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ケガの功名

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 休養は仕方ないものの、無断休業では大切な常連のお客様に心配かけてしまうと思い、ジュリアンには私の店に臨時休業の看板を出してもらうようお願いし、三日間を大人しく客間で過ごした。
 何度か傷口の消毒しがてら様子を見に来てくれた先生に、
「ひどい頭痛や目眩はないか? 吐き気などはしないかね?」
 などと色々質問されたが、さいわい特に脳なんかの問題はなさそうだった。頭が頑丈で本当に良かったとホッとした。
 ただそうなると、放置しているお店の方が気になって来る。私の生活基盤であり命綱なのだ。
 四日目にもう無理をしなければ自宅に戻っても大丈夫だろう、との先生が言ってくれたので嬉々としてジュリアンに伝え、半ば強引に家に戻ることにした。
 食事も身の回りの世話も元同僚がやってくれて助かったのは間違いないけど、やはりどうしても豪華な部屋で過ごすことも遠慮もあり気疲れもする。
 髪は傷口の関係で洗えないし、体を拭くしか出来ないのも地味にストレスだった。
 いくらケガ人だからとは言え、一番綺麗な状態で会いたい人の前で、汗臭く不潔な状態でいると言うのがどれほどの精神的ダメージであるか。こればかりは恋する乙女しか分かるまい。
 しかも相手はこの国の王子である。少女漫画なら背後にバラやカラーやパンジーの花びらが咲き乱れ、小説なら眉目秀麗、文武両道などと四文字熟語が飛び交うぐらいの物理的な完璧男子なのだ。
 正直言ってこんな人の近くに汚れた状態でいるなど拷問に近い。
 自宅に戻って風呂を沸かし、傷口を触らないように髪を洗い、体もゴシゴシと石鹸を泡立てて汚れを落とすと、ようやく人心地がついたような気がした。
「はー、スッキリした~っ!」
 体の汚れも落ちると気分も上がる。
 ジュリアンにはくれぐれも無茶はしないようにと釘を刺されていたが、四日ぶりの我が家は若干埃っぽい。窓を開け、お店の方も含めて念入りに掃除をした。
 いつも仕事を始める前と閉店後には軽く掃除をしていたが、猫が出入りするのでどうしても取り損ねた毛が隅っこに溜まっていたりする。
(売り上げを上げたいのと早く町に根付くようになるべく毎日店を開けるようにしていたけれど、ちゃんと定休日作ってきちんと細かいとこまでやるべきだなあ)
 休み休みとはいえ三時間以上かけて綺麗になった店の中を眺め、私は反省した。
 もう午後を大分回って四時前である。
 町の商店は夕方五時、六時頃には店を閉めてしまうので少し慌てた。
(……明日からまたお店も再開だし、いつまでもナイトを預かってもらう訳にはいかないよね)
 買い物支度をした私は、急いで家を出ると商店街の方へ歩き出した。


「まあトウコ! もう大丈夫なのかい?」
 食材を買い終えて自宅に戻ると、お菓子とスモークチキンやサーモンを持ってキャスリーンのところへ向かった。彼女は大体仕事を終えて五時半か六時頃に戻っている。
「はい、傷口の抜糸も一週間か十日ぐらいで出来るそうです。このたびはナイトまでお世話になってしまって……本当にありがとうございます。これ、自家製のクッキーとパウンドケーキなんですがよろしければ。あとパフのおやつも持って来ました」
「まあまあ、そんな他人行儀な。お土産は嬉しいけど早くお入りよ。ナイトも元気にしてるよ」
 キャスリーンは笑顔で軽く私を抱き締めると、手を引っ張るようにして居間に連れて行かれた。
『おいおいトウコじゃねえか! 心配してたんだぞ! 元気そうでホッとしたよ』
 ソファーでパフと何か話していた様子のナイトが弾んだ声を上げると、ソファーから飛び降りてコツコツとギプスの板の音を響かせながらこちらにやって来た。
「ナイトの方こそ大丈夫なの足の方は?」
『おう全然平気だぜ! 前足曲げられねえから、ちっと飯を食うのと移動するのが面倒だけどよ』
 そう答えたナイトは、私を見上げる。
『──だがなトウコ。俺も反省すべきだと思うが、お前も沢山反省すべきだと思うぜ』
「そうだね。ごめんなさい」
 私は素直に頭を下げた。
『お互いに反省、ってこったな』
 背後で私たちの様子を眺めていたキャスリーンが「羨ましいわあ」とため息を吐いた。
「え? 何がですか?」
「だってナイトとトウコは話が出来るのに、私とパフは話が出来ないんですもの。いえね、それが当たり前で一般的なのは分かってるんだけど、身近に話が出来る人がいるとやっぱりほら、いいなあって思っちゃうのよね」
「ああ、そうですよね。家族なのでもう自然な気がしてましたけど……」
 もうナイトと話が出来ない状態は考えられない。
 シチューを作ってあるから是非一緒に夕食をと誘われ、帰って食事を作るのも面倒だったので有り難く頂くことにして、ナイトたちには持って来たスモークチキンを与えることにした。
 食後のお茶の時に、この機会にパフとナイトの件について打ち明けてしまおうと思い、私はさり気なく切り出した。
「あのう、実はですね……」
 彼らがお互い好意を持っているので将来的に夫婦にしてあげたいこと、その際に出来たら一緒に暮らさせたいと考えていることを伝えた。
「ただ、パフもキャスリーンおば様のことが大好きだそうですし、私もナイトは唯一の家族なので離れたくはないし……で少々悩んでしまいまして」
「……まあまあまあまあ! そうだったの!」
 そっと顔を見ると、キャスリーンの頬は興奮で紅潮しているようだった。
「いつも仲良しねえと感じてたんだけど、助けてもらったからなのかな、ナイトは元々面倒見が良さそうだし、とか少しヤキモキしてたのよ。でもそうだったのね、嬉しいわあ、パフとナイトが夫婦になるなんて! 私はもちろん大賛成よ!」
 彼女はものすごいハイテンションになっているが、肝心なことを忘れていないだろうか。
「でも一緒に暮らすには色々と解決すべき問題があるんじゃないかと……」
「問題なんてないわ。私はパフと一緒に暮らせて幸せだったけれど、パフだって自分の人生……猫生? を幸せに生きる権利があるもの。好きな相手がいて、相手の家でも幸せに暮らせるだろうと思えば、私はいつでもお嫁に送り出すわ!」
 キャスリーンはパフを抱き上げると頬ずりをして、
「私のことは心配しないでね。ずうっとナイトと仲良くするのよ」
 とパフに語り掛けている。パフはウニャウニャ何かを言っているようだ。
 ナイトがてしてしと私の足を叩き、
『トウコの家で暮らすようになっても時々会いに来てもいいか? って聞いてる』
 と言われたのでそのままキャスリーンに伝えると微笑んで涙を見せた。
「パフったらもう! そんなこと当然じゃないの! ここはあなたの実家なんだから。絶対に幸せになるのよ?」
 ゴロゴロと喉を鳴らすパフを撫でながら、私は責任重大だなあ、と心を引き締めた。
 キャスリーンがふと顔を上げ私を見た。
「──あのね、トウコ……もし、もし良かったらでいいんだけど」
「……?」
「彼らに子供が沢山産まれたら、いくら可愛くても全員を育てるのは大変でしょう? だから里子に出すならうちにしてくれないかしら? そうしたらパフたちも遊びに来やすいだろうし、私も寂しくないわ」
『おお、それはいい考えだな! パフもそうしてくれたら嬉しいってよ』

 ──私は十代でめでたく花婿の親となることが決まったようである。
 家族も増えることだし、稼ぎ頭として今後もせっせと働かなくては。ふっふっふ。
 やる気がみなぎって疲れも吹き飛ぶ思いだった。
 これもケガの功名って言うのだろうか。



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