異世界の皆さんが優しすぎる。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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【閑話】トラちゃんの野望。

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 クライン様から頼まれた探索は、それから数日、店で働いてない日と夜間の手が空いた時間に行っている。

 ご主人様の周辺の不穏な気配がないかどうかのチェックである。

 まああれだけ話題になっている方な訳だから、不敬な輩はそれなりにいるに違いない。

 ご主人様は料理を作るのが大変美味いらしい。
 そしてスイーツなる甘味も作るのが上手であるらしい。

 自分は食べられないため、お客様や邸の皆様の喜んでいる顔で判断するしかないのだが、相当のものと思われる。

 本人はと言うと、

「素人に毛が生えた程度。調味料なきゃなんも出来ないよ」

 と謙遜しているが、調味料あっても美味しいモノが作れない人々が大勢いるのだから、自信を持って良いと思う。

 私にも良くして下さる大変優しいご主人様であるが、基本的におっとりしていると言うか少し抜けてると言うか危機感が足りないと言うか、『食』以外の事をかなりほったらかしにしやすい。

 せっかく異世界に来たのだから、心躍るような恋愛話でも聞きたい気がするが、

「現在恋愛さんは放牧中でございます」

 と聞いたっきりで、全く華やかな話がない。

 放牧と言うのは戻ってくるから放牧なのであって、ご主人様のそれは行方不明もしくは遭難中と言うのが正しいのではないかと思われる。

 いつか白骨化される前に発見されることを祈りたい。


 クライン様もご主人様を憎からず思っているようだが、しっかりした方のクセに、恋愛ごとはヘタレである。

 かといってかなり好意が感じられるテンペスト様が押せ押せかというと、輪をかけたヘタレである。
 そばにいられるだけでいいとかどこの乙女かといった不甲斐なさである。

 500年以上生きててあのレベルだと、恋愛にたどり着く前にご主人様があの世に行ってしまうかも知れない。
 人間も同じくらい生きられると勘違いしてそうで不安である。


 あと身近な存在だと、ケルヴィン様であるが、あの方も恋愛さんは大遭難中である。むしろ研究と食に費やす時間以外はほぼ寝てるか次の研究の事を考えている。
 ご主人様への好意がない訳ではないが、明らかに友人としてのそれである。
 それに、どうやらミリアン様がケルヴィン様に好意があるようにも思われる。
 ここは発展的展開があるのか要観察したい。

 冒険者のグラン様も領主の跡取りで育ちはいいようだが、そのせいかクライン様と同様に押しが弱い。中途半端なアタックではあのご主人様には伝わるまい。
 何しろ自分がそもそもモテると思っていないのだから、恋愛の機微だの気持ちを汲むという感情が欠如しているからだ。
 全く残念な事である。


 なぜこんな事を考え出したのかと言うと、実は最近少々夢が出来たからだ。


 ご主人様が結婚して子供を産んでくれたら、そのお子様のお世話もしたい。
 勿論全ての衣服は私のお手製である。


 ご主人様のお子様である。それはもう素晴らしい血筋である。


 食には貪欲かも知れないが、性格の温和な優しい可愛らしい方になるに違いない。

 親子二代でお仕え出来るかも知れないと言う悦びに心が震える。


 まあ創造主様の魔力で動いているので心臓はないが、気持ち的にはそんな感じである。

「トラたん」

 などと舌ったらずに呼ばれたら、何でも言うことを聞いてしまいそうで恐ろしい。


 まあ、そんな雑念はさておいて。


 どうやら、他国の人間が最近かなり出入りしているらしい。ヴォルテン王国とレイジス王国が活発な動きをしているようだ。

「おや、トラちゃん今日は茶葉いいのが入ってるけどどうだいハルカちゃんに?」

 町中を情報を仕入れながら歩いてると、私も見た目が特殊だからか、よく町の方から声をかけられる。
 今声をかけてきたのも良く買い物をする茶葉を売ってるマダムである。

『頂いてきます。あとついでにカカオ豆があればそれも』

 メモを渡しつつ、高い場所から荷物を下ろそうとするマダムを押し留め、代わりに踏み台を使って下ろした。

「いつも悪いね、最近足元が踏ん張りが聞かなくて。助かるよ本当に」

『マダムに元気で長生きして戴かないと、この町一番の目利きとして茶葉のクオリティが保てませんから。何かあればいつでもお手伝い致しますからお気軽に声をかけて下さい』

 メモを渡すと「なんて良い子だろうね」と涙ぐまれた。何故だろうか。難儀してる方を助けるのは当然だし、私は本当の事しか言ってないのだが。


 さてある程度話を聞いたところで、次の店へ行くとしよう。

「おっ、トラさんよ、ちっと頼みがあんだけどよ」

 てくてくと歩いてると、今度は大工のピーターさんのとこの若い衆に引き留められた。

「今建ててる家がよぅ、ちっと敷地が手狭で、隣家との隙間が俺たちだとでかくて入れないんだよ。釘をいくつか打ちたいんだけど助けてくんねえか」

『喜んで』

 趣味の一つの日曜大工も役に立つ。
 やはり人の手助けが出来るのは嬉しい。

 身軽に隙間に入り、釘を打つ。
 ついでに然り気無く聞き込みをしつつ壁のペンキ塗りも手伝っておいとまする。

「ありがとよトラさん!また頼むぜ。ハルカさんとこもなんか補修とかあれば俺たち呼んでくれよ、すぐ駆けつけるからさ」

 有り難いが、大抵の補修は私が出来てしまうので、とりあえずペコリと頭だけ下げて外へ出た。

 頻繁に普通の人が出入りすると、色々と不都合な事も起きやすい邸のため、あまりお願いすることはないかも知れないが、この町で知り合う人たちは気のいい人ばかりである。


 しかし、レイジス王国は確か女王エリザベトが治めていた筈だが、確か魔石や宝石の産出量が一番の、かなり富裕の国だったと記憶する。
 ご主人様に金でも積んで料理長として引っ張るつもりなのだろうか?

 お金で動くタイプではないご主人様だが、食べ物にはつられやすいので注意が必要である。

 チマチマと胸元から取り出した手帳に書き込む。

 あとはヴォルテン王国か。
 あそこは材木の輸出と、船の建造、馬車や家具など木製品の輸出が盛んだ。
 頑丈で長持ちすると定評がある。
 その分デザインなどは個人的には今一つだが、あそこも裕福な国である。

 確か年頃の王子も二人いたと思ったが、まさかいくら料理がうまくても他国の庶民を未来の王妃にはすまい。

 だが、転生者だと勘づかれているのであれば、利用価値ありとみなして引き入れる事も考えられる。こちらも要注意だろう。
 あまり評判の芳しくない王子だった気がするが、興味がなかったので細かい記憶がない。調べておくべきだろう。


 だが忘れていたがクライン様も王族であった。

 クライン様は王位継承者ではない上に、普通に店で働いてたりするし、サウザーリン王国の王子の風格は全然ないので失念していた。

 そうすると、ご主人様との恋の後押しも考えないとなるまい。

 くっつけても最終的に結婚出来るかどうかは彼の甲斐性にかかってる。
 現時点では不安要素しかない。

 テンペスト様は魔族の王だから、王妃になるのは庶民でも結構ありな気もするが、種族が違うと子供が産まれないとかだと困る。非常に困る。
 もしそうであれば力の限りを尽くして邪魔をするしかない。


 ………よくよく考えてみると、ご主人様の周りにはオススメ物件が見当たらない。
 これは手持ちのコマが増えるまで少し待たねばなるまい。



 私の「トラたん」計画はまだ始まったばかりである。




 


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