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そりゃそうですよね
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「よく来たなルーク! そちらがエマ嬢か? いやー噂以上のお美しさだね」
「まあそんな……でもお世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます」
長時間の馬車移動で少々お尻がアレになって来た頃、ようやくエリック・エルキントン公爵の屋敷に到着した。お尻は痛いけど、ギリギリまでルークの寝顔が見れて私は大満足だ。
しとやかに淑女の礼を取った私は気力十分だった。
エリック・エルキントン公爵夫妻はとても人柄の良さそうな方々だった。
エルキントン公爵は細身であごひげの紳士という感じで、奥様はふっくらして物腰柔らかな笑顔の絶えない女性。
ルークの従妹にあたるレイチェルという十七歳の女性も、フワフワした金髪を後ろでまとめてニコニコと嬉しそうにしている愛らしい女性で、母親にとても良く似ていた。
「まあまあ、そんな堅苦しいのはよしにして、まずは長旅で疲れただろう。湯も沸かしてあるし、夕食まで夫婦でゆっくりしてくれ。後で軽食にサンドイッチでも運ばせよう」
「エマ様は何か苦手な食べ物はございますの? 今夜のメインはこちらの地方の名物の魚介のホワイトシチュー、それとローストビーフにするつもりなのだけど」
「いえ、特に苦手なものはございませんわ。とても美味しそうで楽しみです」
現時点でお腹が鳴りそうなほど空腹で、メニューを聞いただけで涎が出そうだった。
サンドイッチを用意してくれるようなのでそこまでは我慢だわ。
「私が客室までご案内します。ルークお兄様と、……エマお姉様とお呼びしても?」
「ええ、もちろんですわ」
とりあえずひと休み出来るのはありがたい、とルークに軽く腕を絡めて階段を上りながらふと気がついた。……ちょっと待って。
「森が見える景色が良い側の部屋にしましたわ。気に入って下さると良いのですが。隣に小さいですがメイクルーム兼衣装部屋もございますので」
レイチェルに案内された部屋は、確かに大きな窓に広々とした森が見え、少し遠くに流れる小川も見えるような素晴らしく居心地の良さそうな部屋であった。
──ど真ん中に置いてあるダブルベッドにさえ視界に入らなければ。
「……エマお姉様はお気に召しませんでしたか?」
「いえ! なんて素晴らしい景色かと思って言葉が出ませんでしたのよ」
(そうよね、夫婦で訪問して二部屋用意する方が逆におかしいものね。そりゃあ一室よね、当たり前じゃないのエマ)
「それなら良かったですわ! では後でお茶とサンドイッチをメイドに運ばせますのでごゆっくり」
ぺこりと頭を下げてレイチェルが出て行くと、私とルークの間に少し沈黙が流れた。
「──エマ、大丈夫だよ。私はそこのソファーで眠るから、君はこちらのベッドを使えばいい」
ルークの声に私は反射的に答えた。
「いけませんわ! そちらの小さなソファーではルーク様の体がはみ出してしまいます。私が眠れば丁度いいサイズではありませんか。こちらは私が眠りますわ」
「いや、か弱い女性をソファーで眠らせるなんてとんでもない!」
お互いにいえいえ、とんでもない、などと譲り合っていてらちが明かない。
「……頑固ですわねルーク様」
「……エマの方こそ」
「では二人でダブルベッドを使いましょう。これだけ大きいのですから、二人で寝てもゆとりはありますし、ルーク様だって視察があるのですから体調は整えておきませんと」
正直私がちゃんと眠れるか自信はないけれど、デートの予定だってあるんだもの。
ソファーなんかで眠ってしまって、ルークの疲れが取れずにデートに影響する可能性もあるじゃないの。そちらの方がよほど問題だわ。私なんて別にこちらでの大切な予定なんてデートしかないし、一晩二晩寝不足だってどうってことないわ。
「……エマはそれでいいのかい?」
「一応、夫婦ですもの。……それに、ルーク様は少しずつ歩み寄ろうと仰って下さいましたわよね? こういうこともその、歩み寄りの一歩かと」
女性の方から一緒のベッドで眠ろうと誘うのは、流石にはしたない発言だったかしら。
でもいつまでも彼に気を遣わせるのは申し訳ない。
私だって愛する彼の近くにいることに慣れない、緊張が取れないのは嫌なのだ。
表に出せない心の中の変態は、私が頑張って何とかしなくてはならないのだから。
「それじゃ二日間よろしくね。……あ、心配しないで。紳士でいることは誓うからね」
「はなから疑っておりませんわ」
私はそう答えながらも、頭を働かせていた。
まずはこの二日間でルークの寝顔に見慣れることが出来れば、もう一歩踏み込んだ関係に進めるはず。私に必要なのは何よりも平常心、平常心よ。
「──失礼します。エマ様、荷物をお運びしたいのですがご都合はいかがでしょうか?」
しかしベティーに扉をノックされ、二人きりでなくなることにほんの少しホッとしてしまったのは、まだまだ私の気合いが足りていないのだろう。
でも例え微々たるものでも進歩はしているわ、間違いなく。
私はエマ・ウェブスター。根性で乗り越えるウェブスター家の娘なのよ。
「まあそんな……でもお世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます」
長時間の馬車移動で少々お尻がアレになって来た頃、ようやくエリック・エルキントン公爵の屋敷に到着した。お尻は痛いけど、ギリギリまでルークの寝顔が見れて私は大満足だ。
しとやかに淑女の礼を取った私は気力十分だった。
エリック・エルキントン公爵夫妻はとても人柄の良さそうな方々だった。
エルキントン公爵は細身であごひげの紳士という感じで、奥様はふっくらして物腰柔らかな笑顔の絶えない女性。
ルークの従妹にあたるレイチェルという十七歳の女性も、フワフワした金髪を後ろでまとめてニコニコと嬉しそうにしている愛らしい女性で、母親にとても良く似ていた。
「まあまあ、そんな堅苦しいのはよしにして、まずは長旅で疲れただろう。湯も沸かしてあるし、夕食まで夫婦でゆっくりしてくれ。後で軽食にサンドイッチでも運ばせよう」
「エマ様は何か苦手な食べ物はございますの? 今夜のメインはこちらの地方の名物の魚介のホワイトシチュー、それとローストビーフにするつもりなのだけど」
「いえ、特に苦手なものはございませんわ。とても美味しそうで楽しみです」
現時点でお腹が鳴りそうなほど空腹で、メニューを聞いただけで涎が出そうだった。
サンドイッチを用意してくれるようなのでそこまでは我慢だわ。
「私が客室までご案内します。ルークお兄様と、……エマお姉様とお呼びしても?」
「ええ、もちろんですわ」
とりあえずひと休み出来るのはありがたい、とルークに軽く腕を絡めて階段を上りながらふと気がついた。……ちょっと待って。
「森が見える景色が良い側の部屋にしましたわ。気に入って下さると良いのですが。隣に小さいですがメイクルーム兼衣装部屋もございますので」
レイチェルに案内された部屋は、確かに大きな窓に広々とした森が見え、少し遠くに流れる小川も見えるような素晴らしく居心地の良さそうな部屋であった。
──ど真ん中に置いてあるダブルベッドにさえ視界に入らなければ。
「……エマお姉様はお気に召しませんでしたか?」
「いえ! なんて素晴らしい景色かと思って言葉が出ませんでしたのよ」
(そうよね、夫婦で訪問して二部屋用意する方が逆におかしいものね。そりゃあ一室よね、当たり前じゃないのエマ)
「それなら良かったですわ! では後でお茶とサンドイッチをメイドに運ばせますのでごゆっくり」
ぺこりと頭を下げてレイチェルが出て行くと、私とルークの間に少し沈黙が流れた。
「──エマ、大丈夫だよ。私はそこのソファーで眠るから、君はこちらのベッドを使えばいい」
ルークの声に私は反射的に答えた。
「いけませんわ! そちらの小さなソファーではルーク様の体がはみ出してしまいます。私が眠れば丁度いいサイズではありませんか。こちらは私が眠りますわ」
「いや、か弱い女性をソファーで眠らせるなんてとんでもない!」
お互いにいえいえ、とんでもない、などと譲り合っていてらちが明かない。
「……頑固ですわねルーク様」
「……エマの方こそ」
「では二人でダブルベッドを使いましょう。これだけ大きいのですから、二人で寝てもゆとりはありますし、ルーク様だって視察があるのですから体調は整えておきませんと」
正直私がちゃんと眠れるか自信はないけれど、デートの予定だってあるんだもの。
ソファーなんかで眠ってしまって、ルークの疲れが取れずにデートに影響する可能性もあるじゃないの。そちらの方がよほど問題だわ。私なんて別にこちらでの大切な予定なんてデートしかないし、一晩二晩寝不足だってどうってことないわ。
「……エマはそれでいいのかい?」
「一応、夫婦ですもの。……それに、ルーク様は少しずつ歩み寄ろうと仰って下さいましたわよね? こういうこともその、歩み寄りの一歩かと」
女性の方から一緒のベッドで眠ろうと誘うのは、流石にはしたない発言だったかしら。
でもいつまでも彼に気を遣わせるのは申し訳ない。
私だって愛する彼の近くにいることに慣れない、緊張が取れないのは嫌なのだ。
表に出せない心の中の変態は、私が頑張って何とかしなくてはならないのだから。
「それじゃ二日間よろしくね。……あ、心配しないで。紳士でいることは誓うからね」
「はなから疑っておりませんわ」
私はそう答えながらも、頭を働かせていた。
まずはこの二日間でルークの寝顔に見慣れることが出来れば、もう一歩踏み込んだ関係に進めるはず。私に必要なのは何よりも平常心、平常心よ。
「──失礼します。エマ様、荷物をお運びしたいのですがご都合はいかがでしょうか?」
しかしベティーに扉をノックされ、二人きりでなくなることにほんの少しホッとしてしまったのは、まだまだ私の気合いが足りていないのだろう。
でも例え微々たるものでも進歩はしているわ、間違いなく。
私はエマ・ウェブスター。根性で乗り越えるウェブスター家の娘なのよ。
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