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いつまでもは難しい
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「マーブル先生、お疲れ様です」
「いやー、本当に五店全部回って下さるなんて、本当にお疲れ様でしたな。まま、アイスティーとパウンドケーキをご用意しましたので、こちらでくつろいで下さいよ」
「すみません、ありがとうございます」
サイン会も滞りなく終わり、新作の打ち合わせも兼ねてホール出版社に来た私は、デンゼル社長に加えミケール、シャロルなどベテランの編集と一緒にソファーで一休みしながら話をしていた。
そして顔合わせと称して二人の男性の新人編集者を紹介された。
マックスとモリスと名乗った彼らは、どちらも二十代前半ぐらいだろうか。なかなか快活で真面目そうな青年たちだ。今度から原稿の受け取りは主にこの二人が担当するとのこと。
この人たちも名前がMなのか。考えてみればミケールもMだ。気がつけば周囲にもMから始まる名前が多すぎる。
いつまでも名前がMからというだけでいちいち疑ってはいられないし、弟の言う通り、手紙だからテンションが高くなって、思い込みの激しい内容になっただけなのかも。考えすぎならそれに越したことはない。
クレイドに相談しようかと考えたこともあったが、ファンからの手紙を大切に保管して、時々ワインを飲みながら嬉しそうに読み直してたりする彼に、自分のファンがちょっと怖いのだとは言いづらかった。私宛の手紙のことで、彼のファンへの思いに泥を塗るような真似をするのははばかられる。
「お、そういやマーブル先生、実は今夜、近くの店で我が社の新人歓迎会があるんですよ。技術職と事務含めて六人ぐらいまとめて雇ったもんで」
「へえ、そうなんですか」
「普段はお仕事で余り外に出られないでしょうし、少しだけでもいいのでマーブル先生もいらっしゃいませんか? 先生のファンの女の子もいるので、顔を出して下されば、仕事のやる気も上がるんじゃないかと思うんですよ。あ、勿論お城の方には連絡しておきますし、帰りは馬車で城までお送りしますよ。遠いし女性に夜道は危ないですからなあ」
デンゼル社長の言葉に、そう言えばこの国に来てから、仕事の付き合いどころか、町にある飲食店に入ったこともなかったと気づく。
友人と言えるのは、城で働く人たちやよその魔王様たちぐらいだから、城で大抵完結してしまうからだ。
今後も仕事でお世話になる人たちだし、まあこれも社会勉強かと思い、
「仕事もありますので、少しだけで良ければ……」
と答えていた。
「おお有り難い! マーブル先生のような大人気マンガ家が参加するなんて、みんな大喜びしますよ! 早速城への連絡も手配しておきますわい」
サスペンダーを引っ張りぺしんと離すと、笑顔でデンゼル社長が立ち上がった。忙しさで節制もしてないのに、何とズボンが三サイズも変わりましてなあ、と先ほど自慢げにスッキリしたお腹を見せた社長だが、サスペンダーを引っ張る癖は抜けないらしい。私は笑顔になり、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「先生、乾杯しましょう乾杯!」
「はーい、かんぱーい」
「すみませんマーブル先生、職権乱用ですみませんが、鞄にちょうど入っていたので、新刊でなくて申し訳ないのですがサインを頂けないでしょうか?」
「はいはい、喜んでー」
歓迎会はビストロのようなこじんまりした店で行われたが、そこを貸し切りにしたようで、中にはホール出版社の人間しかいない。全部で二十人前後だろう。無関係の人がいないのは彼らも気楽なようで、皆ワイワイと陽気な声で話したりグラスを合わせる音があちこちで聞こえ、私も甘いカクテルのようなお酒をちびちび飲み、一緒に楽しんでいた。料理もシンプルだが美味しい。コショウを利かせたポテチが山盛りにされていたのを見て、思ったより広まってるんだなあ、と少し嬉しくなった。
だが、みんながみんな酒癖が良い、という訳でもないようだ。ねちっこく絡んで来る人や態度が横柄になる人もいたりして、軽くあしらってたりするうちに少々疲れが出て来た。元々が大勢の人がいるところが苦手な引きこもり体質なのだ。
あまりお酒も強くないので、一杯だけ飲んだ後は、果実水やミントの入った水を飲んだりして一時間ほどお付き合いすると、近くに座っていたデンゼル社長に「私はそろそろ……」と声を掛けた。
「おうマーブル先生、今夜は誠にありがとうございました! 馬車は予約しとりますので、ちょっと待っとって下さいよ。おーい、シャロルー」
少し離れた席で仲間と仕事の話をしていたシャロルがやって来た。
「おい、マーブル先生の馬車を」
「あ、はい! すぐ呼びますね。──あの社長、私も明日の朝打ち合わせが早いもので、先生と一緒に失礼して良いでしょうか?」
「仕事は大事だからな。構わんよ」
「あー、僕も仕事に影響出ると困るのでそろそろ帰りますー」
話を聞いていたミケールも手を挙げた。彼もお酒が弱いのか顔が結構赤い。
「分かった分かった。ベテラン勢はみんな仕事熱心だなあ。感心感心」
デンゼル社長の声に、「あ、俺たちまるで仕事どうでもいいみたいじゃないですか」「差別だ差別だ」などと笑いながら声を上げている。
「言葉のあやじゃないか。お前らも良く働いてる大事な社員だ。ほれツマミがないぞ。ナッツとポップコーンでも頼め。あ、甘いのはダメだぞ、バターと塩の利いたやつな」
「はーい」
またみんながワイワイと楽しく飲み出したのを眺めていると、さほど時間もかからずにシャロルが馬車が来ました、と教えてくれた。
「すみません、歩くの面倒なので、家の近くまでご一緒させて頂いてもいいですか?」
「あ、僕も方向一緒なのでついでにお願い出来れば有り難いです」
「もちろんどうぞ。経済的ですしね」
大人三人が乗ると少々窮屈ではあったが、少しの間の話である。
五分ほどで先にお礼を言いながらシャロルが降りた。ミケールさんの家は町の外れの方らしい。
「じゃあ会社まで結構な距離じゃないですか?」
「そうですね。三十分ぐらいかかります。まあ運動不足解消にもなりますのでいいんですけどね。はははっ」
と笑顔を見せたが、ふと真顔になった。
「──ところでマーブル先生」
「はいなんでしょう?」
「いつまでお城で暮らしておられるんですか?」
「いつまで、と申しますと? ……ああ、原稿取りに来るのがやはり大変なんでしょうか?」
「ああいえ、そうではなく、マーブル先生も今後家庭を持ったりするでしょうし、ポテチ先生も独り者ですよね? そのう、夫婦でもない独り身同士の男女が住んでいるというのは、世間的な目とかもありますし、変な噂が立ってもいけませんから、気をつけられた方が良いかと」
「……ああ、なるほど」
──そうか。お世話になった時からずっと大きな城の中で暮らしているし、仕事が忙しいとお互いに食事の時ぐらいしか顔も合わせなくなったりするので、気にも留めていなかったが、同棲みたいな感じになってしまうのか。
居心地がいいので、しばらくはこのままお世話になろうかと思っていたが、クレイドだって女癖が悪いとか思われたら良くないだろう。私も男にだらしがないとか思われているのかな。
幸いにも仕事での収入は多く、城にも食費など毎月収めているが、貯まっていく一方だ。元々贅沢をしたい人間でもないので、家賃や生活費などが発生しても一人で暮らしていく分には困らない。炊事洗濯も日本での一人暮らしが長かったお陰で困らない程度には出来る。
「あ、すみませんここで降りますー」
御者に声を上げると、「すみません偉そうに先生の生活に口出しして。個人の感想なのでお気になさらずに」とお辞儀をして降りて行った。
(……確かに、独立……した方が良いよねえ……)
大好きなクレイドのそばにいたい、というのは私の我が儘だ。恋心を実らせらせるつもりもなく、だがせめて片思いでも近くにいたい、役に立ちたい、という自分勝手な感情である。
「いつまでもこのままじゃいけないよね……」
帰りの馬車の中で、私はずっと考え込んでいた。
「いやー、本当に五店全部回って下さるなんて、本当にお疲れ様でしたな。まま、アイスティーとパウンドケーキをご用意しましたので、こちらでくつろいで下さいよ」
「すみません、ありがとうございます」
サイン会も滞りなく終わり、新作の打ち合わせも兼ねてホール出版社に来た私は、デンゼル社長に加えミケール、シャロルなどベテランの編集と一緒にソファーで一休みしながら話をしていた。
そして顔合わせと称して二人の男性の新人編集者を紹介された。
マックスとモリスと名乗った彼らは、どちらも二十代前半ぐらいだろうか。なかなか快活で真面目そうな青年たちだ。今度から原稿の受け取りは主にこの二人が担当するとのこと。
この人たちも名前がMなのか。考えてみればミケールもMだ。気がつけば周囲にもMから始まる名前が多すぎる。
いつまでも名前がMからというだけでいちいち疑ってはいられないし、弟の言う通り、手紙だからテンションが高くなって、思い込みの激しい内容になっただけなのかも。考えすぎならそれに越したことはない。
クレイドに相談しようかと考えたこともあったが、ファンからの手紙を大切に保管して、時々ワインを飲みながら嬉しそうに読み直してたりする彼に、自分のファンがちょっと怖いのだとは言いづらかった。私宛の手紙のことで、彼のファンへの思いに泥を塗るような真似をするのははばかられる。
「お、そういやマーブル先生、実は今夜、近くの店で我が社の新人歓迎会があるんですよ。技術職と事務含めて六人ぐらいまとめて雇ったもんで」
「へえ、そうなんですか」
「普段はお仕事で余り外に出られないでしょうし、少しだけでもいいのでマーブル先生もいらっしゃいませんか? 先生のファンの女の子もいるので、顔を出して下されば、仕事のやる気も上がるんじゃないかと思うんですよ。あ、勿論お城の方には連絡しておきますし、帰りは馬車で城までお送りしますよ。遠いし女性に夜道は危ないですからなあ」
デンゼル社長の言葉に、そう言えばこの国に来てから、仕事の付き合いどころか、町にある飲食店に入ったこともなかったと気づく。
友人と言えるのは、城で働く人たちやよその魔王様たちぐらいだから、城で大抵完結してしまうからだ。
今後も仕事でお世話になる人たちだし、まあこれも社会勉強かと思い、
「仕事もありますので、少しだけで良ければ……」
と答えていた。
「おお有り難い! マーブル先生のような大人気マンガ家が参加するなんて、みんな大喜びしますよ! 早速城への連絡も手配しておきますわい」
サスペンダーを引っ張りぺしんと離すと、笑顔でデンゼル社長が立ち上がった。忙しさで節制もしてないのに、何とズボンが三サイズも変わりましてなあ、と先ほど自慢げにスッキリしたお腹を見せた社長だが、サスペンダーを引っ張る癖は抜けないらしい。私は笑顔になり、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「先生、乾杯しましょう乾杯!」
「はーい、かんぱーい」
「すみませんマーブル先生、職権乱用ですみませんが、鞄にちょうど入っていたので、新刊でなくて申し訳ないのですがサインを頂けないでしょうか?」
「はいはい、喜んでー」
歓迎会はビストロのようなこじんまりした店で行われたが、そこを貸し切りにしたようで、中にはホール出版社の人間しかいない。全部で二十人前後だろう。無関係の人がいないのは彼らも気楽なようで、皆ワイワイと陽気な声で話したりグラスを合わせる音があちこちで聞こえ、私も甘いカクテルのようなお酒をちびちび飲み、一緒に楽しんでいた。料理もシンプルだが美味しい。コショウを利かせたポテチが山盛りにされていたのを見て、思ったより広まってるんだなあ、と少し嬉しくなった。
だが、みんながみんな酒癖が良い、という訳でもないようだ。ねちっこく絡んで来る人や態度が横柄になる人もいたりして、軽くあしらってたりするうちに少々疲れが出て来た。元々が大勢の人がいるところが苦手な引きこもり体質なのだ。
あまりお酒も強くないので、一杯だけ飲んだ後は、果実水やミントの入った水を飲んだりして一時間ほどお付き合いすると、近くに座っていたデンゼル社長に「私はそろそろ……」と声を掛けた。
「おうマーブル先生、今夜は誠にありがとうございました! 馬車は予約しとりますので、ちょっと待っとって下さいよ。おーい、シャロルー」
少し離れた席で仲間と仕事の話をしていたシャロルがやって来た。
「おい、マーブル先生の馬車を」
「あ、はい! すぐ呼びますね。──あの社長、私も明日の朝打ち合わせが早いもので、先生と一緒に失礼して良いでしょうか?」
「仕事は大事だからな。構わんよ」
「あー、僕も仕事に影響出ると困るのでそろそろ帰りますー」
話を聞いていたミケールも手を挙げた。彼もお酒が弱いのか顔が結構赤い。
「分かった分かった。ベテラン勢はみんな仕事熱心だなあ。感心感心」
デンゼル社長の声に、「あ、俺たちまるで仕事どうでもいいみたいじゃないですか」「差別だ差別だ」などと笑いながら声を上げている。
「言葉のあやじゃないか。お前らも良く働いてる大事な社員だ。ほれツマミがないぞ。ナッツとポップコーンでも頼め。あ、甘いのはダメだぞ、バターと塩の利いたやつな」
「はーい」
またみんながワイワイと楽しく飲み出したのを眺めていると、さほど時間もかからずにシャロルが馬車が来ました、と教えてくれた。
「すみません、歩くの面倒なので、家の近くまでご一緒させて頂いてもいいですか?」
「あ、僕も方向一緒なのでついでにお願い出来れば有り難いです」
「もちろんどうぞ。経済的ですしね」
大人三人が乗ると少々窮屈ではあったが、少しの間の話である。
五分ほどで先にお礼を言いながらシャロルが降りた。ミケールさんの家は町の外れの方らしい。
「じゃあ会社まで結構な距離じゃないですか?」
「そうですね。三十分ぐらいかかります。まあ運動不足解消にもなりますのでいいんですけどね。はははっ」
と笑顔を見せたが、ふと真顔になった。
「──ところでマーブル先生」
「はいなんでしょう?」
「いつまでお城で暮らしておられるんですか?」
「いつまで、と申しますと? ……ああ、原稿取りに来るのがやはり大変なんでしょうか?」
「ああいえ、そうではなく、マーブル先生も今後家庭を持ったりするでしょうし、ポテチ先生も独り者ですよね? そのう、夫婦でもない独り身同士の男女が住んでいるというのは、世間的な目とかもありますし、変な噂が立ってもいけませんから、気をつけられた方が良いかと」
「……ああ、なるほど」
──そうか。お世話になった時からずっと大きな城の中で暮らしているし、仕事が忙しいとお互いに食事の時ぐらいしか顔も合わせなくなったりするので、気にも留めていなかったが、同棲みたいな感じになってしまうのか。
居心地がいいので、しばらくはこのままお世話になろうかと思っていたが、クレイドだって女癖が悪いとか思われたら良くないだろう。私も男にだらしがないとか思われているのかな。
幸いにも仕事での収入は多く、城にも食費など毎月収めているが、貯まっていく一方だ。元々贅沢をしたい人間でもないので、家賃や生活費などが発生しても一人で暮らしていく分には困らない。炊事洗濯も日本での一人暮らしが長かったお陰で困らない程度には出来る。
「あ、すみませんここで降りますー」
御者に声を上げると、「すみません偉そうに先生の生活に口出しして。個人の感想なのでお気になさらずに」とお辞儀をして降りて行った。
(……確かに、独立……した方が良いよねえ……)
大好きなクレイドのそばにいたい、というのは私の我が儘だ。恋心を実らせらせるつもりもなく、だがせめて片思いでも近くにいたい、役に立ちたい、という自分勝手な感情である。
「いつまでもこのままじゃいけないよね……」
帰りの馬車の中で、私はずっと考え込んでいた。
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