていたテーブルと椅子を取り出して、そこへウナーギ丼やオークのしょうが焼き弁当、バルバロスの唐揚げなど出来立て熱々の状態のものを広げながらムルムルを振り返ると、既に人の姿になっていたムルムルが顔を赤らめつつ、同じようにきゅるるるるー、と腹を鳴らして「すみません………ありがたく………」と応えたのだった。





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