上 下
48 / 51

ナイトのことは言えない

しおりを挟む
「パフは大丈夫だったんだね。良かった……キャスリーンおば様に余計な心配を掛けずに済んだわ」
 普段お世話になっている動物病院へ行きナイトとパフを見てもらったが、パフは撫でられるのが痛くてすぐ逃げたのと、パフを踏んでいた貴族の男性も流石に抑え込んでいるだけで、命に関わるほど全体重を掛けていることはなかったようだ。
 問題はナイトである。
 蹴り飛ばされた時に足に強く当たったようで前右足が骨折しており、少し切れて血も出ていた。
 幸い切り傷は大したことがなかったし、足については細い板のような物を使って簡易のギプスのように固定が出来、二、三週間ぐらい大人しくしていれば元通り動かせるだろうとのことでホッとした。
 先生にお礼を言って病院から出て帰る道すがら、私は横抱きにしたナイトを覗き込んだ。
「……ちょっとナイト、私言ったわよね? あなたは大事な家族なんだから、絶対に危ない真似はしないって。約束したわよね? どうしてああいう無茶をするのよ?」
 安心したら怒りも湧いて来るものだ。彼に万が一のことがあったら今の私は一人ぼっちなのだ。せめて寿命までは元気に生きていてもらわないと。
 思わず説教じみた口調になっても仕方ないだろう。
『本当にすまねえ。俺も夢中だったもんで咄嗟にカバー出来なくてよ。だけどよ、自分の女も守れないような男なんてダメだろ? 自分だけ逃げるような真似は出来ねえよ』
「それはそうだけど……え? 自分の女? ちょちょ、ナイト、あなたパフと付き合ってたの?」
 意外な話が出て来たので思わず問い返した。
『付き合う? っつうのは良く分かんねえけど、俺はパフが好きだ。ツガイにするならパフって決めてる。何か一緒にいて居心地がいいし、トウコと同じぐらい安心感がある』
「パ、パフの気持ちはどうなの? ちゃんとその、結婚の申し込みって言うか」
『ん? パフも俺のことは好きだってさ。ただケヴィンの家に住んでいるから、自分のワガママで勝手なことは言えないって。ご飯も食べさせてもらってるしとても可愛がってくれるから、今すごく幸せなんだと。だから焦るつもりもないし、俺もいずれはトウコに話をしてもらおうと思ってたんだ、ケヴィンの母ちゃんに。ほら、もしツガイになれてもどっちの家で暮らすかとか色々あんだろ?』
「そ、そっか」
 私が思った以上に動揺している姿を見て、ジュリアンとニーナが首を傾げる。
「どうかしたのトウコ?」
「問題があればすぐに話してくれ。こちらも対応しやすいからな。あの貴族連中に関することか?」
「いえ、そうではなくて……」
 私が話すとニーナは満面の笑みで手を叩いた。
「あら素敵! 二人が結婚したらいずれ子供も産まれるわよね? もしかしたらナイトみたいにトウコと話せる子たちもいたりして? ふふふ、そうしたら素晴らしいわね」
「それはどうでしょうね? 私とナイトは違う国から来た迷い人だからだと思いますし」
 迷い人って言ってもナイトは人じゃないんだけど。
 そりゃあ話が出来たら楽しいだろうけど、過度な期待はしない方がいいだろう。
「もしナイトとパフの子供が沢山産まれたら、楽しみだな」
 ジュリアンも笑みを浮かべて頷いている。
『なあトウコ、パフが恥ずかしがってるからもうその話はやめてくれ。第一まだツガイになれるかも決まってねえんだからさ』
「あ、ごめんごめん」
 今日は血の気が引くほど心配したり、花婿の母みたいな高揚した気持ちになったりと感情が上下して忙しい。
 それにしても、ナイトのケガが思っていたほどひどい状態でなくて心から安心した。
 私の声に反応しなかったのも、一時的に木に頭が当たった衝撃で気絶しただけらしいし。後頭部に少したんこぶは出来てるけど、コイツは健康過ぎるぐらい健康だし、骨も丈夫だから心配ないだろうとのお医者さんの言葉にも勇気づけられた。
 ふーん、そうかあ。ナイトとパフがねえ。良くパフのところに遊びに行きたがったけど、あれは単純に仲間の様子を見るとかでなく好意からだったのか。私も大概察し力がないわね。
 私は家族が増えるのは大歓迎だしパフも大好きだけど、キャスリーンおば様に何て言えばいいかなあ。困った困った。でも嬉しい悲鳴ってやつかなこれは。何とか成就させてあげたい。
 祭りの後は馬車で王宮に戻るつもりだったようだが、ジュリアンもニーナも心配だから、と私たちを送ってから帰ると言う話になり、護衛の二人は停車場に止めていた馬車を取りに戻って行った。ケヴィンの家の先(といっても十五分も掛からないが)に私の店兼自宅があるので、ケヴィンの家のところまで運んで来て、その後私の家まで送ってくれるとのこと。
 遠慮したが拒否された。
 本音を言えば少々精神的に疲弊していたので、助かったと言う気持ちはある。
「ケヴィンの家にも挨拶してパフが戻るのが遅れた状況説明する責任もあるしね」
「ありがとうございます。さっき助けて頂いたことも本当に感謝しています」
 私は頭を深く下げる。正直、あの場にジュリアンたちがいたから穏便に収まったのだ。
「気にすることないのよ。トウコやナイトは私たちの友人だと思ってるし、パフだってこれからナイトとトウコの家族になるかも知れないんだもの。私たちで役に立つならいくらでも。……でも最近は傲慢な後継者が増えたものねお兄様」
「そうだな。自分たちは先祖の功績があるから単に貴族の家の子に生まれただけであって、知識も教養も見識も自分で身につけ成長せねばならぬのに。あれでは自分たちが一番守らねばならぬ領地の民をもないがしろにするんじゃないかと不安しかない」
 憂鬱そうに語るニーナとジュリアンを眺めながら、
『王子様たちは難しい話してんなー。そういや腹減ったな。トウコ、今日はこないだの魚の焼いたの食いたいな。あれは美味かったぜ』
 などと呑気なことを言うナイトの頭をぺしっと叩いていた私は、ふと視線を感じた。そっと目をやると、四、五人の赤ら顔の若い男たちが酒びんを抱えて笑っている姿が見えた。
(……道端で飲むぐらいならバーで飲んでくれればいいのにな)
 何度か絡まれたことがあるので道端の酔っ払いは苦手である。
 早く遠ざかろうと思って少し早足になった時、背後を見ていたナイトが慌てたように
『おい王子様危ねえっ!』
 と声を上げた。
 私はそれを聞いて反射的に体当たりでジュリアンを突き飛ばした。
 すいません手が使えなかったもので思いっきり行っちゃって。あとで謝らなきゃ、などと考えていたら頭にすごい衝撃が走った。
『トウコ!』
 立っていることも出来ず、私はその場にうずくまったが、後頭部を触った手には結構な血が付いていた。情けないことに自分の血に驚いて気を失ったのか、ひええ、と思ったその後の記憶はない。
 目覚めた時には自宅ではなく、ハイキングの時と同じ見慣れた王宮の来客用の寝室であった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...