上 下
8 / 51

ナイトも働くことになりました

しおりを挟む
 小説で読んでいたような【自分だけに優しい世界】なんてものは私の場合は存在しなかった。
 仕事をしなくては給料も出ないし、貴族の人たちが王宮のあちこちをうろついているので気苦労も絶えない。私が迷い人だということは、王宮でも国王やほんの一部の人たちしか知らないので、私は名目上単なる平民の小娘メイドなのである。まあ実際に平民の小娘なんですけどもね。

「迷い人の持っている知識を悪用して商売に役立てようとしたり、存在自体が希少だからと他国に売り払ったりするような輩もおるからのう」

 と学者のお爺さん、もといベルハンが隠している理由を教えてくれた。
 本日はお休みの日で私とナイトはベルハンの研究室を訪れていた。

『なるほどなあ。そうすっとアレか、トウコは隠されたお宝みたいなもんだな』
「すごいお宝と思われてる一般人ってことよ。だってベルハンさんみたいな学者さんでもないし、普通の学生だったんだもの」
『でも俺だってトウコとしか話も出来ないただの猫だぞ? この爺さんとこに来ても、別に大した話出来ないしさ。もう一カ月近いじゃん。これっていつまで続くんだろうなー?』

 ナイトがぼやく。ベルハンがナイトの発言を尋ねたがってるのが分かったので説明した。私は常にナイトの通訳である。

「……うむ。まあ確かにお前さんは普通の猫かも知れないが、何しろ人と語り合える猫など今までおらんかったし、調査はせねばな。もしかすると国の役に立ってくれることもあるかも知れんじゃろ?」
『お? 情報を盗み聞きしてくるとか、悪いヤツが悪いことをしてる証拠を集めるとかかな? 俺格好いいな!』
「──と本人は言ってますが、危険なことだけは絶対にダメです。彼は私の家族なので」
「ほっほっ、分かっとるよ。まあ会話出来るとは言ってもトウコを通せばの話で、逆に言えばトウコが何を言っても私らには気づかんからの──これこれ、怖い顔をするでない。別にお主が嘘ばかりついていると思ってはおらんよ。だがもし、ワシらに都合が悪いような……ナイトや自身の身に危険な情報を知った場合、正直に言えばせんじゃろう?」
「……まあそれは確かに」
「じゃからな、ナイトからの情報を確認出来るのがトウコだけ、真実か嘘か確認出来るのもトウコだけでは、スパイにはなれぬな。この国への忠誠心なども皆無じゃろうし信頼性に欠けるわい」
『そっかー、言われてみればそういうもんか。しょうがねえな』
「じゃが、ナイトが町中を歩いていてたまたま何か気になることがあったり、犯罪……犯罪って分かるかの? 女性に乱暴しようとしたり、お金を巻き上げようとしたり、殴り合ったりしている悪い良くないことだ、そういうのがあったら教えて欲しいと思うとる。最近は治安も悪いようだしな。──ほれ、ケヴィンを覚えておるか? 騎士団長でお主たちを王宮に連れて来た」
『分かるぞ』
「騎士団でケヴィンとその時の直属の部下たちだけはお主らのことは知っている。もちろん口止めはしているが、何しろ第一発見者だからな。彼らを王宮の入り口の詰め所に配置しているから、誰か人手が欲しい時はすぐそこに行きなさい。話はしておくから、言葉が分からなくても、誰か必ずついて来てくれるはずじゃ」
『おっ! 町の安全を守るってやつだな! 俺も仕事があるって訳だ! ……そんで、給料は出るのか?』
「こら、図々しいでしょ!」

 私が通訳をしつつ慌てる。

『だってよう、トウコにずっと美味いメシ食わせてもらってるんだしさ、俺だって自分の食事代ぐらいは稼ぎたいじゃんか』

 ベルハンは私の説明に大笑いした。

「そうじゃな。もっともな話だ。月に一万マリタンでどうじゃ? もし何か手柄を上げたら五千マリタンプラスだ」

 一マリタンの価値は大体日本での一円程度。百マリタンで丸パンやが買えたりスタンドで紙コップのお茶が買えたりする。ちなみに私の給料は十五万マリタンである。寮の家賃や食事代、水道光熱費でたった三万マリタンしか掛からないので、仕事量の割には高給取りだ。

『……なあトウコ、その一万マリタンで俺の食事代は出るのか?』

 ナイトは私を見て尋ねた。

「充分だよ。少し贅沢なご飯も出せるよ」
『よし。じゃあそれでいいよ爺さん! 給料はトウコに渡してくれよな!』
「分かった分かった。じゃあ先払いしておくから明日から頼むぞ」
『おう、任せときな!』

 ナイトは座っているベルハンの膝に乗り、てし、と二の腕を前足で叩いた。

「これは、任せとけ、という意味かの?」
「あ、説明する前に良くお気づきで」
「身振りで大体分かるもんじゃな。ナイトよ、町の平和を守るのだ、期待しとるぞ」
『よっしゃーやるぜやるぜー俺は仕事の出来る猫だぜーっ♪』

 床に降りて走り回り、やたらとテンションが上がったナイトを見つつ、ベルハンに小声で囁いた。

「あの子、調子に乗りやすいのであまり持ち上げないで下さいね」
「おう、すまんすまん。だが、町を目的もなしに散歩するよりはいいじゃろ? トウコが仕事をしている間は暇だろうしな。彼が友人を作る合間で構わんし」
「……そうですね」

 無謀なことだけはさせないよう言い聞かせないと、と思いつつ、ナイトが食事代を稼ぎたいと思ってくれていたことが嬉しく、少し感動してしまった。エエ子やないか。
 ……いや、猫って一歳で人間の十八歳ぐらいで二歳までに六歳上がって二十四歳、その後四歳ずつ年を取るみたいなことどっかの本で読んだな。そうするとナイトは三歳としても二十八歳、四歳でも三十二歳か。私より大人だったわ。猫は卑怯だなー、年を取っても見た目がずっと可愛いんだもん。
 大人でもいいや、今夜は帰りに魚の切り身を買って就職祝いに焼いて上げよう。
 私は普段の食事は朝と昼は用意されている。夕方で仕事が終わるので、その後届けを出せば外食も出来るし寮の住人が使えるキッチンで自炊も出来る。私はナイトが一緒なので基本夜は自炊で、その時にナイトの夕食と朝食の分を用意している。王宮の寮だけあって、ちゃんと大きな冷蔵庫も寮の住人のために用意されている。個別ではなく、いわゆる名前を書いて保存するものだが、大抵の人たちは作るのが面倒だからと外食が多く、キッチンも冷蔵庫もほぼ私と数名ぐらいしか使ってない。
 メアリー以外の子とも仲良くなれたら、何かお菓子でも作りたいな。
 ……ジュリアン王子とも、お菓子とかで仲良くなれるきっかけになると良いんだけれど、メイドの作ったものなんてきっと食べないだろうなあ。
 国王から言われたからというのもあるけれど、人生が楽しくなさそうな感じのジュリアン王子が、何とか普通に喜怒哀楽を出せるようになるためにはどうしたら良いのか、と仕事に慣れて来た私は考えるようになっていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...