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倉庫兼簡易宿泊所
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難航するかと思われたオンダハウスの通いのメイド探しだったが、幸いにもナターリアの幼馴染みであるヒラリー・メルエルが来てくれることになった。
俺はナターリアの友人ということで、あまり安い給料も良くないだろうと十五万ガルを提示したのだが、実家暮らしだし仕事で貯めた貯金もあるし、最初は十万ガルでいいと言う。
その代わり、自分がそれなりに使える人材であると思ってくれたなら、改めて給料を考えて欲しいとのこと。
ナターリアが勤めているからといって贔屓されるのは嫌だから、とバッグからメモを取り出して、文章にして伝えてくれた。自分で言おうとすると時間がかかると思ったのだろう。
手紙の文字は、勉強中の俺にも分かるほど一文字一文字が丁寧で分かりやすい。
日本の草書みたいなもので、モルダラ語も手書きだと本来の文字が崩れたり省略されてたりするから、読みづらかったり分からないこともあるんだよね。
「なるほど。分かりました。では三カ月後に再度検討ということで」
笑顔で頷いたヒラリーは、バッグからもう一枚メモを出しサラサラと書いて俺に渡した。
「家が建つまでの間、もっとあの子たちと仲良く出来るよう、こちらにお手伝いに来てもいいでしょうか? お給料は不要です」
「お手伝い? エドヤにですか?」
だが接客は厳しいのでは、と思っていると首を振る。
またメモを出して「プールとご飯」と書いて見せる。
「ああ、うちの子たちの世話の練習ということですか? それは助かります」
仕事をしながら教えられるのなら俺も楽だし、彼女も新居が出来てから戸惑わずに済むだろう。
早速明日からしばらく毎日数時間来てくれるというので、ありがたく話を受けた。
実家はエドヤから歩いて二十分もかからないらしいし、オンダハウスの方はもっと近いらしい。
勤務先としてうちは申し分ないじゃないか。
これぞWINーWINの関係というやつである。
「オンダさん、本当にありがとうございます!」
ヒラリーが帰った後でナターリアが何度も俺に頭を下げた。
「そんな、こちらこそこんなに早く決まると思わなかったので、本当にありがたいです」
「あの子、私と違って真面目だから、自分のせいで仕事をクビになったことが本当に辛かったようで落ち込んでしまってて……」
「緊張しない環境なら割りと平気なんですよね? 先日私のリヤカーがぶつかりそうになった時も、言葉は少なかったですが、普通に話していたので」
「ええ。要は直接自分に影響がない関係というか、店での買い物とか通りすがりの人とか、一度限りの関係だとあまり出ないみたいです。ただコワモテの男性や女性は苦手ですね。声が大きな人や粗暴な人って言えばいいかしら」
「なるほど。でもそれは若い女性なら大抵苦手でしょう」
販売だと常連さんもいるし、対応間違うと自分だけじゃなく店にも被害が出るもんな。
事務職も嫌われないようにとか、間違った対応しないようにと思えばそれだけで緊張やストレスになってしまうのか。先生にトラウマ植え付けられたせいで彼女も苦労しちゃうよなあ。
「まあうちの子たちとは相性も悪くないみたいですし、一人で仕事するのであれば基本的にはご自身のペースで出来ますから、そんなにストレスにもならないでしょう」
「そうだと思いますわ。いずれオンダさんにも緊張せずに話も出来るようになるんじゃないかしら。……ただ、本当に料理だけはさせないでくださいね」
ナターリアに真剣な顏で念押しされた。
「そこまでですか?」
「そこまでなんです。……と言いますか、食に興味がないんです」
とにかく本が綺麗に保管出来て、読めればそれで幸せという人なので、他は許容範囲が広いというか、ガバガバらしい。
母親が作った食事も単なる栄養素みたいな感覚で、美味しくても食べるし、逆にマズくても文句も言わない。
両親が外出で不在という時は、適当に野菜を切るかちぎって塩をかけるか、あればドレッシングをかけてそれを食べる。パンがあればパンをかじる。あるもので済ませるタイプ。
食事の支度に時間をかけるのも、食べる時間も食べる労力も面倒くさいようだ。
「シチューを煮るのに一時間かけるなら、サラダにして残りの時間は本を読めるじゃない」
らしい。まあストレートに言えば熱烈な読書オタクなのだろう。
俺の父親も祖母もかなりの読書家で我が家にも大量の本があったが、彼らが言うには物語の世界に入り込むのはゲームやスポーツに熱中する人と同じで、何物にも代えがたい喜びがあるらしい。
俺も読書は好きだがそこまで熱中してはいない。
営業も好きだし料理も好きだし、最近では商品開発も楽しい。
好きがあちこち目移りしている。
多分ヒラリーにとっては、心のパズルの大きなピースがぴたっとハマったような形が読書なのだろう。それだけ一つのことに熱中出来るのも羨ましい話ではある。
「それにしても、もったいないですねえ。食に興味がないとは」
「本当に。少しぐらい美味しいものを食べる楽しみも感じて欲しいんですけれど」
ただ良いことと言えば、変なアレンジ料理をしようとしたり、変わった味つけをしないことだとナターリアはフォローした。いやフォローになっているのか不明だけど。
「ダニーたちの食事は基本的にそのまま出すか素材を焼く、煮る、干すぐらいがメインですもの」
「ああ、そうですね。ヒラリーのシンプル思考は合うかもしれません」
俺はそう返しつつ、ヒラリーと緊張されずに話せることという目標の次に、ヒラリーにいつか食の楽しさも伝えられればいいのだが、と考えていた。
その後しばらくはヒラリーにうちの子たちの食事の作り方や量を教えたり、プールで遊んでいる時は緊急時の時のためにいるだけで、基本はほったらかしでいいことなどを伝えたり、干しイモの作成などに追われてバタバタしており、ランチの差し入れもナターリアに任せることも多かった。
オンダハウスの進捗状況は気になっていたが、やることも多くなって来てなかなかご隠居タイムが持てなかった。
ヒラリーが来てから十日ほど経った頃、二つの倉庫と、その中に簡易宿泊所を作ったとパトリックから報告があったので早速見に行くことにした。
俺はナターリアの友人ということで、あまり安い給料も良くないだろうと十五万ガルを提示したのだが、実家暮らしだし仕事で貯めた貯金もあるし、最初は十万ガルでいいと言う。
その代わり、自分がそれなりに使える人材であると思ってくれたなら、改めて給料を考えて欲しいとのこと。
ナターリアが勤めているからといって贔屓されるのは嫌だから、とバッグからメモを取り出して、文章にして伝えてくれた。自分で言おうとすると時間がかかると思ったのだろう。
手紙の文字は、勉強中の俺にも分かるほど一文字一文字が丁寧で分かりやすい。
日本の草書みたいなもので、モルダラ語も手書きだと本来の文字が崩れたり省略されてたりするから、読みづらかったり分からないこともあるんだよね。
「なるほど。分かりました。では三カ月後に再度検討ということで」
笑顔で頷いたヒラリーは、バッグからもう一枚メモを出しサラサラと書いて俺に渡した。
「家が建つまでの間、もっとあの子たちと仲良く出来るよう、こちらにお手伝いに来てもいいでしょうか? お給料は不要です」
「お手伝い? エドヤにですか?」
だが接客は厳しいのでは、と思っていると首を振る。
またメモを出して「プールとご飯」と書いて見せる。
「ああ、うちの子たちの世話の練習ということですか? それは助かります」
仕事をしながら教えられるのなら俺も楽だし、彼女も新居が出来てから戸惑わずに済むだろう。
早速明日からしばらく毎日数時間来てくれるというので、ありがたく話を受けた。
実家はエドヤから歩いて二十分もかからないらしいし、オンダハウスの方はもっと近いらしい。
勤務先としてうちは申し分ないじゃないか。
これぞWINーWINの関係というやつである。
「オンダさん、本当にありがとうございます!」
ヒラリーが帰った後でナターリアが何度も俺に頭を下げた。
「そんな、こちらこそこんなに早く決まると思わなかったので、本当にありがたいです」
「あの子、私と違って真面目だから、自分のせいで仕事をクビになったことが本当に辛かったようで落ち込んでしまってて……」
「緊張しない環境なら割りと平気なんですよね? 先日私のリヤカーがぶつかりそうになった時も、言葉は少なかったですが、普通に話していたので」
「ええ。要は直接自分に影響がない関係というか、店での買い物とか通りすがりの人とか、一度限りの関係だとあまり出ないみたいです。ただコワモテの男性や女性は苦手ですね。声が大きな人や粗暴な人って言えばいいかしら」
「なるほど。でもそれは若い女性なら大抵苦手でしょう」
販売だと常連さんもいるし、対応間違うと自分だけじゃなく店にも被害が出るもんな。
事務職も嫌われないようにとか、間違った対応しないようにと思えばそれだけで緊張やストレスになってしまうのか。先生にトラウマ植え付けられたせいで彼女も苦労しちゃうよなあ。
「まあうちの子たちとは相性も悪くないみたいですし、一人で仕事するのであれば基本的にはご自身のペースで出来ますから、そんなにストレスにもならないでしょう」
「そうだと思いますわ。いずれオンダさんにも緊張せずに話も出来るようになるんじゃないかしら。……ただ、本当に料理だけはさせないでくださいね」
ナターリアに真剣な顏で念押しされた。
「そこまでですか?」
「そこまでなんです。……と言いますか、食に興味がないんです」
とにかく本が綺麗に保管出来て、読めればそれで幸せという人なので、他は許容範囲が広いというか、ガバガバらしい。
母親が作った食事も単なる栄養素みたいな感覚で、美味しくても食べるし、逆にマズくても文句も言わない。
両親が外出で不在という時は、適当に野菜を切るかちぎって塩をかけるか、あればドレッシングをかけてそれを食べる。パンがあればパンをかじる。あるもので済ませるタイプ。
食事の支度に時間をかけるのも、食べる時間も食べる労力も面倒くさいようだ。
「シチューを煮るのに一時間かけるなら、サラダにして残りの時間は本を読めるじゃない」
らしい。まあストレートに言えば熱烈な読書オタクなのだろう。
俺の父親も祖母もかなりの読書家で我が家にも大量の本があったが、彼らが言うには物語の世界に入り込むのはゲームやスポーツに熱中する人と同じで、何物にも代えがたい喜びがあるらしい。
俺も読書は好きだがそこまで熱中してはいない。
営業も好きだし料理も好きだし、最近では商品開発も楽しい。
好きがあちこち目移りしている。
多分ヒラリーにとっては、心のパズルの大きなピースがぴたっとハマったような形が読書なのだろう。それだけ一つのことに熱中出来るのも羨ましい話ではある。
「それにしても、もったいないですねえ。食に興味がないとは」
「本当に。少しぐらい美味しいものを食べる楽しみも感じて欲しいんですけれど」
ただ良いことと言えば、変なアレンジ料理をしようとしたり、変わった味つけをしないことだとナターリアはフォローした。いやフォローになっているのか不明だけど。
「ダニーたちの食事は基本的にそのまま出すか素材を焼く、煮る、干すぐらいがメインですもの」
「ああ、そうですね。ヒラリーのシンプル思考は合うかもしれません」
俺はそう返しつつ、ヒラリーと緊張されずに話せることという目標の次に、ヒラリーにいつか食の楽しさも伝えられればいいのだが、と考えていた。
その後しばらくはヒラリーにうちの子たちの食事の作り方や量を教えたり、プールで遊んでいる時は緊急時の時のためにいるだけで、基本はほったらかしでいいことなどを伝えたり、干しイモの作成などに追われてバタバタしており、ランチの差し入れもナターリアに任せることも多かった。
オンダハウスの進捗状況は気になっていたが、やることも多くなって来てなかなかご隠居タイムが持てなかった。
ヒラリーが来てから十日ほど経った頃、二つの倉庫と、その中に簡易宿泊所を作ったとパトリックから報告があったので早速見に行くことにした。
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