ハイパー営業マン恩田、異世界へ。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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このためか!

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 メインとサイドディッシュの組み合わせについて二人で意見を煮詰める、というアマンダとジェイミーを置いて、俺はナターリアと一足先にエドヤに戻ってきた。
 留守番をしていたジロー、ダニー、ウルミが出迎えにきた。ジェイミーを探しているのかキョロキョロしている。
「一緒でなくてごめんな。ジェイミーは後で戻ってくるからな」
 三人は適度な距離感で遊んでくれるジェイミーが好きらしく、昨日彼が到着してから大歓迎ムード継続中である。まだホテルがないホラールでは、彼は俺の家に寝泊まりしている。一部屋がまだ一部の在庫だけを置いただけの部屋だったので、ベッドを入れるだけでよかった。
 次回からも使えそうなので、この部屋は客室のままにしておこうと思う。
 しかしろくな観光名所がないからって、五万の人口がいる町でホテルやモーテルが一つもないのは問題な気もするんだけどなあ。
 ジェイミーがうちの子たちに人気なのは、個人的にはちょっと複雑な気持ちだが、仕事の用事で出かけたり、店に出ている間もジェイミーに任せられるので安心だし助かるのも事実。
 プール遊びも気軽に見ててくれるので、ナターリアも仕事に注力できて効率がいい。
 それに忙しく動いてるから遊ぶ時間が少ないのは自分の都合だ。嫉妬するのはみっともない。
 彼らがなつくぐらい信頼のおける相手に世話してもらえるのは、俺にとってもうちの子たちにとっても望ましい環境じゃないか、と自分を慰めている。
 だが今はそれよりもナターリアである。
「ナターリアさん、あの、伝えたい話って……」
 俺はエドヤに戻って早々、気になっていた話をしようとしたが、ナターリアがにっこり笑って、
「準備があるので、二階で少しだけお待ちいただけますか?」
 とプールが置いてある裏の家の方へ消えて行った。
 準備? 準備とは?
 そんなことを考えながら、ナターリアがくる前ときた後の生活の違いを改めて考える。
 ──いやいや、もうナターリアがいないとエドヤが成り立たない。
 俺だって営業トークはできるし商品を売ることはできる。
 しかしシャンプーやトリートメントは小さいお試し品を作るとか、来店者を常連にするためにスタンプカードを作るとか、意外と掃除されていない部分を客は見ているものだとか、細やかな気配りなど見ていると、女性ならではの視点というのも大切だと気づかされた。
 その上物事を客観的に見られて自分の考えも持っている。動物にも優しい。整理整頓も上手で頭の回転も速い。しかも超がつくほど有能だ。
 元の旦那さんも義母も、こんな彼女を軽んじるなんてもったいないことをしたものである。
 ああ、スタイルの良い美人であるというのもあったな。
 でも不思議と俺にはよこしまな考えはわかなかった。
 俺は男女問わず、人間的に尊敬できる人であるならば、美形でなくてもスタイルがよくなくてもどうでもよかった。昔から人の外見は俺にとっては二の次の情報でしかなく、知り合って理解が深まるその人の人間性が一番重要なのである。まあ最低限の清潔感は求めたいが、その程度だ。
 第一中身がよければ自然と外見も魅力的に見えてくるのだ。少なくとも俺はそうだ。
 この目鼻立ちの整った彫りの深い人たちが多いモルダラ王国では、俺は平坦すぎる顔で印象も薄いに違いない。それでもいい人たちに出会えて、仕事もできているのは、俺の実務で鍛えた営業スキルと、俺自身の努力である。そこに見た目は関係ない。
 それにそんな表面的な判断しかできなかったら、この国に来たばかりの時に、ホラー映画に出てきそうな、会話もできないホッケーマスクのおじさんには近寄ろうとも思わないし、町まで送ってもらえる親切な人だということも気づかないままだったではないか。
 俺は人を見る目だけはかなり自信があるのである。
 見た目重視の人がいることは否定しないし、別にそれはそれでいいと思う。
 だけど特別イケメンでもなく、特筆すべきものが営業能力しかない自分を認めてくれた人たちがいたからこそ、日本でもモルダラ王国でもやっていけているのだ。
 そんな俺が外見大事などといってたら自己否定になってしまう。
 ナターリアも人間的に素晴らしい人だとは思うが、雇用主の職権乱用で彼女にいかがわしいことを企んだりなど考えたこともない。
(俺がそんな目で見ていないことはちゃんと伝わっているだろうしセクハラはないと思うが、そうなると伝えたい話ってやっぱり転職とか……いや再婚での寿退社もあり得るか? ナターリアさんモテそうだしなあ)
 だとしてもなんとか結婚後も続けてはもらえないだろうか、などと頭の中で色々考えていると、ナターリアが紙袋を抱え、プールで遊んでいたジロー、ダニー、ウルミを連れて戻ってきた。
「お待たせしました!」
 やたらと嬉しそうなナターリアに戸惑いつつも、彼女が袋から取り出したものをみて少し驚いた。
「あれ、それインテリア用に買った知育玩具じゃないですか?」
 先日、ジルの椅子用のクッションと一緒に買い求めたものだ。木製のちょっと洒落た感じのものだったので、勝手にそう思っただけだが。
「インテリア? いえ違いますわ」
 そう言いながら、居間の床に絵のついたパネル状の木材を並べていく。見覚えのない絵柄のものもあった。彼女が自分で描いたのだろうか?
 並べ終えてふう、と一息つくと、ナターリアは俺を見て笑みを浮かべた。
「ちょっと見てていただけますか?」
 そういうと、三人に向かって声をかけた。
「ジロー、ダニー、ウルミ。私とこの人、自分たちの家族なのはどっち?」
 ジローたちが俺の足元にくる。
「え? え?」
「オーケー。それじゃ自分たちが一番好きな食べ物の絵がついたパネルを持ってきてくれる?」
 するとジローが牛の絵がついたものをくわえ、ダニーが魚の絵の描かれたものを持ち、ウルミはリンゴの絵がついたものを足で押してきたので、俺は驚いて目を見開く。
「ふふ。正直ね。じゃあオンダさんが好きかしら?」
 また三人が戻っていき、それぞれハートがついたパネルを持って戻る。
「ナターリアさん、これって……」
「そうなんです。この子たち、私たちの話を理解してるような感じを受けることが多々あるじゃないですか? でも勝手な思い込みかも知れないなあ、なんて思ってて。でも話ができるわけじゃないから、それで確認したくて知育玩具お願いしたんです。この子たち、しっかり分かってるんですよ! 意思疎通のやり方さえ考えれば、三人と会話できるんじゃないかと思うんです」
 頭に言われた内容がじわじわと染み込んできて、俺は興奮してきた。
「それじゃ、うちの子が本当は何をしたいのか、何を求めてるのか分かるってことですか?」
「ええ。まだ文字を理解するのは当分先だと思うんですが、ほら、こういう絵にも下に単語を書いていけば、長い時間がかかっても、この文字はこの絵の意味って理解してくれたり……」
「単語のスペルの知育玩具で、今後は言葉も作れるかも知れないってことですよね?」
「まあそこまで行くのは当分先だと思いますけれど。オンダさんだってまだ勉強中ですし、人だって一から覚えるのは大変でしょう? 種族が違えばもっと大変ですもの」
 俺は鼻息が荒くなるのを抑えられなかった。
「でも本当にすごいですよナターリアさん! もしかしたらこの先、簡単でも『おなかすいた』とか『眠い』とか、『調子悪い』とか伝えられるかもって話ですよね? うわ、どうしよう。すごく嬉しいですねそうなったら。──そっかあ、ウルミは果物が好きなのか。まあダニーが魚大好きなのは分かってたけど、肉も結構食べてるような気がするな。なあダニー、肉も好きだよな?」
 ダニーは俺を見て、パネルの方へ戻って行く。少し探してから一つのパネルを持って戻ってきた。
 パネルには『〇』と描かれていた。
 俺は笑って、
「そうだよな! 魚が大好きだけど、肉も好きってことでいいか?」
 というと、〇のついたパネルをまた持ち上げた。
 なんてこった。この先の楽しみがまた増えてしまったじゃないか。
「ウルミは果物では何が好きなんだ?」
 と聞こうとしたら、ウルミは足元でまた電池切れを起こしたように眠っていた。慌てて抱き上げると寝室のウルミ専用カゴに入れた。何の前兆もないのが困るんだよなウルミは。
 俺は寝室から戻ると、ジローたちを褒め、ナターリアに頭を下げた。
「お店の仕事だけでなく、こんなことまでしていただいて、本当に感謝します。私は嬉しくて今夜は眠れそうにないです」
「いえ、私が興味あっただけですもの。感謝なんて必要ありませんわ」
 いやいや、本当に、などとお互い言い合ってて、何だかおかしくなってお互い笑ってしまった。
 そこで俺は気づいた。
「あの、もしかして、伝えることというのは……」
「ジローたちと会話ができるようになるかも知れないって話ですわ」
 俺は心の底から安堵した。
「そうですか。いやてっきり真面目な顔だったので、辞める話でもされるのかと思って、ずっとびくびくしてたんですよ」
「いやですわ、こんな楽しい職場ないですもの。辞めるわけないじゃないですか! ただ……」
 そういい少し困ったような表情をした。
「どうしました?」
「いえ、ちょっと母が心配というか」
「ジルさんが?」
「うちの母が今引きこもっている状態なのは、好きな研究をしたいからじゃないですか」
「そうですね」
 俺がなし崩しでアマンダに引き合わせたり、倉庫借りたりお茶飲んだりしてるけども。
「母の研究分野って動物の生態と植物全般なんですよね。ジローたちが会話できるかもって知ったら大興奮してしまうんじゃないかと。オンダさんにご迷惑をおかけするんじゃないかと思って」
「え? 別に困らないですよ? 今まで散々お世話になってますし。観察と称してプールでずっと眺めてメモしたりしてましたので、さらに観察が増えても迷惑じゃないですね」
 むしろ俺の方が色々知識を得られて感謝している側だ。
「そうですか? それならいいんですけど……」
 少し言葉を濁した様子のナターリアに気づかず、俺はひたすら、
(いやーそっかー、話ができるかもなのかー、たーのしーなー。でも長命種ばっかりだから、俺が老後になるころようやく、とかだったら寂しいなー)
 などと夢想してはテンションが上がっていた。



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