上 下
61 / 144
連載

彼方からの風【1】

しおりを挟む
「キース様、あれは絶対転生者ですよ。間違いありません」

「………シュルツ、お前は昔から結論を先に言う。何度も言ってるがその断言に至るまでの過程を説明しろ」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 
 サウザーリンから船で10日ほど東に行ったところにあるガルバン帝国。
 かなり広い領土を保有するが、火山地帯が点在するため、利用できる土地はそれほど多くはない。

 ただ、そんな土地柄のせいか、陶器に合う土が大量に存在し、軽くて丈夫な陶器が出来る。少し値は張るがガルバン陶器という名前で出回っているそれは、なかなか繊細で細かい細工を施されたり綺麗な絵付けがされたティーポットやシチュー皿など貴族にも人気が高い。

 陶器の国としても年々知名度が高まっているが、それよりも前から知られているのが、洞窟ダンジョンがあることである。


 火山の噴火などで地殻変動が複数起きたせいなのか、はたまた何か別の特殊な理由があるのかは定かではない。ガルバン帝国が出来た時には既に存在していたからだ。


 冒険者から『レアな魔物と魔石の宝石箱や~』と囁かれる3つの洞窟ダンジョンは、それぞれ10階層の初心者向け、30階層のベテランパーティー向け、80階層以上と言われるエクストリームドライブからなる。

 それぞれ入場金額が1人100ドラン、1000ドラン、10000ドランとなっている。結構いいお値段の上に、死亡した場合でも一切国の責任は問わないという書面にサインまでさせられる。


 何故エクストリームドライブだけが正確な階層が曖昧なのか。

 誰も最下層まで到達した者が居ないからである。

 どのダンジョンも、調査隊として帝国の騎士団と魔法使いが入って調査をしており、簡易ながらマップも生息魔物情報もあり、少しお高いがダンジョンそばの売店で売っている。

 親切な事にどのダンジョンも、5階層ごとにある魔方陣に乗ると、即時に地上にあるガルバン総合医院の真横のセーフエリアに転移できるようになっている。

 先代の皇帝が、

「ダンジョンで死者が増えるとリピーターも居なくなるし、片付けも面倒。助けてあげれば感謝される上で医院で治療費も落としてくれるし万事オッケー」

 とその頃まだ外貨の獲得手段としての陶器が完成に至ってなかったため、唯一の外貨の収入源として、かなり至れり尽くせりの仕様になっているのだ。



 それはともかくとして、ダンジョンはいつまでも存在するか解らない。

 陶器だって流行り廃りに影響される。
 いつまでも売れ行き好調とは断言できない。

 帝国の財源確保には、いつも頭を悩ませている財政大臣シュルツは、海を越えた国、サウザーリンが今人気がある事を知った。かなり旅行者も訪れているらしい。


 元々、温暖な気候と平地の多さで、農作物なども豊かな国と聞いてはいたが、どちらかと言えば「ただそれだけ」であり、取り立てて目立った特産品があるとも聞いたことがない。

 自国の経済発展のためにはチェックは必須である。


 キース皇帝に許可を得て、丁度他国の人間も出入りするという武道会と舞踏会が開催されるタイミングで、シュルツは供を1人連れただけで大会前日にサウザーリンにやってきた。


 人だかりが出来ている辺りに近づいていくと、どうやら食べ物屋らしい。

「腹が減ったな。宿に行く前に腹ごしらえでもするか」

「そうですね。めちゃくちゃ美味そうな匂いがしますし」

 それほど並ばずに座った席には、絵入りでメニューが載っており、どういう料理なのかも簡単に説明してある。

 なるほど親切な店だ。

 チーズハンバーグだのウナーギ丼だのチキン南蛮だのカツ丼だの、名前だけではさっぱり意味不明だったからだ。

「………この、本日のオススメというのは何だね?」

 隣のテーブルに黒っぽい何かを運んできた、ヘッドドレスをつけた黒いワンピースに白いフリルのエプロンをしたメイド風の若い女性に声をかけた。

「これは日替わりなんです。本日は唐揚げ定食です。ドードー鳥に衣を付けて揚げたもので、柔らかくて美味しいですよ」

 笑顔で返されたので、なんとなく照れてしまい「……じゃ、それを」と頼んだ。

 36にもなってみっともないと反省する。独り身で若い女性に縁がないのだから仕方がないと心で言い訳をしてみる。

「じゃ、僕はウナーギ丼と、………このデザートは別メニューってのは何ですか?」

 まだ二十歳そこそこの従者はフランクに尋ねている。少し腹立たしい。

「隣も同じオーナーでして、ケーキなどのスイーツを売っているので、食べたいかたにはこちらにお持ちできるんですよ。よろしければメニューお持ちしますか?」

「お願いしようかな」

 メイド服の店員が持ってきたメニューには、これまた絵入りで美味そうなお菓子が載っている。

 従者と二人で唾を飲んだが、見た目はともかく先ずは味である。

 スイーツは後にして、飯を待っていると、唐揚げ定食とウナーギ丼が運ばれてきた。

「………いい匂いだな………」

「………そうですね。まずは食べましょう!」

 従者はさっさとスプーンを掴み、ウナーギ丼を口に入れた。

「………」

「……どうした、美味くないのか?」

「……びっっっくりする位、美味いです!」

 と言った後は、無言で食べ続けている。

 シュルツも目の前の唐揚げ定食を見る。

(………ほう。スープや前菜がセットになっているんだな。まずはスープから………)

 周りをそれとなく見回すと、皆、器から直接飲んでいるようだ。木の椀なので熱くはないのだろう。
 見習って一口すする。

(……なんだこの味は?コクがあって豆のような味がするが、いける)

 慌てて唐揚げも一口。

「うぉっ!!」

 出来立てだったのか火傷しそうになったが、肉汁が滴るようなジューシーなドードー鳥に、色んな味付けがされている。
 それがまた美味い。
 ご飯をかきこむ。唐揚げを食べる。ご飯をかきこむ。

 いかん、このままではすぐ食べ終わってしまう。落ち着け。

 スープで少し舌を休ませると、小皿に盛り付けられた野菜をつまむ。

(………これはシンプルに塩揉みしてる野菜か?だがこれはこれで口をさっぱりさせるのにいいな)

 旅の疲れも吹っ飛ぶような美味い飯である。どうりで人が並んでる訳だな。

 シュルツは感心しながら従者を見る。
 あちらのウナーギ丼も美味そうだ。

「あー、その、なんだ。せっかくだし、一口ずつ交換しないか?お前も気になるだろう?美味いぞ唐揚げ」   

「………実はちょっと気になってました」

 従者と小皿に盛り合って交換する。

「……うわぁ、唐揚げうめぇ!!なんだこの店。うちの国でもこんなうまいとこないですよ!」
 
 興奮して語る従者だが少し待て。ウナーギ丼の濃厚な旨味を堪能しているところなのだから。

 農業国と言うのは、これほどまでに食べるものに貪欲なのか、食事の完成度が高すぎる。


「兄さん達、よその国の人たちかい?」

 隣のテーブルで食事をしていた年配の夫婦が笑顔で話しかけてきた。

「そうなんすよ。武道会観に来たんで飯でもと思ったら、やたら美味いんでビックリしちゃって」

 従者が気軽に返す。

「いやー、でも正直、ここ数ヶ月位なんだよね、この国の飯がどんどん美味くなってきたのは。なあお前もそう思うよな?」

 腹のでた男がふっくらした妻に問いかける。

「マーミヤ商会が調味料を販売してからよねぇ」

「マーミヤ商会?」

「そう。この店もハルカちゃん、いや、マーミヤ商会のオーナーが運営してるんだけどね。遠いニホンてとこの調味料をこっちで開発して売り出してから、味のバリエーションが一気に広がったのよ!お陰でご飯が美味しくて夫婦で肥えちゃったけどね、あははっ」

「それまで、塩味か砂糖か蜂蜜くらいしか味つけの種類なかったもんなぁ。
 もうショーユやミソとかのない生活なんて想像も出来ねえな」

「値段も安く売ってくれるし、庶民にはありがたい話よねぇ。またスイーツも驚くほど美味しいし。食べてないなら是非とも食べるべきよ」

 親しげにシュルツの肩をポンポンと叩くと、そいじゃ楽しんでってね、と席を立って出ていった。


「……シュルツ様、やはりここは、調査の一環として、スイーツも食べるべきではないですかね?せっかく遠出した訳ですし」

「んむ?………う、うむ、そうだな、国に戻って説明出来んのも困るしな」

 先ほど貰っていたメニューを見つつ、

「私はこの、ミルフィーユというのとチーズケーキを」

「え?2つも食べるんですか?じゃ僕も2つ………アップルパイと季節のタルトというのを」

「お前、少し図々しいぞ。………だが、一口ずつ交換するなら許してやる」

「望むところですよ」

 そしてシュルツと従者は身震いするほどの美味しさに、宿屋に行く前に隣の店に流れ込み、焼き菓子や気になるケーキなどをぞろぞろ買い込んで行くのであった。





しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

詰んでレラ。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
私はシンデレラ=バルファン。18才の父親とお菓子とパンの店を営むごく普通の子なんだけど、水汲みでスッ転んで頭を打ってでありきたりだけど前世の記憶が甦った。  前世の彼女は逆ハーでイケメン王子様とのハッピーエンドに憧れてた。  止めてよ私は年上のオッサンが好きなんだから。  でも童話『シンデレラ』をふっと思い出すと、何やら若干かぶった環境。  いやいやあれ作り話だよね?あんなおっかない話、私と関係ないよね?  全6話完結。なろう、エブリスタで掲載。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。