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レッツゴーホーム

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 肉フェスの晩は、お忍びで町に遊びにきていた皇帝陛下たちも料理人達も食べ過ぎたようで、夜は果物と紅茶などで済ませると言うことで私はご飯は作らなくて良くなった。

 助かった。寝不足でくたくたでござるよ。

 クライン達もかなり食べ散らかしてたので飯は要らないといい、風呂でも入ってゆっくり寝てくれと言われたのでありがたく部屋に戻ってきた。


 風呂から出てくると、もうほぼHP0に近い。
 だが、なぜすでにプルちゃんとトラちゃんがベッドで寝ているのか分からない。
 まあ彼らも頑張って働いていたので疲れたのだろう。

 私も寝間着にしてるTシャツとジャージに着替え、モソモソと二人の間にもぐり込んだ。
 夜の9時にもならない辺りからの記憶はない。子供か。

 すぴーーーーーーーーーー。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 長かった旅も今日でおしまいだ。
 なんだかんだで1週間近くも滞在していた。
 数時間の空の旅で愛しいリンダーベルに戻る事が出来る。いやーホームシックなのねこれが。
 なんか海外旅行とかってこんな感じなんですかねえ。行ったことないからよく分かりませんけども。
 家が一番落ち着くわ。

 クロちゃんは帰りのガソリンであるご飯を延々と補給しているので、終わり次第少し休んでから出発だ。

 トラちゃんがメイド服(変身ではなく自身のお手製)で香り高い紅茶を入れてくれたので、プルちゃんとモーニングクッキー&パウンドケーキと洒落こんだ。
 ご飯を食べたいと思うほどの空腹ではなかったので軽く済ませることにした。
 

 ありゃ、汚れてた服も洗濯してたたんであるじゃない。

 昨日の肉フェスでの裏方作業で「痒いところに手が届く」と料理人に絶賛されていた細やかなヘルプぶりといい、下働きの兄さん達への的確な指示といい、既にメイドというより執事レベルの仕事っぷりだ。執事と言えばセバスチャンと呼んであげたいところだが、男っぽい名前は………と断られた。

『それに自分にはハルカ様に初めて与えて頂いたトラの方が嬉しいですし馴染んでます』とメモをそっと渡された時には、私も嬉しくて出した手をつかみ肉球をニギニギしておいた。良い子である。
 でも隠密行動の時にはタイガーと呼んでくれと言われた。気持ち的に違うようだ。
 なんでだ。

 まあ町中で、

「セバスチャンそのメイド服おニュー?いつもながら可愛いねぇ♪たまには私にも縫ってよ楽そうなのー」

 などと言うのを周りに聞かれたら、この世界では裁縫好き女装癖の変態男待ったなしであろう。
 セバスチャン改名計画はあっという間におじゃんであるが、個人的にもトラちゃんという響きが好きなので断られてホッとしてたりもする。  


 さて、ちょっとマヨネーズの営業が効きすぎたのか、早朝からやってきた商業ギルドのチェリーナさんと息子さんに、手持ちのマヨネーズを9割方奪われる羽目になったけど、まあ自宅戻れば沢山あるし、また補充しておけばいい。

 キース皇帝陛下は、しつこく、

「もうしばらく残らないか」

 と言われたが、もう肉も捕りつくして当分出てこないだろうし、店も気になる。


「また(多分あまりないけど機会があれば)来させて頂こうかと思う所存にございますれば………」

 と曖昧に濁して車エビのように頭を下げながら体もスススっと下がる、日本人ならではの高等テクニックで謁見の間から逃げ出した。 
 

 よし、あとは出発まで部屋でごろごろしてようかなと振り返った途端、

「ハルカ、私の部屋でお茶でもしましょうよ」

 扉の近くにいたマチルダ様に誘われてプルちゃんとホイホイされた。
 ちなみにクラインは荷造りをしているのでいない。



「あのー、気になってたこと聞いても良いですか?」

 私はメイドさんから出されたミルクティーを飲みながら尋ねる。
 やっぱトラちゃんの淹れるのが一番美味しいなぁ。

「なにかしら?」

「いや、何で最下層と自分の部屋をリンクさせてたのかなーっと」

「ああ、あれね」

 くすりと笑うと、マチルダ様は顔を寄せてきた。

「兄さまには内緒だけど、私、趣味で冒険者してるのよ。B級なのよこれでも。光魔法は意外に魔物に有効なの。
 で、鍛えるために森とかダンジョンとかにちょいちょい繋げてるの」

「………ほう、やりますねえマチルダ様も。しかし何でまた」

 私は感心して聞いてみた。

「兄さまのお力になれるように、ってのもあるのだけど………城にいるだけってね、クッソつまんないのよっ!!」

「へーい直球オーライオーライ」

 プルちゃんが笑いながらテーブルから下がって行く。
 彼は本音で喋る人間が好きである。


「何が花嫁修業よ、私まだ14だっつうの。そんな不確かな先の話よりなうよなう!!
 今楽しめなきゃ意味ないわよ。
 だいたい兄さまが結婚してお相手がポコポコ子供産んでくれたら、私政略結婚の必要も跡取りの心配もないし。
 ハルカ、どう今の婚約とか破棄して兄さまと一つ。裕福ようち結構。それで………えーと、クラインとか言ったわねサウザーリンの王子。私と結婚すれば姉妹国ってことで万々歳じゃない?」

「………いや姫様、何が一つですか。いやですよ、別にキース様に興味ないですし、私も結構お金持ちですし贅沢にも惹かれませんし。
 あ、食べ物には贅沢するかも知れないですが、ドレスや宝石とかよりたかが知れてますし」

 あの服装センスも相容れない。


 しかし、クラインがもしこの国にいる事になったらと考えると、かなり切ない思いが湧いた。

 何しろ女神さまに森に放置された転生ほやほやの時からの大切な友人である。

 命の恩人でもあるので、勿論幸せにはなってもらいたいが、サウザーリン王国内であればいいなー、などと虫のいい考え方をしてしまうのは、ちとワガママと言うものか。

「そっかぁ、ハルカとは仲良くやっていけそうだったのだけど………」

 別にクラインが気に入った訳ではなく、単に私と婚約破棄したら申し訳ないから姫様が代わりに、位の軽い気持ちのようだったようだ。


「もうスイーツも食べられないし、当分はハルカにも会えないわね………」

 マチルダ様が残念そうに溜め息をついた。

「………お友達になれそうだったのに」


「………え?まだお友達ではなかったんですか?」


 気軽に話してるうちについ友達になったような気がしていたが、私の友達スキルはかなり底辺なので勘違いしていたようだ。


「………え?友達なの?」


「あ、いや、すいません。私が勝手に思い込んでただけですごめんなさい」


 そうだ、考えたら皇帝陛下の妹君だったわ。身分的にベストオブ庶民の私とはえらい差があったわ。
 ヤバイ、不敬罪になるのだろうか。

 椅子から降り土下座した。


「ちょちょちょっ、何してるのよっ!!」

「いや本当に失礼しまして姫様だったのうっかり忘れておりました大変ご無礼をおかけしまして本当にいやはや何ともこれだから友達少ない庶民はダメでございますねぇつきましては早急にこの国から立ち去りますので平に平にご容赦を頂ければこれ幸いでございます」

「ノンブレスで謝らないでよ早すぎて聞き取れないわよっ!!それにっ、と、友達でしょう?」


 こすれて赤くなった額を上げて、私はマチルダ様を見上げた。

 ………なんかマチルダ様、喜んでいるように見える、のかしら?

 目が合ったので慌ててまた土下座する。


 いやいや待て待てっ、誤解から調子こいて不敬罪→投獄→処刑と堕ちるのはあっという間である。
 慎重に慎重に。
 石橋を叩いて渡るという言葉があるじゃないか。
 にょいぽんで叩いて渡………ろうとしたら多分粉微塵になる。建造物損壊とかでまたも処刑ルートまっしぐらな気がしてきた。
 どこだ。慎重はどこだ。

 混乱して段々頭がぐるぐるしてきた私に、プルちゃんが

「大丈夫、この姫様本当に喜んでるから」

 とポンポン肩を叩いた。
 

 そそそ、と静かに顔を上げると、満面の笑みのマチルダ様がしゃがみこんできた。

「あの、友、達で………?」

「そうよ。嬉しいわ、初めての友達!よろしくねハルカ」

 しゃがんだままマチルダ様が………を伸ばしてきたので、ニギニギと握手をした。

「ほら、おでこが赤くなってるから薬塗りましょうよ」

 手を引っ張られて椅子に座らせられた。
 メイドに指示して薬箱を持って来させた。

「少し染みるけど、すぐ治るわよ」

 ちょん、ちょん、と塗られた薬は本当に染みたが、魔力が使われているようで、本当にものの10分もしないうちにヒリヒリは治まった。



 良かった。処刑も回避できて、二人目の女友達が出来た。

 前世では友達らしい友達は忙しすぎてろくに居なかったのにこの世界に来てからの短期間に二人も!

 私の運はもうすべて使ってしまった気がする。
 
 マチルダ様と是非とも文通をしようと話し合い、連絡先を交換した。

 まあ、マチルダ様はガルバンのゼノンの城内で届くだろうが、私は一介の商人だし。

 リンダーベルのレストランマーミヤかパティスリーハルカ宛で送れば間違いない。
 それだけの知名度はあるはずだ、多分。

 大体自分ちの住所と言うのがまだよく分かってない。番地とかないみたいだしなー。馬車で移動したら家に着くし、商売関係の人はみんなうち知ってるし、商品の届け先とかも詳しい住所説明しなくても届いてたので、知ろうと考えたことすらなかった。


 手紙を書くという想定をしてなかったのは迂闊だった。今度確認しておこう。



 昼、お城の皆さんに見送られて大きいクロちゃんと共に別れを告げた。

 暫く籠の中で寛ぎつつ、ふと思い出して、

「マチルダ様ともっと仲良くなったらお家に呼びたいんだけど、家の住所って?」

 と確認したら、クラインとプルちゃんに

「家まで建てといてお前今ごろそんなこと言ってるのか?帰れなくなったらどうすんだ!」

 と正座させられサラウンドで説教された。

 トラちゃんがそっと渡してくれた、可愛い端切れで縫われた首から下げる袋みたいなのを開けると、紙が一枚入っていて、

『リンダーベル スタンフォード領街道上ル一番地 ハルカ・マーミヤ』

 と書いてあった。


 二十歳を過ぎて迷子札をもらう屈辱と、自分の儚い記憶力との全面戦争の末に、速やかに首から下げる選択をした私は、きっと100%正しい。

 ケチなプライドなんか、こっちの世界に放置された時に森にポイ捨てしたのだ。


 とりあえず叱られてるうちにそろそろサウザーリンだ。
 帰るぞーーー。



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