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ヴェルサス討伐【後編】

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『……あら?どうしたの?』


 ヴェルサスが思ってたより巨体だったので少し時間はかかったが、無事解体し、牙やら肉やら片っ端からアイテムボックスに放り込み、私達はいそいそとピクサードラゴンのママさんとこにやって来ていた。
 僅か三時間ぶりである。

 目を見開いているママさんに、戻ってきた理由を説明し、観光地での子育ては危ないから一緒にリンダーベルに行かないかと誘った。

「信用するのはいきなりでは難しいと思いますが、私達は悪人ではないので売り飛ばされたりとかの心配は要りません」

『いや、どう見てもアナタは騙すよりは騙されるタイプだと思うからそれは良いんだけど』

 ママさん、信じて貰えるのは嬉しいけど、乙女心は信じられ方が複雑です。
 
『確かに、なんか人がちょいちょい来るなー、とは思っていたのよね』

 言葉は分からないものの、ぽてん、と首を傾げる姿にクライン達の可愛い警報が鳴り響いているようで、くぅぅをとかぐぉぉぉ、とか聴こえてくる。
 私だって我慢してるんだから耐えろ。

「責任持って、リンダーベルの人気のないところにご案内するので、お子さん達とご一緒にどうですか?……あ、なんなら私の新居の裏の森にでも」

『あら、心配してくれるのね。でも子供まで連れてきて貰ったのにそこまで人の子に迷惑は……』

「全然問題ありません!人じゃない子もいますから慣れてますし」

 私はぶんぶん手を振った。

『……あらまぁナイトウルフも魔族も、まー妖精までいたのね。ハルカ、とか言ったかしら、アナタ何者?』

「んー、新参者と言うか……異世界からやって来た人間です」

 別にママさんに言ったところで問題あるまい。

『まっ。噂には聞いたことがあるけど、会ったのは初めてよ。あらー、そうなのぉ、へぇぇ』

 キラキラと珍獣を見るような眼差しは敢えて問うまい。物珍しげな姿もまた愛らしい。

『……それなら、暫くお世話になろうかしらね。……実は丁度少し前に、子供が産まれたのよ。ここだとご飯を探すのも大変だわと思ってたのよねぇ』

 ……いや、そんな気はしてたよ。だって少し離れたところからピャーピャー鳴き声っぽいの聞こえるんだもの。

 ママさんにヨチヨチとペンギン歩きで岩影に連れて来て貰うと。

『3か月位は産毛があるから、まだドラゴンっぽくないけど、女の子と男の子と男の子よ』

 なんだ。このメルヘンな生命体は。
 ヒヨコより一回り位は大きいが、真っ白な毛に覆われた丸まっこいチビドラゴン達が身を寄せあって鳴いている。
 あれよ、ゴマフアザラシの赤ちゃんみたいな赤い目をしたもふもふさんなのだよ!

「きゃああ、可愛い~っっ♪」

 ミリアンがぷるぷるしながらたまらずすりより膝をつく。

「ほんの、ほんの少しだけ撫でてもいいかしら?」

 うるうるした眼で私を見るな。

「……あの、余りにも赤ちゃんが可愛らしいので、是非とも頭を撫でたいと友人が言ってるんですが……いえ決して乱暴はしませんから」

『ま、ありがと。大丈夫ようちの子達人見知りしないから』

 指でOKサインを作ると、そろりそろりと近寄り、頭を撫でた。

「ハルカ、ほわっほわよっ!ほわっほわ!」

「……俺達も撫でたいんだが」

 クライン達が背後に立つ。

「優しく撫でてね。まだ産まれたてだから」
 
「わ、分かった」

 恐る恐るチビドラ達に近寄ると、なでなでしている。

「なんだこの破壊力のある可愛さは……」

「あああ、こんな可愛い子達をこんなバカ野郎が来そうな観光地に置き去りなんて、とても無理ですよ」

 ケルヴィンさんもクラインも実はサン●オボーイなんだろうか。可愛い系に打たれ弱い。
 いや私も弱い。
 むしろ最弱王の名を欲しいままにしてもいい。

 ラウールは撫でられないのでペロペロ舐めている。

「くすぐった」
「おじたんおおきいねー」
「せなかにのりたーい」

《おうおう。そーかそーか。いつでも乗せてやるぞ》

「あら、ラウールは分かるのね言葉」

《だてに2000年も生きとらんからな。大抵の生き物の言葉は判るぞ》

 でも、どうせならみんなも理解してくれてた方が危険が少ないのは確かだ。

 アイテムボックスからグレープのシャーベットを取り出す。

「精霊さんズ、かもーん」


「何?ハルカ。あらまた知らないオヤツだわ」
「何をして欲しいの?」
「また戻ってからオヤツパーティーね」

 わらわらとスイーツに釣られてすぐに現れた精霊さんズ。さすがに私に憑いているだけあって食い意地が張っている。

「ピクサードラゴンの言葉を皆が分かるように出来るかな?」

「……?え?簡単よ。そのママさんからウロコ貰ってみんな1枚ずつ食べればいいのよ。魔法いらないわよ」

「え?そうなの?」

 ママさんに話が通じた方が便利だからとお詫びして、ウロコを人数分頂く。
 みんな速攻飲み込んでいる。
 やっぱり意思疏通は出来た方が嬉しいもんね。

「ちょっとそんだけ?やだ仕事させてよ仕事ー。オヤツ欲しいのよ」
「そーよそーよ」

「……じゃあ、ラウールの上にママさんと子供達を乗せる籠と、そこに幻覚魔法かけてもらえる?周りからただの荷物と思われるような」

「OK♪お任せあれ~♪」

 精霊さんズはオヤツがあると仕事が早い。あっという間に、ゾウとかの上に載ってるような座りやすそうなクッションのついた四角い台座みたいなのを作り出し、ラウールに乗せて微調整してから幻覚結界を張った。
 そしていそいそとシャーベットをもらい消えていった。
 仕事も早いが消えていくのも早い。

 私の精霊さんズはとても現金な子達ではあるが、仕事は確実だ。

「子供達いると飛んでく訳にもいかないでしょうし、ママさん良かったら子供達とここに乗って下さい」

 許可を得てそっとママさんを抱き上げると、ラウールの上の台座に乗せる。
 子供達もさりげなくモフりながらママさんのそばに。

『まあ!なんて楽チンなのかしら♪乗り心地もいいわ』

「たかいねー」
「おいたんすごいねー」
「ママたのしーねー」

 ……くっ。なんてクソ可愛い生き物だ。
 私の理性を試すと言うのか神よ。

『……あ、ところで私はママサンて名前じゃなくて、シャイナと言うのよハルカ』

「はいすみませんシャイナさん、それではサウザーリンまで宜しくお願い致します!」

 と言いながら、あ、と思い出した。

 みんなで鍾乳洞を抜けながら、シャイナさんにお詫びをする。

「あの、すみません、さっきヴェルサスという魔物を倒してまして、町に帰る前に肉料理を作ると約束してますので、それだけお付き合い頂いても?」

『あら、気にしないで。……出来たらついでに私達にも少しだけ分けてくれると嬉しいんだけど』

「ただ焼くだけの方がいいですか?人間か食べるように味をつけても大丈夫ですか?子供達は?」

『全然平気。不要なものはちゃんと消化できる造りだから。割りとドラゴンは丈夫なのよ?それに人の食べ物は塩味とかついてて美味しいと思うもの』

 ……塩味だけだと思ってはいけませんよ奥さま。ほほほ。

 それではワタクシめが、腕によりをかけて美味しい肉をより美味しく頂けるように計らいましょう。

 ……ああしかし。

 ぽふん、コロコロ。ぽふん、コロコロ。

 とラウールが歩く振動で転がる子供達がたまりません。

「俺様、あまり生き物に対して可愛いとか思ったことないけど、こいつらは可愛いなー」

 プルちゃんがしみじみと呟きながら覗きこんでいる。

「よし!それじゃ、可愛いドラゴン達の誕生会とシャイナさんとの出会いを祝して、美味しいご飯を食べましょか!
 さっさと村へ戻るわよ」

「「「賛成ー!」」」
 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「いや……マジで討伐しちゃったんだハルカちゃん達……」

 レストランに戻ると、マルセルさんがザイーネさんと出迎えてくれ、呆れたように呟いた。

「勿論ですよ。これでもワタクシ食堂のオーナーですので、美味しいモノには目がないのです。
 それでは、今から料理をしますので、村の皆さんにはもし食べたければ1時間後に集まるようお伝えいただけますか?」

「分かった!多分全員来ると思う。二度とないチャンスだしね」

「えっと……がんばります……」

「死にかけのジー様も呼べよ。遺言だもんな死ぬ前に食いたいって。いつでもポックリできるぞこれで」

「だから死なねえよ!いや、驚いて死ぬかも……伝えかた気を付けねえとな……」

「私もギルドのみんなと村を回って来ます!」

 飛び出すように二人は出ていった。

 シャイナさんと子供達はレストランの個室を借り、荷物を置かせてもらうという名目で隔離した。
 村人の子供が乱暴にしたら子供達にケガをさせかねない。

「さて、と」

 受け取っていた肉を取り出し、薄くスライスすると、フライパンでちょと試し焼きして塩を振る。

 ぱくり。

「……霜降りだわ……うまーい」

 あの見た目から取れる肉とは思えないセンシティブなお味。
 皆もつまみたいと言うのでシャイナさん達の分も含めて焼いた。

『……今の人間はこんなに美味しいモノを食べてるのね。私ちょっとショックだわ……』

「おいしーねー」
「とってもおいしーねー」
「いくらでもたべられるねー」

「うまー。本当に脂がのってて、でもくどくないな」

「捌くのでかくて面倒だったけど、こんな美味いなら苦労した甲斐はあるな」

「……まだまだ僕にも未知の食べ物が沢山ありますねぇ。味見だけは物足りない……」

 みんなも満足のお味のようだ。
 これは、あのメニューしかない。

『本日の夕食はすき焼きにします!』

 みんなもまだ食べたことがないメニューである。これは、霜降りのいいお肉で食べるのがまた美味いんですよ。
 固くならないしね。

 アイテムボックスに入っているキノコと豆腐、葱(みたいな野菜。どこの市場でも売ってる)、卵を取り出し、魔法でぶんぶん調理を始める。
 野菜が少ないが、どうせ肉祭りだ。7割肉でも問題ない。文句など受け付けない。

 しかし、米もないと私には耐えられないので、炊きたてご飯を作るべくレストランの鍋も活用しまくって米を炊いていく。

 いかん、子供もいるんだ、一応デザート用にスイーツも作るか。
 アイスティーを山ほど作りつつ、市場で買ってあったダークチェリー的な果物でタルトを作っていく。
 多分ジジババも食べるだろうから多目にね。

 待てよ、漬け物も出すか。キュウリのぬか漬け沢山作ったしな。

 せっせと料理に勤しんでいる私は、少し離れたところでシャイナさんがクライン達と語ってる事には全く気づいていなかった。



『……見たことない食材と、嗅いだことがない調味料の匂いがするわ……美味しそうね……でもあの子、異世界に料理をするために来たの?普通、聖女とか勇者とかになるんじゃなかったかしら?転生者って』

「ハルカの場合、そういうのに全く興味はないみたいだ。スペックは充分持ってるのにほぼ全てを食に注いでる」

「ちょっと異端児?的な人ですよね。僕はそれがいいと思いますけど」

「あの子の頭の中は、美味しいモノを食べたいってのと、みんなにも美味しいモノを知って欲しい、食べて欲しい、ってのが8割9割だもの。考えてるふりしてるけど損得勘定全くないしね。ちょっとおバカなのよ」

「……それがハルカの良いところ……」

《可愛いオナゴなのに、結構不憫なところもあるのぅ》

「残念なところの方が多いが。まあハルカが幸せだと俺たちも和むんだ」

「ハルカおばかー?」
「ハルカざんねんー?」
「でもきっとやさしーしおいしーからすきー」

『……何だか、楽しそうねアナタ達といると』

「ええ、とっても。
 ……何なら暫くとは言わず、当分の間ご一緒に如何ですか?
 私達魔物とか大概殺れる位の力はありますし。
 これからみんなで住む広い家も出来ますし、森よりも家に住んで美味しいもの食べて……お子さんが独り立ち出来るまででも呑気に暮らす手もありますよ。ハルカも喜ぶと思いますけど」

 自分の家でもないのにミリアンが満面の微笑みで勧誘する。

 ミリアンは考える。

 ハルカはお気楽でマイペースで時にエグい茶目っ気を持ってたりするが、概ねのほほーんと生きている。

 ただ、向こうで親兄弟もいない一人ぼっちだった生活をしてたせいなのか、とても寂しがりやである。
 本人はそういう事に気づかれてないつもりだがバレバレである。

 家族ではなくとも、一緒に暮らす仲間が多いのはハルカの精神衛生上とても好ましい。
 ……まあ、だからといって誰でもいい訳ではない。少なくとも純粋にハルカが好感を持ち、相手もハルカを好きになってくれて、ただ悪用したり騙したりとかを考えない人柄でないとダメだ。

 その点、シャイナさんも子供達も、ハルカは好きだし、シャイナさんもお人柄……ドラゴン柄は穏やかで悪くない。
 その上キュートだ。

『……そうねぇ……でもハルカが何も言わないのに、私がどうこう言うのも可笑しな話でしょうし』

「ごもっともですごもっともです。ですがシャイナさん、母と言うのは強くあらねばなりません。そして強くあるためには、栄養のある良い食事、住みやすい環境が大事です。そして、栄養のある良い食事には、美容にもとても良いのです」

『……まあ、美容?』

「勿論です。ドラゴンさんとはいえ、あら今日はウロコがざらつくわ、とか疲れた顔をしてる、とか老け込んだ、とかお仲間同士で色々思う事もありますよね?」

『それはまあ勿論、ねぇ……』

「美容にいい生活をしていると、そんなお悩みとは無縁です。美しい方はより美しく、可愛い方も可愛いままでいられる時間が飛躍的に伸びます。そして、ここは大事です」

『な、何かしら?』

「母のまま、で終わるのか。否(いな)!
 母の後は女として、そして妻として、また愛ある暮らしを送る場合だってあります。
 子供達が巣だった後に、シャイナさんが死ぬまでお一人で?否!
 貴女が許しても女神が許しません!
 シャイナさんの場合、引く手あまたです。そのためにもいつまでも綺麗でいるのは大事ではございませんか?」

『……まー、これからずっと一人ぼっちってのもねぇ……綺麗でいたいのは確かだけど……』

「例えどんなイケメンのドラゴンが入れ食いでも、今の美貌を保つ事で寄ってくる雄の質が違います!いい雌にはいい雄が!選ばれる自分より選ぶ自分、シャイナさんにはずっとそのままのコケティッシュな魅力をふりまいて欲しいのです。
 ちなみにハルカのご飯、ちょっとやそっとじゃ食べられないレアな魔物も出ますよ。
 ピクサードラゴン史上一番レアな魔物を食べた傾国の美貌の持ち主として、シャイナさん激モテになるんじゃないかしら……」

『あの、ちょっと誉めすぎだわ。でも……そ、そうよね?まだまだ少しはイケるわよね?』

「勿論です!美魔女の謙遜はむしろ悪。さて、そこでですね、家が出来るまでのスケジュールなんですけどね……」



 「……ベテラン販売員モードに入ったらミリアンには敵なしですよシャイナさん……」

「……完落ち……」

「料理を作るのも部屋を用意するのもハルカで、自分のデメリットが0だから尚更えげつないな」

「でもきっと喜んで用意するハルカが俺様の目に浮かぶ……」

 
 料理をしている間にそんな事をつらつらと話しているとは露知らず、


 すっき、やき、すっき、やき楽しいな~♪
 すっき、やき、すっき、やき、美味しいな~♪


 と浮かれてた私は生ぬるい眼差しで見つめていた奴らには気づかなかった。


 そして、すき焼き祭りも大盛況のまま幕を閉じ、マルセルさんのジー様が肉をがっついて本当にお迎えが来そうだったハプニングもあったが、みんな喜んで食べてくれた。

 ロンディール島を離れる時には、子供も大人も皆が桟橋で見送ってくれた。

 うん、村の皆さんもいい人たちだった。

 少しじーんとしたのも束の間、海へ出て10分もしないうちに、私だけ強制参加の船酔い祭りが絶賛開催中になったので、やっぱり当分船は乗らないと心に決めたのだった。



 そして、本人も知らないうちに居候がまた4匹増える事を聞いたのは、自宅に戻った次の日であった。





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