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先生呼びは止めて下さい。

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「サッペンスの皆さま、初めまして! 『エドヤ』の商人オンダでございます。このたび、素敵な商品を売りにはるばるニホンという海の向こうの国からやってまいりました~」
 カレーの香りに誘われて来てみれば、昔からあるモリーの店の前に、見たことがない商品が並び、見覚えのない男がいれば、まあ警戒はするだろう。
 だがしかし、俺はモテはせずとも決して敵を作らない男である。
「今回はですね、モリーさんのお店とエドヤの共同開発で、『モリーカレー』という新たな商品を作りまして、宣伝も兼ねて試食会を開かせていただきました。ほらほら、なんともお腹が空きそうな香りが漂ってると思いませんか?」
 俺は店の前に置いたテーブルで、大きな鍋を二つかき混ぜているモリーとジェイミーをアピールする。試食用のカップだが、総菜屋で使っているという、テイクアウト用の小さな四角いパックが売っていたので、モリーにまとめて買ってもらっていた。
 本当はご飯で食べて欲しい気持ちがあるのだが、ご飯も炊いてカレーもでは手間がかかる。
 今回は仕方がないので、シチュー用のバゲットを細長くスティック状にカットして提供することにした。これだとほぼお客さんの手が汚れずに味見ができる。
「香りだけではあくまでも美味し『そう』な気配だけ。ここは試食でお好みの味かどうかをチェックするのが、買い物上手な奥様や旦那様の基本です。さささ」
 俺はトレイに載せてある試食のカップを近くのお客さんに渡して行く。子供には優先的にマイルドカレーを渡す。子供のおねだりには弱い両親も少なくないのだ。
「はい、こちら白いカップのものはマイルドな味わいで、お子様も問題なく食べられます。赤いチェックのカップはスパイシーで、辛みが物足りない大人の方向けになっております」
 ままま、とバゲットも配っていき、そのまま味見をしていただく。
「──あら、スパイスの香りがしていたから、私には食べられないぐらい辛いかも、と思ったけど、このぐらいなら平気ね」
「これはチーズパンにつけても美味そうだな」
 俺はすすす、と話をしていた夫婦に近づいた。
「旦那様は舌が肥えておられますね。そうなんです。実はチーズカレーというのも我が国にはございまして、クリーミーで濃厚な味わいにもなりますし、仰っておられるようにチーズパンにも相性抜群なのです。しかもドリアなどで利用するライスとの相性は最の高でございますよ」
「ほう? ライスにねえ」
 小学生ぐらいの年齢の男の子もせっせとパンにつけて食べていたので、しゃがみ込んで尋ねてみる。
「どうかな? 君にはちょっと辛すぎるかい?」
「ううん! 僕はもっと辛くても平気! これ、トマトのシチューより好き」
「トマトは好き嫌いがあるからねえ。でもこれは野菜のブイヨンも入っていたりして、栄養のバランスがいいんだよ」
 俺は数十人はいそうな試食中の人たちに聞こえるように大きな声を上げる。
「こちらは我が国で改良を重ねた商品を、さらにモリーさんがこの国の人の口に合うよう改善した商品なのです。海を越えてきた経費や研究費などが掛かっておりますので、この一袋八ピース入りが七百ガルと少々値が張りますが、一ピースで一皿分のカレーが作れますので、ご家族の人数に合わせて効率よくお使いいただけるんです」
「たしかに美味しいとは思うけど、ちょっとお高いわよねえ」
 年配の奥様、お待ちしておりましたそのお言葉。
「我が国では、カレーというのは子供から大人まで大好きな食事です。私などは家族の誕生日や學校の入学や卒業、様々なイベントの時に母が作ってくれました」
 俺は大変お恥ずかしい話ですが、と続ける。
「自分は苦手な野菜が多くて、サラダなどにすると全然食べられなかったんですが、カレーに放り込んでしまうと不思議と食べられたんですよ。これは多分ベースに色んなスパイスやハーブが使われていることで、嫌いな野菜の味のクセみたいなものが目立たなくなるんですよね」
 苦手な野菜があったのは嘘ではない。
 ニンジンとタマネギとトマトが子供の頃は嫌いだったが、ニンジンとタマネギはカレーで食べているうちに普通に食べられるようになった。トマトだけは今でもダメなのだが。
「カレーはそういう意味で私には特別な存在なのです。イベントごとにカレーを食べる、というのも特別感があってよろしいのではないかと思います。ちょっとお高いのもお祝いごとに華を添えて喜びもひとしおですよね。しかもこのかぐわしい香りですよ」
 俺はクンクンと鼻を動かした。
「家から離れた場所からもカレーの香りが漂ってきますし、うちは今夜はカレーかな、と楽しい気分になるじゃないですか。二人家族ならこれ一袋で四回分、四人家族なら二回分使えますし、ちょっとリッチなお祝いディナーという感じになりますよね」
 おっといけない。こっちも出さないと。
 俺はカレーのテーブルの奥にひっそりと置いてる、バウムクーヘンとビーフジャーキーを覆っていた布を取る。
「そしてリッチなディナーにはリッチなデザート。そしてリッチなお酒のツマミ。こちらもエドヤのお勧め商品なのですが、今回に限り、新商品発売記念として、カレーをお求めの方には本来千五百ガルの商品を千ガルにてご提供いたします! あ、こちらも試食可能ですよ。さささ」
 辛いものの後に甘みのある菓子で口直しだ。
「さあ本日だけ、本日だけでございます! 本来ならバウムクーヘンとカレーで二千二百ガルのところ、千七百ガルと大変お買い得価格にてご提供でございます。考えてみると、これだとモリーカレーが二百ガルになるようなものですね。上司に怒られそうですが、今回はモリーカレーのお披露目でございますので、パーッと行きましょう!」
『ポッポポポ!』
 大人しくしていたジローがいきなり最後で愛想を振りまいたので驚いたが、お客さんには微笑ましいものとして受け止められたようだ。
「ねえお願い母さん、カレー買ってよ! バウムクーヘンも一緒に!」
「妻に買って行こうかな。あいつは辛いの苦手だからマイルドのやつ一袋と、あとバウムクーヘンとビーフジャーキーは両方買えたりするかい? 妻はバウムクーヘンでいいが、わしはビーフジャーキーをつまみに一杯やりたいんだよなあ」
「うーん、今日だけはお披露目なのでオーケーにします! でも各一つずつ限定ですからね」
「おお、助かるよ!」
 大体買う人が出てくると、自分も急かされるような気持ちになる人は多い。
 それプラスアルファは忘れずに。
「こちら、どちらも限定五十点限りとなっておりますので、売り切れたらすみません! ご購入はどうかお早めにお願いします~」
 限定品アタックをかければもうこっちのものである。
 二時間も経たずに本日の販売分は終了となった。
「明日からもカレーはモリーさんの店にございますので、ご近所の方にもよろしくお伝えくださいませ~」
 俺は笑顔でお客さんを見送ると、モリーたちと後片付けを始める。
「オンダさんて、流れるように言葉が出てくるんですね。僕、驚いちゃいました」
 ジェイミーが少し興奮した様子で俺に話しかけてきた。
「仕事で慣れてるからね。お客さんがいる時に沈黙が多いと、帰られやすいんだ。だからなるべく喋り続けるようにしてるんだよ」
「すごいなあ。僕もオンダさんぐらい話せれば接客もっとうまくできるのに」
 君は顔だけで十分お釣りがくるから大丈夫だよ、と教えてあげたいが、変に自信をつけて尊大な売り方をされては困るので、「慣れだよ慣れ」というにとどめた。
 片付けが終わる頃、ラボの横のたらいでローリングしていたダニーもぺたぺたと俺に歩いてきた。
 ここ一カ月で、自宅のプール以外では、数日ぐらいなら風呂やたらいサイズの水浴びでも問題ない状態になっている。
 運動不足にならないためなのか、釣り針にかかった魚のように、水の中でばしゃんばしゃんと飛び跳ねたり、ローリングしてはいるが、最低限水浴びができれば臭いも取れ、彼のストレスにはならないようだ。
「明日以降はジェイミーとモリーさんに売ってもらうしかないから、頼むね。月一ぐらいで顔は出すようにするから」
「はい! オンダさんを見習ってもっとトークも頑張ります! あの、オンダさんのこと先生って呼んでいいですか?」
「それは止めて下さい。先生なんて柄じゃないんで」
「じゃあ心の中で先生だと思っておきます」
 それもちょっとなあと思ったが、せっかくいい関係になってきたのに頑なに拒否するのもよくないよな。
「オンダ、今夜も泊まってくでしょう? そのつもりで食事も用意したのよ」
「ありがとうございます、ぜひぜひ。それとモリーさんに仕事の件でもう一つご相談があったので、後ほどよろしいですか?」
「ええいいわよ。最近色んな新しい挑戦ができて楽しいの私!」
 ご機嫌なモリーを見ていると、やはりこの人も俺と同じチャレンジャーなんだな、と思う。
 これからもモリーやジェイミーと協力しつつ、新たな商品を開発したいものである。



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