5 / 42
私の諸事情その2
しおりを挟む
私の明かしたくない諸事情というのは幾つかある。
大きな事情は二つ。
まずは『ド近眼』であるということだ。
小さな頃はさほどでもなかったのだが、現在の私は裸眼で一メートルぐらい離れてしまうと大体の輪郭や声などでしか人物を把握出来ない。
読書が好きだったり絵を描くのが好きなのが原因かと思ったが、母も若い頃から視力は良くなくて、執務で書類などを見る時にはメガネをかけているので遺伝なのかも知れない。
ただ私ほど悪くはないようで、そこまで分厚いメガネをかけることもないし、メガネ姿が知的でいいと父は結構気に入っているらしい。
だが私は違う。
手紙や本を読むのにもかなり分厚いレンズのメガネを着用しないとならず、ダイエットのお陰で何とか得た「ミステリアスで憂いのある美貌」が、愛用のメガネをかけた途端に「笑いを取りに行く喜劇のヒロイン」となってしまうのだ。
私が三つ上であっても何とかルークの結婚相手として認めてもらったのには、この見た目が大きな要因を占めていると私は思っている。
何かしらのメリットがなければ、政略とは言えわざわざ自分よりも年上の女を娶る必要などないのだから。
何と言っても彼は唯一の跡取りであり次期ラングフォード国王であるし、次期王妃となれば家柄も良く才色兼備な若い貴族の娘がよりどりみどり。いくら手紙で距離を縮めたとは言っても、私が婚約できたのは奇跡に近い。
であるならば、私はルークの前でこのメガネを着用する訳には行かないし、使用していることすらも対外的にバレてはならない。
しかし、メガネを着用していない時は足元が良く見えない。いつ派手に転ぶか分からないのでゆっくりと慎重に歩くようになったし、それが優雅で上品と見られている部分もあるようなので、まったくメリットがない訳ではない。かなり不便を強いられはするけれど。
そしてもう一つの事情は『足の巻き爪』である。
その程度のことでと笑う人もいるかも知れないが、大した問題ではないのだ。
私は爪がかなり薄い。そして男性と違い女性の靴はかかとが高く、爪先が尖っている方が足を美しく見せる作りになっている。
薄い爪の人間が長期間尖った爪先の靴でぎゅうぎゅうと押し込められるとどうなるか。
一番力の入る親指の爪が負荷を受けて丸まるのだ。
もちろんこれは私の個人的な結果であって、他の全部の爪が薄い女性が丸まって行くかどうかなど調べてもいないし定かではない。けれど、少なくとも私の場合はそうであった。
これは巻き爪になった人間しか分からないだろうが、そんな爪の状態で爪先が尖ったかかとの高い靴などを履くとどうなるかと言えば、
「泣くほど痛いし下手すると流血する」
のである。そんな靴で長時間歩くなどもってのほかだし、かなりの苦痛だ。
色々治療法は試してみたのだが、あまり芳しくない結果であった。
麻酔をしてかなり曲がっている部分まで爪をカットしてもらったりもしたのだが、伸びて来たら元通り丸まってしまう状態で、ちっとも素直に伸びてはくれなかった。
自分で伸びた爪をカットするのもやりづらく、痛みが伴うのでベティーに頼んでいたが、次第に伸びて来ると先端が皮膚に刺さって膿んでしまうし、そうなると靴などとても履けない状態になる。
心配した母が専属のデザイナーを呼んでくれ、爪先部分だけ皮を使わずに同色の柔らかい布地で覆った靴というものを大量に作ってくれた。かかとも負担を減らすよう少し低めのものだ。
全てそれはこの国に持ち込んである。私の命綱だ。
母のお陰で歩くのは大分楽にはなったが、それでも負担がゼロになる訳ではないし、見映えもあまりよろしくはない。良く見れば素材の違いがすぐ分かるからだ。
だから足元は隠さなくてはならず、ドレスも最近はくるぶしまで出るようなものが流行だというのに、私だけは常にロング丈のドレスのみである。
あと二日で結婚式が行われるが、ウェディングドレスもクラシカルが好きだからと裾を引きずるようなタイプの物をデザインしてもらった。
しかし現在の私の一番の不安は結婚式ではなく、その後の披露パーティーである。
なぜなら夫婦として初めて人前でダンスを踊らなければならないのだから。
「先日も尖っていた爪の部分をカット致しましたし、少しの間ならば問題ないのではございませんか」
「そうであって欲しいわ。下手に流血して、ドレスや床に血がつくなんて羽目になったらと思うと生きた心地がしないもの」
ベティー以外誰もいない室内で、私はメガネをかけてじっくりと足元を眺める。
片方の親指だけ少し腫れているのが心配だが、新しい次期王妃のお披露目で私が踊らないという選択肢はないのだ。
「何事も気合いですわ、エマ様」
「……そうね。頑張るわ私」
メガネもなく、爪先の状態も絶好調ではない状態ではあるが、多少年上であっても、
『見目麗しくて知的で上品、文句なしの高貴な姫君』
という仮面はルークの前で絶対外す訳には行かないのだ。
見た目以外に色々と問題を抱える女であることは、出来る限り隠し通さねば嫌われてしまうかも知れない。
彼が寛大で優しいからと言って、全てにおいてそうであるかなど確証はない。
ずっと好きだったルークと結婚出来ると浮かれていたが、私の諸事情もろもろで嫌われて冷え切った婚姻生活になる可能性も捨て切れないのだ。
私は彼と穏やかに仲良く老後まで過ごしたいのである。
どうか……どうか無事に終わりますように。
私に出来るのは、ただひたすら神に祈ることだけだった。
大きな事情は二つ。
まずは『ド近眼』であるということだ。
小さな頃はさほどでもなかったのだが、現在の私は裸眼で一メートルぐらい離れてしまうと大体の輪郭や声などでしか人物を把握出来ない。
読書が好きだったり絵を描くのが好きなのが原因かと思ったが、母も若い頃から視力は良くなくて、執務で書類などを見る時にはメガネをかけているので遺伝なのかも知れない。
ただ私ほど悪くはないようで、そこまで分厚いメガネをかけることもないし、メガネ姿が知的でいいと父は結構気に入っているらしい。
だが私は違う。
手紙や本を読むのにもかなり分厚いレンズのメガネを着用しないとならず、ダイエットのお陰で何とか得た「ミステリアスで憂いのある美貌」が、愛用のメガネをかけた途端に「笑いを取りに行く喜劇のヒロイン」となってしまうのだ。
私が三つ上であっても何とかルークの結婚相手として認めてもらったのには、この見た目が大きな要因を占めていると私は思っている。
何かしらのメリットがなければ、政略とは言えわざわざ自分よりも年上の女を娶る必要などないのだから。
何と言っても彼は唯一の跡取りであり次期ラングフォード国王であるし、次期王妃となれば家柄も良く才色兼備な若い貴族の娘がよりどりみどり。いくら手紙で距離を縮めたとは言っても、私が婚約できたのは奇跡に近い。
であるならば、私はルークの前でこのメガネを着用する訳には行かないし、使用していることすらも対外的にバレてはならない。
しかし、メガネを着用していない時は足元が良く見えない。いつ派手に転ぶか分からないのでゆっくりと慎重に歩くようになったし、それが優雅で上品と見られている部分もあるようなので、まったくメリットがない訳ではない。かなり不便を強いられはするけれど。
そしてもう一つの事情は『足の巻き爪』である。
その程度のことでと笑う人もいるかも知れないが、大した問題ではないのだ。
私は爪がかなり薄い。そして男性と違い女性の靴はかかとが高く、爪先が尖っている方が足を美しく見せる作りになっている。
薄い爪の人間が長期間尖った爪先の靴でぎゅうぎゅうと押し込められるとどうなるか。
一番力の入る親指の爪が負荷を受けて丸まるのだ。
もちろんこれは私の個人的な結果であって、他の全部の爪が薄い女性が丸まって行くかどうかなど調べてもいないし定かではない。けれど、少なくとも私の場合はそうであった。
これは巻き爪になった人間しか分からないだろうが、そんな爪の状態で爪先が尖ったかかとの高い靴などを履くとどうなるかと言えば、
「泣くほど痛いし下手すると流血する」
のである。そんな靴で長時間歩くなどもってのほかだし、かなりの苦痛だ。
色々治療法は試してみたのだが、あまり芳しくない結果であった。
麻酔をしてかなり曲がっている部分まで爪をカットしてもらったりもしたのだが、伸びて来たら元通り丸まってしまう状態で、ちっとも素直に伸びてはくれなかった。
自分で伸びた爪をカットするのもやりづらく、痛みが伴うのでベティーに頼んでいたが、次第に伸びて来ると先端が皮膚に刺さって膿んでしまうし、そうなると靴などとても履けない状態になる。
心配した母が専属のデザイナーを呼んでくれ、爪先部分だけ皮を使わずに同色の柔らかい布地で覆った靴というものを大量に作ってくれた。かかとも負担を減らすよう少し低めのものだ。
全てそれはこの国に持ち込んである。私の命綱だ。
母のお陰で歩くのは大分楽にはなったが、それでも負担がゼロになる訳ではないし、見映えもあまりよろしくはない。良く見れば素材の違いがすぐ分かるからだ。
だから足元は隠さなくてはならず、ドレスも最近はくるぶしまで出るようなものが流行だというのに、私だけは常にロング丈のドレスのみである。
あと二日で結婚式が行われるが、ウェディングドレスもクラシカルが好きだからと裾を引きずるようなタイプの物をデザインしてもらった。
しかし現在の私の一番の不安は結婚式ではなく、その後の披露パーティーである。
なぜなら夫婦として初めて人前でダンスを踊らなければならないのだから。
「先日も尖っていた爪の部分をカット致しましたし、少しの間ならば問題ないのではございませんか」
「そうであって欲しいわ。下手に流血して、ドレスや床に血がつくなんて羽目になったらと思うと生きた心地がしないもの」
ベティー以外誰もいない室内で、私はメガネをかけてじっくりと足元を眺める。
片方の親指だけ少し腫れているのが心配だが、新しい次期王妃のお披露目で私が踊らないという選択肢はないのだ。
「何事も気合いですわ、エマ様」
「……そうね。頑張るわ私」
メガネもなく、爪先の状態も絶好調ではない状態ではあるが、多少年上であっても、
『見目麗しくて知的で上品、文句なしの高貴な姫君』
という仮面はルークの前で絶対外す訳には行かないのだ。
見た目以外に色々と問題を抱える女であることは、出来る限り隠し通さねば嫌われてしまうかも知れない。
彼が寛大で優しいからと言って、全てにおいてそうであるかなど確証はない。
ずっと好きだったルークと結婚出来ると浮かれていたが、私の諸事情もろもろで嫌われて冷え切った婚姻生活になる可能性も捨て切れないのだ。
私は彼と穏やかに仲良く老後まで過ごしたいのである。
どうか……どうか無事に終わりますように。
私に出来るのは、ただひたすら神に祈ることだけだった。
17
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る
束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました
ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。
幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。
シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。
そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。
ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。
そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。
邪魔なのなら、いなくなろうと思った。
そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。
そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。
無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる