異世界の皆さんが優しすぎる。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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彼方からの来客。

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「………………」

「いや、だから本当に悪かったと思ってるんだ」

「………………」

「だってほらっ、ハルカと森で会った時、やたらと怯えてたじゃないか。それで『いや実は王族なんだよね俺フフン』とか言えないだろうが?な?」

「えー、それからほぼ1年経っておりますが」

「………一度隠してしまうとなかなか言い出せないと言うかなんと言うか………」

「そんなハゲの言い訳みたいなこと聞きたい訳じゃないんですよ私は」

「………え?ハゲ?」

 時々ハルカの思考パターンが突飛でクラインはどう相槌を打てばいいか不明な事がある。

「ハゲてはいないぞ!」



 武道会の翌日の夜のこと。


 レストランの仕事には出たものの、視線も合わせないハルカと1日中無言のまま身の置き場もなく終わらせたクラインが、居たたまれなくなり戻った早々に家のリビングで土下座していた。


 正座をしているクラインを見下ろすような形になっているハルカは、クラインが叩き込んだニヒルな目(ただの糸目)で見つめている。

「………ハゲという現象は、デススパイラルになりやすいんですよ。
 薄くなってきたから帽子で隠す、ヅラで隠す、すると摩擦や蒸れで薄くなる、あーますます薄くなってきたと帽子やヅラが脱げなくなる、そしてまたハゲる。負の連鎖です。もう気づいた頃には既に頭の上は滅びゆく大草原なんですよ。死に絶えた毛根を嘆いても蘇りはしません。自然遺産はまだ残っている時でないと保護は出来ないんです」

「………はぁ………」

「ウソも一緒です。小さなウソを隠すためにまた小さなウソを重ねてしまう。そしてウソがウソを呼び、もう何が真実か見えなくなるほどウソが重なるのです。ミルフィーユなら何層にも重なっても美味しいですが、ウソは何層になろうとちっとも美味しくありません。
 そして信用が無くなっていくんですよ。分かりますかクライン王子様?」

「すんませんでした!!本当にすんませんでした!!もう隠してることはありません!!だからクライン王子様っての止めて下さい!!」

「王子様ハ王子様デスヨ。間違ッテマスカワタシ?」

「その感情のびた一文こもらない話し方もやめて下さい!本っ当にもう二度とウソつきません!!」


 ソファでにやにやとクラインの土下座と話を聞いていたプルとテンは、

「がんばってー王子さまー」
「………王子さまー、土下座姿がそそるー、がんばれー………」

 と棒読みで応援していた。


《………しかし、王子だったとはのう。まあ、エエとこの子じゃないかとは思ってたが》

 ラウールが、食後のオヤツにもらった柿ピーをパリパリ食べながら、やはりピーナッツと柿の種は1対3が一番じゃ、と呟く。

「俺様は知ってたが、そういうことは本人からちゃんと言うべきだからな」

「やだ、プルちゃん知ってたの?先に教えといてくれないと困るわよ。アタシはずーっとタメ口で話してたのを後から気づいて血の気が引いたわよ」

 カフェオレの入ったマグカップを抱え込むようにミリアンが向かいのソファに沈み込んだ。

 隣には研究が一段落したと、暫く忙しく働いてたケルヴィンも座ってコーヒーを美味そうに飲んでいる。

「いや、ほらでも王子様ってのも、なかなか大変じゃないんですかね?周りが気を抜けない環境ですし、気を許せる友達がいるところではただのクラインとして接して欲しい、みたいな感じでしょうか」

「………遊び人の金さんみたいな………?」

「あー、なるほどねぇ」

「吉宗様も暴れて無いときは町で貧乏旗本の三男坊やってるもんねぇ。吉宗様は高貴な顔立ち過ぎてどう見ても一般人には見えないけどねぇ」

「クラインに高貴さはないしな」


 あまりに使い込みすぎて壊れたので、2台目のDVDプレイヤーをトラから購入する際に、他に使い道が少ない金で色んな時代劇ものをやたら収集しているので、下手な日本人より時代劇に詳しくなっている面々である。

 ラウールも一緒に見ているうちに、段々面白くなってきたようで、最近では上映会の度にやって来ては『ケモノもダメにするクッション』の上でオヤツを食べながら観るようになった。
 だが、さすがにケモノもダメにするクッションの威力はラウールも敵わず、いつも睡魔に負けて最後まで見られないのが最近の悩みどころである。
 だからと言ってクッションを使わないという選択肢はない。


 どうやら、クラインとハルカの攻防も終わりを迎えていた。


「………今回だけは許してあげますが、次はないですからね」

「肝に銘じます!!………てか敬語も止めて。距離を感じてマジでツラい」

「でも王子様ですからねぇ………」

「今まで通りで頼む。それに王族っていっても、次期国王もいる跡取りもいるし、万が一な事があっても上に出来のいい兄貴もいるし、そこらの貴族の三男坊と変わんないごくつぶしだから。ちゃんとレストランの仕事もするし!親にも許し貰ってるから問題ない!」

「王子を従業員で働かせてるのは問題ありありだと思うんだけどなあ………まあクラインが今まで通りでいいと言うなら、別に構わないけど、後で不敬罪とか言わないでね?」

「ぜーったい言わないから。
 あ、そこの野次馬達も今まで通りな」

 クラインはソファでゴロゴロ観戦していたプル達に呼び掛ける。

「俺様は元々知ってて敬語使ってなかっただろうが。今更変わらん。変える気もない」

《ワシは人のしがらみとかは縁がないでな》

「………僕もこれでも一応魔族の王なんだけど……」

「あらぁ?もしかしてテンちゃん、テンペスト様とか言われたいの?」

 にやぁ、と笑いかけるミリアンに慌てて手を振る。

「………違う。ここはそう言う身分の上下とか関係ないところという意味………」

「まー今さらですよね本当に。
 しかし、うちの王様けっこう放任主義なんですねぇ」

「まあ王が自ら並んで飯食いに来る位だ、王族そのものがかなり自由人揃いなんだろ」

「まったくだ。平和だよなぁ」


 のんびりとそんな話をしていたのだが、店も忙しいまま、1ヶ月ほど経った秋も深まった祈りの日。


 ハルカの家にガルバン帝国からの使者が訪ねて来た。


「シュルツと申します。ガルバン帝国の財政大臣なんぞをやらせて頂いております。こちらつまらないものですが」

 すっ、と差し出した箱には、綺麗な陶器のティーポットとティーカップのセットが入っていた。ピンクの小さな花の焼き付けが可愛らしい。

「あの、大変綺麗なものですけど、こんな高そうなものは頂けません」

 トラが日本茶と栗饅頭を運んで来たが、何故か和菓子をガン見しているシュルツを不思議に思いながら、ハルカは慌てて返そうとした。

「いえいえ、我が国の恥を晒さねばならないので、迷惑料みたいなものだとお考え下さい」

 いや国の恥とか聞きたくないよ、本当に迷惑ですけどと思うハルカをよそに、「こちら、店に有りませんよね?頂いてもよろしいですか?」といい返事を聞く前に栗饅頭を取り上げた。

「は、はあ。家で食べる用に作っただけなので、宜しければ召し上がって下さい」

 この国にも小豆はあるのだが、スープ位にしか入れてなかったせいかそれほど量産されていなかったので、ケルヴィンに現在早急に量産体制を取って貰っている。来年には店に和菓子も並ぶだろう。
 冬場までには先行してパティスリーのイートインでぜんざいを出したいところである。

「これはまた、中の栗と黒いのが上品な味わいで、大変美味ですねぇ」

 しかし、よその国の大臣が一体うちに何をしに来たのか全く分からない。

 既に二個の栗饅頭をあっという間に平らげたシュルツは、はっ、と慌てて膝を正す。

「失礼致しました。この国に来てから美味いものばかりでつい」

 それが問題なのです、とシュルツは手元のカバンから袋を取り出した。

「こちらを、一口食べて頂いてもいいですか?我が国の………まあスイーツと呼ばれるものです」

 ハルカが受け取ったソレは、乾パンのような見た目の手のひらサイズの四角いクッキーのようなものだった。

 大臣も毒見代わりに袋から出し一口食べた。

「これが、今回のご相談の1つです」

 ハルカも失礼します、と一口かじった。


 うん、硬い。

 そして口の水分全部持ってかれるほどパサパサしてる。

 その上、気が遠くなるほど甘い。

 久しぶりにこんな不味いもの食べた。


「こ、れは、大変個性、溢れたもので………」

 日本茶を飲み干し、トラにおかわりを頼む。

「正直に言って、控えめに言っても不味いです。この国で本当のスイーツというのを味わってしまうと、この菓子はクソです」

「いや、そこまでひどくは………」

 あるな。フォローしようがないので語尾を濁す。

「いいんです。そして、食事事情も一昔前のサウザーリンと同じく、塩と砂糖、ハチミツとせいぜい唐辛子がある位です。味気ないことこの上ないのです」

「唐辛子?唐辛子があるのですか?」

 ぐいっと身を乗り出したハルカが目をきらきらさせてシュルツに迫って来た。

「えっ?ええ、ありますけど、漬け物やスープに少し使う位であまり利用頻度は少ないですが………」

「なんて勿体ない!きんぴらによし、煮物に入れてよし、スープによし、辛いもの好きのソウルフードじゃありませんか!!ぜひ輸入させて下さい!」

「は、はいそれは喜んで」

 嬉しさで頬を染めるハルカに、ぜひ結婚して下さいと脳内変換されそうになっていたシュルツは、必死で冷静さを取り戻す。


「ごほっ、あー、それでですね、こちらのレストランの料理の美味しさと、調味料の豊富さに、是非我が国でも調味料の輸入をしたいのですが………その………」

「その………?」

「お恥ずかしい話、料理人のスキルが乏しくて、調味料を輸入しただけではとてもこちらに近いレベルの料理は出せないのです。それで1週間だけでもいいので、ハルカさんに講師としてガルバン帝国にいらして頂けないかと」

「あー、なるほど………」

 いや、飯が不味い、スイーツはもっと不味いというのは、人生の楽しみを大分損しているとハルカは思う。
 自分が助けになるのであれば喜んで、と言いたい、のだが。

「お話は有り難いんですが、確かガルバン帝国って、ここから船で………」

「片道10日ほどかかります」

「すみません無理です」

「なんで即答?」

「私、船酔いが激しくて、10日の船旅とか死にます。無理です。ご協力したいのは山々ですが、物理的に厳しいです」

「そ、そこを何とか」

「無理です」


 近くでピクサードラゴンの子供、太郎と次郎と花子を前足でコロコロ転がして遊んでやっていたラウールが、ふと顔を上げた。

《空から行けば良かろう。短時間で行けるし酔わんだろ?
 行きたいなら友達のフレイムドラゴン呼んでやるぞ?》

「ぶふぉっっ」

 シュルツが日本茶を吹いた。

「そ、そちらのナイトウルフ様はドラゴンともお付き合いが?」

《まあな、といってもここ300年ほどの付き合いじゃが、ケンカ友達とでもいうかの》

「………フレイムドラゴンて乗れるの?」

 空からの快適な旅なら、と前向きになったハルカに、お気に入りのソファで栗饅頭を食べながらゴロゴロしていたプルが呆れた顔でハルカを嗜めた。

「船の振動で酔うような人間が、ドラゴンの背中の振動で酔わない訳ないだろう?スピード出ると風も強いし吹っ飛ぶぞ。
 人が乗れるような大きめの籠を編んでだな、ぶら下げて運んで貰うのが一番楽だし、ドラゴンにも負担が少ない」

「あー、気球みたいな感じだわね。理解理解。ラウールお願いするわ。ドラゴンさんもご飯普通に食べられるかしらね?」

《勿論じゃ。奴は肉も好きだがぶどう酒も好きじゃ。甘いのもいけたな確か》

「分かった。じゃ沢山用意しとくからガルバンまで往復してもらえるか聞いてくれる?」

《あいわかった。ちと念飛ばすので高台まで行ってくる。この子らを頼むぞ》

 前足をぽふん、ぽふん、ぽふんと動かすと、きゃー、きゃー、きゃー、と白いまるまっちい子ドラが楽しそうな声を上げながらハルカの方に転がってきた。

「おいちゃん早くもどってねー」
「かえったらまたころがしてねー」
「早くねー」


「ナイトウルフって本当に顔が広くて助かるわ。これで悪夢のような状況は回避出来そうだし、と。
 あ、シュルツさん、移動手段はなんとかなりそうなので、戻る予定日を教えてください。それに合わせて到着できるように準備します。で、何か他に特産物とか、特産物とか、魔物情報とか、色々聞いておいた方がいい話があれば先に伺っておきたいんですが」

 メモを用意したハルカが、にっこりと微笑んだ。

(なぜ特産物を2回聞く?どうせ行くなら只では帰らんと言ったところなのか)


 招待を受けてくれたのはいいのだが、シュルツはよく分からないうちにフレイムドラゴンと聖獣を従えた一個軍隊レベルのシェフを召喚することになってしまったようである。内心冷や汗が止まらない。

(………無理矢理移住とかさせたらうちの国が無くなりそうで恐い………いや弱気になるなシュルツ、お前は伊達に25の若さで大臣になった訳じゃないだろう?考えろ、やればできる。やればできるぞ)

 表面上、穏やかに特産物やダンジョンの話や、そこに生息する美味しい魔物の話などをしながら、とりあえず帰国予定を数日遅く伝えて、可及的速やかに戻って皇帝と相談する準備期間とすることにした。






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