7 / 42
ダンスがすんだ
しおりを挟む
「おお……間近で見てもお美しい姫だな」
「ご覧になって、あの洗練された優雅な動き! 暫くお体を悪くして静養されていたとのことだけれど、今はすっかり顔色も良くてはつらつとしておられるわね。ルーク殿下より年上と聞き及んでおりますけれど、愛らしくてとてもそんな風には見えませんわねえ」
「あのドレスも我が国ではあまり見たことがないデザインだわ。淡い紫の繊細なレースが重なったスカートのフレアー部分が踊るたびにゆったり広がって素晴らしく上品ね」
──ええまあ実際、昔からたまの風邪しか引かないような超健康体でございますから。
──ふわっと広がっても足元が見えないよう、細心の注意を払って長さを調節してるんですの。おほほほほ。
お披露目のパーティーでルークとダンスを踊りながら、強いられた緊張を緩和するため、聞こえて来る賛美の声に心の中で突っ込んでいた。
ダンスについてはダイエットも兼ねてベティーにビシビシと鍛えられたので、相手がよほど下手でもない限り不安はないのだが、ルークは一六三センチの私がヒールを履いても頭一つ高い。すくすくと伸びたものだと感心して聞いたら何と一八八センチもあるそうだ。
ダンスは慣れていなくてと言うが、ごく普通にリードしてくれとても踊りやすかった。
ただ一番助かったのは、体も鍛えているとかで肩幅も広く胸板に厚みもあり、少し離れても判別がしやすいことだった。髪も茶がかった赤毛と分かりやすい。
あの穏やかな声を聞けばすぐ分かるけれど、何しろ私はメガネがないと、少し離れるとぼんやりとした体格とか服装の色ぐらいしか判別出来ない。
普段はベティーが隣で控えてくれてはいるけれど、旦那様と踊るのに囁きメイドとして隣に立って足元に注意を促したり近づいて来る人を教えてくれることは出来ない。
「お傍で常に注意しておりますので、何があってもご安心下さい」
会場に向かう前にそう言って励ましてくれたが、今は彼女がどこにいるのかもよく分からないのである。つくづく己の視力の悪さが恨めしい。
「エマ、ダンスも挨拶も疲れただろう? お義父上とお義母上が国に戻られるそうだから一緒に見送りに行こうか」
「まあ、もうそんな時間でございましたか」
今は壁の時計の針すらまともに見えないので、時間の経過も良く分からない。
彼の腕に軽く自分の腕を回し、いつものようにそろりそろりと両親の元へ向かう。
王宮は廊下も広く、階段も一段一段の幅が大きいので本当に助かるわあ。
「まあエマ! ルーク殿下まで……わざわざ見送りなどよろしいのに」
馬車に乗せられる荷物を見ていた母たちがやって来た私たちを見て驚いていた。
「せっかくの婚姻だと言うのに、私たちの国の都合でバタバタして申し訳なかったね。改めて落ち着いた頃に訪問させて頂くので、どうかエマをよろしく頼む」
そう言いながら頭を下げる両親は、イベントなどで王冠やマントを被ってなければ、風格とか威厳なども感じないごく普通の貴族の夫婦にしか見えないだろうと思う。
酪農と農業が盛んな我がウェブスター王国はワインやチーズなど特産品が多く、小さいながらも富裕と言ってもいい国なのではあるが、天候に左右される部分が多くトラブルも多い。
国王や王妃も橋が落ちたと聞いては自ら飛び出して陣頭で指揮を取ったり、大雨による落盤で道が埋まったと聞けば、騎士団員を引き連れて復旧作業に向かったりと忙しいのだ。
ルークのラングフォード王国では鉱山が多く、武器や生活用品、馬車や船などの金属パーツなど様々な金属加工などが広く知られているが、何しろ我が国の三倍もの国土があるので、各地に信頼のおける責任者などが派遣されているとのこと。国王自らが出て行くような機会はあまりないようだ。
両親や兄は王族とは言え、そこらの広大な領地を持つ侯爵や伯爵家の人間よりよほど働いている気がするが、
「民が安心して暮らして行ける国にすることが王族の努めだし、国の繁栄の基盤にもなる」
という信念で、泥だらけになって橋の修復作業に勤しんだり、気軽に村人の相談事を受けていたりする。そんな家族を私はとても誇りに思っている。
「お母様、お父様、帰路はどうかお気を付けて」
「エマも元気でね。またすぐ会えるわ」
母セーラが私をぎゅっと抱き締めると、小声で囁いた。
「本当に、色々と頑張るのよ。人間気合いよ気合い」
「はい、頑張ります」
両親はもちろん私の目や足の諸事情は把握しているので、下手をすると周囲の女性陣からのいじめや蔑みの対象になるのではと心配をしていた(病弱設定は流石に内緒だけど)。
母は私の初恋の人がルークであることは知っており、婚姻の話が出た際には親心から国内で気心知れた相手に嫁がせる予定だった父を説得してくれた。
我が家は個人の考えと根性論を重んじるので、
「エマが頑張ると言うのなら、きっと本人が何とかするだろう」
と全面的に信頼してくれているのはありがたいが、正直根性だけではどうにもならない場面もありそうで、個人的にはこの先不安しかない。
が、そんなことは表には出来ないのでニコニコと笑顔でいることしか出来なかった。
ただ、ルークと両親を見送った後、まだ何か忘れているような気がして仕方がなかった。
そう……何か大切なことがあったような。
「ご覧になって、あの洗練された優雅な動き! 暫くお体を悪くして静養されていたとのことだけれど、今はすっかり顔色も良くてはつらつとしておられるわね。ルーク殿下より年上と聞き及んでおりますけれど、愛らしくてとてもそんな風には見えませんわねえ」
「あのドレスも我が国ではあまり見たことがないデザインだわ。淡い紫の繊細なレースが重なったスカートのフレアー部分が踊るたびにゆったり広がって素晴らしく上品ね」
──ええまあ実際、昔からたまの風邪しか引かないような超健康体でございますから。
──ふわっと広がっても足元が見えないよう、細心の注意を払って長さを調節してるんですの。おほほほほ。
お披露目のパーティーでルークとダンスを踊りながら、強いられた緊張を緩和するため、聞こえて来る賛美の声に心の中で突っ込んでいた。
ダンスについてはダイエットも兼ねてベティーにビシビシと鍛えられたので、相手がよほど下手でもない限り不安はないのだが、ルークは一六三センチの私がヒールを履いても頭一つ高い。すくすくと伸びたものだと感心して聞いたら何と一八八センチもあるそうだ。
ダンスは慣れていなくてと言うが、ごく普通にリードしてくれとても踊りやすかった。
ただ一番助かったのは、体も鍛えているとかで肩幅も広く胸板に厚みもあり、少し離れても判別がしやすいことだった。髪も茶がかった赤毛と分かりやすい。
あの穏やかな声を聞けばすぐ分かるけれど、何しろ私はメガネがないと、少し離れるとぼんやりとした体格とか服装の色ぐらいしか判別出来ない。
普段はベティーが隣で控えてくれてはいるけれど、旦那様と踊るのに囁きメイドとして隣に立って足元に注意を促したり近づいて来る人を教えてくれることは出来ない。
「お傍で常に注意しておりますので、何があってもご安心下さい」
会場に向かう前にそう言って励ましてくれたが、今は彼女がどこにいるのかもよく分からないのである。つくづく己の視力の悪さが恨めしい。
「エマ、ダンスも挨拶も疲れただろう? お義父上とお義母上が国に戻られるそうだから一緒に見送りに行こうか」
「まあ、もうそんな時間でございましたか」
今は壁の時計の針すらまともに見えないので、時間の経過も良く分からない。
彼の腕に軽く自分の腕を回し、いつものようにそろりそろりと両親の元へ向かう。
王宮は廊下も広く、階段も一段一段の幅が大きいので本当に助かるわあ。
「まあエマ! ルーク殿下まで……わざわざ見送りなどよろしいのに」
馬車に乗せられる荷物を見ていた母たちがやって来た私たちを見て驚いていた。
「せっかくの婚姻だと言うのに、私たちの国の都合でバタバタして申し訳なかったね。改めて落ち着いた頃に訪問させて頂くので、どうかエマをよろしく頼む」
そう言いながら頭を下げる両親は、イベントなどで王冠やマントを被ってなければ、風格とか威厳なども感じないごく普通の貴族の夫婦にしか見えないだろうと思う。
酪農と農業が盛んな我がウェブスター王国はワインやチーズなど特産品が多く、小さいながらも富裕と言ってもいい国なのではあるが、天候に左右される部分が多くトラブルも多い。
国王や王妃も橋が落ちたと聞いては自ら飛び出して陣頭で指揮を取ったり、大雨による落盤で道が埋まったと聞けば、騎士団員を引き連れて復旧作業に向かったりと忙しいのだ。
ルークのラングフォード王国では鉱山が多く、武器や生活用品、馬車や船などの金属パーツなど様々な金属加工などが広く知られているが、何しろ我が国の三倍もの国土があるので、各地に信頼のおける責任者などが派遣されているとのこと。国王自らが出て行くような機会はあまりないようだ。
両親や兄は王族とは言え、そこらの広大な領地を持つ侯爵や伯爵家の人間よりよほど働いている気がするが、
「民が安心して暮らして行ける国にすることが王族の努めだし、国の繁栄の基盤にもなる」
という信念で、泥だらけになって橋の修復作業に勤しんだり、気軽に村人の相談事を受けていたりする。そんな家族を私はとても誇りに思っている。
「お母様、お父様、帰路はどうかお気を付けて」
「エマも元気でね。またすぐ会えるわ」
母セーラが私をぎゅっと抱き締めると、小声で囁いた。
「本当に、色々と頑張るのよ。人間気合いよ気合い」
「はい、頑張ります」
両親はもちろん私の目や足の諸事情は把握しているので、下手をすると周囲の女性陣からのいじめや蔑みの対象になるのではと心配をしていた(病弱設定は流石に内緒だけど)。
母は私の初恋の人がルークであることは知っており、婚姻の話が出た際には親心から国内で気心知れた相手に嫁がせる予定だった父を説得してくれた。
我が家は個人の考えと根性論を重んじるので、
「エマが頑張ると言うのなら、きっと本人が何とかするだろう」
と全面的に信頼してくれているのはありがたいが、正直根性だけではどうにもならない場面もありそうで、個人的にはこの先不安しかない。
が、そんなことは表には出来ないのでニコニコと笑顔でいることしか出来なかった。
ただ、ルークと両親を見送った後、まだ何か忘れているような気がして仕方がなかった。
そう……何か大切なことがあったような。
15
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる