異世界の皆さんが優しすぎる。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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勢いは本人にも止められないらしい。

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 翌日。

 ハルカとクラインとミリアンは、昼前から冒険者ギルドにやって来ていた。
 マイホームの件で、副ギルマスのマルコフさんの親戚の不動産業者の人と、お友だちの建築業者の人と会うためだ。

 ついでにハルカはギルドカードの口座残高の更新をしたのだが、自分の口座が1500万ドラン近い金額になっていて吐血しそうになった。

 マーミヤ商会の運営から一年も経ってないのになんで1億5000万円近いお金が自分の手元にあるのか。
 ショーユやミソが売れているからってこんなに儲かるものなのかしら。起業家はそういうものなのかしら。何しろずっとバイトしかしてないから時給という考え方からなかなか抜けきれない。
 ハルカは騙されているような気がして仕方がないが、ケルヴィンは税金分も抜いてるから好きに使えばいいと言われている。
 ハルカは大きな出費があるので本当にいいのかと何度も確認したが、本当に自分のお金として全部使えるらしい。

「……確認したし。マイホームに使うし。本当に使うし。絶対使うし。今さらダメ出ししても遅いし」

 お茶を飲みながらマルコフさん達が来るのを待っているうちにハルカは独り言を言っていたようだ。

「ハルカは本当にビビりよねぇ。まあアタシも最近の自分の口座残高のスゴさに笑ったけど」

 ミリアンが笑いながら肩を叩く。

「いい家にしてね。みんなが楽しく暮らせるような」

「勿論よ!一世一代の大仕事なんだから。……だけど、考えたらクラインやミリアン達もずっと一緒に住めるわけじゃないのに、先々もて余すんじゃないかしらね広さに……」

「ハルカが結婚して子供ポコポコ産んだらそうも言ってられないわよ?」

「こっ、子供?結婚もしてないのに気が早すぎない?」

 お茶を吹き出しそうになりながらハルカが動揺すると、

「……いや、でもハルカもうすぐ22才だろう?結婚適齢期じゃ、ないかな」

 クラインが言いながら視線をさ迷わせる。

「……適齢期はしたいときが適齢期なの!大体こっちに来て一年も経たないのに、そんなに知り合った人もいないじゃない?相手がいないわよ。
 結婚とかまだ考えたこともないし。向こうの世界では普通に30越えてから結婚する人も多いのよ」

「……そうか……ほら、でもこの間出会いがあっただろ?」

「……出会い?」

「ほら、パラッツォで知り合ったグランとジルベルトとか」

「……あー!ヒマワリ油の!」

 そういや居ましたよ、クライン達をヤマーモの底無し沼から助ける手伝いしてくれたいい人達でした。

「いや、あの人達は親切にしてくれただけで、将来の取引先じゃない。
 私の事をどうとか、……いやーないない。あの人達イケメンだったしきっと彼女とかいるよ。恋愛の兆しすらも漂わせてなかったよ?相手に悪いわよ。
 それに今は仕事人間だから私」

 プッと笑いながら手をひらひらと振るハルカに、

(気づいてないのはお前だけだろ)

 とクラインとミリアンは心でツッコミを入れていたが、ハルカはそういう人間なのであえて口にはしなかった。


 マルコフが連れてきた親戚はラグーンさん、ご友人はピーターさんと言うらしい。ラグーンさんは50前後の丸っこいおっさんで、ピーターさんは短い金髪にオーバーオールを着た長身のガチムチである。40そこそこだろうか。
 どちらもいい方そうでひと安心である。

 土地の件は、良いところがあるとのこと。

「これからマーミヤ商会の工場も作ったり牧場なんかも考えておられるんでしたらピッタリですよ。広さは48000㎡ほどで敷地に小川も流れてましてね。町の外れにはなりますがそれほど中心地から離れてないし環境も良くてお勧めです」

「……ちょ、ちょっと待って下さい。とりあえずまだそんな敷地要らないと……」

 誰が東京ドームが丸々収まるような土地をマイホームに求めてるというのだ。
 マイホームという可愛らしい響きの域を越えてるだろ。

 どうやら元公爵様の土地らしく、高齢で跡取りも居ないため、広すぎる土地を面倒見切れなくなってしまったらしい。
 いや工場も欲しいけども。牧場?望むところだけども。土地で資金が飛ぶんじゃないの?

「いやー、でも後から工場とか別途土地探すとかなり離れたところになりますしね。今なら大分勉強して……この辺りで如何ですか?」

 出された金額を見ると、おや。そんな広い土地で400万ドラン(4000万円)ですと?お得ではないですか!
 いや大金だけどさ。でもドーム一個分以上よ?安いと言い切っていいはずだ。

 クラインを見ると良心的な金額であると頷いている。ミリアンも、

「町の中心から馬車で2、30分位かしらね。のどかな田園地帯よ。立地は悪くないわ」

 と満更でもない様子。

 とりあえず土地を見に行こうと言う話になって、馬車で確認しに行くと、確かにのどかだ。緩やかな丘陵が広がっており、30分もかからなかった。仕事にも影響出るほど遠くもない。

 そして景色が美しい。
 風光明媚という言葉がハルカの頭にふと浮かんだ。

 背後に広がる森も、食用の魔物がいることを考えると、天然の食材置き場とも言える。

「……土地は気に入りましたけど、建物がどのくらいかかるか……工場はまだ先としても家の方は急ぎたいので」

 いきなり活動資金が減ると何かあると困るだろう。

 一緒に来ていたピーターさんは、

「仰っていたマイホームの間取りを照らし合わせて、建築資材などの費用に、大工がこの位で、下働きでこの位で、急ぎとなると……私も勉強させて頂きまして、ずばりこれで」

 貰った紙を見ると、なんと260万ドラン(2600万円)。
 別に資材をケチって安物にしてるとかはないみたいだ。じゃあ本当に人件費が安いのか。

 土地、建物合わせても6600万円でいけるということか。手持ちの3分の1強が消えるが、気にならないほどハルカはこの土地に魅力を感じていた。

「本当はもっと利益乗せて土地なら500万ドラン、建物も350万ドラン位にはなるんですけどね。
 他ならぬマーミヤ商会様ですからねぇ。他の町に行かれて大切な調味料がリンダーベルになかなか来ないとか困りますし、パティスリーとかも開かれる予定と伺っております。
 リンダーベルに定住して頂きたいので赤字が出ないぎりぎりで予算組んでますので何卒っ……私は焼き肉丼のファンなのでレストランを是非ともっ」

 ラグーンさんが地面に頭をすりつけんばかりの土下座をした。

「うちの家族は食堂で売ってたアーモンドクッキーとショートケーキが特に大好物で、出来ればパティスリーも建てさせて貰いてえ位なので、どうかここはひとつっ」

 何がここは一つだ。こんな小娘にいい歳をした大人が土下座をするのは止めて欲しい。

「あのっ顔を上げて下さい、それに赤字ぎりぎりまでしなくても皆さんだって生活があるでしょう?」

 ハルカが必死に体を起こさせる。

「分かりました。じゃ、この土地買います。500万ドランで。建物のお金も350万ドランでお願いします。利益も上がらない仕事なんかさせたくないです」

 8500万円か。仕方ない。予想より高くなったけどこの広さだし、むしろお得だ。手持ちの2分の1強消えるが、どうせ仕事してたらまた稼げるしね。

「え……宜しいのですか?」

「本当にいいのかいハルカさん?
 そらうちは助かるけどよ。普通は値切るもんだぞ」

「いえ、ちゃんと仕事さえしてくれれば問題ないです。そちらも従業員抱えて安い金で使われるの困るでしょう?
 え?私そんな守銭奴みたいですか?」

「……いや、聖女さまみてえだな」

「マルコフからも聞いてたが、ハルカさんは本当にお人柄がよくていらっしゃる」

「……他人の話されてるみたいでゾワゾワ鳥肌出るのでやめて下さい」

 二の腕をさすりながらハルカが苦笑する。

「ピーターさんは、出来ればなるべく早めに仕上げて下さるとありがたいです。住むのを楽しみにしてますので」

「おう!俺もこの町では1、2を争う腕だからな。任せとけ、いいの建てるからよ」

 
 書類手続きをするべく戻りがてら、

「あと、パティスリーの店の件ですが、戻りがてら紹介したい店があります」

 メインストリートの端っこの方だが、元々飲食店をしていた夫婦が、年老いた親と同居するとかでピノに引っ越したので売りに出している店舗があるようだ。

「実は、その隣も大分前から空いてるので、パティスリーと、ご希望ならレストランを隣り合わせで営業が可能なんですよ」

 ハルカをちらちら見るラグーンさん。
 どうしてもレストラン(いや食堂でいいだろうちのメニューは)やらせたいのね、とハルカは微妙に圧を感じる。 

「そうですね、隣り合わせというのは良いですねぇ」

 ハルカは言いながら、まあ隣なら管理するのも難しくないかと考える。

 パティスリーとレストランに関しては、ケルヴィンさんから、

「商会の運営ですから、土地と建物の改装、資材、初期投資の費用なんかは全てマーミヤ商会に回すように。お金も使わないと税金の優遇ないですから」

 と念押しされているので、ミリアンやクラインと相談して金額的なものと立地的なものを考えて決めればいい。

 なんだか物事が急スピードで進んでる気がするが、こういうのは勢いなのだろうなとハルカは考えた。



「わあ~っ厨房もあるし、広さも結構あるじゃない」

「確かにメインストリートの外れではあるが、民家も近くにかなりあるし営業には問題ないんじゃないか?」

 空き店舗に案内されると、以前も食べ物屋だったらしく、使いやすそうな厨房もあり、シンプルながら客席もある。
 隣の空き店舗も暫く使ってなかったにしては小綺麗になっていて、こちらは以前はパン屋だったとのこと。
 こちらにはなんとありがたいことにオーブンがある。ちとレトロではあるが、立派に使えるみたいだ。裏口から両方の店に目立たずに出入りまで出来る。

「……ヤバいわ、改装してオープンするまでが想像できてしまうじゃない。
 ひどいわラグーンさん、市場で買い物するレベルで2店舗とも頂くわとか言いそうになったじゃないですかっ」

 ハルカが壁にガンガン頭を打ち付けるのをクラインが慌てて止めた。

「因みに金額は?」

「元パン屋が150万ドラン、元飯屋が180万ドランです。まとめ買いですと300万ドランにさせて頂きます。これは赤字ではないです。利益は減りますが、ここに店を出して頂けるなら御の字だからです。私の自宅からも近いですし」

 ラグーンさんがうきうきした様子で揉み手をする。

「ハルカ、マーミヤ商会で買えるだろ。悩むな」

「そうよ、かなりお得よ立地も考えて」

「……商会の金を使ってくれってケルヴィンさんが言ってた……」

「そうよ~改装して素敵な店にするわよ~♪パティスリーとレストランも両方出来るじゃないの!
 どうせこの1店舗2店舗じゃないのよ?これから他の町にもどーんと展開するのよ~うふふふ。リンダーベルに『本店』があるとか、いい響きよねぇ」

「ほ、本店……でもいきなり2店舗は危なくない?」

「ハルカが今まで出してたモノを出すだけだろう?繁盛間違いなしだ」

 クラインの台詞に力強く頷くラグーンさんとピーターさん。

「オープンの時にはどーんとでかい花束贈りますよ。決めちゃいましょ?ね?」

「決めちゃえハルカ」

「……よし。女は度胸だ!買います!2つとも」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「マイホームとお店とダブルでゲットよー♪祭りよ祭りー♪」

「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!妻よ娘よ楽しみにしてろー俺が絶対内装やるぞー!」

 店舗の中ではテンションの高いいい大人達が万歳三唱をして浮かれていたが、ハルカ一人だけは、

(……勢いで私の人生最大の買い物がこんなにあっけらかんと決まっていいのだろうか?)

 と悶々と悩んでいることはそこにいた人間には知るよしもなかった。



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