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彼方からの風【3】

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「………ほお、ハルカという娘は本当に美人だったか?………モギュモギュ」

「そらもう、ちょっとミステリアスな感じの黒髪の美少女でしたよ………てキース様、ちょっ、なんで私のパウンドケーキ食べてるんですか?さっきアーモンドクッキーあげたじゃないですかっ」

「無くなった。これも美味だな。飯にも期待が出来る」

 話に夢中だったシュルツは慌てて荒らされたカバンを覗く。

「あー、晩ごはんとデザートにと楽しみにしてた焼き肉弁当とショートケーキまでいつの間に!!返して下さいよそれは!」

「いやだ」

 キース皇帝の椅子の横のミニテーブルに載っていた今夜のお楽しみに向かって手を伸ばすシュルツに、

「皇帝に土産をクッキー一袋で済まそうと思うところも大概だが、予定日よりも4日も遅れて戻ってきた理由をまだ聞いてないんだがな」

「ぐっっ………」


 まさか策を練るという名目であのあと3日ほど延泊して連日レストランとパティスリーに入り浸ってました、とも、自分の携帯用アイテムボックスに山ほど焼き菓子や調味料など日保ちするのを詰め込みまくり、それでも足りずに大枚払って、冒険者御用達の店で1ヶ月だけ時間経過のかなり遅くなる携帯用アイテムボックスまで買い込んで、帰りの船で食べる弁当を大人買いしてのどかな船旅を満喫してましたとも言えなかった。

 それも国の経費で。
 従者は、サウザーリンにまた行く際には何がなんでも自分が参りますと宣言していた。


 
 シュルツは糸目になりながら、

「………庶民が食べるようなものですから、それほどお気に召すとは思わず、試食の意味でお持ちしましたので少量で失礼しました。………チョコレート味のパウンドケーキとショーユセンベイという米菓子もございますがお持ちしますか。要らなければ構」

「勿論頂こう。シュルツが私に献上する土産を長考するのに時間がかかった、と言うことだったんだな。日頃の忠心感謝している」

 それでチャラにしてやるよとりあえず、ということか。

「………ありがたきお言葉感謝致します」


 シュルツはこの20歳の皇帝が、お飾りではない事を知っている。脳筋に見えて舐めてかかるとえらい目に合うのだ。


「しかし、大分町の人間にも好感を持たれているようだし店もやってるとなると、そう簡単には移住などせんだろう」

 三切れ目のパウンドケーキをもぐもぐしながら紅茶を飲む皇帝に、(せめて一切れは残してくれ)と願いながら、シュルツは言葉を返す。

「少々聞き込んだところによると、元A級冒険者だったためか、食材の魔物などは自分で調達するとのこと。その上、探求心旺盛なようで、美味い食材と聞くと遠出してでも入手するなど、とにかく『食』に関してのこだわりが尋常ではなく思われますので、アレを餌にするのが宜しいのではないかと」

「………まさかダーククロルか?」

「はい。もしかすると彼女なら、仲間も手練れ揃いのようですし、更にクロロニアンも捕獲出来るのではないかと」

「クロロニアンか………私も一度12才の時に食べたっきりだったが、あれは美味かったなぁ………」

「私も一度しか食した事はありませんね。あの冒険者が金に弱いタイプで良かったですが」


 ダーククロルも上位種クロロニアンもダンジョンの魔物である。更にクロルという下位種もいるが、それは大して美味くない。

 ダーククロルの肉質は鳥肉と豚肉の旨味が相まった、表現が難しい美味しさである。
 あっさりしてるのに肉としての存在感があり、後まで舌に残る濃厚な旨味があとをひく。ただ焼いて軽く塩を振って食べるだけでも美味さでぶわっと鳥肌が立つ。

 クロロニアンはその肉質が更に繊細になり更に存在感を増す。食べた瞬間に芳醇な肉汁の美味さに立っていられなくなる。
 城の料理長が味見をした途端に足の力が抜けてしまい、厨房の調理テーブルに後頭部を強打する大怪我をしたが、それでも笑顔だったという破壊力である。

 どちらも一番素晴らしいのは、いくら焼こうが煮ようが肉がまったく固くならない事である。そしてかなりの期間傷まない。1ヶ月位は常温でも全く問題ないのだ。

 ただ、エクストリームドライブ50階層から下にしか現れないので、滅多にお目にかかれない。
 そのため、到達した冒険者が討伐したものをかなり高値で買い取るしかないのだが、そこまで行ける冒険者も少ない上に、深いダンジョンだ。討伐中に食料として消費してしまう事も多く、なかなか地上まで持ち帰る絶対数がない。

 クロロニアンに至っては、Sランクの魔物のくせに複数で現れるため、もうSSランクレベルの強さである。

 見た目はただのクソデカイだけの黒い熊で、つぶらな目が愛らしいとも言えるが、力が馬鹿強く表皮も頑丈で、普通のしょぼい剣など腕の一撃で折られふっ飛ぶらしい。

 また厄介なのが、雷系の魔力を纏ってるため、こちらが攻撃する度に雷撃を食らうような痛みがあるのだと、たまたま弱ってたクロロニアンの捕獲に成功したS級パーティーの冒険者が教えてくれた。

 「あれは防御魔法や結界が張れるヤツがパーティーにいないと全滅する」

 75階層だったため、そのまま捕獲した後すぐ魔法陣で戻れたのが救いだったが、それでも即入院した二人のS級冒険者は亡くなった。


 異世界からの転生者なら、相当魔力があるはずである。
 その上美味い肉が取れるなら是も非もなくやってくるだろう。


「とりあえず、調味料の輸出名目で招待して、ダンジョン潜ってもらうか」

「恐らくダンジョンの深さから言ってもかなり時間は稼げますから、その間に懐柔して囲い込みする方向で。金で動いてくれるなら一番楽ですが、そうでなければまあ、色々と方法はありそうですしね、人間ですから弱味もあるでしょうし」

「………前から思ってたが、意外とえげつないなシュルツ」

 皇帝は、最後のパウンドケーキを口に運びながら、溜め息をついた。

「この国の発展とキース様の為でしょうが。………せめてそれは残してくれると思ってたのに………」

 恨みがましい目で見つめてくる部下と視線を合わせないようにしつつ、キースは考えていた。


(一番手っ取り早いのは、私の妃にする事か。まあ美人だというし、そろそろ身を固めてもいい年だから別にいいがな。大概の女は権力に弱いし、私は見た目も悪くないし、剣の腕も相当だし、光の魔法は使えるし、超優良物件だ。
 転生者だからといっても後ろ楯が欲しい気持ちはあるだろう。………思ったより簡単に手に入るかもな)


 キース・ヴェルムント・バーレーン。
 20才の若き皇帝は知らなかった。


 ハルカはチート能力もあり戦闘能力も高く、本人は認めないが見目麗しく、性格も温和でおおらか、料理の腕もあり、自身が怯えるほど大金持ち。
 食べ物に対しての貪欲さで不憫枠だが、それでもどの王族も喉から手が出るほどの超超優良物件であり、そんな彼女の望みは、今度こそ天寿のまっとうと美味しいもの食べて働いて、穏やかでのんびりと生活をしたいだけだということを。





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