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ナターリアの計画
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ジルとナターリア、そしてアマンダの三人と俺は、まとめて相談した方が話も早いだろう、ということで、ジルの屋敷に集合して話をすることにした。
アマンダは同世代のためか、以前はジルとも顔を合わせれば時々お茶を飲んだりしていたらしいが、ジルが引きこもり出してから全然会う機会もなかったという。
「ちゃんと会って話すのは五年ぶりかね。元気にしてるとはオンダに聞いてたけど、実際に顔が見られて嬉しいよ」
アマンダはニコニコとジルに話しかける。
「悪いね。年を取るとワガママになって、自分がやりたいことに時間を注いじゃうものなんだよ。人生は残り少ないからね。あ、別にアマンダや他の人のことが嫌いだとかじゃないから、そこは勘違いしないで欲しいんだけど」
「分かってるってば。私だって最近は仕事するのしんどくなって、家で趣味の花いじりしてたりする方が楽しいもんね。私は腰痛もあるし、ババアになったら無理しないのが一番だよ」
「だよねえ」
別にケンカ別れしたわけではないので、二人は久々の旧交を温めているようだ。
アマンダは元からの性格もあるだろうし、客商売も長いせいか、陽気で人当たりもいいが、決して相手が嫌がるような距離の詰め方はしない。
俺にとっては二人とも恩人なので、今後も仲良くして欲しいと思っている。
仕事がらみでも関わり出そうだし。
「レストランエドヤねえ。確かに名前を広めるためには、エドヤの名前がついた方がいいだろうし、自分が経営しなくて済むのも楽だよね。ただで宣伝してくれるし」
「ニホンて国の個性的なメニューがあるってのは、他との差別化ができるしね。……ただ、店の味を盗まれてさ、エドヤの名前を使わずに商売されることもあるんじゃないのかい?」
ジルとアマンダが話しつつ、素朴な疑問を俺に投げかける。
「ええ。勝手にされるのは困りますので、レシピを知りたい方にはしっかり講習を受けてもらって、許可証を出します。それで業務としてまとまった数を購入する場合、許可証がなければエドヤの調味料は卸さない形にしようかと」
粗悪なコピー商品にエドヤの調味料を使われて、変に悪評を広められるのはゴメンなのだ。
エドヤの名前をつけるだけでレシピも教えるし、それを大きくいじらない形で提供してくれればいい。求めるのはそれだけだ。
しかもライセンス料も要らないと言っているのだから、経営者にとっては悪い話ではないはずだ。
衣食住は人間が快適に生活するうえで必要な要素だと俺は思っている。
自分が食べることが好きなこともあるが、毎日同じ味ばかりが続くと飽きる。そら色んな味を食べたくもなろうってものである。
カレールーもそうだが、味噌やモリーソース、そしてこれから出る予定の醤油など、今後新しい味が広まるのは、モルダラ王国の国民だって生活の質の向上になるはずだ。
「レシピのマニュアル作成については、私がやりますわ。さほど難しいことではありませんし、自分のレパートリーも増えますから」
ナターリアが笑みを浮かべる。
「いつも助かります。あとですね、何日かすればジェイミーという、サッペンスでお世話になってる人の息子さんが料理を学びにくるんですが、どうせならホラールでもレストランエドヤを経営してくれる人がいれば、彼と一緒に教えられるかと思ってるんですが、前向きになって下さりそうな方に心当たりはないでしょうか?」
俺は三人に尋ねる。これはオブラートを剥がせば、「めんどいから一人より複数に教える方が手間が省けていいんだけどなー」である。
「私もやりたい気持ちはあるんだけど、腰の件もあるしどうしても長時間の営業が厳しいね。店賃が払えるぐらいは営業しないともとが取れないし」
アマンダが残念そうに呟く。ジルがアマンダを見て、
「アマンダは長年ビストロやってるだろう? 前にそっちで出すとか出さないとかオンダに聞いた気がするけども」
と問い掛けた。
「ああ、今は従兄に営業任せててね、最初は出してたんだけど──」
最近の揉め話をすると、ジルが笑い出した。
「はははっ、せっかく売れてるのに忙しくなるからやりたくないとはね! まあ給料も出さずにこき使うのは無理な話だよね」
「私も助かってるから文句は言えないしね。でもザックと私の老後を考えたら、もっとお金を貯めときたいんだけどねえ。上手く行かないもんだね世の中」
なごやかに話している二人を眺めながら、一つ思いついたことがあった。
「あのう、提案なんですが、テイクアウトだけの店というのはどうでしょう?」
テイクアウトは容器の経費はかかるが、客が来たら売るだけだ。
レストランのように立ちっぱなしで接客して料理運んで、皿を下げたら洗って、という腰への負担は少ない。働く人間だって最低限で済む。
客がいない時はスツールなどに座って休憩していれば、身体的にも楽だろう。
「テイクアウトオンリーか……それならまだいけるかもね。だけど、それでも店舗を借りないといけないだろう? 狭いところでもそれなりにかかるし、果たして経営が成り立つもんかねえ」
アマンダは難しそうな顔で呟くと、ジルが何か思いついたようにナターリアに指示を出している。
なんだろうか、と思っていると、ファイルを持ったナターリアが戻ってきた。
ファイルを渡されたジルは、ああこれだこれだ、とファイルを開いた部分を指で叩いた。
「アマンダ、ちょっといいかね」
「なんだいジル?」
「格安のレストランの貸し物件があるんだけどどうかね? ただ最大で一年限定なんだけど」
なぜ一年なのかというと、借りている夫婦はいるのだが、一カ月ほど前から旦那さんの病気治療のため、一時的に王都ローランスに滞在しているかららしい。
「アマンダと同じで職業病かね? 椎間板を痛めたのと、あとは内臓を悪くしたらしいね。腰は手術をして成功したらしい。ただリハビリもあるし、内臓の方は投薬をして様子見のあとまた戻ってくる予定だから、っていうんで、一応本来五十万ガルの店賃を十万ガルで取り置きしてる状態なんだよ。営業してないのに全額払わせるのは可哀想だからさ。長年真面目に払ってくれた店子だし。ただ私も慈善事業してるんじゃないから、一年で店賃は元に戻すよって断ってるけどね」
店の中を勝手にいじられると困るが、テイクアウトならそもそも客を入れないだろうし、普通に厨房も使えるから、試しにテイクアウトの営業するのに使ってみたらどうかという。
「あちらも仕事もしてないのにお金が出てくばかりだろうしさ。向こうが出していた十万をアマンダが店賃代わりに払ってくれるなら喜んで貸してくれると思うよ。一応電話して聞いてみるけど、負担が減るんだ、決して嫌とは言わないはずだよ」
「十万ガルでいいなら最高だね! 一年未満でも、経営の見通しが立つか立たないかぐらいは分かるだろうしね」
それなら短時間の営業でも何とかなりそうだ、と嬉しそうにいい俺を見た。
「オンダ、私もその講習会参加することにするよ!」
「ありがとうございます。でも最初は無理しない程度の時間にして下さいね。体を壊したら元も子もないですから」
サッペンスはレストランで、ホラールはテイクアウトの弁当屋か。
メニューを考える手間はあるが、どちらの形態の状況も確認出来るのは願ったりだ。
「ナターリアさんも、マニュアル作成含めて助けていただくことも増えるかも知れませんが、ちゃんと給料には反映させますので、どうぞよろしくお願いします」
俺はせっせとメモをしているナターリアに頭を下げたが、ナターリアはちょっと慌てたように、
「あの、私も細々とした計画があるので、空いている時間の協力ということでよろしいですか?」
という。
「それはもちろんです。ご自身の都合が大事ですから」
俺は笑顔で返事を返しながら、
(……でもナターリアさんの計画ってなんだ? 独立するとか転職とかじゃないよな?)
などと不吉なことを考えてしまい、でもそんなこと聞けないし、とソワソワする。
こんなハイパーな何でもできる働き手がいなくなると、エドヤは間違いなく詰む。
いざとなったら給料を上げるとか、待遇をもっとよくする何かを考えなくては。
アマンダは同世代のためか、以前はジルとも顔を合わせれば時々お茶を飲んだりしていたらしいが、ジルが引きこもり出してから全然会う機会もなかったという。
「ちゃんと会って話すのは五年ぶりかね。元気にしてるとはオンダに聞いてたけど、実際に顔が見られて嬉しいよ」
アマンダはニコニコとジルに話しかける。
「悪いね。年を取るとワガママになって、自分がやりたいことに時間を注いじゃうものなんだよ。人生は残り少ないからね。あ、別にアマンダや他の人のことが嫌いだとかじゃないから、そこは勘違いしないで欲しいんだけど」
「分かってるってば。私だって最近は仕事するのしんどくなって、家で趣味の花いじりしてたりする方が楽しいもんね。私は腰痛もあるし、ババアになったら無理しないのが一番だよ」
「だよねえ」
別にケンカ別れしたわけではないので、二人は久々の旧交を温めているようだ。
アマンダは元からの性格もあるだろうし、客商売も長いせいか、陽気で人当たりもいいが、決して相手が嫌がるような距離の詰め方はしない。
俺にとっては二人とも恩人なので、今後も仲良くして欲しいと思っている。
仕事がらみでも関わり出そうだし。
「レストランエドヤねえ。確かに名前を広めるためには、エドヤの名前がついた方がいいだろうし、自分が経営しなくて済むのも楽だよね。ただで宣伝してくれるし」
「ニホンて国の個性的なメニューがあるってのは、他との差別化ができるしね。……ただ、店の味を盗まれてさ、エドヤの名前を使わずに商売されることもあるんじゃないのかい?」
ジルとアマンダが話しつつ、素朴な疑問を俺に投げかける。
「ええ。勝手にされるのは困りますので、レシピを知りたい方にはしっかり講習を受けてもらって、許可証を出します。それで業務としてまとまった数を購入する場合、許可証がなければエドヤの調味料は卸さない形にしようかと」
粗悪なコピー商品にエドヤの調味料を使われて、変に悪評を広められるのはゴメンなのだ。
エドヤの名前をつけるだけでレシピも教えるし、それを大きくいじらない形で提供してくれればいい。求めるのはそれだけだ。
しかもライセンス料も要らないと言っているのだから、経営者にとっては悪い話ではないはずだ。
衣食住は人間が快適に生活するうえで必要な要素だと俺は思っている。
自分が食べることが好きなこともあるが、毎日同じ味ばかりが続くと飽きる。そら色んな味を食べたくもなろうってものである。
カレールーもそうだが、味噌やモリーソース、そしてこれから出る予定の醤油など、今後新しい味が広まるのは、モルダラ王国の国民だって生活の質の向上になるはずだ。
「レシピのマニュアル作成については、私がやりますわ。さほど難しいことではありませんし、自分のレパートリーも増えますから」
ナターリアが笑みを浮かべる。
「いつも助かります。あとですね、何日かすればジェイミーという、サッペンスでお世話になってる人の息子さんが料理を学びにくるんですが、どうせならホラールでもレストランエドヤを経営してくれる人がいれば、彼と一緒に教えられるかと思ってるんですが、前向きになって下さりそうな方に心当たりはないでしょうか?」
俺は三人に尋ねる。これはオブラートを剥がせば、「めんどいから一人より複数に教える方が手間が省けていいんだけどなー」である。
「私もやりたい気持ちはあるんだけど、腰の件もあるしどうしても長時間の営業が厳しいね。店賃が払えるぐらいは営業しないともとが取れないし」
アマンダが残念そうに呟く。ジルがアマンダを見て、
「アマンダは長年ビストロやってるだろう? 前にそっちで出すとか出さないとかオンダに聞いた気がするけども」
と問い掛けた。
「ああ、今は従兄に営業任せててね、最初は出してたんだけど──」
最近の揉め話をすると、ジルが笑い出した。
「はははっ、せっかく売れてるのに忙しくなるからやりたくないとはね! まあ給料も出さずにこき使うのは無理な話だよね」
「私も助かってるから文句は言えないしね。でもザックと私の老後を考えたら、もっとお金を貯めときたいんだけどねえ。上手く行かないもんだね世の中」
なごやかに話している二人を眺めながら、一つ思いついたことがあった。
「あのう、提案なんですが、テイクアウトだけの店というのはどうでしょう?」
テイクアウトは容器の経費はかかるが、客が来たら売るだけだ。
レストランのように立ちっぱなしで接客して料理運んで、皿を下げたら洗って、という腰への負担は少ない。働く人間だって最低限で済む。
客がいない時はスツールなどに座って休憩していれば、身体的にも楽だろう。
「テイクアウトオンリーか……それならまだいけるかもね。だけど、それでも店舗を借りないといけないだろう? 狭いところでもそれなりにかかるし、果たして経営が成り立つもんかねえ」
アマンダは難しそうな顔で呟くと、ジルが何か思いついたようにナターリアに指示を出している。
なんだろうか、と思っていると、ファイルを持ったナターリアが戻ってきた。
ファイルを渡されたジルは、ああこれだこれだ、とファイルを開いた部分を指で叩いた。
「アマンダ、ちょっといいかね」
「なんだいジル?」
「格安のレストランの貸し物件があるんだけどどうかね? ただ最大で一年限定なんだけど」
なぜ一年なのかというと、借りている夫婦はいるのだが、一カ月ほど前から旦那さんの病気治療のため、一時的に王都ローランスに滞在しているかららしい。
「アマンダと同じで職業病かね? 椎間板を痛めたのと、あとは内臓を悪くしたらしいね。腰は手術をして成功したらしい。ただリハビリもあるし、内臓の方は投薬をして様子見のあとまた戻ってくる予定だから、っていうんで、一応本来五十万ガルの店賃を十万ガルで取り置きしてる状態なんだよ。営業してないのに全額払わせるのは可哀想だからさ。長年真面目に払ってくれた店子だし。ただ私も慈善事業してるんじゃないから、一年で店賃は元に戻すよって断ってるけどね」
店の中を勝手にいじられると困るが、テイクアウトならそもそも客を入れないだろうし、普通に厨房も使えるから、試しにテイクアウトの営業するのに使ってみたらどうかという。
「あちらも仕事もしてないのにお金が出てくばかりだろうしさ。向こうが出していた十万をアマンダが店賃代わりに払ってくれるなら喜んで貸してくれると思うよ。一応電話して聞いてみるけど、負担が減るんだ、決して嫌とは言わないはずだよ」
「十万ガルでいいなら最高だね! 一年未満でも、経営の見通しが立つか立たないかぐらいは分かるだろうしね」
それなら短時間の営業でも何とかなりそうだ、と嬉しそうにいい俺を見た。
「オンダ、私もその講習会参加することにするよ!」
「ありがとうございます。でも最初は無理しない程度の時間にして下さいね。体を壊したら元も子もないですから」
サッペンスはレストランで、ホラールはテイクアウトの弁当屋か。
メニューを考える手間はあるが、どちらの形態の状況も確認出来るのは願ったりだ。
「ナターリアさんも、マニュアル作成含めて助けていただくことも増えるかも知れませんが、ちゃんと給料には反映させますので、どうぞよろしくお願いします」
俺はせっせとメモをしているナターリアに頭を下げたが、ナターリアはちょっと慌てたように、
「あの、私も細々とした計画があるので、空いている時間の協力ということでよろしいですか?」
という。
「それはもちろんです。ご自身の都合が大事ですから」
俺は笑顔で返事を返しながら、
(……でもナターリアさんの計画ってなんだ? 独立するとか転職とかじゃないよな?)
などと不吉なことを考えてしまい、でもそんなこと聞けないし、とソワソワする。
こんなハイパーな何でもできる働き手がいなくなると、エドヤは間違いなく詰む。
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