ポンコツクールビューティーは王子の溺愛に気づかない

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

文字の大きさ
上 下
25 / 42

単に拗ねているだけです

しおりを挟む
「……へえ、そうなんだ」
「ええそうなのですわ。それでレイチェルが芝居の後でお忍びで町を散策しようと誘って下さっているのですけれど、行ってもよろしいでしょうかルーク様? ……あ、もちろん王族と知られないよう変装もしますし、ベティーは連れて行きますので、安全面は問題ないかと思うのです」
「ふーん。ベティーをね」

 ……何故ルークはこんなにご機嫌が悪いのだろうか。
 いや、見た目はいつもの穏やかな彼なのだが、話し方やふと垣間見える表情に苛立たしそうなものを感じてしまう。
 従妹のレイチェルを可愛がっていると聞いていたし、私が彼女と仲良くするのを喜んでいたように思ったのだけれど。
 昼食を食べた後のお茶を飲みながら話を切り出した私は、
「それは良かったね。レイチェルと思う存分楽しんでおいで」
 という返事を期待していた。優しい彼ならきっとそう言うと思い込んでいた。
 予想外の返事に戸惑いを隠せなかったのだが、彼の次の言葉で意味が分かった。
「……初めて城下町に行く時は私も行きたかったのにな」
(──そうか、ルークは自分は忙しくて町に行けないから機嫌が悪くなってしまったのね。私が羨ましがらせてしまったんだわ)
 でも今後王位を継ぐ上で、国王陛下のもとで学ばねばならない書類仕事や外交に追われる彼と違い、私は社交担当だ。現在、パーティーなどで知己を広めるぐらいしか仕事らしい仕事がない。それも、来たばかりだし国に慣れるまでは必要なもの以外はやらなくていいと言われている。
 好きな農作業も出来ない、外で絵を描くなどとんでもない、デザイナーを呼んでしょっちゅう新しいドレスを作るほど散財するようなファッションへの興味もない。読書は好きだがメガネ必須。長時間部屋に引きこもって本を読んでいたら「引きこもりの姫君」などと言われてしまうので、頻繁には出来ない。体型を保つための運動だってそこまで長い時間は掛からない。
 そう、ものすごく暇で暇でしょうがないのである。
 それに自分のやりたいことが出来ないというのもかなり気分が滅入る。
 彼ほどの忙しさだもの、ちょっと休んで遊びたい気持ちもとても分かる。
 私がレイチェルと呑気に遊びたいなんて言い出したら苛立つのも分かる。
 でも私も貴重な新しい友人と遊びたいし、『何もすることがない時間』を少しでも排除したい。
 私のイライラも解消したいのだ。
 いくら身なりや容姿を気遣っていても、内心のイライラはいずれ伝わってしまうものだ。
 誰しもイライラしてる人や怒っている人の傍にはいたくないように、ルークといる時にそんなモヤモヤした部分が出てしまったら、彼だって居心地が悪いだろうし、嫌われて避けられてしまうかもしれない。ずうっと溜め込めるものでもないのだから、爆発する前に何とかしないと。
 正直私にとってストレス解消と暇な時間の減少は死活問題なのである。ここはルークには申し訳ないが何とか遊びに行かねば。これは巡り巡って彼の為でもあるのだ。
「……私が忙しいルーク様を差し置いて遊びに行くのはとても心苦しいですわ。ですが、彼女は私たちが訪問した際にとても良くしてくれました。相手にもてなさせておいて自分たちは何もしない、というのは礼儀に反すると思うのです。ましてやルーク様の親族ですもの、友好だって深めておくに越したことはございませんでしょう?」
 物は言い様である。
 自分がただ遊びたいのではなく、歓待された相手を歓待し返し、もてなすのは人として当然であるというルートにさえ持って行けば良いのだ。実際概ね間違ってはいないのだし。
「うん……まあ、それはそうなんだけどね。何だかズルいなって」
「ズルい、ですか?」
「うん。私よりレイチェルの方がエマと仲良くなるのが早そうだから。私だって仕事に追われてなければ一緒に行きたいぐらいなのにさ」
「……」
 ナチュラルに心臓をわしづかみにするのは止めて下さい。
 そりゃあ私だってイチャイチャ出来るぐらい早急に仲良くなりたい。
 ただ物理的に近づくと、私の変態ストッパーが外れてしまいそうになるのでまだ無理なのです。ルークに嫌われてしまったら生きる気力がなくなる私としては、変態と常識の狭間で心が揺れ動いている現状では時期尚早。
 ただ彼との会話もこれだけまともに続けられるほどの進化を遂げているのだから、親しさアップは出来ている。いずれゼロ距離で隣に座った状態でも言葉に詰まることもなく、緊張で体が震えることもなくなるはずよ。気合と根性の血筋が、恋の前では役に立たないのが腹立たしい限りだけれど。
 静かに殺し文句を脳内で咀嚼して落ち着こうとしていると、
「従妹にやきもちは良くないよね。いいよ、楽しんでおいで。ただしくれぐれも用心するんだよ」
 とテーブルの向かい側のルークが冗談めかして許可をくれた。
「……よろしいのですか?」
「普段からお世話にもなってるからね。でもレイチェルもエマも可愛いのだから、変な男に絡まれそうになったらベティーだけじゃ不安だ。腕が、じゃなく複数ってこともあるからね。トッドともう一人か二人、護衛として連れて行くこと」
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
 許可が出たのもだけど……可愛いって。ルークが私を可愛いって。
 これは日記に詳細に書き止めねば。ああベティーにも報告しなくちゃ。
 ふっふっふっふっふ。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

処理中です...