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脳がバグりました

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 マンガというものは、「読むのは大好きだが描くのは思ってた以上に大変である」と言うのは経験で知ることが多い。
 そして、言われたことを言われた通りに素早くやることは得意でも、自分で一からストーリーを考えて、それに沿った展開、コマ割りにするとか、細かい場面背景を厭わず描いたり魅力的なキャラクターを創り上げるのがしんどい、という人も少なからずいる。

 今回の生徒たち一六〇人の中でも、自分はマンガ家ではなく、培った技術を活かしてアシスタントとして仕事で携わりたい、と言う人が複数現れたように、学んだ人全てがマンガ家として面白い作品を世に送り出したい、楽しめるものを描きたいと思っている訳ではないことを自覚するケースも多い。
 当然ながら、自分に才能がないと見切りをつけた人もいれば、単純にサポートする側に向いていると考える人もいる。
 マンガ家になれることが全てではない、と冷静に判断出来る人が多いのは、地に足がついた現実的な人が多いからであろう。好きだから、で簡単に収入が得られるほどマンガの世界は甘くないからねえ。逆に好きじゃなければ続けられないキツい仕事でもあるのだけども。

 お陰でと言っては何だが、他の町の学校で指導教師として働くことに前向きな人もクラスごとに数名はいたので、各地のマンガ学校の建設にはゴーサインが出せそうで一安心だ。
 私のところは単に指導出来る人間がいなかったので私一人だったが、やはり複数の教師がいた方が自由が利くだろうし、仲間同士で指導方針についても話し合いが出来るだろう。三、四人ずつ派遣するような形で話がまとまりそうだ。良かった良かった。

 そして、これだけ大規模で教える土台が出来るならば、もう指導マニュアルを作成するのが一番手っ取り早い。
 私は授業の合間や睡眠時間を削ってマンガに関する一通りの手順、簡易的だが人物の描き方、動物の描き方、マンガのコマ割りのやり方、見せ場の作り方、ストーリーの起承転結の使い方、など思いつく限りの方法を描きまくり、ホール出版社で【マンガ家になるために】というマニュアルを作って沢山印刷して貰った。勿論費用はニートもとい現在滞在中の魔王たちである。

 彼らも教師の件が何とかなりそうだという返事を聞いて、早速学校や教師のための寮の建設など、現地から部下や業者を呼び寄せて会議室などで話し合いをしているようだ。いやだから帰ってやれやそれは。
 ついでに料理人も呼んで、ポテチの作り方と油の適切な温度、塩味以外に変わりダネで乾燥バジルを散らしたものや、バターを利かせたものなどをコック長のルゴールさんから聞いて実践中らしい。
 中にはここのようにオーク種の料理人もいて、手が大きいので芋を薄く切るのは他の種に任せなければ、などと相談している。これもまた技術が発展したら、自動スライサーなどが出て来て楽ちんになるのかもね。

 でも流石にコックを呼び寄せて、ポテチなんて切って揚げるだけの簡単なものだけしか教えないのも申し訳ないと思ったので、乾燥コーンを使ったポップコーンの作り方も教えた。この国では良く軒先にトウモロコシを干していて、普段使いのスープなどに入れたりしているので、材料費などもそんなに掛からないだろうと思ったためだ。日本でも百均などでも乾燥コーンが売っていたので時々買っておやつに作っていた。

「材料はバターと乾燥コーンと塩だけです」

 私は厨房で作り方を説明する。蓋をして数分で室内にバターの良い香りが漂い、ポンポンとコーンが弾ける音がする。少し待てば出来上がりだ。

「おお、コーンがこんなに膨らむとは」
「触感がいいな。病みつきになりそうだ」
「リリコさんの国では料理に様々な工夫がされているのだな。流石に繊細な絵のマンガが発展している国だけある。私たちも精進せねば」
「あ、いえそんな大げさなものでは」

 自分が考案したものでもないし、大した手間も掛からないものを褒められるのは気恥ずかしい。
 ルゴールさんに「後で沢山作って部屋に運んどくな。これなら下処理もいらないから俺にも簡単に出来る」とお礼を言われて恐縮した。が、頂けるものは有り難く頂こう。

 しかし、マニュアルを作るまでも毎晩三時間睡眠ぐらいだったが、学校の授業やデビューした生徒の次の発行予定の作品のネームチェックなど、ぶっちゃけマンガ家時代より忙しい気がする。どっと老け込みそうだわ。今日みたいな休みの時に寝だめしないと。昼寝しよう。うん。

 そんなことを考えながら部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、背後から、「リリコ、ちょっといいか」と声を掛けられた。クレイドだ。

「新しいネームを見て欲しいのだが時間はあるか?」
「あ、はい大丈夫ですよ」

 私はそのまま昼寝を諦めてクレイドの作業部屋へルートを変更した。
 部屋で受け取ったネームをじっくり眺める。

「……はい。いいですね。ただここのゲルドが事件の本当の黒幕だとバレるシーン、直接本人に言わせるのはストレート過ぎて意外性がないです。せめて扉から漏れ出る声を主人公が聞いてしまう、みたいな感じの方が知らないと思ってのやりとりが面白いかも知れないですね」
「なるほどな。私もここはちょっと平坦過ぎると思っていた。──ちょっと描き直すから少しだけ座って待っててくれないか?」
「分かりました」

 私はソファーに座り、作業部屋の壁の絵を眺めた。クレイドの絵の成長が我がことのように嬉しい。それにしても、幼稚園児の『わたしのおかあさん』的なのどかさ全開の絵柄から、良くこんな激しい動きも表現出来るマンガ家にまで進化したものだ。ストーリーも良く考えられていて、出て来る悪役も味があって憎めない。好きが高じてここまで一気に昇り詰めるタイプもいる。これだからマンガは面白いよなあ……。

 ……そこから若干意識が遠のいたような気がしたが、ふと気が付くと、私はクレイドの膝を枕にして寝ていた。どうやら待っている間にうたた寝していたらしい。私は恥ずかしさで顔が熱くなり、がばっと起き上がると頭を下げた。

「すみません! 待っている間にちょっと睡魔がっ」
「いや、私こそリリコが忙しいのに無理を言った。枕がなかったもので、固いだろうが足を代用にさせて貰った」

 口元に柔和に笑みを浮かべたクレイドの切れ長な目が、いつもの鋭さを感じず、むしろ魅力的に感じたのは、恐らく私の気のせいだろう。
 慌てて直したネームを受け取りクレイドのそばで読みながら、少し胸がドキドキしてしまうのも、恥ずかしさからだろう。脳が寝不足でバグったのだ。きっとそうに違いない。



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