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こいつぁ何やら不穏な気配だ。

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「イアン兄さん、あの子がそうなの?」

「ああ、そうだ」


 兄さんと呼び掛けた男は、茶髪の癖毛の前髪をちょりちょりと弄りながら、少し離れた場所で孤児院の汚ならしいガキ達と食べ物を作っているハルカを興味無さげに眺めていた。

 なんか美味そうな匂いがするとボリスは思った。
 ………ああ、ハルカという女はレストランをやってるとか兄さん言ってたな。


「でもさあ、顔は整ってる方だと思うけどさー、地味っつうか、胸元が超控えめっつうか、俺はこうもっとグラマラスなぼんきゅっぼーんみたいな女の方が好みなんだよなー………あれ、結構若そうに見えるけどもしかしてまだガキんちょなの?14、5とか。それなら発展途上かな。揉めばでかくなるかもな」

「そんな子供があんなでかい商会のオーナーやれるかアホ。多分20才は越えてるだろ」

 イアン兄さんと呼ばれた男は、色白のむっちりした指を双眼鏡から離して呆れたような顔で弟ボリスを眺めた。
 イアンは160㎝位の小柄な体に必要以上の肉がついている。そのせいかまだ二十代半ばの割りには老けて見えるが、顔立ちだけ見るならそれなりに整っていると言えるだろう。

 逆に弟ボリスは180㎝を越える大柄な体に筋肉質な細身の体。22と言うにはやや童顔に見えるが、こちらも女性に好まれそうな甘い顔立ちをしていた。


「転生者なのかな本当に?」

「多分な。あの女、精霊持ちだぞ。それも複数の属性の守護オーラが出てる。普通ではあの若さであり得ん。神官でも二属性が限界だぞ」

 魔力持ちのイアンは、然程強い魔法が使える訳ではないが、魔物や人の魔法属性の有無がオーラで見える魔眼という能力がある。

 そのため危機察知スキルも磨かれ、魔物などの相性の悪い属性での攻撃などが前もって分かるので、戦いになった場合も、小さい頃はともかく最近では負ける事はない。


 ヴォルテン王国第一王位継承者のままいられるのも、慎重な性格とこの能力があるお陰である。

「連れ帰って公爵のどこかの養女にでもしてから妃にすれば立場上は問題ないな。私は大人しい静かな女の方が楽でいい。まあ、妃にまでしてやった上に子供でも産まれれば、我が国の言うなりだろう。母は強しらしいからな。ありがたく国の力になってもらおうか」

「あー、そらぁいいねえ」

 冒険者に扮した護衛の所へクスクス笑いながら戻るイアンを見て、ボリスも一緒に歩きながら笑った。


(ばーか。誰がテメエに譲るかよろくに剣も使えない魔力頼みのチビデブが!!
 俺が王になるんだよ。
 まあそんな好みの女じゃねぇけど、転生者なら話は別だ。強大な権力になるしな。先に手込めにしちまえば、兄貴も手を出せねぇだろ。女も抱かれると男に弱いもんだしな。イヤよイヤよも好きのうち、ってね。
 いやー流石に弟のお下がりなんてなー、あのプライドの高い、自分だけが頭が良いと思ってるアニウエ様は耐えらんねえだろうなー。絶対俺が先に手に入れねえと)


 お互いに笑ってる内容については全く異なる反比例した見た目の兄弟だったが、どちらも自己愛が異常に強く、他者への情が限りなく薄く、冷酷な利己主義であることだけは共通しているのであった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「………ん?」

 揚げ物をする子の様子を見ながら、ハルカが辺りを見回す。

「どうした、ハルカ」

 クラインがハルカを見た。

「いや、なんかゾクゾクっとね、首筋が。………気のせいかな」

「風邪でも引いたんじゃないか?」

 クラインが着ていたジャケットを脱いでハルカの肩にかけた。

「………え?いやっ、あのっ大丈夫だってば!本当に全然平気なんだって」

「乾燥する季節だから、そうやって油断してるとすぐ咳が止まらなくなって熱が出たりするんだよ。
 今日は店に寄らずにここ済んだらそのまま帰るぞ。他の孤児院は明日以降でもいいだろ」

「いや、まあ明日でもいいけども………」

 子供達は特に揚げ物も危なげなかった。トラの分かりやすいマニュアルのお陰である。流石トラちゃん。

 ジャガーモ、サツマーモ、油や調味料も一ヶ月はもつであろう量をアイテムボックスから取りだし、エプロンに三角巾、商品を入れる茶色の紙袋(これは雑貨屋で市販のものがあったので、あるだけ購入したら割引してくれた。これから孤児院の方で定期的に仕入れると思うので、勉強してあげて欲しいとお願いしたら快く引き受けてくれた。おじさんええ人や)も渡した。



 商業ギルドには話を通してあるとシスターアニーに伝えると、早速明日からでも子供達と販売しにいくと意気込んでいた。

「それで………あの………」

「はい何でしょうか」

「屋台車や食材、調味料などの費用の事なのですが………」

 大きな体をモジモジさせながらシスターは申し訳なさそうな声を出す。

「うちは財政難なので、出来れば分割でお支払い出来れば、と………」

「ああ!お伝えしてなかったですね。初期費用は不要です」

 ハルカは忘れてたと言う顔でシスターに頭を下げた。

「あの、でもそれではっ」

「いえ、勿論初期費用だけで、次回から仕入の食材もご自身達で購入して貰いますよ?
 それで、来月からで結構ですので、一応オリジナルメニューの提供と言うことで、売上の5%をマーミヤ商会に納めて頂ければ結構です。調味料はうちから買って頂ければお安くできますし」

「………それで、本当に宜しいのですか?」

 シスターアニーは信じられないモノを見るような目でハルカを見た。

「資金力をつけて欲しいんですから、儲けて貰わないと困りますよ。建物の補修や、成長期の子供達にも美味しいご飯を食べさせて上げて下さいね。あと手抜き調理はやめて下さいよ。うちの料理の信用にも関わるので」

 少し注文が多かったかと思ったが、グローブのような両手でガシッとハルカの手を握ったシスターアニーは、涙を流しながら、

「本当に、本当にありがとうございます!私達、一生懸命頑張ります!」

 とブンブン手を振った。

 肉球がプニプニで気持ちいい。
 獣人も人によって獣化部分が異なるのねぇ、クラインは耳と尻尾だけだもんねー、血の濃さなのかなぁなどと体をガクンガクン揺らされながら考えていたが、

「シスター、ハルカが壊れますのでその辺で」

 とクラインが引き剥がしてくれなければ、本当に腕がもげてたかも知れない、と腕の付け根の痛みに耐えながらハルカはクラインに手を引かれるまま馬車に戻るのであった。

 


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