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それからホール出版社とは何度も打合せを重ねて、二カ月後、とうとう初めてのマンガ本(でも一冊が数十ページなので本と言えるほどの厚みはない)が出版される運びになった。
東ホーウェンの町は大きく、新聞を置いているような雑貨屋が何件もあるので、そこに今回発行したマンガ五冊を置いて貰うことになった。売れ方によっては、これから月に一度ずつ数冊が刊行されることになる。
値段は銅貨二枚。日本だと二百円ほどだ。最初は三十ページにも満たない本に対しては少々高いかなと思ったのだが、新聞でも銅貨一枚、マンガより少しだけ厚みのある随筆や随筆などが銀貨五枚で売られていることを考えると、これでもかなり良心的な価格だとデンゼル社長が言っていた。
「ですがね、間違いなく売れると思うので、安くしても利益は出ると踏んでます。マンガのために新しい印刷機械を二台導入して社員も三人入れたので、今は大赤字なんですけどね。わははははっ」
引っ張ったサスペンダーをぱしんっ、と離して笑みを浮かべたデンゼルだが、急な仕事量の増加なのだ、疲労感は漂っている。そりゃ毎週出している新聞とマンガとの同時進行なんて、小さな会社で回すのは大変だろうと思う。
毎回付き添ってくれているクレイドが、
「これからも無理を掛けてしまうこともあるかと思うゆえ」
とまとまった資金を提供したい、と申し出た。
「いやいや、マンガまで描いて頂いている上に資金提供までなんてされたら、他の町の同業者に呆れられちまいますよ」
「私たちはマンガを国全体にまで広めたいが、印刷技術や流通は素人だ。職人も無理をして働いて体を壊したり、会社が金銭的に困って運営が成り立たなくなるのでは意味がないのだ。末永い付き合いをするための必要経費だと考えているので、ここは快く受けて貰えないだろうか」
「ポテチ先生……ご心配頂いて申し訳ありません。──では、一旦貸す、という形にして下さい。私も堅実に働いている経営者です。帰って来る見込みもなしに投資はしませんし、必ず黒字回復してお返ししますので」
社長と編集者二人には、クレイドが魔王であることは打ち明けているが、私もクレイドも口外はしないよう口止めをしている。
立場上マンガを実名で出す訳には行かないので、とペンネーム呼びにして貰っている。ポテチ先生と呼ばれるクレイドを、平静を保ちつつも毎回吹き出しそうになるのを必死でこらえている私なのだが、本人は、何だか別人になった感じで何だか少し嬉しい、とむしろ喜んでいる。
発売日の前日は、私もクレイドも、そして第一弾のデビューとなった生徒たちも良く眠れなかったようで、翌日教室で顔を合わせると、全員目が充血していたので、思わず見合わせて笑ってしまった。
「何だか自分が描いたものがお店に並ぶって、思った以上に緊張するんですね。ちゃんと買ってくれるだろうか、とか楽しんでくれるだろうか、とか心配にもなってきて」
「そうなんだよ! 俺も母ちゃんが『町に出てお前たちのマンガを買ってくるわよ!』って気合入れて朝から身支度して出掛けてったんだけど、身内しか買ってくれなかったらどうしよう、とか気になっちゃって」
生徒が口々に不安をこぼす中、クレイドが「大丈夫だ」と皆の肩を叩いた。
「お前たちの作品は面白かったし、出版社の社長や社員の人たちもとても褒めていた。マンガは絶対に受け入れられるし、これから伸びる筈だ。心配せずにまた次の作品を描こう。他の生徒たちも、後に続いてマンガ家として売り出して行くのだから、先輩として堂々としていればいいし、初回の出版に名を連ねた時点で自信を持っていい。ただし、当然ながら他の仲間たちも頑張っている。追い上げが来ると思うゆえ、常に精進を忘れず、読者に楽しんで貰えるような作品を作ることを忘れてはならぬぞ」
「……そうだよ。僕らは単に一冊出して貰っただけの新米マンガ家なんだ。その程度で調子に乗ってたらいけないんだ。これから五冊、十冊、城にあった長編みたいな長い話だって描いていくために、共にマンガの世界を広めるために、仲間同士でお互い高め合って行かないとね!」
「リーガル、クレイドさんはともかく、あんたもぼーっとしてる割りに良いこと言うのよね、たまに」
「マリガン、たまにって何だよたまにって」
「まあまあ。皆さんも落ち着いて。マンガは出たばかりですよ。各地に広まるには時間が必要ですし、今からソワソワしていても仕方ありません。あなたたちに大事なのは何ですか?」
「──次の作品です」
「イエス! では早速、自作のネーム作りに戻って下さいね。時は金なり絵の上達は描き続けるのみですよ」
「「「はい!」」」
生徒たちは元気よく自分たちの席に戻って行く。
クレイドも戻ろうとして、私にこそっと囁いた。
「その……あれか? 私も授業が終わったら買いに行きたいと思っていたのだが、ダメだろうか?」
「全部デンゼル社長から出来上がったのは献本頂いてますから大丈夫ですよ。作家たちの分も預かってます。後で渡しますから、クレイド君も席に戻って下さい」
「店に並んでいるのを見たかったのだが……」
肩を落として席へと戻って行くクレイドに申し訳ないと思いつつも、生徒たちにも、自分の本が出た際は当分は売り場には行かないように伝えていた。
私には受け入れられるであろう手ごたえはあったが、町の人たちの受け取り方は違うかも知れない。
もし購入した人が、否定的な感想を漏らしていたりしていたら。それが耳に入ったら。彼らのやる気が削がれてしまうのではないか。
私も初めて本が出版された時には、あちこちの本屋で自分の本が並んでいるのを見たり、奇跡的に購入する人に会えた時には、感謝で背後を少し尾行したりするという変質者じみた行動もしたので皆の気持ちは良く分かる。
が、ここは選び放題のマンガが揃っていた日本ではないし、初めて出るものに対して、最初から全肯定的な意見ばかりだけと思ってはいないのだ。警戒しておくに越したことはない。
生徒たちを甘やかすつもりは毛頭ないが、暫くは世間の荒波に晒されず、成長の芽を摘むような事態にならないよう細心の注意を図らねば。
(うーん、私も大分先生みたいな考え方になって来たのかな?)
一生懸命描いている生徒たちの姿を見ていると、自分の責任も感じてしまい、より一層彼らの力にならねば、と拳を握るのだった。
それから十日ほど経った頃、デンゼル社長が自らお菓子を持って城までやって来て、初日から三日目ぐらいまではポツポツだったんですが、数日経ったら飛ぶように売れ出しましたぞ、と笑顔で報告した。
今重版重版で大変ですわい、と汗を拭きながらホッとしたように告げた。物珍しさで購入した人が、周囲に宣伝してくれたのではないか、と言う。
「南ホーウェンの町の商人もたまたま滞在中にマンガを読んだようで、直接我が社に来てまとめて仕入れて行きました。こりゃあ暫くしたらまた人手を増やさないといけないかも知れませんなあ」
あ、これはマンガ家先生方へのファンレターです、すみませんがお渡し願えますか、と紙袋に入った多くの手紙をドスッ、とテーブルに置くと、まだ仕事が残っておりますもので、来週は弊社で新刊の打合せをよろしく……と慌ただしく帰って行った。
「良かったですねえ」
「うむ。──手紙など貰うことがあるのだな」
不思議そうに手紙の山を見ているクレイドに、これがやる気になるんですよ、と笑った。
「読者からダイレクトに面白かったとかこのキャラが好きとか、笑ったとか、そういうのを読むと、また喜ばせないと、って気持ちになるんです」
「……そうか……」
せっせと名前ごとに手紙を分けて、それぞれ名前を書いた袋に入れる。
本日は休みで学校はない。明日学校で渡してもいいが、数に少しは差もあるので、皆の前で渡して変に落ち込んだりされてもいけない。
「まだ明るいですし、私、ちょっと生徒たちの家まで届けて来ますね」
「……ん? ああ。分かるか?」
「大丈夫ですよ、住所録あるので。一応迷子になるといけないので、ナーバも同行して貰おうかと」
「分かった。気をつけるのだぞ」
私はナーバと一緒に生徒たちの家へ回った。
皆が驚いて嬉しそうに受け取る姿に、私も何やら癒やされてしまう。
ナーバからも、「実は私、友人に頼んでマンガを買って来て貰ったんです」と打ち明けられた。ナーバはどれも楽しんだようで、次の本も買いたいと思っている、と嬉しいことを言ってくれた。
「リリコ様の国のマンガも借りていて、面白い作品が沢山あると思いましたが、ホーウェン国で生まれたマンガだと思うと、すごく特別な気持ちで、それだけで愛着が湧きますわ」
「そういうものですよ」
沢山の方に読んで欲しいですわね、などと雑談しながら城に戻ると、クレイドの姿がない。まだペン入れ中かな、と作業部屋へ向かうと、テーブルの上で手紙を広げて、笑みを浮かべながら一通一通ゆっくりと目を通している姿が見えて、そのまま邪魔をしないよう自室に戻った。
うんうん、嬉しいよね、ファンレターって。
東ホーウェンの町は大きく、新聞を置いているような雑貨屋が何件もあるので、そこに今回発行したマンガ五冊を置いて貰うことになった。売れ方によっては、これから月に一度ずつ数冊が刊行されることになる。
値段は銅貨二枚。日本だと二百円ほどだ。最初は三十ページにも満たない本に対しては少々高いかなと思ったのだが、新聞でも銅貨一枚、マンガより少しだけ厚みのある随筆や随筆などが銀貨五枚で売られていることを考えると、これでもかなり良心的な価格だとデンゼル社長が言っていた。
「ですがね、間違いなく売れると思うので、安くしても利益は出ると踏んでます。マンガのために新しい印刷機械を二台導入して社員も三人入れたので、今は大赤字なんですけどね。わははははっ」
引っ張ったサスペンダーをぱしんっ、と離して笑みを浮かべたデンゼルだが、急な仕事量の増加なのだ、疲労感は漂っている。そりゃ毎週出している新聞とマンガとの同時進行なんて、小さな会社で回すのは大変だろうと思う。
毎回付き添ってくれているクレイドが、
「これからも無理を掛けてしまうこともあるかと思うゆえ」
とまとまった資金を提供したい、と申し出た。
「いやいや、マンガまで描いて頂いている上に資金提供までなんてされたら、他の町の同業者に呆れられちまいますよ」
「私たちはマンガを国全体にまで広めたいが、印刷技術や流通は素人だ。職人も無理をして働いて体を壊したり、会社が金銭的に困って運営が成り立たなくなるのでは意味がないのだ。末永い付き合いをするための必要経費だと考えているので、ここは快く受けて貰えないだろうか」
「ポテチ先生……ご心配頂いて申し訳ありません。──では、一旦貸す、という形にして下さい。私も堅実に働いている経営者です。帰って来る見込みもなしに投資はしませんし、必ず黒字回復してお返ししますので」
社長と編集者二人には、クレイドが魔王であることは打ち明けているが、私もクレイドも口外はしないよう口止めをしている。
立場上マンガを実名で出す訳には行かないので、とペンネーム呼びにして貰っている。ポテチ先生と呼ばれるクレイドを、平静を保ちつつも毎回吹き出しそうになるのを必死でこらえている私なのだが、本人は、何だか別人になった感じで何だか少し嬉しい、とむしろ喜んでいる。
発売日の前日は、私もクレイドも、そして第一弾のデビューとなった生徒たちも良く眠れなかったようで、翌日教室で顔を合わせると、全員目が充血していたので、思わず見合わせて笑ってしまった。
「何だか自分が描いたものがお店に並ぶって、思った以上に緊張するんですね。ちゃんと買ってくれるだろうか、とか楽しんでくれるだろうか、とか心配にもなってきて」
「そうなんだよ! 俺も母ちゃんが『町に出てお前たちのマンガを買ってくるわよ!』って気合入れて朝から身支度して出掛けてったんだけど、身内しか買ってくれなかったらどうしよう、とか気になっちゃって」
生徒が口々に不安をこぼす中、クレイドが「大丈夫だ」と皆の肩を叩いた。
「お前たちの作品は面白かったし、出版社の社長や社員の人たちもとても褒めていた。マンガは絶対に受け入れられるし、これから伸びる筈だ。心配せずにまた次の作品を描こう。他の生徒たちも、後に続いてマンガ家として売り出して行くのだから、先輩として堂々としていればいいし、初回の出版に名を連ねた時点で自信を持っていい。ただし、当然ながら他の仲間たちも頑張っている。追い上げが来ると思うゆえ、常に精進を忘れず、読者に楽しんで貰えるような作品を作ることを忘れてはならぬぞ」
「……そうだよ。僕らは単に一冊出して貰っただけの新米マンガ家なんだ。その程度で調子に乗ってたらいけないんだ。これから五冊、十冊、城にあった長編みたいな長い話だって描いていくために、共にマンガの世界を広めるために、仲間同士でお互い高め合って行かないとね!」
「リーガル、クレイドさんはともかく、あんたもぼーっとしてる割りに良いこと言うのよね、たまに」
「マリガン、たまにって何だよたまにって」
「まあまあ。皆さんも落ち着いて。マンガは出たばかりですよ。各地に広まるには時間が必要ですし、今からソワソワしていても仕方ありません。あなたたちに大事なのは何ですか?」
「──次の作品です」
「イエス! では早速、自作のネーム作りに戻って下さいね。時は金なり絵の上達は描き続けるのみですよ」
「「「はい!」」」
生徒たちは元気よく自分たちの席に戻って行く。
クレイドも戻ろうとして、私にこそっと囁いた。
「その……あれか? 私も授業が終わったら買いに行きたいと思っていたのだが、ダメだろうか?」
「全部デンゼル社長から出来上がったのは献本頂いてますから大丈夫ですよ。作家たちの分も預かってます。後で渡しますから、クレイド君も席に戻って下さい」
「店に並んでいるのを見たかったのだが……」
肩を落として席へと戻って行くクレイドに申し訳ないと思いつつも、生徒たちにも、自分の本が出た際は当分は売り場には行かないように伝えていた。
私には受け入れられるであろう手ごたえはあったが、町の人たちの受け取り方は違うかも知れない。
もし購入した人が、否定的な感想を漏らしていたりしていたら。それが耳に入ったら。彼らのやる気が削がれてしまうのではないか。
私も初めて本が出版された時には、あちこちの本屋で自分の本が並んでいるのを見たり、奇跡的に購入する人に会えた時には、感謝で背後を少し尾行したりするという変質者じみた行動もしたので皆の気持ちは良く分かる。
が、ここは選び放題のマンガが揃っていた日本ではないし、初めて出るものに対して、最初から全肯定的な意見ばかりだけと思ってはいないのだ。警戒しておくに越したことはない。
生徒たちを甘やかすつもりは毛頭ないが、暫くは世間の荒波に晒されず、成長の芽を摘むような事態にならないよう細心の注意を図らねば。
(うーん、私も大分先生みたいな考え方になって来たのかな?)
一生懸命描いている生徒たちの姿を見ていると、自分の責任も感じてしまい、より一層彼らの力にならねば、と拳を握るのだった。
それから十日ほど経った頃、デンゼル社長が自らお菓子を持って城までやって来て、初日から三日目ぐらいまではポツポツだったんですが、数日経ったら飛ぶように売れ出しましたぞ、と笑顔で報告した。
今重版重版で大変ですわい、と汗を拭きながらホッとしたように告げた。物珍しさで購入した人が、周囲に宣伝してくれたのではないか、と言う。
「南ホーウェンの町の商人もたまたま滞在中にマンガを読んだようで、直接我が社に来てまとめて仕入れて行きました。こりゃあ暫くしたらまた人手を増やさないといけないかも知れませんなあ」
あ、これはマンガ家先生方へのファンレターです、すみませんがお渡し願えますか、と紙袋に入った多くの手紙をドスッ、とテーブルに置くと、まだ仕事が残っておりますもので、来週は弊社で新刊の打合せをよろしく……と慌ただしく帰って行った。
「良かったですねえ」
「うむ。──手紙など貰うことがあるのだな」
不思議そうに手紙の山を見ているクレイドに、これがやる気になるんですよ、と笑った。
「読者からダイレクトに面白かったとかこのキャラが好きとか、笑ったとか、そういうのを読むと、また喜ばせないと、って気持ちになるんです」
「……そうか……」
せっせと名前ごとに手紙を分けて、それぞれ名前を書いた袋に入れる。
本日は休みで学校はない。明日学校で渡してもいいが、数に少しは差もあるので、皆の前で渡して変に落ち込んだりされてもいけない。
「まだ明るいですし、私、ちょっと生徒たちの家まで届けて来ますね」
「……ん? ああ。分かるか?」
「大丈夫ですよ、住所録あるので。一応迷子になるといけないので、ナーバも同行して貰おうかと」
「分かった。気をつけるのだぞ」
私はナーバと一緒に生徒たちの家へ回った。
皆が驚いて嬉しそうに受け取る姿に、私も何やら癒やされてしまう。
ナーバからも、「実は私、友人に頼んでマンガを買って来て貰ったんです」と打ち明けられた。ナーバはどれも楽しんだようで、次の本も買いたいと思っている、と嬉しいことを言ってくれた。
「リリコ様の国のマンガも借りていて、面白い作品が沢山あると思いましたが、ホーウェン国で生まれたマンガだと思うと、すごく特別な気持ちで、それだけで愛着が湧きますわ」
「そういうものですよ」
沢山の方に読んで欲しいですわね、などと雑談しながら城に戻ると、クレイドの姿がない。まだペン入れ中かな、と作業部屋へ向かうと、テーブルの上で手紙を広げて、笑みを浮かべながら一通一通ゆっくりと目を通している姿が見えて、そのまま邪魔をしないよう自室に戻った。
うんうん、嬉しいよね、ファンレターって。
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