ハイパー営業マン恩田、異世界へ。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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うほほほほほほ

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 ルルガの町の第一印象は、

「景色はいいが、とにかく寒くて寒くて寒い」

 であった。広場の時計台に設置されていた温度計を見ると七度。そりゃ寒いわけだ。
 北の方にあると聞いていたので、サッペンスやホラールよりは冷えるかもしれないなとは思っていたが、用意していた長袖のシャツ程度ではこの寒さはとてもしのげない。
 いや北国だって十月ぐらいの陽気でコートは要らんだろ、と舐めていたが、周囲の住民はダウンジャケットを羽織っていたり、厚手のカーディガンを着ていたりする。

「ケンタロー、俺鼻水が出て来た」

 とパトリックがティッシュで鼻をかんでいる。彼も長袖のネルシャツ一枚だ。
 ティッシュと呼んでいるが、日本のそれを想像してはいけない。そこそこ薄いが、めっちゃゴワゴワの固い紙である。くしゃくしゃの包装紙みたいな感じだ。
 トイレ、手拭き、ちょっとした汚れ落としなど全てに利用されるので、あまり厚みがなくてもすぐ破れて困るのだろうが、先日風邪を引いた時には俺の鼻がすりむけ、しばらくヒリヒリしていた。
 もう少しこう、当たりの柔らかい感じのを開発してくれないだろうかモルダラ王国でも。
 俺は料理に関係することなら何とか協力出来ることもあるが、専門外の知識ではどうにもならないので、ひたすら祈るばかりである。
 早めに出発したので、ルルガに着いたのも昼を回ったばかりだ。
 停車場に馬車を預け、電池切れ中のウルミを抱っこ紐に収納し抱える。
 とりあえず何か温かいものでも食べようと近くの店をうろつくが、ペット連れでの入店はお断りという店ばかりだ。まあ当然か。
 小腹が空いただろうと干し魚をダニーとジローには与えておいた。
 パトリックがワゴンで温かいコーヒーを買って来てくれたので、それで何とか一息つけたが、早急に上着を買わなくては。いやホテルもだ。

 ホテルに関しては、日本育ちの人間として予約しとけばと思うだろう。
 俺も当然考えたし、こちらのホテルを調べて電話もした。
 だが常連客にならないと予約出来ないのだそうだ。
 新規の人間ではいたずらかも分からないし、ドタキャンが多いと死活問題だろうから、信用がある程度なければというのは理解出来なくもないけどさ。ホテル満杯だったらどうすんだよ。
 俺たちは早足で町の総合案内所のようなところへ向かい、ホテルの紹介を頼むと難しい顔をされた。

「ええと、実は現在ペットと一緒に泊まれるホテルがなくて、ですね」

 前に一軒だけあったらしいのだが、何年も前に火災に遭い、もう畳んでしまったという。

「そんなこと言われても困るんですよ。ここまで来たのに帰れと仰るんですか?」
「そうだよ。俺たちは休暇と仕事も兼ねてルルガに来たんだぞ」

 気の弱そうな若い男性を責めたくはないが、この寒さで馬車で寝泊まりしなくてはならないのはさすがに辛すぎる。夜なんか氷点下かもしれないし。
 そもそも仕事で来るならペットを連れて来るなよ、という話ではあるが、うちの子たちはペットではなく家族なのだし、毎回ナターリアに世話を頼むなんて迷惑もかけられない。
 ただでさえ仕事をワンオペさせてしまっているのだから。
 バイトさんを増やしたいところだが、そこまで広い店でもないし、あまり表沙汰にしたくない秘密も抱えている状況なので、信頼出来る人を探すまでは難しいのである。
 だが困ったぞ。ホテルが取れないなら出直すしかないのか。
 でもせっかくルルガに来たのに海鮮祭りも出来ないなんて、と内心モヤモヤしていると、申しわけなさそうに若い受付の男性が口を開いた。

「……少々お値段は張ってしまうのですが、皆さまがご一緒に宿泊可能なところはございます」
「なんでそれを先に言わないんだよ」
「ひっ」

 パトリックの威圧感のある見た目だと、大声でなくともさらに迫力が増しちゃうんだよな。
 ここは俺が前面に出なくては。

「まあまあパトリックさん、彼も高くなるから言えなかったんじゃないですか? ね? そちらの話を詳しくお願い出来ますでしょうか?」
「はい。実はお勧めしにくかったのは理由がありまして……」

 彼が言うところによると、ホテルではなくコテージ。
 要は戸建ての別荘みたいな作りのもので、多人数向け物件が湖の近くに何軒かあるそうだ。
 そちらはペットも可能だし、大家族でも泊まれるようベッドルームが三つあるらしく、最大十人まで泊まれる。今はオフシーズンなので空きはある。

「十人も泊まれるとなると、やはりお高いんでしょうねえ?」
「はい。一泊五万ガルでございます」

 一瞬高っ、と思ったが、よくよく考えてみれば、十人で割れば一泊五千円ぐらいか。
 ある程度の人数がいるならば、ゆったり過ごすにはかなりお得かもしれない。
 二泊で十万なら今の俺なら出せる。ここは勇気を出して行っちゃうか。

「ただ、オンダ様のご希望は二泊とのお話でしたので……こちらはレンタル出来るのが一週間単位なのです」
「一週間、ですか……」

 三十五万ガルか。むむむ。どうしても払えないわけではないが、でもなあ。
 俺は顎に手をやり考え込んだ。
 ちょっと海鮮フェスティバルをやろうとしただけで、滞在費が社員時代の一カ月の給料以上が吹っ飛ぶ計算か。二日しか泊まらなくても一週間分。
 いくら商売が順調とはいえ、セレブ過ぎないか?
 当然だがパトリックに出させるつもりはない。うちの子たちがいなければ、彼は普通にホテルに泊まれるのだから。あくまでも我が家の事情ゆえである。
 俺はまだそんな贅沢をしていい身分じゃないよな。
 ここは涙を飲んで日帰りにするか。
 そう覚悟を決めた時に、受付の男性が、

「ご家族や友人様たちが長い休みを過ごせるように、最近キッチンやバスルームも広々としたものに交換したりと、オーナーも投資しているので、さすがに割引は難しくて……すみません」

 という内容が耳にスルスルッと入ってきた。
 ……キッチン。広々としたキッチン。
 おいおい、そうだよ俺の目的は何だった? 海鮮パーリナイトじゃないか。
 ホテルに泊まってどうするつもりだったんだよまったく。
 キッチンもないのに海産物買っても、祭りもクソもないわ。ダマスカス包丁あったって、ホテルで作業するのは至難の業じゃないか。
 ルルガに行くことだけに集中し過ぎてたわ。キッチンがあれば万事解決。
 セレブだ? 上等だ、セレブやったるぜてやんでえ。
 普段は散財する機会なんて滅多にないんだから、今回は俺が許す。やれ。
 俺は営業スマイルを作り、微笑みかけた。

「そちら、是非紹介してください」

 予想外の反応に驚いたパトリックと受付の男性の顏にはあえてスルーを決め込む。
 ただキッチンがあることは、俺のルルガでの営業にも役立ちそうだった。
 決して俺だけの我欲ではないのだ。そうなのだ。
 後から思いついたけど、そういうことにしておこう。
 早く眠れる場所を確保して、まずはジャンパーかハーフコートでも買って、あとは市場へ向かうのだ。
 うほほ。
 うほほほほほほ。
 営業スマイルだけではない笑みがこぼれそうなのを、俺は必死でこらえていた。



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