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たちの悪いニートが三人
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二、三日心ゆくまでマンガを堪能したら、大人しく自分たちの城に戻ってくれるであろう、という私の予測は悪い意味で裏切られた。
一週間経っても帰らず、二週間経っても帰る気配すらない。
四日の夕刻過ぎた辺りで、クレイドがようやく締め切り間近の原稿を仕上げて作業部屋から出て来たので、私がまだ彼らが帰ってないと報告したところ、口をあんぐり開けたまましばし硬直した。
そのまま一時停止から倍速モードになったクレイドが私を連れ、早足でパーシモンの部屋に向かい、ドアを乱暴にノックした。
「……おいおい、うるせえなあ。俺は今忙しいんだよ」
少し待っていると、ガウン姿のパーシモンが顔を見せた。
「おいパーシモン、お前ら何でまだいるんだ」
「ん? リリコかと思えばクレイドも一緒か。お前どこ行ってたんだ? 全然姿見せなかったが」
まあ入れや、と扉を大きく開く。濡れた髪から明らかにお風呂に入った後ではないかと思われ、くつろいでいる状態のプライベート空間に入るのを躊躇した私だったが、「別に構わねえよ」と笑って手招きされたので、それならば、と恐る恐るゲストルームに足を踏み入れた。
「いやあよう? あんなに読んでないマンガがズラリと並んでたら、一通り読み終わるまで帰れる訳ねえだろうよ。ローゼンもアルドラも部屋からほぼ出ずに本の虫になってらあ。移動する時間も惜しんで食事まで部屋に運ばせてるもんだから、あいつらともほぼ顔も合わせてねえや。あっはっはっ」
ベッドサイドのテーブルには世界最強の父どころか、周囲と戦いまくって最強になろうと特訓している息子が主役の有名なマンガが山積みである。その隣にはスピンオフになっている疵だらけの兄ちゃんが主役のマンガまで並べている。パーシモンは脳筋系格闘マンガがお気に入りのようである。
それにしてもこの国の魔王はマンガ家始めたり、マンガを読みふけるために延々と領地を留守にしていたり、よほど暇を持て余しているのであろうか。いや、元々娯楽が少ない国のようだし、おもちゃを手にした子供のように、時間を忘れるほど夢中になっているのかも知れない。
あっはっはっ、じゃない。領地に戻って働け。
「まあなるべく早めに読み終えるから、ちいとばっか面倒かけるがよろしく頼むわ。飯も簡単に食べられるようなもんでいいからよ」
「次来る時にまた読めば良かろう。とっとと帰れ」
クレイドも若干大人げない発言はしているが、彼も気兼ねなくマンガを描けない環境になるのは困るだろうし、理解出来なくもない。
「お前は面白い話の途中でハイまた今度、って諦めて帰れるのか? まだ続きが出てないならともかく、最後まで終わってるもんだぜ? 読みたいだろうが。それに次来る時なんて、細けえとこ忘れてるだろうから、また何冊か前から読まなきゃなんねえだろうがよ。余計長居する羽目になるわ。そんでもいいのか? 月一ペースで現れて一週間滞在とかの方が、かえって面倒だろお前だってよ」
「…………」
ダメだ。うちの魔王は押しが弱い。と言うか、きっと自分も似たようなこと最初はしていたので、反論が出来ないのだろう。
「──じゃあさっさと読んで帰れ」
「りょーかーい。カリカリしてるとハゲるぞクレイド。マンガは汚さないよう大事に扱うから安心しろ」
はい、それじゃ続き読むから帰った帰った、と押し売りのセールスマンのような扱いで私たちは廊下に追い出された。
「すまぬリリコ。奴らのことは無視してていいから」
「はあ……まあ読書室から本を運ぶ役は私なので無視は難しいですけどね。ま、部屋から殆ど出ないなら良いんじゃないですか? 一週間や十日も読み続けるのも結構気力を使いますし、皆さまにだってお仕事はあるでしょうから、タイムリミットが過ぎたら嫌でも戻るでしょう」
「……だといいがな」
不穏な呟きをするクレイドに、私は聞かなかったことにした。
正直、私は本を運ぶ程度の手間だけで、学校の仕事に差し支えるほどのことはない。オーク族のコック長であるルゴールさんやコックさんたちが、最近メニューに頭を悩ませているので大変だなあとは思うが、彼らも仕事だからしょうがない。
しかし、流石に一カ月も滞在して帰る日が未定となると、本当にお前ら帰る気あんのか、と毒づきたいような気持ちにはなって来たある日。
クレイドがマンガを描いていることが魔王様たちにあっさりとバレてしまうこととなった。
そりゃこんだけ長いこといれば、最低限トイレや風呂などで出歩いてるのだし、クレイドが姿を消している頻度が高いとか、疲れ切った表情でインクまみれの小汚い格好でうろついている姿を目撃されたりもするだろう。
まあ遅かれ早かれの問題だったことは確かなので、クレイドの肩をぽん、と叩いた。
「バレたなら仕方ないじゃないですか。さっさと隠していたこと詫びて謝っておけばいいんじゃないですか? むしろこれからは、マンガの仕事が忙しいアピール出来ますから、長期訪問も減るんじゃないですか?」
「──そうだな。私もパーシモンの持っていた自作の本にサインをすることになるとは夢にも思わなかったが、考えたら来ても相手をする時間がない、と突っぱねられる正当な口実が出来た訳だしな」
「そうですよ。彼らだって、締め切り前の修羅場状態を見学すれば、そんな無茶も言わなくなると思いますよ」
私たちは、まだ呑気に構え過ぎていたのだ。
──後日、それを思い知ることになる。
一週間経っても帰らず、二週間経っても帰る気配すらない。
四日の夕刻過ぎた辺りで、クレイドがようやく締め切り間近の原稿を仕上げて作業部屋から出て来たので、私がまだ彼らが帰ってないと報告したところ、口をあんぐり開けたまましばし硬直した。
そのまま一時停止から倍速モードになったクレイドが私を連れ、早足でパーシモンの部屋に向かい、ドアを乱暴にノックした。
「……おいおい、うるせえなあ。俺は今忙しいんだよ」
少し待っていると、ガウン姿のパーシモンが顔を見せた。
「おいパーシモン、お前ら何でまだいるんだ」
「ん? リリコかと思えばクレイドも一緒か。お前どこ行ってたんだ? 全然姿見せなかったが」
まあ入れや、と扉を大きく開く。濡れた髪から明らかにお風呂に入った後ではないかと思われ、くつろいでいる状態のプライベート空間に入るのを躊躇した私だったが、「別に構わねえよ」と笑って手招きされたので、それならば、と恐る恐るゲストルームに足を踏み入れた。
「いやあよう? あんなに読んでないマンガがズラリと並んでたら、一通り読み終わるまで帰れる訳ねえだろうよ。ローゼンもアルドラも部屋からほぼ出ずに本の虫になってらあ。移動する時間も惜しんで食事まで部屋に運ばせてるもんだから、あいつらともほぼ顔も合わせてねえや。あっはっはっ」
ベッドサイドのテーブルには世界最強の父どころか、周囲と戦いまくって最強になろうと特訓している息子が主役の有名なマンガが山積みである。その隣にはスピンオフになっている疵だらけの兄ちゃんが主役のマンガまで並べている。パーシモンは脳筋系格闘マンガがお気に入りのようである。
それにしてもこの国の魔王はマンガ家始めたり、マンガを読みふけるために延々と領地を留守にしていたり、よほど暇を持て余しているのであろうか。いや、元々娯楽が少ない国のようだし、おもちゃを手にした子供のように、時間を忘れるほど夢中になっているのかも知れない。
あっはっはっ、じゃない。領地に戻って働け。
「まあなるべく早めに読み終えるから、ちいとばっか面倒かけるがよろしく頼むわ。飯も簡単に食べられるようなもんでいいからよ」
「次来る時にまた読めば良かろう。とっとと帰れ」
クレイドも若干大人げない発言はしているが、彼も気兼ねなくマンガを描けない環境になるのは困るだろうし、理解出来なくもない。
「お前は面白い話の途中でハイまた今度、って諦めて帰れるのか? まだ続きが出てないならともかく、最後まで終わってるもんだぜ? 読みたいだろうが。それに次来る時なんて、細けえとこ忘れてるだろうから、また何冊か前から読まなきゃなんねえだろうがよ。余計長居する羽目になるわ。そんでもいいのか? 月一ペースで現れて一週間滞在とかの方が、かえって面倒だろお前だってよ」
「…………」
ダメだ。うちの魔王は押しが弱い。と言うか、きっと自分も似たようなこと最初はしていたので、反論が出来ないのだろう。
「──じゃあさっさと読んで帰れ」
「りょーかーい。カリカリしてるとハゲるぞクレイド。マンガは汚さないよう大事に扱うから安心しろ」
はい、それじゃ続き読むから帰った帰った、と押し売りのセールスマンのような扱いで私たちは廊下に追い出された。
「すまぬリリコ。奴らのことは無視してていいから」
「はあ……まあ読書室から本を運ぶ役は私なので無視は難しいですけどね。ま、部屋から殆ど出ないなら良いんじゃないですか? 一週間や十日も読み続けるのも結構気力を使いますし、皆さまにだってお仕事はあるでしょうから、タイムリミットが過ぎたら嫌でも戻るでしょう」
「……だといいがな」
不穏な呟きをするクレイドに、私は聞かなかったことにした。
正直、私は本を運ぶ程度の手間だけで、学校の仕事に差し支えるほどのことはない。オーク族のコック長であるルゴールさんやコックさんたちが、最近メニューに頭を悩ませているので大変だなあとは思うが、彼らも仕事だからしょうがない。
しかし、流石に一カ月も滞在して帰る日が未定となると、本当にお前ら帰る気あんのか、と毒づきたいような気持ちにはなって来たある日。
クレイドがマンガを描いていることが魔王様たちにあっさりとバレてしまうこととなった。
そりゃこんだけ長いこといれば、最低限トイレや風呂などで出歩いてるのだし、クレイドが姿を消している頻度が高いとか、疲れ切った表情でインクまみれの小汚い格好でうろついている姿を目撃されたりもするだろう。
まあ遅かれ早かれの問題だったことは確かなので、クレイドの肩をぽん、と叩いた。
「バレたなら仕方ないじゃないですか。さっさと隠していたこと詫びて謝っておけばいいんじゃないですか? むしろこれからは、マンガの仕事が忙しいアピール出来ますから、長期訪問も減るんじゃないですか?」
「──そうだな。私もパーシモンの持っていた自作の本にサインをすることになるとは夢にも思わなかったが、考えたら来ても相手をする時間がない、と突っぱねられる正当な口実が出来た訳だしな」
「そうですよ。彼らだって、締め切り前の修羅場状態を見学すれば、そんな無茶も言わなくなると思いますよ」
私たちは、まだ呑気に構え過ぎていたのだ。
──後日、それを思い知ることになる。
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