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増えるのやめろ。

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 ジローは獣医に診てもらったところ、「軽い風邪」じゃないかとのことだった。
「まあ暑いからって毎日のようにプール入ってりゃあな。ま、普通に栄養価高い食事してるみたいだし、肌艶もいい。多分野生で生きてるより何倍も健康だと思うがな。はっはっは」
 とジー様の獣医に笑われたそうだ。
「すみません、私も心配し過ぎでしたね。プールだけは二、三日控えるようにと」
 病院からは、薬も出なかったそうだ。
「本来なら免疫力を上げるために栄養剤のシロップを出すそうなんですが、ここまで栄養の行き届いた奴にはいらんだろ、むしろ邪魔だと」
 恥ずかしそうに自分のおせっかいを詫びるナターリアに、俺は大きく手を振った。
「とんでもない! 大きな問題がなくてよかったです、本当に」
 当のジローは病院から戻ってきてから、ダニーとプールに行こうとして慌てて止めたら、ふてくされて二階の居間の床をコロコロと転がって遊んでいる。
 こいつ、わざと汚して洗ってもらうために水に入ろうとしてるな。だが入れてやらん。
 まあ軽い風邪ぐらいでよかった。
「ただ、軽くても風邪は風邪ですからね。やはり留守番の方がいいと思うんですが、またジルさんやナターリアさんにご迷惑になってしまうかと思うと、一体どうしたもんかと……」
 俺はため息を吐いた。
 猫用のトイレから用足しして出てきたダニーが、
『キュ!』
 と何やら力強くアピールしてくる。
 ジローはトイレのしつけが元からできないのだが、勝手に窓から飛んで行って、離れたところで排泄してくるので助かっている。
 しかしダニーの場合は、家からあまり離れたら危険だし、可愛いのでさらわれるかも知れない。
 かといって近くで好きにさせてると、店の周囲がう●こまみれになって、お客さんや俺が踏みかねない。臭いも大変なことになる。
 ジルが「この子はトイレを覚えるよ」と言われたので、試しに猫用トイレを買ってきたら、二、三日でちゃんとトイレでするようになった。本当に頭の良い子である。
「いや、ダニーは面倒見られないだろう。お前一日の半分以上寝てるんだから」
『……キュゥ』
 うなだれて階下に降りて行った。またプールに入るつもりだろう。
 プールとして使っている裏の家屋へは、ダニーは勝手に扉を開けて中に入るのだ。
 その後扉をきちんと閉めるし、ジローと一緒の時は、ジローが中に入ってから扉を閉めるしっかり者である。考えたら体格的にはダニーの方が子供サイズだが、倍以上大きなジローの方が成長期の子供なので、今でも面倒を見ている感覚なのかも知れない。
「大丈夫ですよオーナー。母も私も二人が大好きなので。母なんて、間近で観察できるから楽しくて仕方ないみたいですよ。昔から知的好奇心満たすことが幸せな人なので」
 ナターリアが苦笑して俺の心配を和らげてくれるが、毎度お世話になっている身としては居たたまれない。
「本当にすみませんいつもいつも。──そうだ、サッペンスで何か買ってきて欲しいものとかありませんか? お礼に買ってきます。多少高いものでも構いませんよ、多分これからもお世話になってしまうと思うので」
「いえ、大丈夫ですってば」
「本当に私の気が済みませんので、何かお願いします」
 俺が頭を下げると、少しナターリアが考える様子を見せた。
「……ええと、それでしたら、町の東におもちゃ屋があるんですが、ほら木製の、絵や文字が書いてあるブロックありますよね」
「え? ああ、子供の知育玩具ってものですよね?」
「ええ、それをお願いしたいんです。あと、母には椅子の背もたれに使えそうなクッションを。古い椅子をいま愛用してるんですが、元々が父のものだったので少し大きいんです。だから……」
 クッションは分かるが知育玩具?
 いや、海外の知育玩具って結構デザインが洒落てて、インテリアで使う人もいるみたいだし、部屋のアクセントにでも使うのかな? ま、ホラールではそんな洒落たものはないもんな。
「分かりました。私のセンスでも大丈夫か心配ですが、なるべく評判のよさそうなのを聞いて買ってきますね」
「すみませんが、どうぞよろしくお願いします」
 そして、俺は翌日早朝、「これから出ます」とだけモリーに電話をし、荷馬車でサッペンスに出発したのであった。

「話し相手がいないとつまんないなあ……」
 俺は、サッペンスへの道のりが思った以上に長く感じて困っていた。
 いやジローやダニーが会話をしてくれるわけではないし、相槌的なものと受け取って俺が勝手に話をしてるだけなのだが、やはり一人で黙々と、よりは時間が過ぎるのが早く感じるのだ。
 実際には荷馬車の操作も慣れたものだし、前よりは短時間でサッペンスに到着するのだが、それでも何か物足りない感じは拭えない。
(やっぱ、もう家族の一員なんだよなあ、あいつらは)
 ジローたちにも帰るときに現地の魚の干物でもお土産にしてやろう。
 そう思っていると、前方で何羽かの鳩のような鳥が何かを攻撃しているのが見えた。
 集団で狩りをするというのはよく聞く話だ。
 生きるためには仕方がないのだろうが、自分が見たくはない。
 そのまま目を逸らして通り過ぎようとしたのだが、ふと視界の隅に入ったのは黄色。
 え、と思って改めてみると、攻撃されているのは、町で見かけたバナナに手足がついたような……そうだ、バナナチキンの子供だった。
 ケガをしたのか黄色い体に赤い血が見え、俺は慌てて馬を止める。
 荷馬車のトランクからタオルと、いつもおやつ用に持っている味なしの干し魚を取り出して、袋から出すと見えるように鳥に向けて振った。
「おーい、その子まだ子供だから、助けてやってくれ。ほら俺の食べ物の方が美味いぞー」
 一瞬人間を警戒して飛び立とうとしたが、俺の手元を見て近くの木の枝に飛び乗ったままこちらを見ている。
「ここに置くから、みんなで仲良く食べろよ。この子は代わりに俺にくれよな。ほら、絶対この子なんかより食いでがあるだろ?」
 俺はなるべく鳥から目を離さないようにしつつ、静かにバナナチキンの子供の方へ近づく。
 ヒュ、ヒュ、と小さく息をしているのでまだ深刻な状態ではない、と思いたい。
 タオルでその子をくるむと、
「全部食べていいから」
 などと言いながら後ずさりして荷馬車に戻った。
 視線を外すと、一気に枝から降りてきた鳥が俺の置いてた餌に群がったので、やれやれと息を吐いた。だがここにこのままとどまっていてはまずい、と御者台に乗りそのまま馬を走らせる。
 少し離れ、海の匂いを感じるようになったのでいったん止めて、タオルの中の子をチェックする。
 バナナみたいと以前は思ったが、よく見てみると、頭にぽわぽわした毛が生えており可愛らしい。
 海外のキャラクターでミニ●ンズとかいうオーバーオールとゴーグルをした生き物がいたが、あれの方が似ている。くりくりした真っ黒い目もゆるキャラっぽい。
 何だか放っておけないと思って助けてしまったが、どうも体の表面に軽い傷がある程度で、大きな傷は見当たらない。
 一応化膿したらいけないと思って、トランクから消毒薬を振りかけてまたタオルで巻いたが、あまり人間の使うものは良くないかも、とあとは水だけ与えることにした。
 サッペンスに着いたら、モリーにバナナチキン飼ってる人がいないか聞かないと。もしかしたらペットが逃げ出したとかさらわれたのかも知れないし。
 ──しかし、可愛いよなあ。これが成長したら黄色いペンギンみたくなるのか。
 俺は顔が緩みそうになって慌てて引き締めた。
 神様、ただでさえ面倒見ている家族がもう二人いるのに、これ以上可愛いアピールで家族増やそうとしてくるのやめろ。
 三十路のモブ顔のオッサンが可愛い小動物大好きってだけでもヤバいのに、二人から三人に増えたらもっと困るじゃないか。嬉しくて。
 俺は改めて荷馬車を走らせながら、
(でも、あんまり野生向きな色合いじゃないから、どこかの家のペットなのかも知れないなあ……)
 困る困ると思いつつも、そう考えて少し残念な気持ちにもなっていた。



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