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悪役令嬢はオッサンフェチ。
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「──そういうことですので、ここはさらっと婚約破棄をした方がよろしいかと思いますのよ」
私が満面の笑みで見つめるのは、婚約者であるキース王子と子爵令嬢アンナリリーである。
いやあ、この場に持ち込むまでかなり苦労したものである。
◇ ◇ ◇
私は侯爵令嬢クラリッサ。現在十八歳。ハチミツ色の髪とライトブラウンの瞳をしたスタイルも良い自他ともに認める美人である。
そんな私だが、一年ほど前に夢で前世の記憶を思い出した。ここが私が良く読んでいた小説と同じ世界だと。まあそんなことは今はどうでも良い。現在この世界でリアルに私が生きていることだけが全てなのだ。
問題は小説の内容だ。
悪役令嬢である私がアンナリリーにあることないこと言われたとキースに泣きつき、私は婚約破棄になり、実家の屋敷から追い出された上で六十歳を越えた地方の妻に先立たれたジー様に嫁がされる。いや嘘でしょ四十歳以上ってもう孫じゃない。
それに基本的に面倒な揉め事は起こしたくないし、精神的に疲れるからいじめとかやりたくないのよねえ。波立たない人生って最高よね。
──正直に言おう。私はオジ専だ。それも一回り以上離れた男性でないと全くときめかない。まあそれでも限度はある。せいぜい今の年齢であれば四十歳ぐらいまで。オジ専ではあっても看取り専ではないのだ。ついでに言うとマッチョであれば尚良しである。
婚約破棄までは良しとしても、何故十八歳という身空で、夜の生活も覚束ないような男に嫁がねばならないのだ。王子だから立場上断れず婚約にはなったが、キースだってまだ二十一歳である。細身のイケメンではあるが、好みではない。何と言っても青いの、青すぎるのよ。筋肉も見当たらないし。
婚約がなしになるなら、ずうっと好きだった執事のヒューバートとどうにかなりたいではないか。
ヒューバートは三十四歳の胸板も厚いマッチョなイケメンである。いやもうイケオジと言うのだろうか。とにかく物静かな佇まいもダークブラウンの艶やかな髪もバリトンボイスも、深海のようなブルーの瞳も、皆全てが私の性癖ど真ん中なのだ。物心ついた時から、ヒューバート以上の男性に出会ったことがない。王子との縁組で泣く泣く諦めた恋の復活のチャンス、私が逃せるはずもない。
ということで、私はさっさとキースとの縁を切る方法を考えた。王族との繋がりは言うほど簡単には切れない。
穏やかに円満に。お互いにダメージがないように。
そして、私は夢見の力がたまに現れる、という胡散臭い方法を取ることにした。まあ簡単なことである。アンナリリーとその周囲の人々の恋愛絡みの人生模様を描いたその小説は、私が前世で何度も好きで読み返した話だった訳で、生まれ変わっても記憶には焼き付いている。
つまりは周囲の主要な人物のこれから起きる災難や、嬉しい出来事などは大抵覚えているということだ。テストならカンニングしているようなものであるが、まあそこは致し方ない。
「騎士団の●●様、この後手柄を上げて出世なさる夢を見ました」
「××伯爵は裏で賄賂を贈って他の商売敵へ品物が行かないよう根回しされている夢を(略)」
「×月×日に大雨が起きて△△△橋に多大なる損害が(略)」
などとキースに会う度に小出しにして行く。最初は若い娘に良くある絵空事のようにしか捉えて貰えなかったが、諦めなかった。
それから何度も私が言った通りのことが現実になると、キースは私の夢見を疑うことはなくなった。
彼も私のお陰で大臣の不正を暴けたし、事前に橋の補修をしておくことで被害もかなり少なく出来た。
父親である国王陛下には、かなり切れ者の息子としてかなり評価も上がり、万々歳だったはずである。
その辺りで私は切り出した。
「実はまた……」
「夢見か? 今度は一体どんな話なのだ?」
「キース様には大変申し上げにくいのですが……私よりのちの国母として相応しい女性、いえ、キース様がとても愛情を注ぐ女性が現れるのです。幸せそうな結婚生活を送っている姿が見えましたわ」
「まさか。夢見まで出来る可愛いクラリッサ以上の存在が現れるなど有り得ないだろう」
キースは笑った。
いえいえ。その可愛いクラリッサに対して、証拠もないようないじめの話で暴言を吐きまくり、弁明も聞かずに婚約破棄して嫌がらせに還暦のジジイに後添えとして放り込みたくなるほどの思いを抱くんですよ、あなたは、ええ。
まあ正直キースは別に悪い人ではないが、思慮が浅い。人には普通に接するが、単に摩擦なく人と接したいだけで興味がないのだ。国を良くしたいという気持ちだけが優先し、周囲の思いや願いには結構おざなりだったりする。要は弱者の立場になって考えられない人なのだ。
王族だし、そういう考え方が悪い訳ではないが、私には合わない。
元から政略だからと思えば我慢も出来たが、前世を思い出してしまえば話は別。どうせ捨てられるのであればサッサと関係をぶっち切って、アンナリリーに熨斗をつけて差し上げてしまえば丸く収まる。
「私も力及ばずで申し訳ございませんが、今までの夢見の力を思うと安易に考えてはいけないと思うのです。この国の未来のためにも」
分かりやすく国を憂うるとか言っておけば、ホイホイ引っ掛かるのがこのキースである。
「むうう」
「だが……」
とは言いつつも、考え込んだ。
「ひとまず、顔を合わせて頂くのが宜しいかと存じます。勿論、私の夢見の力についてはキース様しか知りませんし、その伯爵令嬢も社交界で挨拶ぐらいしかしておりませんが、大変見目麗しく性格も温和と聞いております。キース様の横に並んでも見劣りしないと考えますの」
「そうか……」
という流れでようやく三人でのご対面と相成った訳である。
お互いに一目見て惹かれ合ったのは明らかだ。まあ小説では結婚した後も幸せにやっていたし、それで国が傾いたなどもなかった。私からすれば厄介者を押し付ける感覚なのだが、二人が幸せならそれで良いではないか。
「クラリッサ……あの話は確かなのか?」
キースがこちらを伺うように見つめる。アンナリリーは説明を受けてももじもじと恥ずかしそうに俯いており、さぞや庇護欲をそそられることだろう。ああ既に好きだったのかも知れないわね。私にはどうでも良いのだけれど。私もいじめみたいな汚れ仕事をする前で良かったわ。
それでもいきなり婚約者から王子との婚約・結婚を打診されたら驚くだろう。
「今まで私が間違ったことを申し上げたことがございますか?」
「いや、それは分かっているのだ。だが、婚約破棄となると簡単には行かんだろう。侯爵家との関係もあるからな」
言いたいことは分かる。だがこちらも死活問題である。
「存じております。そこでご提案なのですが……」
私が王族との婚約にずっとプレッシャーを感じており、最近では悪夢にうなされて精神的に不安定になってしまった。
このまま結婚したとしても、何かのきっかけで心身に多大なるダメージが起こりかねず、先々お互い良くない状態になると思われるので婚約破棄をすべきでは──という辺りにしておくのはどうだろうかと説明をする。
「……まあそれならお互いのためを思って、ということで上手く着地出来そうだな。──だがクラリッサはそれで良いのか? 王族との婚約破棄ともなると、なかなか他に良い縁談は持ち込まれなくなると思うが」
「私も国を愛する一国民でございますわ。今後国を治める御方の幸せと国の未来を思えば、婚約破棄の一つや二つ、何ほどのことがありましょう」
自分でも歯が浮くような台詞だが、私にとって害にしかならない王子を遠ざけるためには、私だって全身全霊で演じなくてはならない。
「アンナリリー様……」
「は、はいっ!」
いきなり話し掛けられたアンナリリーは顔を上げる。
「私の夢見の話をしたのはキース様とあなただけです。あなたには真摯に説明しなければならないと思ったからですわ……」
レモンの汁に浸したハンカチで目を押さえる。
……ぐうう、やばいわ、思ったより効くわねコレ。まばたきする度に滝のような涙が流れるが、まあ結果オーライだ。
「キース様、そして国の未来をお任せ出来るのはアンナリリー様しかいないのです! どうか、どうか前向きに考えて頂けませんでしょうか?」
だーだー涙を流して頭を下げる侯爵令嬢に感極まったのか、アンナリリーも涙を流し、私の手を取る。
「泣かないで下さいクラリッサ様! 私のような者でよろしければ、キース様を支えて立派な国母となるべく、誠心誠意努力致しますわ!」
「アンナリリー様!」
「クラリッサ様!」
ひしっとアンナリリーに抱きつく私は、
(よっしゃ)
と小さく拳を握った。
両親は、王族との婚約破棄という失態を犯した娘を責めることもなく、
「可愛い娘が重責に苛まれていたのを私たちは気づけなかった」
とむしろ自分たちを責めており、私にはゆっくりしなさいと言うばかりだ。いや全然苛まれてはいなかったんだけれども。
家の使用人たちもどんよりと暗いムードだったが、執事のヒューバートも心の底から心配していた。
「──クラリッサお嬢様、この度は何と申し上げれば良いか……」
「いえ良いのよ。私が至らなかっただけだもの」
さて私の戦いは長丁場である。
屋敷でも王族との婚姻に失敗した娘が「あー極楽極楽♪」などと鼻歌を歌いながら風呂に入ったり、ソファーでお菓子をつまみながらゴロゴロしていたり、楽しく友だちと遊んだり出来るだろうか。答えは否。問答無用で窓もないような病院送りが確定だ。
せめて半年は心が折れかけた悲劇のご令嬢を演じ続けなければならない。今すぐヒューバートをどうにかしたい気持ちはやまやまだが、それでは私はただの節操なしのバカ女になってしまう。半年ぐらい過ぎて、心の傷も癒えた辺りで、ヒューバートの筋肉もとい美声もとい優しさや思いやりに気がついて……というルートが正攻法であろう。
目の前のご馳走をただ眺めるだけというのは苦行ではあるが、キースと無事に婚約破棄出来た今となっては、ただ希望という幸せを噛みしめるだけである。何の不満があろう。
まあ十六歳も下の小娘がヒューバートをその気にさせられるのか、という一番の問題が残っているのだけれど、先のことは先に考えれば良い。
私は諦めない女である。努力してこそ報われるチャンスもある。
◇ ◇ ◇
徐々に笑顔も見せるようになる、友人とお茶にもたまに出掛けられるようになる、という地道な変化を見せつつ半年が過ぎた。
気合を入れ過ぎたのか、本当に王子との婚約破棄が悲し過ぎると脳が錯覚しそうになり、そのたびに慌てて壁に頭をガンガン打ちつけた。
女優になれとは思ったが、往年の名女優のように役に入り込み過ぎてどうする自分。だが人間切羽詰まると何でも出来るものだという自信にはなった。ただ頭を打ち過ぎて少しバカになったかも知れない。
さあこれからが本陣への攻め込みである。
幸いなことに、ヒューバートにはどうやら今はお付き合いしている女性もおらず、結婚の予定など全くないようだ。この年齢で結婚していない人は多くはないが、執事やメイド長など、仕事でも重い立場の者は割と独身で過ごすことが多い。仕事で忙しいので家庭にまで気を回せないのかも知れない。ヒューバートも五年前に前の執事が引退してから、実質一人でこの侯爵家の切り盛りをしている訳だし、お人好しで能天気な両親と、王族に見捨てられるような娘がいる家では、さぞ自分の時間を持つのも大変だろうとは思う。
(……もしヒューバートに振られてしまったら、私は領地の外れの別荘で余生を送ろうかしらね。どうせ嫁の貰い手もないだろうし)
きっと顔を合わせるのも辛いだろうし、ヒューバートも仕事がやりづらくなるに違いない。諦めない女ではあるがしつこい女ではないのだ。脈がない状態でいつまでもまとわりつくなど、良い女とは言えない。
ただシチュエーションをどうすれば良いのか。
いきなり彼の部屋に潜り込み、既成事実を作るというのは現実的ではない。大体人間というのは前世の経験も含めて、「そこにヤれそうな異性がいたから」という理由でセックスが出来る人種が多いのである。愛情のあるなしなど無関係だ。
私は彼と愛のある関係になりたいが、私からの一方的な愛だけではなくヒューバートからの愛だって求めたいのだ。
立場上、伯爵家の四男でスペアにもならないと言っていた彼が、雇用主の娘に結婚を求められてもまず断れないと思うが、愛のない結婚など流石に悲し過ぎるではないか。ここは本音を聞きたいのだ。
この一手をしくじると巻き返しが出来るとも思えない。
色々考えた末に、こすっからい手を使うより堂々とアタックすべきだ、とようやく決心がついた。
「──ねえヒューバート、明日は天気も良いらしいし、久しぶりに洋服を買いに行きたいの。付き合ってくれないかしら? ほら、友人に長いこと付き合わせるのも悪いでしょう?」
庭でお茶を飲みながら、背後に控えているヒューバートにさり気なく声を掛ける。
「クラリッサお嬢様、お元気になられてこのヒューバート、本当に嬉しい限りでございます。私などでよろしければ喜んでお供させて頂きます」
相変わらず腰にゾクゾクと来るような良い声である。
この声が聞けるのも明日限りかも知れないと思うと体に震えが来るが、このまま行かず後家のぼっちのバー様として田舎で余生を過ごすぐらいなら、ワンチャン狙ったってバチは当たらないだろう。少なくとも好きな男に権力を笠に着て結婚をゴリ押しするような女にだけはなりたくない。
翌日。
一応名目だった買い物をちょこちょこして、馬車に荷物を運んで貰うと、お茶でも飲もうとカフェに誘った。前から目を付けていた個室もあるところだ。周りに話を聞かれたくないものね。
私の願いが届いたのか単に平日だったからなのか、個室は幾つか空いているというので、『エンドレスラブ』と言うテーマの部屋を選んだ。
何がエンドレスラブなのかと思ったら、壁中に大小のハートマークに切り抜いた紙が貼り付けられているだけだった。もう少しお金を掛けて欲しいものだわね。ヒューバートも若干居心地悪そうじゃないの。
ブラックのコーヒーとミルクティーを頼み、品物が届いてボーイが下がるまで雑談をしていた。
すると、少し黙っていたヒューバートが目頭を押さえた。
「……買い物に出られるまでお元気になられて良かったです。王族との婚約破棄など、女性としてはお辛かったでしょうに、ようやく乗り越えられたのかと思うとこのヒューバート、お嬢様の強さに感服しております」
「大げさね。別に王子だから結婚を断れなかっただけで、新しいお相手には心からエールを送りたいの。とても良い方なの。私は重責が辛くて弱っていただけだもの」
「そうは言われましても、若い女性なら不安になって当然です。何と言っても未来の国母でございますし……ただクラリッサお嬢様の今後の婚姻などにどれだけ影響が出るかと思うと私は心配で……」
彼には小さな頃から面倒を掛けていたので、もしや娘のような気持ちでいるのかも知れないと思うと暗澹とした気持ちになる。それでは困るのよ。
「──実はね、私は王子と婚約の話が来た時に諦めたものがあったのよ」
「諦めたもの、ですか?」
「そう。私の恋よ」
「……恋?」
ヒューバートは驚いたように目を見開いた。
「で、ですがクラリッサお嬢様は女性のご友人しかおられなかったではありませんか? そのような男性が身近にいたら、ご主人様もや奥様も簡単に王族とはいえ婚約の打診などに頷かれなかったはずです」
まあ父様も母様も一人娘の私を溺愛しているからねえ。
「傍にはいたわよ? ……というか屋敷内に」
「えっ? 誰ですか? まさか庭師のデビッドですか? あれはダメです! 女癖が悪くて二股掛けていると聞いてます。……ん? もしや出入りの移動商のジェイムズ? あの人は人柄は良いですが既婚者ですよ。子供もいます──すると会計士のベンジャミンですか? あいつは何があってもいけません。異性に興味がないんです!」
普段は物静かなくせに口数が多い。
皆二十代でひょろっとした男性だ。興味がないので知ろうとも思ってなかったが、ベンジャミンはそういう人なのか。かえって興味が湧いたじゃないの。
「──ヒューバートなのよ」
「……私? 私はその、三十四、いや今年三十五歳になるオッサンですよ? 何を仰ってるんですか。大人をからかうのはお止め下さい」
動揺しているヒューバートに畳みかけるように訴えた。
「ほらそういう風にあしらわれると思うから諦めていたのよ。私なんてヒューバートにとって子供みたいなものかと思ったから。ねえ、働いている屋敷の娘だからってのはとりあえず無視して、どうかしら? 傷モノになってしまったけれど、私を結婚相手としては見られないかしら? ずっとヒューバートのことが好きだったのよ」
「え? あ? あの……」
普段の落ち着いたイケオジの姿はどこへやら。まるで十代の少年のような反応に私も少々驚いた。またその姿に冷めない自分にも。
「正直に言ってくれて良いのよ。断られても絶対に両親には言わないし、顔を合わせるのは辛いでしょうから、私は別荘に引っ込むわ。まあ王族からポイされた私なんて怖くて縁談も来ないでしょうし、そうしようと以前から決めていたのよ。ふふふっ」
出来るだけ気楽に答えて欲しくて冗談ぽく言うと、ヒューバートは真顔になった。
「別にクラリッサお嬢様が悪いことをした訳でもないのに引っ込むなどおかしいでしょう」
「そうは言っても、いつまでも周囲の話のネタになるのは嫌だもの」
「──その、私の件ですが、本気なのですか?」
「私はこんなことで嘘はつかないわ」
「……でしたら参りましょう」
「え? え?」
ヒューバートはいきなり立ち上がり私の手を引っ張って店を出ると、馬車に乗り込み急ぎ屋敷に戻って来た。
そして両親がゆったりとお茶を飲んでいる居間にやって来ると、
「旦那様、奥様」
と声を掛け、そのまま深々と頭を下げた。
「私とクラリッサお嬢様と結婚させて頂きたいのです。どうぞお許し願えませんでしょうか」
何を言うかと思えばいきなり結婚の許可を取りに来た。
私はまだ告白の返事すら貰っていないのだけど。
父様も母様もちょっと驚いた顔をしていたが、父様が少し微笑んだ。
「……ふーん。クラリッサは何て言ってるの?」
「はっ、クラリッサお嬢様のお気持ちは確認致しました」
いやあんたの気持ちは確認してないっつうの。
「ヒューバート、私は強引にどうこうしたいって訳じゃないのよ。あなたの気持ちを優先してと言ったじゃないの。雇い主の娘だからって忖度しないで良いのよ」
私が慌てて彼を止める。そこで彼も私に何の返答もしていなかったことに思い至ったらしい。
「……申し訳ありません。私も以前からクラリッサお嬢様のことを愛しております。最初は妹のような気持ちだったのですが、気がつけば……ただ、年もかなり離れておりますし使用人です。とても恋愛対象として見て頂けるとも思いませんでした。王子との婚約も調った時点で、もうどうにもならないと諦めておりました。ただ、王子との婚約破棄で心を痛めているお嬢様を見て、また陰ながら好きでいることぐらいは良いだろうと……」
「え? そうなの?」
「はい。それで、先ほどお話を伺って、これは旦那様や奥様が別の縁談を持って来られるようになる前に何とかせねばと心が急きまして」
私がぽかんと口を開けていると両親が笑い出した。
「まあ幼い頃からずっと、クラリッサはヒューバートにまとわりついてたものねえあなた?」
「そうだな。ワシの抱っこは大して喜ばないのに、ヒューバートが抱っこするとやたらと嬉しそうだったしな」
どうやら両親も私が小さな頃からヒューバートに好意を抱いていたのは気づいていたようだ。だが特に王子の婚約の話も嫌がる訳でもなく淡々と受け入れていたので、子供の憧れみたいなものだったのかと考えていたらしい。
「お互いが良いなら私たちは別に反対するつもりはないよ。まあ事情はあれど、これからクラリッサに良い縁談に恵まれるとも思えないしな」
「そうね。ただ一人娘だから入り婿になって頂くことにはなってしまうけれど。ヒューバートなら娘のことも理解しているだろうし、私たちもあなたの真面目で仕事に手を抜かないところに信頼を置いているのよ。全く知りもしない男に嫁がせる羽目にならないで済んで、こちらこそお礼を言いたいわ。クラリッサをよろしくね」
「ありがとうございます。必ず幸せに致します」
懸念していた両親の反対もまるでなく、使用人たちからも祝福され、気がつけば短い婚約期間の後、私はヒューバートの妻となった。
さらに両親は屋敷の隣に新婚夫婦用の離れを建ててくれた。
苦労した甲斐はあったが、少々上手く行きすぎて怖い。
念願の初夜。私はちょっと思い違いをしていたことに気づいた。
前世ではそれなりに男性経験もしていたが、考えてみたら現世の私は処女だった。
そして、ガウンを脱いだヒューバートの股間のモノは、ちょっと想像を超えた大きさで立ち上がっていた。処女にこのサイズは想定外である。普通で良いのよ普通で。
「あのねヒューバートッ、私それは今すぐは無理だと思うのよ」
いつの間にかネグリジェもはぎとられて真っ裸にされた私は、ずりずりとベッドに起き上がろうともがく。
「大丈夫だよ。出来る限り解すからね」
唇をはむようにキスをされ、舌を絡めるようにされると私もくにゃりと力が抜ける。
「本当にクラリッサとこんなことが出来る日が来るなんて……夢のようだ」
胸の頂を口に含み、もう片方の胸も揉みしだかれると私の頭も朦朧として来てしまう。足の間からは愛液がぬるぬると太ももまで流れているような気がして、恥ずかしさに目眩がする。
ヒューバートの指が私の秘所に向かうと、「濡れているね」と嬉しそうに指を一本入れる。
「ひっ」
「大丈夫、少しでも痛くないように気持ち良くなっておこうね」
ゆっくり指を抜き差ししながら、私の感じるところを探そうとしているようだ。正直ヒューバートの指が私に入っていると思うだけでイきそうなのだが。
「──慣れているのね。経験豊富そうだわ」
少し嫉妬のような感情がこぼれてしまう。
「いや、女性と付き合ったこともないし娼館にも行ったことはない」
「……え? まさか私が初めての相手?」
「──悪いかい? 私だって、結婚でもしようと思ったりもしたんだ。君への不毛な愛をずっと抱えているのもなと思って」
「何故しなかったの?」
「休みの日にデートをしたんだけどね……どうしても屋敷のことが気になる。お嬢様はすっころんでないだろうか、ドアに指を挟んでないだろうか、だらしなく口を開けたまま眠ってやいないかと……お相手にも流石に失礼だと思ったので、お断りしたんだ」
「ろくな心配されてなくて情けないわ。それにしても、良くそんな女に好意を抱けたわね」
「何でだろうね。気がつけば目が離せなくなった」
「──私は有り難いけれど……あっ」
指でするりと触れられた辺りで電気が走ったようになって、目の前が真っ白になった。
「ここか……よし覚えた。経験はこれから二人で詰んで行けばいい。それで、私もそろそろ限界なんだ」
さっきより大きく思えるナニを私の陰部にゆっくりとこすりつける。
「……頑張るわ」
「愛しているよクラリッサ。一生君だけを」
ぐい、っと侵入してきたそれは、やはり想像以上に大きくて、思わず涙がこぼれたが、嬉し涙でもあったかも知れない。
「……っぐ、きついな……クラリッサ、痛いだろうね。ごめんね」
ゆっくりとした抽送をされているうちに、私も痛みは薄まり、僅かだが気持ち良さも感じ始めていた。
「ヒューバート……何か少し気持ち良いの」
「そうかい? じゃあ少し激しくさせて貰うよ」
そう言うと、ぱんっと深くまで突き込むような動きに変わる。
「あっ、あっ」
「ああダメだ! イきそうだ」
思い切り奥に突き入れると、お腹の奥に吐精したような感覚を感じた。
「……ごめん。早すぎたね……全く俺は」
息を整えながら謝るヒューバートが可愛い。普段は俺って言うのねえ。
「お互い初めてだもの。それに私はヒューバートと結婚出来ただけで幸せよ。愛してるわヒューバート」
軽く唇にちゅ、とすると、嬉しそうにぎゅうっと抱き締められた。とりあえず股間のそれを抜いて頂けないだろうか。私も処女として頑張ったし。
「……次は頑張る」
そう呟くと、ゆるゆると腰を動かし始めた。え? まだするの?
私が少し驚いてしまうと、当然じゃないかと返された。
「夜の営みというのは夫婦にとってはとても大切なんだよ? お互いが満足出来ない生活は良くないだろう?」
「私は十分満足よ」
「いや俺は満足させられていないと思う」
さっきより大きく思えるそれを再び突き入れられながら、私は結局気が遠くなり意識が飛ぶまで愛されたのであった。
しかし結婚はしても、ヒューバートほど出来る執事の代わりがいないため、暫くは領地経営の仕事も学びながら執事の仕事も並行するヒューバートを見ていると、
(今ならリアルで執事とお嬢様イメクラごっこが出来るのではないか)
と考えたりする日々である。
私は諦めない女である。
この野望はいつか叶えたいと切に願っている。
私が満面の笑みで見つめるのは、婚約者であるキース王子と子爵令嬢アンナリリーである。
いやあ、この場に持ち込むまでかなり苦労したものである。
◇ ◇ ◇
私は侯爵令嬢クラリッサ。現在十八歳。ハチミツ色の髪とライトブラウンの瞳をしたスタイルも良い自他ともに認める美人である。
そんな私だが、一年ほど前に夢で前世の記憶を思い出した。ここが私が良く読んでいた小説と同じ世界だと。まあそんなことは今はどうでも良い。現在この世界でリアルに私が生きていることだけが全てなのだ。
問題は小説の内容だ。
悪役令嬢である私がアンナリリーにあることないこと言われたとキースに泣きつき、私は婚約破棄になり、実家の屋敷から追い出された上で六十歳を越えた地方の妻に先立たれたジー様に嫁がされる。いや嘘でしょ四十歳以上ってもう孫じゃない。
それに基本的に面倒な揉め事は起こしたくないし、精神的に疲れるからいじめとかやりたくないのよねえ。波立たない人生って最高よね。
──正直に言おう。私はオジ専だ。それも一回り以上離れた男性でないと全くときめかない。まあそれでも限度はある。せいぜい今の年齢であれば四十歳ぐらいまで。オジ専ではあっても看取り専ではないのだ。ついでに言うとマッチョであれば尚良しである。
婚約破棄までは良しとしても、何故十八歳という身空で、夜の生活も覚束ないような男に嫁がねばならないのだ。王子だから立場上断れず婚約にはなったが、キースだってまだ二十一歳である。細身のイケメンではあるが、好みではない。何と言っても青いの、青すぎるのよ。筋肉も見当たらないし。
婚約がなしになるなら、ずうっと好きだった執事のヒューバートとどうにかなりたいではないか。
ヒューバートは三十四歳の胸板も厚いマッチョなイケメンである。いやもうイケオジと言うのだろうか。とにかく物静かな佇まいもダークブラウンの艶やかな髪もバリトンボイスも、深海のようなブルーの瞳も、皆全てが私の性癖ど真ん中なのだ。物心ついた時から、ヒューバート以上の男性に出会ったことがない。王子との縁組で泣く泣く諦めた恋の復活のチャンス、私が逃せるはずもない。
ということで、私はさっさとキースとの縁を切る方法を考えた。王族との繋がりは言うほど簡単には切れない。
穏やかに円満に。お互いにダメージがないように。
そして、私は夢見の力がたまに現れる、という胡散臭い方法を取ることにした。まあ簡単なことである。アンナリリーとその周囲の人々の恋愛絡みの人生模様を描いたその小説は、私が前世で何度も好きで読み返した話だった訳で、生まれ変わっても記憶には焼き付いている。
つまりは周囲の主要な人物のこれから起きる災難や、嬉しい出来事などは大抵覚えているということだ。テストならカンニングしているようなものであるが、まあそこは致し方ない。
「騎士団の●●様、この後手柄を上げて出世なさる夢を見ました」
「××伯爵は裏で賄賂を贈って他の商売敵へ品物が行かないよう根回しされている夢を(略)」
「×月×日に大雨が起きて△△△橋に多大なる損害が(略)」
などとキースに会う度に小出しにして行く。最初は若い娘に良くある絵空事のようにしか捉えて貰えなかったが、諦めなかった。
それから何度も私が言った通りのことが現実になると、キースは私の夢見を疑うことはなくなった。
彼も私のお陰で大臣の不正を暴けたし、事前に橋の補修をしておくことで被害もかなり少なく出来た。
父親である国王陛下には、かなり切れ者の息子としてかなり評価も上がり、万々歳だったはずである。
その辺りで私は切り出した。
「実はまた……」
「夢見か? 今度は一体どんな話なのだ?」
「キース様には大変申し上げにくいのですが……私よりのちの国母として相応しい女性、いえ、キース様がとても愛情を注ぐ女性が現れるのです。幸せそうな結婚生活を送っている姿が見えましたわ」
「まさか。夢見まで出来る可愛いクラリッサ以上の存在が現れるなど有り得ないだろう」
キースは笑った。
いえいえ。その可愛いクラリッサに対して、証拠もないようないじめの話で暴言を吐きまくり、弁明も聞かずに婚約破棄して嫌がらせに還暦のジジイに後添えとして放り込みたくなるほどの思いを抱くんですよ、あなたは、ええ。
まあ正直キースは別に悪い人ではないが、思慮が浅い。人には普通に接するが、単に摩擦なく人と接したいだけで興味がないのだ。国を良くしたいという気持ちだけが優先し、周囲の思いや願いには結構おざなりだったりする。要は弱者の立場になって考えられない人なのだ。
王族だし、そういう考え方が悪い訳ではないが、私には合わない。
元から政略だからと思えば我慢も出来たが、前世を思い出してしまえば話は別。どうせ捨てられるのであればサッサと関係をぶっち切って、アンナリリーに熨斗をつけて差し上げてしまえば丸く収まる。
「私も力及ばずで申し訳ございませんが、今までの夢見の力を思うと安易に考えてはいけないと思うのです。この国の未来のためにも」
分かりやすく国を憂うるとか言っておけば、ホイホイ引っ掛かるのがこのキースである。
「むうう」
「だが……」
とは言いつつも、考え込んだ。
「ひとまず、顔を合わせて頂くのが宜しいかと存じます。勿論、私の夢見の力についてはキース様しか知りませんし、その伯爵令嬢も社交界で挨拶ぐらいしかしておりませんが、大変見目麗しく性格も温和と聞いております。キース様の横に並んでも見劣りしないと考えますの」
「そうか……」
という流れでようやく三人でのご対面と相成った訳である。
お互いに一目見て惹かれ合ったのは明らかだ。まあ小説では結婚した後も幸せにやっていたし、それで国が傾いたなどもなかった。私からすれば厄介者を押し付ける感覚なのだが、二人が幸せならそれで良いではないか。
「クラリッサ……あの話は確かなのか?」
キースがこちらを伺うように見つめる。アンナリリーは説明を受けてももじもじと恥ずかしそうに俯いており、さぞや庇護欲をそそられることだろう。ああ既に好きだったのかも知れないわね。私にはどうでも良いのだけれど。私もいじめみたいな汚れ仕事をする前で良かったわ。
それでもいきなり婚約者から王子との婚約・結婚を打診されたら驚くだろう。
「今まで私が間違ったことを申し上げたことがございますか?」
「いや、それは分かっているのだ。だが、婚約破棄となると簡単には行かんだろう。侯爵家との関係もあるからな」
言いたいことは分かる。だがこちらも死活問題である。
「存じております。そこでご提案なのですが……」
私が王族との婚約にずっとプレッシャーを感じており、最近では悪夢にうなされて精神的に不安定になってしまった。
このまま結婚したとしても、何かのきっかけで心身に多大なるダメージが起こりかねず、先々お互い良くない状態になると思われるので婚約破棄をすべきでは──という辺りにしておくのはどうだろうかと説明をする。
「……まあそれならお互いのためを思って、ということで上手く着地出来そうだな。──だがクラリッサはそれで良いのか? 王族との婚約破棄ともなると、なかなか他に良い縁談は持ち込まれなくなると思うが」
「私も国を愛する一国民でございますわ。今後国を治める御方の幸せと国の未来を思えば、婚約破棄の一つや二つ、何ほどのことがありましょう」
自分でも歯が浮くような台詞だが、私にとって害にしかならない王子を遠ざけるためには、私だって全身全霊で演じなくてはならない。
「アンナリリー様……」
「は、はいっ!」
いきなり話し掛けられたアンナリリーは顔を上げる。
「私の夢見の話をしたのはキース様とあなただけです。あなたには真摯に説明しなければならないと思ったからですわ……」
レモンの汁に浸したハンカチで目を押さえる。
……ぐうう、やばいわ、思ったより効くわねコレ。まばたきする度に滝のような涙が流れるが、まあ結果オーライだ。
「キース様、そして国の未来をお任せ出来るのはアンナリリー様しかいないのです! どうか、どうか前向きに考えて頂けませんでしょうか?」
だーだー涙を流して頭を下げる侯爵令嬢に感極まったのか、アンナリリーも涙を流し、私の手を取る。
「泣かないで下さいクラリッサ様! 私のような者でよろしければ、キース様を支えて立派な国母となるべく、誠心誠意努力致しますわ!」
「アンナリリー様!」
「クラリッサ様!」
ひしっとアンナリリーに抱きつく私は、
(よっしゃ)
と小さく拳を握った。
両親は、王族との婚約破棄という失態を犯した娘を責めることもなく、
「可愛い娘が重責に苛まれていたのを私たちは気づけなかった」
とむしろ自分たちを責めており、私にはゆっくりしなさいと言うばかりだ。いや全然苛まれてはいなかったんだけれども。
家の使用人たちもどんよりと暗いムードだったが、執事のヒューバートも心の底から心配していた。
「──クラリッサお嬢様、この度は何と申し上げれば良いか……」
「いえ良いのよ。私が至らなかっただけだもの」
さて私の戦いは長丁場である。
屋敷でも王族との婚姻に失敗した娘が「あー極楽極楽♪」などと鼻歌を歌いながら風呂に入ったり、ソファーでお菓子をつまみながらゴロゴロしていたり、楽しく友だちと遊んだり出来るだろうか。答えは否。問答無用で窓もないような病院送りが確定だ。
せめて半年は心が折れかけた悲劇のご令嬢を演じ続けなければならない。今すぐヒューバートをどうにかしたい気持ちはやまやまだが、それでは私はただの節操なしのバカ女になってしまう。半年ぐらい過ぎて、心の傷も癒えた辺りで、ヒューバートの筋肉もとい美声もとい優しさや思いやりに気がついて……というルートが正攻法であろう。
目の前のご馳走をただ眺めるだけというのは苦行ではあるが、キースと無事に婚約破棄出来た今となっては、ただ希望という幸せを噛みしめるだけである。何の不満があろう。
まあ十六歳も下の小娘がヒューバートをその気にさせられるのか、という一番の問題が残っているのだけれど、先のことは先に考えれば良い。
私は諦めない女である。努力してこそ報われるチャンスもある。
◇ ◇ ◇
徐々に笑顔も見せるようになる、友人とお茶にもたまに出掛けられるようになる、という地道な変化を見せつつ半年が過ぎた。
気合を入れ過ぎたのか、本当に王子との婚約破棄が悲し過ぎると脳が錯覚しそうになり、そのたびに慌てて壁に頭をガンガン打ちつけた。
女優になれとは思ったが、往年の名女優のように役に入り込み過ぎてどうする自分。だが人間切羽詰まると何でも出来るものだという自信にはなった。ただ頭を打ち過ぎて少しバカになったかも知れない。
さあこれからが本陣への攻め込みである。
幸いなことに、ヒューバートにはどうやら今はお付き合いしている女性もおらず、結婚の予定など全くないようだ。この年齢で結婚していない人は多くはないが、執事やメイド長など、仕事でも重い立場の者は割と独身で過ごすことが多い。仕事で忙しいので家庭にまで気を回せないのかも知れない。ヒューバートも五年前に前の執事が引退してから、実質一人でこの侯爵家の切り盛りをしている訳だし、お人好しで能天気な両親と、王族に見捨てられるような娘がいる家では、さぞ自分の時間を持つのも大変だろうとは思う。
(……もしヒューバートに振られてしまったら、私は領地の外れの別荘で余生を送ろうかしらね。どうせ嫁の貰い手もないだろうし)
きっと顔を合わせるのも辛いだろうし、ヒューバートも仕事がやりづらくなるに違いない。諦めない女ではあるがしつこい女ではないのだ。脈がない状態でいつまでもまとわりつくなど、良い女とは言えない。
ただシチュエーションをどうすれば良いのか。
いきなり彼の部屋に潜り込み、既成事実を作るというのは現実的ではない。大体人間というのは前世の経験も含めて、「そこにヤれそうな異性がいたから」という理由でセックスが出来る人種が多いのである。愛情のあるなしなど無関係だ。
私は彼と愛のある関係になりたいが、私からの一方的な愛だけではなくヒューバートからの愛だって求めたいのだ。
立場上、伯爵家の四男でスペアにもならないと言っていた彼が、雇用主の娘に結婚を求められてもまず断れないと思うが、愛のない結婚など流石に悲し過ぎるではないか。ここは本音を聞きたいのだ。
この一手をしくじると巻き返しが出来るとも思えない。
色々考えた末に、こすっからい手を使うより堂々とアタックすべきだ、とようやく決心がついた。
「──ねえヒューバート、明日は天気も良いらしいし、久しぶりに洋服を買いに行きたいの。付き合ってくれないかしら? ほら、友人に長いこと付き合わせるのも悪いでしょう?」
庭でお茶を飲みながら、背後に控えているヒューバートにさり気なく声を掛ける。
「クラリッサお嬢様、お元気になられてこのヒューバート、本当に嬉しい限りでございます。私などでよろしければ喜んでお供させて頂きます」
相変わらず腰にゾクゾクと来るような良い声である。
この声が聞けるのも明日限りかも知れないと思うと体に震えが来るが、このまま行かず後家のぼっちのバー様として田舎で余生を過ごすぐらいなら、ワンチャン狙ったってバチは当たらないだろう。少なくとも好きな男に権力を笠に着て結婚をゴリ押しするような女にだけはなりたくない。
翌日。
一応名目だった買い物をちょこちょこして、馬車に荷物を運んで貰うと、お茶でも飲もうとカフェに誘った。前から目を付けていた個室もあるところだ。周りに話を聞かれたくないものね。
私の願いが届いたのか単に平日だったからなのか、個室は幾つか空いているというので、『エンドレスラブ』と言うテーマの部屋を選んだ。
何がエンドレスラブなのかと思ったら、壁中に大小のハートマークに切り抜いた紙が貼り付けられているだけだった。もう少しお金を掛けて欲しいものだわね。ヒューバートも若干居心地悪そうじゃないの。
ブラックのコーヒーとミルクティーを頼み、品物が届いてボーイが下がるまで雑談をしていた。
すると、少し黙っていたヒューバートが目頭を押さえた。
「……買い物に出られるまでお元気になられて良かったです。王族との婚約破棄など、女性としてはお辛かったでしょうに、ようやく乗り越えられたのかと思うとこのヒューバート、お嬢様の強さに感服しております」
「大げさね。別に王子だから結婚を断れなかっただけで、新しいお相手には心からエールを送りたいの。とても良い方なの。私は重責が辛くて弱っていただけだもの」
「そうは言われましても、若い女性なら不安になって当然です。何と言っても未来の国母でございますし……ただクラリッサお嬢様の今後の婚姻などにどれだけ影響が出るかと思うと私は心配で……」
彼には小さな頃から面倒を掛けていたので、もしや娘のような気持ちでいるのかも知れないと思うと暗澹とした気持ちになる。それでは困るのよ。
「──実はね、私は王子と婚約の話が来た時に諦めたものがあったのよ」
「諦めたもの、ですか?」
「そう。私の恋よ」
「……恋?」
ヒューバートは驚いたように目を見開いた。
「で、ですがクラリッサお嬢様は女性のご友人しかおられなかったではありませんか? そのような男性が身近にいたら、ご主人様もや奥様も簡単に王族とはいえ婚約の打診などに頷かれなかったはずです」
まあ父様も母様も一人娘の私を溺愛しているからねえ。
「傍にはいたわよ? ……というか屋敷内に」
「えっ? 誰ですか? まさか庭師のデビッドですか? あれはダメです! 女癖が悪くて二股掛けていると聞いてます。……ん? もしや出入りの移動商のジェイムズ? あの人は人柄は良いですが既婚者ですよ。子供もいます──すると会計士のベンジャミンですか? あいつは何があってもいけません。異性に興味がないんです!」
普段は物静かなくせに口数が多い。
皆二十代でひょろっとした男性だ。興味がないので知ろうとも思ってなかったが、ベンジャミンはそういう人なのか。かえって興味が湧いたじゃないの。
「──ヒューバートなのよ」
「……私? 私はその、三十四、いや今年三十五歳になるオッサンですよ? 何を仰ってるんですか。大人をからかうのはお止め下さい」
動揺しているヒューバートに畳みかけるように訴えた。
「ほらそういう風にあしらわれると思うから諦めていたのよ。私なんてヒューバートにとって子供みたいなものかと思ったから。ねえ、働いている屋敷の娘だからってのはとりあえず無視して、どうかしら? 傷モノになってしまったけれど、私を結婚相手としては見られないかしら? ずっとヒューバートのことが好きだったのよ」
「え? あ? あの……」
普段の落ち着いたイケオジの姿はどこへやら。まるで十代の少年のような反応に私も少々驚いた。またその姿に冷めない自分にも。
「正直に言ってくれて良いのよ。断られても絶対に両親には言わないし、顔を合わせるのは辛いでしょうから、私は別荘に引っ込むわ。まあ王族からポイされた私なんて怖くて縁談も来ないでしょうし、そうしようと以前から決めていたのよ。ふふふっ」
出来るだけ気楽に答えて欲しくて冗談ぽく言うと、ヒューバートは真顔になった。
「別にクラリッサお嬢様が悪いことをした訳でもないのに引っ込むなどおかしいでしょう」
「そうは言っても、いつまでも周囲の話のネタになるのは嫌だもの」
「──その、私の件ですが、本気なのですか?」
「私はこんなことで嘘はつかないわ」
「……でしたら参りましょう」
「え? え?」
ヒューバートはいきなり立ち上がり私の手を引っ張って店を出ると、馬車に乗り込み急ぎ屋敷に戻って来た。
そして両親がゆったりとお茶を飲んでいる居間にやって来ると、
「旦那様、奥様」
と声を掛け、そのまま深々と頭を下げた。
「私とクラリッサお嬢様と結婚させて頂きたいのです。どうぞお許し願えませんでしょうか」
何を言うかと思えばいきなり結婚の許可を取りに来た。
私はまだ告白の返事すら貰っていないのだけど。
父様も母様もちょっと驚いた顔をしていたが、父様が少し微笑んだ。
「……ふーん。クラリッサは何て言ってるの?」
「はっ、クラリッサお嬢様のお気持ちは確認致しました」
いやあんたの気持ちは確認してないっつうの。
「ヒューバート、私は強引にどうこうしたいって訳じゃないのよ。あなたの気持ちを優先してと言ったじゃないの。雇い主の娘だからって忖度しないで良いのよ」
私が慌てて彼を止める。そこで彼も私に何の返答もしていなかったことに思い至ったらしい。
「……申し訳ありません。私も以前からクラリッサお嬢様のことを愛しております。最初は妹のような気持ちだったのですが、気がつけば……ただ、年もかなり離れておりますし使用人です。とても恋愛対象として見て頂けるとも思いませんでした。王子との婚約も調った時点で、もうどうにもならないと諦めておりました。ただ、王子との婚約破棄で心を痛めているお嬢様を見て、また陰ながら好きでいることぐらいは良いだろうと……」
「え? そうなの?」
「はい。それで、先ほどお話を伺って、これは旦那様や奥様が別の縁談を持って来られるようになる前に何とかせねばと心が急きまして」
私がぽかんと口を開けていると両親が笑い出した。
「まあ幼い頃からずっと、クラリッサはヒューバートにまとわりついてたものねえあなた?」
「そうだな。ワシの抱っこは大して喜ばないのに、ヒューバートが抱っこするとやたらと嬉しそうだったしな」
どうやら両親も私が小さな頃からヒューバートに好意を抱いていたのは気づいていたようだ。だが特に王子の婚約の話も嫌がる訳でもなく淡々と受け入れていたので、子供の憧れみたいなものだったのかと考えていたらしい。
「お互いが良いなら私たちは別に反対するつもりはないよ。まあ事情はあれど、これからクラリッサに良い縁談に恵まれるとも思えないしな」
「そうね。ただ一人娘だから入り婿になって頂くことにはなってしまうけれど。ヒューバートなら娘のことも理解しているだろうし、私たちもあなたの真面目で仕事に手を抜かないところに信頼を置いているのよ。全く知りもしない男に嫁がせる羽目にならないで済んで、こちらこそお礼を言いたいわ。クラリッサをよろしくね」
「ありがとうございます。必ず幸せに致します」
懸念していた両親の反対もまるでなく、使用人たちからも祝福され、気がつけば短い婚約期間の後、私はヒューバートの妻となった。
さらに両親は屋敷の隣に新婚夫婦用の離れを建ててくれた。
苦労した甲斐はあったが、少々上手く行きすぎて怖い。
念願の初夜。私はちょっと思い違いをしていたことに気づいた。
前世ではそれなりに男性経験もしていたが、考えてみたら現世の私は処女だった。
そして、ガウンを脱いだヒューバートの股間のモノは、ちょっと想像を超えた大きさで立ち上がっていた。処女にこのサイズは想定外である。普通で良いのよ普通で。
「あのねヒューバートッ、私それは今すぐは無理だと思うのよ」
いつの間にかネグリジェもはぎとられて真っ裸にされた私は、ずりずりとベッドに起き上がろうともがく。
「大丈夫だよ。出来る限り解すからね」
唇をはむようにキスをされ、舌を絡めるようにされると私もくにゃりと力が抜ける。
「本当にクラリッサとこんなことが出来る日が来るなんて……夢のようだ」
胸の頂を口に含み、もう片方の胸も揉みしだかれると私の頭も朦朧として来てしまう。足の間からは愛液がぬるぬると太ももまで流れているような気がして、恥ずかしさに目眩がする。
ヒューバートの指が私の秘所に向かうと、「濡れているね」と嬉しそうに指を一本入れる。
「ひっ」
「大丈夫、少しでも痛くないように気持ち良くなっておこうね」
ゆっくり指を抜き差ししながら、私の感じるところを探そうとしているようだ。正直ヒューバートの指が私に入っていると思うだけでイきそうなのだが。
「──慣れているのね。経験豊富そうだわ」
少し嫉妬のような感情がこぼれてしまう。
「いや、女性と付き合ったこともないし娼館にも行ったことはない」
「……え? まさか私が初めての相手?」
「──悪いかい? 私だって、結婚でもしようと思ったりもしたんだ。君への不毛な愛をずっと抱えているのもなと思って」
「何故しなかったの?」
「休みの日にデートをしたんだけどね……どうしても屋敷のことが気になる。お嬢様はすっころんでないだろうか、ドアに指を挟んでないだろうか、だらしなく口を開けたまま眠ってやいないかと……お相手にも流石に失礼だと思ったので、お断りしたんだ」
「ろくな心配されてなくて情けないわ。それにしても、良くそんな女に好意を抱けたわね」
「何でだろうね。気がつけば目が離せなくなった」
「──私は有り難いけれど……あっ」
指でするりと触れられた辺りで電気が走ったようになって、目の前が真っ白になった。
「ここか……よし覚えた。経験はこれから二人で詰んで行けばいい。それで、私もそろそろ限界なんだ」
さっきより大きく思えるナニを私の陰部にゆっくりとこすりつける。
「……頑張るわ」
「愛しているよクラリッサ。一生君だけを」
ぐい、っと侵入してきたそれは、やはり想像以上に大きくて、思わず涙がこぼれたが、嬉し涙でもあったかも知れない。
「……っぐ、きついな……クラリッサ、痛いだろうね。ごめんね」
ゆっくりとした抽送をされているうちに、私も痛みは薄まり、僅かだが気持ち良さも感じ始めていた。
「ヒューバート……何か少し気持ち良いの」
「そうかい? じゃあ少し激しくさせて貰うよ」
そう言うと、ぱんっと深くまで突き込むような動きに変わる。
「あっ、あっ」
「ああダメだ! イきそうだ」
思い切り奥に突き入れると、お腹の奥に吐精したような感覚を感じた。
「……ごめん。早すぎたね……全く俺は」
息を整えながら謝るヒューバートが可愛い。普段は俺って言うのねえ。
「お互い初めてだもの。それに私はヒューバートと結婚出来ただけで幸せよ。愛してるわヒューバート」
軽く唇にちゅ、とすると、嬉しそうにぎゅうっと抱き締められた。とりあえず股間のそれを抜いて頂けないだろうか。私も処女として頑張ったし。
「……次は頑張る」
そう呟くと、ゆるゆると腰を動かし始めた。え? まだするの?
私が少し驚いてしまうと、当然じゃないかと返された。
「夜の営みというのは夫婦にとってはとても大切なんだよ? お互いが満足出来ない生活は良くないだろう?」
「私は十分満足よ」
「いや俺は満足させられていないと思う」
さっきより大きく思えるそれを再び突き入れられながら、私は結局気が遠くなり意識が飛ぶまで愛されたのであった。
しかし結婚はしても、ヒューバートほど出来る執事の代わりがいないため、暫くは領地経営の仕事も学びながら執事の仕事も並行するヒューバートを見ていると、
(今ならリアルで執事とお嬢様イメクラごっこが出来るのではないか)
と考えたりする日々である。
私は諦めない女である。
この野望はいつか叶えたいと切に願っている。
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