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さあ夕食の時間です!

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 ルルガの洋品店で、俺はパトリックから裏にもこもこした生地のついたフード付きの厚手のカーディガン風のジャケットを買ってもらった。
 彼はちょうど冬物を新調しようと思っていたとのことで、日本でいうライダースジャケットのような、体のラインにフィットする黒皮のジャンパーを購入した。

「パトリックさんは体格がいいから、そういうの似合いますねえ」

 ようやく寒さから解放され、人心地ついた俺が褒めると、パトリックは照れくさそうに笑った。

「本当はケンタローみたいなゆったりしたのが好きなんだけどよ。可愛いしな。でも仕事でも使うからさ。どうしても袖とか腰の辺りが作業の邪魔になるだろう? すぐ汚れるしな」
「なるほど」

 防寒着も作業のしやすさを考えないといけないのは大工の辛いところか。
 可愛いものが好きな彼には残念だと思うが、実際に格好いいしよく似合っているのでこれはこれでアリな気もする。

「よし。んじゃあとは市場か」

 店の人に教えてもらった方向に並んで歩き出した。
 パトリックは仕事をしている時と家の中にいる時以外は、基本的に肩ぐらいまである髪の毛を下ろしている。本当にそのまま歩いていると、手足も長いしモデルみたいだよなあと思う。
 彼が髪を下ろしているのは頬の傷を目立たせないようにするためだが、

「自分が不快な思いをするより、相手をなるべく不快な気持ちにさせたくない」

 という彼の優しさでもある。
 現に俺の家に遊びに来た時も、

「ダニーたちと遊ぶのに邪魔だから髪の毛を結んでもいいか? 傷痕が見えて悪いんだけどさ」

 などと断りを入れて来た。
 友だち付き合いしている相手にすらそんな気を遣うのだ。赤の他人にはもっとだろう。
 それまでに様々な嫌な思いをしたりさせたりしたことで学んだのかもしれないが、開き直るでもなく、自分が出来る範囲でやれることはしようと思える彼の性格が俺はとても好きだ。

「へえ。ホラールやサッペンスで見たことないような魚介類がたくさんあるぜ!」

 一部店を片づけ始めているところもあるが、大体の町の市場は夜六時か七時ごろまではやっている。まだ二時間ぐらいは営業しているところも多々あるだろう。
 俺は市場に入った時から既に目があちこちに泳いでいた。

(ちょ、ホタテあるじゃんホタテ。まじかよマグロの中トロとか大トロの方が安いとかありか? 待て待て、小ぶりだけどあのペラペラ、アオリイカあるぞ。アジもヒラメもサンマもある。ちょ、助けて、全部欲しい。誰か俺を止めてくれ)

 興奮した俺は、くるりとパトリックに向き直った。

「申しわけないですが、欲しいものがたくさんあり過ぎるので、食事用の買い物は私が出します。あのコテージ、冷蔵庫もあったので少しぐらい余計に買っていけますし」
「いやそんなわけにはいかねえよ。そのジャケットだって一万ガルぐらいしか出してないんだから」
「そう言うと思いまして、ここからはお願いがあるのでいったん別行動にしませんか?」
「え?」

 俺は真面目な顔を作り、小声で話す。

「せっかくなので、ダニーたちにもルルガの魚介類を思いっきり食べさせたいと思ってるんです。ですから、パトリックさんには彼らの二、三日分のご飯を見つくろって買って来てください」
「だけどその程度じゃ──」
「またまた、冗談言っちゃいけませんよ」

 俺は笑った。

「ダニーなんて小柄でも大食いですから、一日で一キロ、二キロの肉や魚を食べるんですよ? ジローもあの体格ですから当然食べます。ウルミも眠っていることが多いですが、起きてる時は食べるか遊んでるかの二択ですよ?」

 俺よりもよほど食費がかかるのだ。小魚なんて流しそうめん状態だ。
 よく食べよく育てが我が家の方針だから別にいいんだけど。

「その程度と思っていても意外にかかりますよ。彼らの食事の分をお任せしてもいいですか? 選ぶ魚介はパトリックさんのフィーリングでいいです」
「おう、そういうことか。あいつら好き嫌いはないんだな?」
「断言は出来ないですけど、基本的に何でも食べる子たちですからね。では今から一時間後にこの場所でいいですか?」
「分かった! 任せとけ!」

 元気よく歩いて行くパトリックを見送り、俺は抑え切れぬ笑みをこぼした。
 好きなものを遠慮しながら買うのは性に合わないし、高いからと我慢したくもない。
 パトリックもお金を出さないと気が済まないだろうから、遠慮なくうちの子たちの食材選びに放流させてもらう。
 出来れば彼には食卓を見て驚いて欲しいので、食材を買っているところは見られない方が都合がいいのである。
 市場には魚介類もあるが、八百屋や酒屋など他の店も当然ある。
 今回は貴重品をしまえる、鍵つきのウォークインクローゼットのような設備がコテージにあったので、トランクはしまってきた。気合を入れた買い物にはあの大きさの荷物は邪魔になる。
 それもこれも、海鮮祭りのためである。
 近くにあった雑貨屋で、おばあちゃんがよく使っているようなコロコロのキャリーが売っていたので、まずそれを購入した。
 意外と重たいのよ、魚介類とかって水分あるから。
 旅先で食をケチるとその旅が貧層になる、という家庭で育っていた俺には食材への妥協はない。
 頭の中でメニューを考えながら、思いつくままあれこれと夢にまで見た魚介類を買い込んでいく。
 ただ予想していたよりもはるかに安かった。
 中トロなどが「脂身多め」として手のひらサイズの大きな塊で千円ぐらいで買え、赤身の方がそれよりも高く売っている。
 そういえば、海外でも赤身の肉が人気があるようだし、この国でも脂身が多いのは人気がないのかもしれないな。しっかり肉を食べてるって感じの方がいいのかも。
 俺はジューシーで柔らかく感じるから、肉でも魚でも脂が乗っている方が好きだ。
 イカや貝類も日本で買っていた価格の二分の一から三分の一ぐらい。そりゃあ買うでしょ。
 八百屋でもネギやショウガ、ホースラディッシュ、青菜やキノコなど必要なものを全部買い終えた時には、キャリーはぱんぱん、手にも紙袋を一つ抱えた状態だった。
 数日で食べきれるか自信はないが、無理だったら焼いてうちの子たちにあげればいいし。
 そろそろ時間だなと思っていると、パトリックも大きな紙袋を二つ抱え込むようにして戻って来た。

「おいケンタロー、ちいと買い過ぎじゃねえか? いくら数日滞在するからってよう」
「パトリックさんも大量じゃないですか。まあ私の場合は商売に繋がりそうな食材もつい買ってしまったので」
「そんなら仕方ねえか。まあ試作品作るんならいつでも味見役するぜ」
「じゃあ戻りましょうか。ダニーたちもお腹空かせて待ってるでしょうから」
「だな! ベランダの方にバーベキュー用の台が置いてあったから、お前が食事の支度してる間、俺がそこ使ってあいつらの魚焼いとくわ。炭も倉庫の棚にあったから」
「それは助かります」


 コテージに戻った俺は、ダマスカス包丁を片手に腕を振るいまくった。
 湖で遊んで戻って来たら、美味しい新鮮な焼き魚や焼き貝が並べられていたうちの子たちは大喜び。
 いそいそとトングで魚をひっくり返して、ウイスキーを片手に焼き上がった魚を冷ましてはあげているパトリックもご機嫌で、食事が出来上がった頃にはうちの子たちは満腹でベッドの中だった。

「お世話になりました。それじゃ私たちも食事にしましょうか」
「そうだな。こっちこそ悪いな、ケンタローばっかりに料理させちまって」
「いえいえ、是非とも味わってほしい数々を作りましたので、たくさん食べて下さい」

 俺はニッコリと微笑んだ。



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