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友人ではない友人
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色んな問題がある私を嫌うことなく、応援してくれると言ってくれたレイチェル。
エルキントン公爵の屋敷から戻ってから、僅か一週間で彼女から送られて来た手紙には、
『そちらで近々好きな俳優が主演の舞台があるので、苦労してチケットを二枚取った。良い席だったしオペラグラスもとても良いのを入手したので、エマお姉様も苦労せず観られると思うので是非ご一緒にどうか? ついでに大きな町に出るのも久しぶりなので買い物もしたい。ついては数日間王宮に泊めてもらえたら嬉しいな♪ ルークお兄様が許してくれたら、変装して一緒に女同士で町に繰り出しましょう(要約)』
という内容だった。
「ベティー、レイチェルがこちらに遊びに来るんですって。良ければ一緒にまた出掛けようって言ってくれてるわ!」
私は届いた手紙を読むと、彼女に少し興奮気味に報告した。
ベティーは私の髪の毛を編み込む手を休めないまま笑みを浮かべ、
「まあ、素敵じゃありませんか!」
と一緒に喜んでくれた。
「どうしましょう。私こんな親し気に接してくれる友人なんてベティーしかいなかったから、何だかとても嬉しいわ」
「友人と仰って頂けるのは嬉しいですが、わたくしはエマ様の使用人ですから」
「寂しいこと言わないでちょうだい。あなたが友人でなければ、私は子供の頃から友人もいない一人ぼっちということじゃないの。仕事は仕事、プライベートはプライベートでしょう?」
「それでも畏れ多いですわ。たかだか子爵家の次女が王女のご友人だなんて」
ベティーは私の髪を綺麗に整えると、ピンやブラシなどを片付け始める。
「……でも確かに、私のワガママで行儀見習いのつもりで来ていたベティーをずっと引き留めてしまっているのは事実だものね。ラングフォードまで連れて来てしまったし」
「いえ、それはわたくしがご一緒することを望んだからですわ」
「私には大切な友人がいるのだ、と思っていたのは勘違いだったのね」
ただでさえ王家の血筋と容姿だけが取り柄の、目が悪くて巻き爪で淑女にあるまじき趣味を隠し持つ、ルークに対しての愛を拗らせまくった変態なのである。
これで友人一人いない、まで追加されたらチェックメイトではなかろうか。
レイチェルは私の欠点も知った上で友人になりたいと言ってくれたけれど、それもルークの妻だからという忖度があったのかしら。
膨らんだ気持ちが急にしぼんだような思いでしょんぼりした。
ベティーは私を少し呆れたような目で眺めていたが、
「……ここだけの話にして下さいませ」
と小声で呟くと、私を見つめた。
「──あのですねえエマ様、わたくしの性格はご存じでしょう? 意外と頑固ですし、自分がやりたくないことを我慢してやるのも向いておりません。顔に出ますもの。でもこんなわたくしがずっとエマ様のお傍にいたのも、必死で護衛術を学んだのも、この国に来たのもひとえにエマ様が好きだからではありませんか」
「ベティー……」
「エマ様は見た目こそ美術品のようにお美しいですし礼儀作法も文句なしですが、おっちょこちょいだし、思い込みは激しいし、王族なのに楽しそうに土を耕したり野菜掘り起こしたり、ミミズやカエルも平気で手で持って眺めてるようなちょっとアレな姫様ですけれども──」
「ちょっとアレの部分が割と気になるわ」
「──けれども、とても素直だし、自分が間違っている時にはきちんと謝れるし、権力を振りかざす傲慢なところもなければ、使用人に無理を強いることもないお心の優しい方だと思っていますし、心底素晴らしい御方だと尊敬もしています」
初めて聞くベティーの本心に私はただ黙って聞いていた。
「わたくしは仕事をおろそかにするのが嫌いです。ですからお仕えする方に、例え親友のような気持ちを持っていたとしても、上下関係が存在する以上それを表に出したくはないのです。それが仕事に対する甘えに繋がるかも知れないことが許せないからですわ」
「……そうね。悪かったわ、ごめんなさい」
ベティーは苦笑した。
「いえ、謝って頂かなくても良いのです。ただ、わたくしは現在の仕事をしている間は、内心はどうあれ絶対にエマ様を親友だとか友人と認める発言は致しませんので、そこはご理解下さい」
「ねえベティー……仕事を辞めたら発言は変わるのかしら?」
「そうですね。ただ問題なのは……」
「問題なのは?」
「クビにならない限り、わたくしが仕事を辞める予定が全くないことですわね」
ほほほほっ、と楽しそうに笑うベティーを眺め、私は何だか泣きそうになった。
「──ただ、友人と認めるつもりはございませんが、一生お傍におりますわ。それでよろしゅうございますか?」
「ありがとうベティー。大好きよ!」
「大体こんな手間のかかる姫様のお世話がこなせるのはわたくしぐらいのものですもの」
「……おかしいわね。ここはばーっと感動的な言葉が続くはずなのだけど」
「そうそう甘やかされることがないのも人生ですわ。さ、お支度整いました。お食事の時にルーク様にレイチェル様の訪問のお話をされるのでしょう? お手紙を忘れないようにしませんと」
「いけない、そうだったわ」
傍にいる限り友人ではない友人というのも、悪くないものである。
エルキントン公爵の屋敷から戻ってから、僅か一週間で彼女から送られて来た手紙には、
『そちらで近々好きな俳優が主演の舞台があるので、苦労してチケットを二枚取った。良い席だったしオペラグラスもとても良いのを入手したので、エマお姉様も苦労せず観られると思うので是非ご一緒にどうか? ついでに大きな町に出るのも久しぶりなので買い物もしたい。ついては数日間王宮に泊めてもらえたら嬉しいな♪ ルークお兄様が許してくれたら、変装して一緒に女同士で町に繰り出しましょう(要約)』
という内容だった。
「ベティー、レイチェルがこちらに遊びに来るんですって。良ければ一緒にまた出掛けようって言ってくれてるわ!」
私は届いた手紙を読むと、彼女に少し興奮気味に報告した。
ベティーは私の髪の毛を編み込む手を休めないまま笑みを浮かべ、
「まあ、素敵じゃありませんか!」
と一緒に喜んでくれた。
「どうしましょう。私こんな親し気に接してくれる友人なんてベティーしかいなかったから、何だかとても嬉しいわ」
「友人と仰って頂けるのは嬉しいですが、わたくしはエマ様の使用人ですから」
「寂しいこと言わないでちょうだい。あなたが友人でなければ、私は子供の頃から友人もいない一人ぼっちということじゃないの。仕事は仕事、プライベートはプライベートでしょう?」
「それでも畏れ多いですわ。たかだか子爵家の次女が王女のご友人だなんて」
ベティーは私の髪を綺麗に整えると、ピンやブラシなどを片付け始める。
「……でも確かに、私のワガママで行儀見習いのつもりで来ていたベティーをずっと引き留めてしまっているのは事実だものね。ラングフォードまで連れて来てしまったし」
「いえ、それはわたくしがご一緒することを望んだからですわ」
「私には大切な友人がいるのだ、と思っていたのは勘違いだったのね」
ただでさえ王家の血筋と容姿だけが取り柄の、目が悪くて巻き爪で淑女にあるまじき趣味を隠し持つ、ルークに対しての愛を拗らせまくった変態なのである。
これで友人一人いない、まで追加されたらチェックメイトではなかろうか。
レイチェルは私の欠点も知った上で友人になりたいと言ってくれたけれど、それもルークの妻だからという忖度があったのかしら。
膨らんだ気持ちが急にしぼんだような思いでしょんぼりした。
ベティーは私を少し呆れたような目で眺めていたが、
「……ここだけの話にして下さいませ」
と小声で呟くと、私を見つめた。
「──あのですねえエマ様、わたくしの性格はご存じでしょう? 意外と頑固ですし、自分がやりたくないことを我慢してやるのも向いておりません。顔に出ますもの。でもこんなわたくしがずっとエマ様のお傍にいたのも、必死で護衛術を学んだのも、この国に来たのもひとえにエマ様が好きだからではありませんか」
「ベティー……」
「エマ様は見た目こそ美術品のようにお美しいですし礼儀作法も文句なしですが、おっちょこちょいだし、思い込みは激しいし、王族なのに楽しそうに土を耕したり野菜掘り起こしたり、ミミズやカエルも平気で手で持って眺めてるようなちょっとアレな姫様ですけれども──」
「ちょっとアレの部分が割と気になるわ」
「──けれども、とても素直だし、自分が間違っている時にはきちんと謝れるし、権力を振りかざす傲慢なところもなければ、使用人に無理を強いることもないお心の優しい方だと思っていますし、心底素晴らしい御方だと尊敬もしています」
初めて聞くベティーの本心に私はただ黙って聞いていた。
「わたくしは仕事をおろそかにするのが嫌いです。ですからお仕えする方に、例え親友のような気持ちを持っていたとしても、上下関係が存在する以上それを表に出したくはないのです。それが仕事に対する甘えに繋がるかも知れないことが許せないからですわ」
「……そうね。悪かったわ、ごめんなさい」
ベティーは苦笑した。
「いえ、謝って頂かなくても良いのです。ただ、わたくしは現在の仕事をしている間は、内心はどうあれ絶対にエマ様を親友だとか友人と認める発言は致しませんので、そこはご理解下さい」
「ねえベティー……仕事を辞めたら発言は変わるのかしら?」
「そうですね。ただ問題なのは……」
「問題なのは?」
「クビにならない限り、わたくしが仕事を辞める予定が全くないことですわね」
ほほほほっ、と楽しそうに笑うベティーを眺め、私は何だか泣きそうになった。
「──ただ、友人と認めるつもりはございませんが、一生お傍におりますわ。それでよろしゅうございますか?」
「ありがとうベティー。大好きよ!」
「大体こんな手間のかかる姫様のお世話がこなせるのはわたくしぐらいのものですもの」
「……おかしいわね。ここはばーっと感動的な言葉が続くはずなのだけど」
「そうそう甘やかされることがないのも人生ですわ。さ、お支度整いました。お食事の時にルーク様にレイチェル様の訪問のお話をされるのでしょう? お手紙を忘れないようにしませんと」
「いけない、そうだったわ」
傍にいる限り友人ではない友人というのも、悪くないものである。
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