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学校の建設

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 一ページを一日で下書きまで終えられるようになり、ようやくペン入れに進めるようになったクレイドは、「下書きを消した時の絵が、本当に私が描いたのかと思うほど綺麗に描けていてな。これもリリコという師が居ればこそよ」などと浮かれていたのだが、私が夕食時にこれから先のことを考えたいと伝えると真顔になった。
 この国でマンガを広めていくための懸念事項を一つ一つ説明する。

「ふむ。そうよな……確かにリリコの言う通り、早急に人材も育成が必要であるし、画材もどうにかせねばならぬな」
「はい。画材については、先々こちらで賄っていかないといけませんからね。鉛筆の芯の原料である黒鉛という石炭みたいな鉱物や粘土、それに木材はこの国にも用意出来ると思うので良いんですが、加工するのも技術がないと大変でしょうしね。ペン先についても、鉄を加工する技術とそれを刺すためのペン軸も必要です。ガラスペンを作ったとしても線がほぼ均一になるでしょうし高価になりますから、太さを変えて種類を作らないとなるとコストも考えたら難しいでしょう。クレイド様のように、日本とホーウェン国を行き来できる人はそうはいないでしょうから、紙も印刷技術もこちらで発展進化させないと計画は頓挫する可能性が高いと思われます」
「軽く考えていたことは違いないな。安易に考えておりすまない。魔王はそれぞれの国を行き来出来るほどの高い魔力はあるものの、一般的な人間は魔力など持たぬし、他の魔族もせいぜいが生活で使うような火を起こしたり、薪を伐る時など、困った際に一時的に筋力や体力の身体強化が出来る程度だ。リリコの言う技術進歩も必要だな」

 まあそれでも十分すごいと思いますけれど。

「まあ画材などの件は弟とも相談しておいおい考えるとしても、時間がかかるのは人材育成ですので、そちらを先に動きたいです。ただ、マンガの基本的なことを教えられる人間は私しかいないので、クレイド様に教えているような一対一という非効率的な指導方法は出来ません」
「さもあろう。──すると、学校のようなものが必要か?」
「教師が私一人しかおりませんのでそんな大げさなものではなく、城下町に黒板と大きめな机を並べた小さな学校のようなものを用意出来ませんか? ただ、これも希望者の人数によりますけど」

 城の周囲には働いている人たちや、別の職業を営む魔族たちが住む町がある。仕事中にマンガを読む訳にはいかないので、借りて行く人は当然ながら持ち帰り読むことになるがその結果、借りて来たマンガを読んだ家族(主に子供たち)からも続きを早く、と言われることが多いそうで、マンガの認知度は急速に上がっているし、これからの需要も見込めそうだ。ただ城の中の一室で教室を開いたのでは、町の人たちも入りづらいかも知れないし、町の中に寺子屋状態で存在していた方が私も町の人に顔を覚えて貰いやすい。
 ほぼ城から出ていない私は、城で働く人以外は全くといっていいほど存在を知られていない。いつまで私が存在出来るのかも分からないし、ある日突然消えるかも知れないが、それまで流石に社会との接点もないままというのもどうかと思うし、仲良くして欲しい気持ちは人並みにあるのである。
 また、遠い島国の文化として広めようとしているので、そこに住んでいた人間としてある程度の顔見せや営業活動はしないとならない。

「学校を用意するのは簡単だが、どれだけ人が集まるか予想が出来ぬな」

 顎に手をあてクレイドが暫く考えていたが、ひとまず建物を建設している間に募集をしてみるか、と呟いた。

「ついでに私も参加すれば、リリコは他の懸案にも余力を注げて良かろう。城では別途ペン入れも進めるゆえ、そこは心配せずとも良いぞ」
「え? いや、魔王が一緒に授業受けるのってどうなんでしょうか」
「新しい技術を学ぼうとするのは誰も皆同じだ。それに同じ説明を二度するのは面倒だろう?」
「ですが、最初はクレイド様が今まで学んで来たことですよ?」
「繰り返してこそ上達するとリリコが教えてくれた」
「確かにそうですけど」
「……それに、師であるリリコが城に不在がちでは寂しいではないか」
「そんなものですか?」
「そんなものだ」

 イケメンから真剣な顔で寂しいと言われると何気に嬉しいものではあるが、目つきは相変わらず鋭いので有難みは薄い。だが二度手間がなくなるのは確かに助かる。

「それでは遠慮なく甘えさせて頂きます」

 私は頭を下げた。

 木造のキャビン風な造りということもあるのか、一カ月もあれば建物は完成するとのこと。
 その間にクレイドには弟へ私の手紙を運んで貰い、少々の書籍と百均などで売ってるような無地のノートと鉛筆、小さな鉛筆削りやA4の原稿に使えそうな紙など必要になる物を大量に購入して持ち帰って貰った。「姉ちゃん楽しそうなことしてんじゃーん♪」と返事にはあったが弟よ、本当に申し訳ない。普通のマンガ原稿に使う、青い線が引かれているようなものは恐らくこちらでは当分作れないだろうから、出来る限り使わないことにした。本当は同人誌でもなければA3用紙を使うのが基本だが、初心者は紙が大きいと描きづらいというのもあるし、トーンなど使えないと見映えがかなり物悲しい感じになるのでやめておいた。
 今のところは致し方ないので一時的に日本のものを使うが、これから順次ホーウェン国で賄えるようにして行きたいものである。

 私は少しでも多くの人に注目して欲しい、と可愛い絵も添えて【来たれ未来のマンガ描き!】などとポスターなどを描いて、町のあちこちの看板に何枚も貼った。日本語で書いてもホーウェン国の人には現地の言葉として認識されることが分かってるので一安心である。そうでなければ初手から詰む。

 驚いたことに、絵心を持った人というのは実は結構いたようで、マンガ学校の建物が出来る前に様々な種族の人たちから参加したいと声が上がり、総数が百五十人近くなったところで慌てて申し込み受付を終了させた。
 学生時代は一クラスで四十人前後だったから、四つのグループを同じぐらいの人数に分けて一日二時間ずつ授業をしたとしても、休憩入れて八時間以上、下手に質問など時間がかかれば十時間以上かかる可能性もある。
 事務系OLと同じような拘束時間でも、正直描いている間は質問受けるぐらいしか基本やることもない。二十四時間コンビニ操業で働くマンガ家だったのだ。こんなものは屁でもないと考えていたが、クレイドが一緒に授業を受けると言ってくれて助かったのは事実だ。

 クレイドも思った以上の反応を見て、やはり私の考えは間違いではなかった、と喜んだが、私が働きすぎになるのは良くないから、と急きょ建物を広げ、二つの教室を作ることにしたという。
 生徒が描いている間に描いている様子を確認したり、質問などを受けるたびに移動するようにすれば労力も半分で済むし、一クラスだけでは手持ち無沙汰な時間も増えるだろうし効率的だろう、とのこと。もっともな話である。きっとクレイドは魔王業でも有能な人なのであろう。

 あと教えるにあたり、それぞれが違うマンガ本を開いて見ながら描くのはかなりやりづらいし、毎回マンガを城から持って来たり持って帰ったりでは、城の人もマンガを借りられない。そもそも本が傷むし汚れやすい。そのため弟には、私のPCから教材として使えそうな、私のマンガ原稿のデータを適当に選んで貰って、各百枚ずつプリントさせた。私のPCやアナログ原稿、画材なども、私のマンションを引き払う際に弟が全部処分せずに持って来ていたので、そういった作業は簡単だし何でも手伝うよー、と言ってくれた。全く、うちの弟は天使過ぎないか? 少々年は食ってるけども。

 しかし、ようやく学校としても始められそうだ。
 同時進行で鉛筆や消しゴム、ペン先などは、細かい作業が得意な魔族の人に色々話を通してこちらでも作れるか研究して貰うなど手配をしたりと、正直目が回りそうな忙しさだったが、以前の暇で暇でしょうがない、という頃に比べたらひたすら有り難いという言葉しか出て来ない。
 結局は私も限界まで余暇を楽しめない仕事人間、ということなのだろう。
 それでも自分が楽しいのだからそれでいいのだ。



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