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状況把握
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「……ようやく目が覚めたか」
私がふかふかのベッドで目覚め、ん? あれ? ここは……と見覚えのないだだっ広い部屋を見回していると、かなり長身の、目鼻立ちは整いまくっているが、やたらと目つきの鋭い男が部屋に入って来て声を掛けて来た。
「あのう……ここは?」
「……何だ、覚えておらぬのか?」
「まあ、ここにいる理由からサッパリなんですが」
「お前は死んだ」
「──は?」
私はあんぐりと口を開いた。
彼が話してくれた話を総合すると、どうやら私は飛び出して来た猫に驚いた拍子に、急性心不全だか心筋梗塞だかを起こして亡くなったそうで、魂がふわあっと体から離れて行くところを彼が捕まえてここに運んで来たとのこと。そのままこちらに来てからも目覚めず、お前はベッドで丸一日寝たままだったのだ、と彼が言う。
「はあ……そうすると、ここはあの世なんでしょうか?」
「『あの世』という概念は今一つ分からぬが、死後の世界という話であれば違う。あのお前がいた国とは別次元で存在する国だ」
チリン、と彼が呼び鈴を鳴らすと、可愛らしいメイドらしき女性が現れ、部屋のテーブルに食事と飲み物を並べて、またしずしずと去って行った。スカートの下からふさふさしたしっぽのようなものが覗いていた気がしたが、私の気のせいだろう。
しかし、丸一日寝ていたそうなので、死んだとは言え気分爽快である。生前の睡眠不足が補われたのだろう。死後に補われてもという感じはするが。考えてみれば、あのナスの味噌炒め弁当も食べられてなかった。あの店のは味噌の甘みとか最高に私の好みだったのに、と考えて、お腹がきゅるる、と鳴ってしまった。まだ状況もまともに把握出来てないのに、よそ様の前で流石に恥ずかしいと顔が熱くなる。
「まあ一日寝ていれば腹も空くだろう。食事が口に合うか分からんが、知りたいこともあるだろうし、まずは食べてから話をせぬか」
「……すみません。ご馳走になります」
私は頭を下げた。
ベッドから降りて、ふと気が付いて服を見ると、私が最後に外出した際の服装のままだ。死んだ後は何か白装束になっていると勝手にイメージしていたが、そんなこともないんだなあ、と不思議に思う。手をぎゅっと握って見てもちゃんと感触があるし、手も顔も自分で触れる。死んだ気がしない、というのも変だが、余り生きていた時と変わらない感覚なのも変な感じである。
テーブルにはポタージュのようなスープと名前の分からないサーモンっぽい魚のムニエル、ロールパンに紅茶のような飲み物とワインが置かれていた。お酒は弱いので飲まないが、基本好き嫌いはないし、どれも美味しそうである。既によだれが垂れそうだ。
彼は座ったまま料理をガン見している私を見ながら苦笑して、
「……お代わりが欲しければいくらでもある。まずは空腹を満たせ」
とワインのグラスを持った。
「では、ありがたく頂戴致します」
一口食べては美味しい、一口飲んでは美味しい、とどれもこれも綺麗に平らげて、ポタージュについてはお代わりまでさせて貰った。とても満足だ。でも死んでもお腹は空くんですね、と彼に聞くと、私は死んだことがないので分からぬ、と言われ、そらそうだよね、と納得する。
食後にメイドさんが皿を全て片付けに現れ、改めて温かい紅茶を淹れてくれたのでお礼を言う。ちょっと意外そうな顔をしたメイドさんは頭を下げてそのまま出て行った。
「それで私は、えーと、死後の世界ではなく、どこか別の世界の方に助けて頂いた、という認識でいいんでしょうか?」
「助けた、というか、もう死んでおるがな。お前を驚かせた猫が私だ。まさか子供達から逃げたら、自分を見ただけで驚いただけで死ぬほど人間が弱いとは思わず、大変申し訳ないと思っている」
彼は頭を下げた。
「え? あの黒猫が?」
「そうだ。あの国では魔力というのが存在しないようでな、私もかなり魔力を持っているのだが、こちらの姿のままだとどんどん魔力が吸われて長居が出来ないのだ。それゆえ、動きやすくまた魔力消費も抑えられる猫の姿になっていた」
「……はあ」
どうも、この国は魔力というものが存在するらしい。弟の書くラノベのような異世界が本当に存在しているのだ、と私はようやく実感した。私が死んだにも関わらず、幽霊のように実体がない状態ではないのも、次元が違う世界にいるということで納得できた。
「そうすると、私はこちらで生きている分には実体があり、普通に生きられるということなんでしょうか?」
「仕組みは正直分からぬが、実際そうなっているだろう? ……いや、あちらの世界に戻れば暫く待てば輪廻の輪に入ってまた転生出来るとは思うが、お前はどうしたい? いきなり死なれてしまったので、お前の希望も聞かずに慌てて連れ帰っては来たが、改めて連れて行くことは可能だ」
「いや、急にそんなこと言われても」
日本でまた生まれ変われるかも、そもそも人間になれるかも分からないしなあ。浮遊霊とか地縛霊になったりして上手く成仏出来ないかもだし。
私がうーんと悩んでいると、彼が少し呆れた顔になった。
「実際に殺した相手が目の前にいるのに、何だか能天気だなお前は」
「いえ、猫が飛び出して来たぐらいで普通人間は死にませんから。単に私の健康過信による過剰労働の結果ですから自業自得です。運動不足と寝不足と栄養不足その他もろもろが積み重なった結果です。恨みもないですし」
「──人間というのは生活の為にそこまで働かねばならぬのか?」
「仕事によると申しますか、私の場合は個人でやってる仕事だったもので締め切りというものが……あ、寝床と食事まで提供して頂いたのに名乗りもせずすみません。私は斉木凛々子(さいきりりこ)と申します」
「……私は魔王、クレイドだ」
「はい、クレイドさん、と。──え、魔王?」
私は、結局こちらの世界でも長生き出来ないんじゃないだろうか、と新たな不安に襲われるのだった。
私がふかふかのベッドで目覚め、ん? あれ? ここは……と見覚えのないだだっ広い部屋を見回していると、かなり長身の、目鼻立ちは整いまくっているが、やたらと目つきの鋭い男が部屋に入って来て声を掛けて来た。
「あのう……ここは?」
「……何だ、覚えておらぬのか?」
「まあ、ここにいる理由からサッパリなんですが」
「お前は死んだ」
「──は?」
私はあんぐりと口を開いた。
彼が話してくれた話を総合すると、どうやら私は飛び出して来た猫に驚いた拍子に、急性心不全だか心筋梗塞だかを起こして亡くなったそうで、魂がふわあっと体から離れて行くところを彼が捕まえてここに運んで来たとのこと。そのままこちらに来てからも目覚めず、お前はベッドで丸一日寝たままだったのだ、と彼が言う。
「はあ……そうすると、ここはあの世なんでしょうか?」
「『あの世』という概念は今一つ分からぬが、死後の世界という話であれば違う。あのお前がいた国とは別次元で存在する国だ」
チリン、と彼が呼び鈴を鳴らすと、可愛らしいメイドらしき女性が現れ、部屋のテーブルに食事と飲み物を並べて、またしずしずと去って行った。スカートの下からふさふさしたしっぽのようなものが覗いていた気がしたが、私の気のせいだろう。
しかし、丸一日寝ていたそうなので、死んだとは言え気分爽快である。生前の睡眠不足が補われたのだろう。死後に補われてもという感じはするが。考えてみれば、あのナスの味噌炒め弁当も食べられてなかった。あの店のは味噌の甘みとか最高に私の好みだったのに、と考えて、お腹がきゅるる、と鳴ってしまった。まだ状況もまともに把握出来てないのに、よそ様の前で流石に恥ずかしいと顔が熱くなる。
「まあ一日寝ていれば腹も空くだろう。食事が口に合うか分からんが、知りたいこともあるだろうし、まずは食べてから話をせぬか」
「……すみません。ご馳走になります」
私は頭を下げた。
ベッドから降りて、ふと気が付いて服を見ると、私が最後に外出した際の服装のままだ。死んだ後は何か白装束になっていると勝手にイメージしていたが、そんなこともないんだなあ、と不思議に思う。手をぎゅっと握って見てもちゃんと感触があるし、手も顔も自分で触れる。死んだ気がしない、というのも変だが、余り生きていた時と変わらない感覚なのも変な感じである。
テーブルにはポタージュのようなスープと名前の分からないサーモンっぽい魚のムニエル、ロールパンに紅茶のような飲み物とワインが置かれていた。お酒は弱いので飲まないが、基本好き嫌いはないし、どれも美味しそうである。既によだれが垂れそうだ。
彼は座ったまま料理をガン見している私を見ながら苦笑して、
「……お代わりが欲しければいくらでもある。まずは空腹を満たせ」
とワインのグラスを持った。
「では、ありがたく頂戴致します」
一口食べては美味しい、一口飲んでは美味しい、とどれもこれも綺麗に平らげて、ポタージュについてはお代わりまでさせて貰った。とても満足だ。でも死んでもお腹は空くんですね、と彼に聞くと、私は死んだことがないので分からぬ、と言われ、そらそうだよね、と納得する。
食後にメイドさんが皿を全て片付けに現れ、改めて温かい紅茶を淹れてくれたのでお礼を言う。ちょっと意外そうな顔をしたメイドさんは頭を下げてそのまま出て行った。
「それで私は、えーと、死後の世界ではなく、どこか別の世界の方に助けて頂いた、という認識でいいんでしょうか?」
「助けた、というか、もう死んでおるがな。お前を驚かせた猫が私だ。まさか子供達から逃げたら、自分を見ただけで驚いただけで死ぬほど人間が弱いとは思わず、大変申し訳ないと思っている」
彼は頭を下げた。
「え? あの黒猫が?」
「そうだ。あの国では魔力というのが存在しないようでな、私もかなり魔力を持っているのだが、こちらの姿のままだとどんどん魔力が吸われて長居が出来ないのだ。それゆえ、動きやすくまた魔力消費も抑えられる猫の姿になっていた」
「……はあ」
どうも、この国は魔力というものが存在するらしい。弟の書くラノベのような異世界が本当に存在しているのだ、と私はようやく実感した。私が死んだにも関わらず、幽霊のように実体がない状態ではないのも、次元が違う世界にいるということで納得できた。
「そうすると、私はこちらで生きている分には実体があり、普通に生きられるということなんでしょうか?」
「仕組みは正直分からぬが、実際そうなっているだろう? ……いや、あちらの世界に戻れば暫く待てば輪廻の輪に入ってまた転生出来るとは思うが、お前はどうしたい? いきなり死なれてしまったので、お前の希望も聞かずに慌てて連れ帰っては来たが、改めて連れて行くことは可能だ」
「いや、急にそんなこと言われても」
日本でまた生まれ変われるかも、そもそも人間になれるかも分からないしなあ。浮遊霊とか地縛霊になったりして上手く成仏出来ないかもだし。
私がうーんと悩んでいると、彼が少し呆れた顔になった。
「実際に殺した相手が目の前にいるのに、何だか能天気だなお前は」
「いえ、猫が飛び出して来たぐらいで普通人間は死にませんから。単に私の健康過信による過剰労働の結果ですから自業自得です。運動不足と寝不足と栄養不足その他もろもろが積み重なった結果です。恨みもないですし」
「──人間というのは生活の為にそこまで働かねばならぬのか?」
「仕事によると申しますか、私の場合は個人でやってる仕事だったもので締め切りというものが……あ、寝床と食事まで提供して頂いたのに名乗りもせずすみません。私は斉木凛々子(さいきりりこ)と申します」
「……私は魔王、クレイドだ」
「はい、クレイドさん、と。──え、魔王?」
私は、結局こちらの世界でも長生き出来ないんじゃないだろうか、と新たな不安に襲われるのだった。
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