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私の諸事情その1
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私は小さな頃から紳士で優しいルークが大好きだった。
私よりも三つも下なのに身長も私より大きく、語り口も穏やかでおっとりしていた。
当時食べることが大好きで、体もぽよんぽよんだった私がおやつを食べる姿を見ながら、眉をひそめるでもなく、
「エマはとても美味しそうに食べるね。良かったら僕のも食べる?」
とニコニコ微笑んでいた姿は今でも忘れられない。
両親が執務で忙しく、傍にいてくれない寂しさを食べることで紛らわしていた私には、柔らかい笑みと豊富な話題を提供してくれるルークが参加するたまのパーティーが楽しみで仕方がなかった。
ルークのお嫁さんになれたらいいのにな、とその頃からぼんやり考えていたのだが、一番の問題は私が三歳年上なことだった。
(……確実に私の方が先に結婚適齢期になってしまう)
四つ上の兄も一つ上の姉も既に婚約者候補はいたし、私もいずれそういう相手も見つかるだろうが、身分の高い女性であればあるほど、財力のある年上の貴族が選ばれることが多い。
家庭教師から学んだ知識ではあるが、一般的に貴族の女性は円滑な人間関係を結ぶ社交を行う関係上、身なりに気をつける必要があるらしく、衣服や美容などお金がかかるようだ。
まあ必然的に妻子を不自由なく養うだけの器量が求められる訳で、領地経営が上手く行っているとか、事業を成功させており金銭的にゆとりのある男性に絞られるのだが、当然ながら財力を持つにはそれなりに時間もかかるので、若くしてそのような大成功をしている人間は少ない。若くても三十歳以上である。
個人的には特にアクセサリーや衣装などに興味が薄いので贅沢願望もないし、いくら政略結婚とはいえ、父親の方が年齢が近い人に嫁ぐのは遠慮したい。というかルークに嫁ぎたい。
だが私は腐っても王族である。
黙っていればここ数年で婚約者があてがわれても仕方がない身分である。
「ねえベティー、ルーク様と結婚するために私は一体どうすれば良いのかしら?」
悩んだあげく頼りにしていたベティーに相談し、一緒に考えた。
「これは、エマ様にも多大な努力をはらって頂くことにはなるのですが……」
ベティーが提案したことは、私を病弱設定にすることである。
私の両親、つまり国王陛下と王妃殿下であるが、決して私を愛していない訳ではない。
むしろ末っ子ということでかなり可愛がってもらっているのだが、いかんせん公務や視察など多忙であり、一緒にいられない時間が多いだけである。
だから決して無理強いをするようなタイプではないのだが、そうは言っても二十歳を過ぎるまで王女を独り身にしておくのは世間体も悪いし問題だろう。
「両陛下には申し訳ありませんがここは愛のため。事情を話して専属医師も巻き込んでしまって、静養して健康になるまでは結婚云々の話は持ち込ませないようにしてしまえば良いのでございます。健康上の理由ならば世間への体裁も保てますし、その間にじっくりとルーク様との友好関係を深めれば良いのですもの」
「まあベティーあなた天才だわ!」
「ただし、今までのように好きだからと何でも食べまくっていてはいけません。失礼ながらその体型ですと、一体どこが病弱なんだ、と突っ込まれると反論出来ませんもの」
「……そ、そうよね」
自由奔放に育てたぜい肉を眺め、ちょっと絶望的な気分になる。
「まずは病弱設定をするに相応しい体型になるまで早急に肉をそぎ落としましょう。そこから医師へ相談の流れが一番よろしいかと思います」
「わ、分かったわ!」
人は強い意志と目標があれば大抵のことは何とか出来るものである。
せっせと運動と食事制限で標準体重そこそこにまで落とし、医師を巻き込み、急激に痩せた私を心配した両親に対して内臓疾患と長期静養を提案させた。
むしろ標準体重ぐらいになったのだから以前より健康そのものなのだが、元々のむっちり具合を知っている両親からすれば激変と映ってもおかしくはない。
良心は痛むが、望まぬ結婚を回避してルークと結ばれるためなのだから仕方がないのだ。娘の幸せを求めてくれるのならば結果オーライなのだから許してもらいたい。
ただルークとは文通を通じて地道に仲良くする方向しか選べなかった。
何しろあちらは兄も姉もいる我が王家と違い、ラングフォード王国のただ一人の跡取りである。早くから公務や王族として背負うものが多く、多忙を極めていたからだ。
彼は優しいのでマメに返事をくれるのをいいことに、こちらも時間をおかずに、しかも相談に対しても年上だからと上から目線にならないように配慮しつつ返した。
正直、三つの年の差はある程度の年になれば気にならないのかも知れないが、彼が十七歳の時に私は二十歳、二十七歳の時には私は三十歳になってしまうのだ。三年も先に世代が上がってしまうと言うのはバカにならない。女の方が先に老けてしまうのだから。
世の中の男性は、若い女性の方が可愛いと思う人は多いと聞くし。
病弱設定のために強制的に痩せたら、案外私の見た目は悪くなかったらしいので、容姿を褒められることも増えた。
ただ今でも食べることは好きだし、誘惑に常に逆らっているので食事の時の機嫌はあまり良いとは言えない。我慢というのは辛いものである。
でもこの我慢があればこそ親しくなる時間も捻出出来て、私はルークと結婚出来るのだ。
こんな嫁き遅れ間近な三つも年上の女を嫁にしてくれるのだから、せめて見た目だけでも世間に納得させる状態を長く維持しなくてはならない。
彼のためにも体型の維持と若く美しくある努力だけは怠ってはならないのだ。
……ただでさえ私には他の諸事情があるのだもの。
私よりも三つも下なのに身長も私より大きく、語り口も穏やかでおっとりしていた。
当時食べることが大好きで、体もぽよんぽよんだった私がおやつを食べる姿を見ながら、眉をひそめるでもなく、
「エマはとても美味しそうに食べるね。良かったら僕のも食べる?」
とニコニコ微笑んでいた姿は今でも忘れられない。
両親が執務で忙しく、傍にいてくれない寂しさを食べることで紛らわしていた私には、柔らかい笑みと豊富な話題を提供してくれるルークが参加するたまのパーティーが楽しみで仕方がなかった。
ルークのお嫁さんになれたらいいのにな、とその頃からぼんやり考えていたのだが、一番の問題は私が三歳年上なことだった。
(……確実に私の方が先に結婚適齢期になってしまう)
四つ上の兄も一つ上の姉も既に婚約者候補はいたし、私もいずれそういう相手も見つかるだろうが、身分の高い女性であればあるほど、財力のある年上の貴族が選ばれることが多い。
家庭教師から学んだ知識ではあるが、一般的に貴族の女性は円滑な人間関係を結ぶ社交を行う関係上、身なりに気をつける必要があるらしく、衣服や美容などお金がかかるようだ。
まあ必然的に妻子を不自由なく養うだけの器量が求められる訳で、領地経営が上手く行っているとか、事業を成功させており金銭的にゆとりのある男性に絞られるのだが、当然ながら財力を持つにはそれなりに時間もかかるので、若くしてそのような大成功をしている人間は少ない。若くても三十歳以上である。
個人的には特にアクセサリーや衣装などに興味が薄いので贅沢願望もないし、いくら政略結婚とはいえ、父親の方が年齢が近い人に嫁ぐのは遠慮したい。というかルークに嫁ぎたい。
だが私は腐っても王族である。
黙っていればここ数年で婚約者があてがわれても仕方がない身分である。
「ねえベティー、ルーク様と結婚するために私は一体どうすれば良いのかしら?」
悩んだあげく頼りにしていたベティーに相談し、一緒に考えた。
「これは、エマ様にも多大な努力をはらって頂くことにはなるのですが……」
ベティーが提案したことは、私を病弱設定にすることである。
私の両親、つまり国王陛下と王妃殿下であるが、決して私を愛していない訳ではない。
むしろ末っ子ということでかなり可愛がってもらっているのだが、いかんせん公務や視察など多忙であり、一緒にいられない時間が多いだけである。
だから決して無理強いをするようなタイプではないのだが、そうは言っても二十歳を過ぎるまで王女を独り身にしておくのは世間体も悪いし問題だろう。
「両陛下には申し訳ありませんがここは愛のため。事情を話して専属医師も巻き込んでしまって、静養して健康になるまでは結婚云々の話は持ち込ませないようにしてしまえば良いのでございます。健康上の理由ならば世間への体裁も保てますし、その間にじっくりとルーク様との友好関係を深めれば良いのですもの」
「まあベティーあなた天才だわ!」
「ただし、今までのように好きだからと何でも食べまくっていてはいけません。失礼ながらその体型ですと、一体どこが病弱なんだ、と突っ込まれると反論出来ませんもの」
「……そ、そうよね」
自由奔放に育てたぜい肉を眺め、ちょっと絶望的な気分になる。
「まずは病弱設定をするに相応しい体型になるまで早急に肉をそぎ落としましょう。そこから医師へ相談の流れが一番よろしいかと思います」
「わ、分かったわ!」
人は強い意志と目標があれば大抵のことは何とか出来るものである。
せっせと運動と食事制限で標準体重そこそこにまで落とし、医師を巻き込み、急激に痩せた私を心配した両親に対して内臓疾患と長期静養を提案させた。
むしろ標準体重ぐらいになったのだから以前より健康そのものなのだが、元々のむっちり具合を知っている両親からすれば激変と映ってもおかしくはない。
良心は痛むが、望まぬ結婚を回避してルークと結ばれるためなのだから仕方がないのだ。娘の幸せを求めてくれるのならば結果オーライなのだから許してもらいたい。
ただルークとは文通を通じて地道に仲良くする方向しか選べなかった。
何しろあちらは兄も姉もいる我が王家と違い、ラングフォード王国のただ一人の跡取りである。早くから公務や王族として背負うものが多く、多忙を極めていたからだ。
彼は優しいのでマメに返事をくれるのをいいことに、こちらも時間をおかずに、しかも相談に対しても年上だからと上から目線にならないように配慮しつつ返した。
正直、三つの年の差はある程度の年になれば気にならないのかも知れないが、彼が十七歳の時に私は二十歳、二十七歳の時には私は三十歳になってしまうのだ。三年も先に世代が上がってしまうと言うのはバカにならない。女の方が先に老けてしまうのだから。
世の中の男性は、若い女性の方が可愛いと思う人は多いと聞くし。
病弱設定のために強制的に痩せたら、案外私の見た目は悪くなかったらしいので、容姿を褒められることも増えた。
ただ今でも食べることは好きだし、誘惑に常に逆らっているので食事の時の機嫌はあまり良いとは言えない。我慢というのは辛いものである。
でもこの我慢があればこそ親しくなる時間も捻出出来て、私はルークと結婚出来るのだ。
こんな嫁き遅れ間近な三つも年上の女を嫁にしてくれるのだから、せめて見た目だけでも世間に納得させる状態を長く維持しなくてはならない。
彼のためにも体型の維持と若く美しくある努力だけは怠ってはならないのだ。
……ただでさえ私には他の諸事情があるのだもの。
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