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攻撃そして攻撃へ

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「──エマ、これは?」
「お名前を刺繍してみましたの。良ければ使って頂けると嬉しいですわ」
 夕食後、私はルークにそっとハンカチを差し出した。王家の家紋も入れた力作である。
 嬉しそうにありがとうと言われたので、まずは成功だとにやけそうな笑みを抑えた。


 ベティーとは先日色々と打ち合わせて改善策を練った。
「エマ様がルーク様が大好き過ぎてアイタタな方なのはわたくしは存じておりますが、緊張するから、恥ずかしいからと、せっかくのルーク様のアプローチを避けるようにしていては、関係改善どころか変態もいつまでも治りません。不治の病にされたいのですか」
「そんな訳ないでしょう。でもね、手紙のルーク様より生身のルーク様の方が何倍も素敵なのよ。私は嫌われたくないのよ。ベティーだって、素敵だなあと軽い気持ちで手に取った宝石箱が、実はとても高名な作家が作った超高価なアンティークだったりしたら『ひいいっ』って思うでしょう? 汚したり壊したりしたらえらいことだわと思って、元の場所に戻そうとか距離を取ろうと思わない? 彼はそういう存在なのよ。分かってもらえるかしら?」
「あいにく焦げ過ぎて燃えカスになりそうな熱い思いを男性に抱いたことがございませんので分かりかねます。……ですが長い付き合いですので、エマ様が裸眼でもしっかり顔が認識出来るほどルーク様に近づけないお気持ちは分かりますわ。ですから」
 そうベティーは言うと、私の手を取り笑みを浮かべた。
「まずは近づき過ぎない状態で好意のアピールをしていきましょう」
「近づき過ぎない状態で……とは?」
 ベティーは頷いて、ポケットにいつも忍ばせているメモ帳とペンを取り出した。やるべき仕事に抜けがないようによく書き込んでいるものだ。
 一枚紙をぺりぺりと剥がすと、テーブルで何やら書き出した。
「こちらをご覧下さい」
 私が紙を覗き込むと、真ん中に棒切れのような人が描かれており、四方八方に沢山の矢印が伸びている。更にその外側にまた棒切れのような人。こちらは三角のスカートのような形が描かれている。
「これは?」
「真ん中がルーク様で、こちらの外にいるのがエマ様です」
「……ベティーは絵が下手だったのね。何でも上手でそつがないと思っていたのに意外だったわ」
「そこはスルーして頂いて、今のお二人の関係値です。太陽のように全てがきらめいていると思っているルーク様と、その外側でもじもじしているエマ様ですわ」
 私はちょっと不機嫌になる。
「きらめいていると思っている、じゃなくて事実きらめいているのよ」
「そんなことは今はどうでも良いのです。現実的にこのきらめきがエマ様が近づけない邪魔な要因であると理解頂ければいいのですから」
 そして少し考えた後にベティーは続けた。
「よろしいですかエマ様。ルーク様のきらめく矢印、これはエマ様にとって堅牢な要塞なのです。これを打ち破るためには攻撃するしかありません」
「攻撃……?」
「近づけないなら遠方から非力でもぺちぺち攻撃するのです。水滴も長年落ち続ければ固い岩だって削れるぐらいですから、ここはエマ様がルーク様の周囲の防御を緩める努力をすべきですわ」
「私の攻撃力は水滴レベルなのね」
「水滴以下ですわ。何もせずルーク様の周囲をグルグル回って密かに一喜一憂しているだけで、攻撃すらしてないじゃありませんか」
 ベティーの言葉の攻撃力の方がよほど強力だ。だが事実である。
 私は思わず痛む胸を押さえる。
「エマ様の変態が悪化しつつある主な原因は、ルーク様への過剰なまでの愛情とそれに伴って膨らむ妄想癖です。そして対外的な体裁を保つため、見目麗しくたおやかで上品、高貴な姫君を演出していることへのストレスに他なりません」
「まあ見目麗しいは母の遺伝とダイエットで何とかなったけれど、たおやかとか気品なんて私の引き出しにはないもの。そもそも一番の趣味が農作業と小さい生き物の観察だし」
「小さな生き物と言えば聞こえはいいですが、昆虫や爬虫類、両生類まで守備範囲ですしね」
「だって可愛いじゃないの。目とかつぶらな子も沢山いるのよ? 仕草だって愛らしいし」
「目がつぶらだとか仕草が愛らしいとかわたくしにはさっぱり共感出来ませんが、それは置いといて、なるべく直接目を合わせず、でも言葉や物で愛情アピールをしていくのが大切です。ルーク様への冷たいと思われがちな対応のフォローにもなりますし、このきらめきの矢印も徐々に範囲を狭めていけるのではとわたくしは考えますわ」
「そうね……それにしても意外だったわね……」
 まじまじと絵を眺める私に、珍しく少し顔を赤くしたベティーが紙を折り畳むとポケットにしまい込んだ。
「まずは得意なものでアピールするところから攻めて参りましょう。……それと、ストレス解消については考えていることもございますので、しばしお待ち下さいませ」
 真顔に戻ったベティーと考えた結果が物量作戦である。
 得意な刺繍をして、ルークにその刺繍したハンカチをプレゼントする。
 私の刺繍したハンカチがルークのポケットに存在すると考えただけで胸熱だ。
 これでは私の変態が悪化するのではと心配しないでもなかったが、
「病が治癒に向かうまでには、体の毒素が排出されて一時的に悪化することもあると聞きます。最終的に症状が軽くなる、もしくは折り合いがつくのであれば結果オーライなのですから、今は妄想がはかどることになろうが変態が加速しようが、全部まるっと無視しましょう。どうせ短期間で治るものでもないのですから」
 というベティーの応援(?)で前向きに考えることにした。
 そう、私は戦いの戦場に立った。
 これからの私はぺちぺちと、そうぺちぺちと攻撃あるのみである。



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